第10話 真犯人

 二人はジョン氏の部屋に行き、部屋の灯りを点けた。


「そこのロープ……そうそう、人型に囲んだロープがあるだろう? そのロープには、絶対に触れちゃダメだ。形が崩れちゃうからね。十分に注意して」


「あ、ああ。分かった」

 

 ウォランは床のロープを避け、ロードの隣に並んだ。

 

 ロードは置物の前に行き、熊の頭に触れようとしたが、ウォランが「試す前に悪いけどさ。さっきの、テメェが言っていた特殊道具って?」と訊いたので、その質問に「危険な代物だ」と答えた。


「今の社会が、立憲君主制に変って約百年。その百年前に、ある科学者の集団が存在したんだ。彼らは、国の皇帝に仕えていたんだけど。皇帝が彼らが造った道具、つまりは『特殊道具』だね。その道具を自分勝手に使おうとした。自分の立場を守る為に。でも」


「『その前に潰れちまった』と?」


「うん。市民革命の後、多くの特殊道具が姿を消した。それらを造った科学者達と一緒にね。今では闇の市場にしか流れない、文字通りの『危険な代物』になっている。それを買う購入者も」


「ケッ、『それ』がある時点で『犯罪者』か!」


「特殊道具の所持は、違法だからね。『特殊道具取締法』に引っ掛かる。ジョン氏は、その法律を破っていたんだ」


 と説明してから、熊の頭を撫でる。一回、二回、三回と。熊の置物が鳴き出したのは……バルダの言葉通り、三回目の事だった。


 ロードはウォランの顔を見、ウォランも彼の顔を見返した。


 二人は互いの顔をしばらく見合って、しばらくすると、ロードから順に部屋の中を調べはじめた。


「ウォラン」


「ん?」


「ありがとう」


「なっ!」と、驚くウォラン。「べ、別に、テメェの為じゃねぇよ。コイツは、ただ」


 ウォランは、床の上に目を落とした。


「俺自身の為だ。俺が納得する為の。俺は、テメェとは違うからな」


「君は、オレとは違う?」


「ああ、そうさ」


 と、ロードの目を見つめる。


「俺はテメェと違って、くっ! 自分の仕事に誇りを持っていない。俺は、金の為に働いているんだ。自分がどれだけ卑しいかも知らず、ただ毎日の生活にイライラして。本当は」


「ウォラン」


「ロード! 俺は、テメェが羨ましい。自分の人生に真っ直ぐなテメェが。俺は、闇の中を生きているのに」


「……ウォラン」


 ロードは、作業の手を止めた。


「それは、君の誤解だよ。オレだって、自分の中に闇を飼っている。社会のすべてを恨むような、とても真っ黒で」


「ロード……」


「自分の闇に飲まれちゃいけない。君はまだ、自分の闇に飲まれていないんだから。世間の犯罪者達とは、違って。自分の闇を照らせるのは」


「なんだよ?」


 ロードはその答えを教えず、部屋の中をまた調べはじめたが、ふと部屋の本棚に目をやると、その並びにある違和感を覚えた。


「無造作に並べられた本か。その色も七……」


 と呟いた瞬間、彼の中である推理が閃いた。


「まさか!」


 ロードは、本棚の本を弄くった。


「くっ、ダメか! これだと、段数が足りない。この本棚を美しくするには……うん、これなら上手く行きそう。ブルー、オレンジ、パープル、インディゴ、レッド、グリーン、イエローと、虹の七色だ!」


 と言ってからからすぐ、本棚の本が金色に光りはじめた。


 二人の少年は、その光に驚いた。本棚の近くに立っていたロードも、そして、その様子を眺めていたウォランも。

 二人は無言で、それぞれに目を瞑りつづけた。


「う、ううう、今の光は?」


 二人はほぼ同時に目を開けて、助手は目を擦り、探偵は窓のカーテンに視線を移した。


「なるほど。その為の遮光カーテンか」


 ロードは、目の前の空洞に視線を戻した。


「この先に真実がある」


 その空洞に向かって歩き出す。ウォランも、それに続いて歩き出した。

 二人は無言で空洞の中を進み、ウォランを空洞の中に残して、ロードだけが空洞の外に出た。


「この部屋は、ドウダさんの? いや、ココは誰の部屋でもない。コーマさんはもちろん、マグダリアさんのでも、ユナ夫人のでも、ダグラスさんのでも……そして、サーラさんのでも」


 ロードは、目の前の光景に混乱した。


「コレは一体、どう言う事なのだ?」と。本棚の謎を解けば、犯罪の証拠……つまりは「ユナ夫人が犯人である証拠」を見つけられる筈なのに。それが……。


 不安な気持ちが広がる。


「ウォラン」


「ん?」


「君は、そこで待っていて。部屋の中は、オレが調べるから」


 ウォランは、彼の指示にうなずいた。


「分かった。気を付けろよ」


「うん」


 ロードは、部屋の中を調べはじめた。


「男性の部屋だね。結婚はまだ、していない。現在、交際している人も……。男性の性格は、基本的に几帳面。私物のほとんどが綺麗に片付けられている。本棚の日記帳も」


 本棚の中から日記帳(№1と書かれているヤツ)を取り出すと、その1頁から順に、日記帳の内容を一つ一つ読みはじめた。五分、十分、十五分と。彼が一冊目の日記帳を読み終えたのは、ウォランの汗が地面に落ちた時だった。


「お、おい、ロード」


「ん?」


「その日記帳は?」


「家族の日記だよ」


「家族の日記?」


「ああ」


 ロードは悲しげな顔で、残りの日記帳を読みつづけた。


「ふう」の息と重なって、ウォランが「ロード」と話し掛ける。


「犯人の事、分かったか?」


 相手の返事は、「分かったよ」だった。


「犯人がジョン氏を殺した動機もね。犯行の証拠は、処分されているけど」


「なっ! それじゃ」


「うん。でも、大丈夫だよ」


 と言いながら、部屋の本棚を指差す。


「これが一番の証拠になるし。たとえ、他の証拠は捨てられていてもね。犯人は、自分の思い出を捨てられない人だった」


 ロードは鞄の中から鍵を取りだし、「ニコッ」と笑って、ウォランの前に歩み寄った。


「今日はありがとう、ウォラン。お疲れ様。君は屋敷の方に戻って、ダグラスさんにこの鍵を返してくれ」


 ウォランは、彼から屋敷のマスタキーを受け取った。


「分かったよ。それで、テメェは?」


「オレはまた、やる事があるからね。ココに残るよ」


「分かった」


 ウォランは空洞の向こう側に向かって歩いたが、彼が元の場所まで戻ると、それまで開いていた空洞が消え、本棚の本も元のグチャグチャな並びに戻ってしまった。


「う、うわっ、なんだ?」


 ロードは、空洞のあった場所を睨んだ。


「なるほど。自動で閉まる仕掛けがあるのか」



 彼が下宿屋の玄関を開けたのは、町の空がすっかり暗くなった時だった。

 彼はいつもの階段を登ると、無言で二階の廊下を進みづけた。


「ん?」


 と、廊下の奥に目をやる。廊下の奥には一人、誰だろう? 見知らぬ少年が立っている。まるで自分の帰りを待っていたかのように。部屋の前でこちらを睨んでいた。


 彼は、少年の前に歩み寄った。


「君は?」


 少年は、正面の彼に頭を下げた。


「すいません」


「え?」


「あなたの部屋に入ってしまい。警察の方にはもう、この事は言ってありますから。『彼の部屋を調べたら、あなたの部屋に繋がっていた』と。まあ、若干の注意はされましたけどね」


 を聞いて、男の顔が強ばる。


「君は一体?」


「探偵です」


「探偵?」


「そう、事件の真相を暴く。オレは、警察の人に頼まれて」


「じ、事件の事を調べたのか?」


「はい。ジョン・アグールが殺された事件を。犯人は」


「わ、私じゃない! 私は何も……くっ! 毒は、アイツが」


「ええ。でも、そうなるように仕向けたのはあなたでしょう? 自分の計画に従って。ワインボトルにあなたの指紋が付いていなかったのは」


 少年は、彼の両手を眺めた。


「火傷、ですか? 自分の両手に手袋をはめなければ、ならない程の。相手は、町のギャングですか?」


「う、ううう」


 男は、彼の推理に項垂れた。


「私は、やっていない」


「いえ、あなたは」


「やっていない! そこまで言うなら、証拠を見せろ!」


 少年は、彼の目を見つめた。


「証拠ならあります。あなたの部屋に、あなたの捨てられなかった思い出が。オレは『それ』を読んで、あなたが犯人だと確信したんです。最後の頁も、昨日の日付になっていましたし」


「くっ、うっ」


 男は両手の拳を握り締め、少年はその光景に胸を痛めた。


「テノルさん。あなたがジョン・アグールを殺した犯人ですね?」

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