最終話 今は自分の出来る事を、精一杯やり続けてみせるよ

 ロードは、ダグラスの顔を睨んだ。


「何がおかしいんです?」


「いえ、何も。ただ」


「嫌いだったんですか?」


「え?」


「彼らの事を。あなたは」


「嫌いな人間を好きになるのは、難しい。彼らはわたくしの事を嫌っていましたが、わたくしも彼らの事を嫌っていたのです。水と油が混ざらないように。わたくし達の関係も」


 ダグラスは、テノルの顔に目をやった。


「彼には、感謝しております。わたくしの嫌いな人間を殺して頂いて。感謝の言葉も御座いません。わたくしは、ただずっと耐えているだけで御座いましたから。自分の言いたい事も言えず、アグール家の」


「ダグラスさん」


「はい?」


「あなたはどうして、ずっと耐えていたんですか?」


「それはもちろん、家族の為で御座いますよ」


「家族の為?」


「はい。自分の家族を食べさせる為に。家族の生活は、わたくしの稼ぎにかかっていますから。稼ぎの先を失いわけには、まいりません。たとえ、その雇い主から嫌われていたとしても。自分の家族を守れると思えば」


「『安い物だ』と?」


「はい」


「ダグラスさん」


 ロードは、彼の思いに微笑んだ。


「あなたは、男ですね」


 ダグラスは、その言葉に首を振った。


「わたくしは、男では御座いません。主人の死を喜ぶようでは。わたくしなど、まだまだで御座います」


 サーラは彼の言葉に胸を打たれたが、マグダリアが「男、男、男」と唸りはじめると、クリス警部に断って、応接間の中から出て行き、屋敷の前庭に行って、そこで作業するバルダ(バルダは、かなり驚いたが)に思い切り抱きついた。


「ねぇ、バルダさん。一つ、聞いても良い?」


「ああうん、いいぞ。なんだ?」


「私の身体がたとえ、お金の為に穢れていたとしても……あなたは、私の身体をずっと抱きしめつづけてくれますか?」


「……もちろん、抱きしめつづけるさ。僕が君を愛しつづける限り、ずっと」


 サーラは、彼の愛に泣き崩れた。


 場所は変って、再びジョン氏の部屋。


 クリス警部は、探偵の横顔に話し掛けた。


「話の方は、もう良いか?」


「はい。伝えるべき事は、すべて伝えきりましたし。あとは」


「そのお偉方を調べるだけか」


 クリス警部は、周りの警官達に指示を出した。


「馬車に行くぞ」


 警官達は彼の指示に従い(少年達も、その後に続いた)、馬車まで今回の犯人を連れて行った。


 二人の少年は、馬車が走り出す様子を眺めていた。


「報復か。確かにそれもありかも知れねぇけど……くっ」


 ウォランは、警察の馬車から視線を逸らした。


「なぁ、ロード」


「ん?」


「あの人は、この先」


「うん」


「罪を償って、真っ当な道に戻れんのかな?」


「……さあね。それは、あの人次第だよ。誰にも分からない」


 ウォランは、彼の考えに俯いた。


「誰にも分からない、か。それってすげぇ辛い事だよな? 人が死ぬのと同じくらい。俺は」


「人の死が辛い?」


「ああ」


「だったら」


 ロードは、ウォランの肩に手を乗せた。


「人の事を生かす。君は、そう言う仕事に就けば良い」


「医者とか、か?」


「それもあるね。医者なら、たくさんの命を救える」


 ウォランは、その未来に暗くなった。


「医者は、無理だな。医者になるには、金が掛かるだろう? 俺の家には」


「俺の家には?」


「そんな金は、無い。俺の家、すげぇ貧乏だからさ。俺も、家の為に働いている。そうしなきゃ、俺の家は食べていけない。出稼ぎに行っている親父の金だけじゃ、家計を賄いきれないんだよ」


「そうか。でも、それは単なる言い訳にしか聞こえないね」


 の言葉にイラッとするウォラン。


「はぁ? もう一回言って」


 みろ、の言葉が遮られた。


「なろうと思えば、どんな境遇でも関係ない。たとえ、自分の家が貧乏でも。ましてや、自分の親がし……」


 ロードは「し」の続きを飲み込むと、鞄の中に手を入れて、そこから昨日の報酬を取り出し、ウォランにその報酬を手渡した。


「封筒の中には、昨日の報酬が入っている。報酬は、自由に使って良い。備忘録には、俺の家の住所を書いておいた、俺への電報を送れるように」


「ロード」


「困った事があったら、いつでもオレに相談して。他に依頼があった時は、難しいけど。町の馬車ですぐに駆け付けるから」


 ウォランは、彼の厚意に胸を打たれた。


「ありがとう、ロード。でも」


「でも?」


「俺には、依頼料を払う余裕なんてねぇぞ?」


 ロードは、彼の言葉に吹き出した。


「おもしろいね、ウォランは。友達からお金を貰うわけがないだろう?」


「……ロード」


「頑張れよ、ウォラン。貧乏なんかに負けないように。世の中には、お金よりも大事なモノがあるんだからさ」


「ああ!」


 ロードは彼の前から歩き出したが、「ある二人」にふと気づくと、芝生の上で足を止め、穏やかな顔でその二人に視線を移した。ウォランも、サーラとバルダに視線を移した。


 ウォランは、その二人に溜め息をついた。


「あの二人、二人だけの世界に入っちまっている」


 ロードはその感想に苦笑したが、やがて彼の前からいなくなった。


 ウォランは「それ」にしばらく気づかなかったが、その事にようやく気づくと、自分の周りをぐるりと見渡し、彼の姿を必死に捜しつづけた。

 だが、彼の事は結局見付けられず、自分の正面に向き直った時には、右手の封筒を思わず握りしめてしまった。


「ロード。テメェは、やっぱり……変な奴。いや、『不思議な奴』と言った方が良いのかな? こんな俺に情を掛けるなんて」


 ウォランは屋敷の廊下に戻り、その廊下をまた掃除しはじめた。


「『なろうと思えば、どんな境遇でも関係ない』か。ロード。俺はまだ、テメェみたいな人間にはなれねぇ。なれねぇから」


 彼は、屋敷の廊下を一生懸命に掃除しつづけた。


「今は自分の出来る事を、精一杯にやり続けてみせるよ」


 貧乏とか、金持ちとか、そんな下らない事に縛られねぇでさ。


 ウォランは「ニコッ」と笑って、額の汗を拭った。

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探偵、ロード 読み方は自由 @azybcxdvewg

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