関係

「私ね、言わなきゃいけない事があるんだ」


 葵が力強い声でそう言うとすみれは葵を見る。


 葵はすみれを真剣に見ていた。


 その様子からすみれは葵がこれから口にする事は大事で重要な事だと悟った。


「私ね。私は……」


 葵は口を閉ざして下を向いてしまった。少し体が震えているのが分かる。

 軽い深呼吸の音が聞こえ震えが収まると意を決したのか顔を上げ緊張は消え純粋な覚悟が備わった目ですみれを見た。




「私実は――死んでいるの」


「え?」


 言っている意味が分からなかった。

 死んでいる。耳が確かならそう葵は私に言った。


「嘘でしょ?冗談だよね?」


「確かに信じられないけど、本当なの」


「いやいや、そんなの……だって死んでいたら話せないし――」


 すみれは葵をの手を取る


「こんなにあたたかいわけないでしょ」


「……じゃあ、証明するね」


 葵がそう言うと上着のポケットからカッターを取り出し、カチカチと音を鳴らして錆が少しある刃を出す。


「ちょっと!何してんの。危ないって」


「大丈夫だから。見てて」


 その声があまりにも真剣味が浴びてて自然に言う通りに黙って見てしまう。


 葵は左手の人差し指に刃を押し当て引いて切る。すみれはその様子を目を細め少し視線を外しながら見ていた。


 勿論血は流れ、傷口は出来上がるが異変は直ぐに起きた。


 異変とは真っ赤な鮮血は段々と薄くなっていったのだ。

 そしてミチミチと肉の音がなり、傷口をよく見ると傷口の肉が蠢き傷口を塞ごうとしていた。


 すみれはその光景に驚き、呆然と眺めて、頭の中で否定する事しか出来なかった。


「ありえないよ。て、手品とかでしょ?」


「手品じゃないよ」


「だって、こんなの……」


「私自身も分からなくて説明出来ないけど、嘘じゃない」


「だって」


「私を見た時異様に感じなかった?みたいだな、とか。人間なの?とか」


「違う!ありえない!!」


 思わず声を荒げて乱暴に立ち上がる。


 葵は静かにすみれを真剣に見て、その様子から嘘ではないという事が分かってしまった。

 いや最初から納得してしまったのかもしれない。


「すみれちゃん。とりあえず落ち着いて座って」


「……ご、ごめん」


 素直に謝り席に座る。どうしていいか分からず少し葵と距離を離してしまった。


「とりあえず私の話を最後まで聞いてみて」


「……うん。分かった」


 すみれはそう言い葵の話に耳を傾けた


「私の両親は仕事人間でいつも家にはいなかったんだ。そのせいか人と話すのが苦手で怒られる事が凄く怖かったの。そして私が唯一好きだった物が本だったの」


 すみれは一回頷き話を進めるように促す。


「小さい頃はずっと本と一緒で本が唯一の友達だった。私が小学校を卒業して中学校に入学すると、いつも仕事ばかりの親が私に一つ教育をしたの。それは、人に好かれる様な人間になりなさいって言うものだった」


 仕事ばっかりで両親と過ごす時間が少なかった。すみれと同じだ。いや、すみれは短かったが愛情は注いでもらっていた。だが葵は違う。


「私はそれを必死に守って、人の表情を見て、人が喜ぶ事をやって、全てを他人中心で考えていたら本当の私は仮面の中に隠れちゃった。それに耐えきれなくなって私は――」


「……私は?」






「自殺したの」


 すみれは何か肩に重い物が乗っかった錯覚に陥り体重を背もたれに預ける。


「死んだ後、私は誰かに下界に残してきた強い後悔を払拭しろって言われて、偽物の体を与えられて」


「それが偽物……」


 すみれは葵の全身を見る。

 葵は小さく頷き話を進めた。


「いつのまにかこの体で転校する事になって、私を証明する物は全部本物だけど偽物だったの」


 住所や名前など証明するものは全て作られた。つまり現実を変えれる神様の様な力を持っていると言う事だ。


「やり残した事って本を沢山読む事なのかなって思って本を読んだんだけど、文字が頭に入らなくて全然読めなくて、途方に暮れていた時にすみれちゃん。あなたが私に話しかけてくれたんだ」


 すみれはその時の光景を思い出し、あまり時が経っていないのだが懐かしさに覆われる。


 すみれが葵に話しかけた時。すみれが葵を利用した時。


「最初は警戒して緊張していたけど話していくうちに楽しくなって、私の孤独を埋めてくれたのはすみれちゃん貴方だったの」


 葵は優しく目を閉じてため息の様に息を吐くと、目を開けすみれの目を見る。


「楽しかった。この体を与えられて自分が化け物の様に思えていた時に、私に居場所をくれたのはすみれちゃんだったの」


 葵は柔らかく微笑みすみれを見るがすみれは自分がどんな表情をしているのか分からなかった。


「だけど気づいちゃったんだ。偽物の体、私の知らない場所、名前やこんな生い立ちしか覚えていなくて、両親や知人の事が霧がかかった様に思い出せない中途半端な記憶。可笑しいよね。こんな沢山ヒントがあったのに気づかなかったなんて」


 すみれは嫌な何かを感じ取ったのか体から冷や汗が出て、じっとしてはいけないという衝動に駆られた。


「でも臆病な私で勇気が出なかったんだ。一生このままでもいいって思ってたんだけど、すみれちゃんが勇気を出してくれて私に話してくれたお陰で気づかされて勇気が出たの」


「もういいよ。もうこの話はやめようよ」


「やっぱり始めて出来た大切な人の前で仮面は被りたくないの」


「もういいって」


「でも私の本当の体はもうないから、せめてこれは知って欲しいなって」


「葵。もう帰ろうよ」


「私の後悔は、真剣に本当の私を見せる事ができる人が一人もいない事だったんだ」


「もうやめよ。ねぇ葵」


「葵じゃないよ。私の名前は――」


「葵!!」


 すみれは葵の左手を助けを乞う様に両手で握り声を荒げた。


「大丈夫だよ。私は大丈夫だから」


 そう言いながら葵はすみれの手をほどき代わりにあの日の様に手を繋ぐ。


「ほら、空を見ながら私の話を聞いて」


 すみれは返事は出来なかったが大人しく従い空を見る。


 空は皮肉な程輝いていた。


「私の本当の名前は――草野月見。これからは月見って呼んでね」


「……うん。月見ね」


 すみれは月見を見る事が出来なかった。いや、しなかった。


「すみれちゃんは私を利用したって言ってたけど私も利用してたんだ。ごめんね」




「……じゃあ、お互い様だね」




「……寒くなってきたね」




「そうだね。夏だけど夜は少し冷えるね」




「見て。あの星小さいけど凄く綺麗」




「え?どこどこ?」




「ほら、あそこ」




「本当だー」




「……すみれちゃん」




「なに?」




「ありがとね」




「私もありがとう」




「……すみれちゃん」




「ん?」




「愛してます」




「私もだよ」




 すみれがそう言うと、光の粒子が天高く昇っていった。

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