チョコレート・マン

脳幹 まこと

変わったお客さんだったなあ、と。

 ええ、この写真の人なら知ってますよ。

 一昨日だったか、うちの店に来てくれましたからね。

 印象ですか。はあ……まあ、失礼かもしれないですけど、変わったお客さんだったなあ、と。


 店頭を見ていただければわかりますが、うちは輸入品を取り扱っている店でして。仕入れた分が売れればいいんですけどね、どうにも海外製品というのは波が激しくて。時たま盛大に売れ残ってしまう時があるんですよ。

 食料品の賞味期限が切れかかったので、セールをすることにしたんです。盛大に六割引とか七割引きくらいにする。すると、出てくるんですよ。こんな時しか機会がないからって高級ブランドの商品を大量に買ったりする人が。

 写真の兄ちゃんもその一人だと思いました。リンツの詰め合わせとか、手当たり次第に買い込んでいきましたから。

 レジ打ちしている間、「しばらくはチョコレートには困らないでしょうね」ってニコニコしながら呟いてました。まあ、動きがぎこちなかったんで苦笑だったのかもしれませんが。それで手を振って店を出ていかれました。


 その十五分くらいあとですかね。私が休憩にいこうとすると、レジに両手一杯にチョコレートを抱えてきた人がいる。二の腕にうちの店のレジ袋を提げて、その中には目玉のリンツの詰め合わせが入っているんですね。もしやと思って顔を見ると、ニコニコしている兄ちゃんがいました。

 まあ、最初はもっと買っておこうと思ったのか、なんて考えていたんですけれどね。でもレジ打ちする私に「しばらくはチョコレートには困らないでしょうね」って語り掛けるんです。

 まあ、面白い人だなあと思う位でしたよ、それでも。一応在庫がなくなるんで、こちらとしては大助かりでしたし。

 その後も何度も何度も来ました、十五分おきに。話す内容も全く一緒だし、買う商品も全く一緒だったんです。何度もレジ打ちしていたんで、嫌でも覚えてしまいました。腕に提げたレジ袋の数だけがどんどん増えて。けれども、一応買ってくださるわけですし。こちらとしては問題のないお客さんなんで、戸惑いながらも応対するしかなかったんです。


 しかし、ある時にいよいよ変になりました。会計の時に「あれ……おかしいな……お金がないぞ……」って、長財布を探り回りながら延々とぶつぶつ言うんです。一万円入れたはずとか、どっかに落としてしまったのかとか。

 しまいには店じゅうを四つん這いになりつつ回る。落ちてないか落ちてないかって。

 他のお客さんの邪魔になりそうだったんで、「おかしいも何も、あなたのお金は全部チョコレートに変わったんですよ」って、がつんと言っておくべきだろうか悩みました。

 まあでも、一応は商売に貢献してくれた人でもあるしと思って、今回は特別にツケでいいのでお金は次回持ってきてくださいって伝えました。

 悪気はないだろうし、来てくれるとは思ったんですよ。帰れっていうのも何だか悪かったんで。一応、来てくれる日にちだけ押さえて。

 兄ちゃんは涙を流して「すいませんすいません」って、言いながら出ていって。それきりでしたかね。

 予定だと「今週末にまた来る」という話でしたけど。


 ……で、こんな話でしたけれども、参考になったんですかね?

 そもそも兄ちゃんに何かあったんですか?



 はあ、銀行強盗……借金を返すために……へえ……

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