第4話 備忘録:応接間に集められた被疑者達(前篇)

 案内役の警官は、応接間の前で止まった。


「それじゃ、僕はここで失礼します」


 ロードは、彼の厚意に頭を下げた。


「ありがとうございました」


 警官は嬉しそうな顔で、応接間の前からいなくなった。


 ロードは、応接間の扉を叩いた。一回、二回と。応接間の中から「どうぞ」の声

が聞こえて来たのは、ウォランが中の様子を思い浮かべた時だった。

 

 ロードは「失礼します」と言って、応接間の中に入った。ウォランもその流れに従い、応接間の中に入った後は、不安な顔で部屋の中を見渡した。


 部屋の中には、事件の被疑者達と……ロードの言うクリス警部(大柄の男だ。歳はたぶん、五十代くらいだろう)がいた。

 

 ウォランはその大男に息を飲んだが……ダグラスの腰が動いたのは、正に「その瞬間」だった。

 

 ダグラスは長椅子の上から立ち上がると、ウォランの所に歩み寄ろうとしたが、彼の前に行った所で、その隣に立つロードに「ダグラスさんですか?」と止められてしまった。


「はい、そうですが。貴方は?」


「初めまして。オレは、ロード・ノウと言います」


「ロード・ノウ……まさか、あの有名な少年探偵の!」


「はい」


 ダグラスは、彼の返事に興奮した。


「貴方の事は、良く存じております。確か、千の事件を解決したとか」


 ロードは、彼の情報を否定した。


「千の事件は、少し解きすぎですね。実際は、そんなに解いていません。自分の事務所を興して、まだ……。ダグラスさん」


「はい?」


「彼の事、ウォラン君の事は怒らないで下さい。彼はただ、オレのワガママを聞いてくれただけですから」


「ほう、貴方のワガママに?」


 ダグラスは、震えるウォランに目を細めた。


「それは、どのようなワガママですか?」


「一日限定の労働契約。具体的には」


「探偵の助手、ですか?」


「そうです。屋敷の中を案内して貰う、大切な」


「屋敷のご案内でしたら、わたくしが『その役』を仰せつかりますが?」


 ロードは、彼の提案を断った。


「それは、大丈夫です。今回の一件がもし、殺人事件であったなら。ダグラスさん! あなたも、被疑者の一人と言う事になりますからね。そんな人に捜査の協力なんて頼めませんよ」


 を聞いてすぐ、ダグラスの顔が曇った。


「被疑者の一人?」


「はい、そうです。他の被疑者達も」


「アンタ!」


 被疑者の一人、マグダリア・アグール嬢が怒鳴った。


「さっきから聞いてりゃ偉そうに! 何が少年探偵よ! 無実の人間を疑うなんて。あたしは!」


 ロードは、彼女の目を見つめた。


「犯人かどうかは、これから考えます。あなた達の話を聞いて」


「また、私達を取り調べるのかい?」


 被疑者の一人、ドウダ・アグール氏が唸った。彼は弟の呆れ顔を見ると、不機嫌な顔で目の前のロードに視線を戻した。


 ロードは、彼の目を見つめ返した。


「お手数ですが。情報を整理する為にも、ぜひご協力をお願いします」


 被疑者達は、互いの顔を見合った。


「わぁったよ」


 被疑者の一人、コーマ・アグール氏が笑った。


「探偵君がそこまで言うなら、な。俺も、自分の疑いを晴らしたいし。『白』と分かれば、万々歳だろう?」


「ありがとうございます。皆さんも」


 ロードは鞄の中から備忘録を出して、彼らの話を一つ一つ書き留めて行った。


 備忘録:応接間に集められた被疑者達。


 一人目:ユナ・アグール夫人(七十代)。亡くなったジョン氏の妻で、有名な貴族の出身。ジョン氏と知り合ったのは「今から四十年程前の事」らしく、彼の熱烈なアプローチに折れた結果、実家の両親を何とか説得して、彼との婚約を結んだと言う。


「ジョン氏との結婚生活で……こう、嫌なことはありましたか? 例えば、よく暴力をふるうとか? それ以外にも」


「いいえ、まったく。主人はいつも、紳士でした。どんな人にも優しい、文字通りの貴公子で。女性の趣味が少々広い所はありますが、浮気の話は一切ありません。私が子どもを産んだ後も。私と結婚する前は、分かりませんが」


「そうですか。なら、金銭面の方は?」


「それもありません。結婚当初、私の実家から『事業の資金にしたい』という理由でお金を借りたことはありますが、それもきちんと返してくれました。それ以降は、主人から『お金を貸してくれ』と言われた事はありません」


「そうですか、うっ。不躾な質問ですが……ジョン氏があなたの実家以外で『お金を借りていた、あるいは借りていた事がある』という話は、聞いた事がありますか?」


「……いいえ、まったく。主人は以前、といっても『かなり昔』ですが。海外の方で働いていました。本社が大陸に設けた子会社の……確か、そこの『支社長』だった筈です。私の聞いた話では。主人は、その会社から独立して」


「『今の会社を興した』と?」


「はい」


「その資金は、どこから調達したんですか?」


 少しの沈黙。


「分かりません」


「分からない?」


「ええ。主人は昔の、特に『その頃の事』をほとんど話さないんです。まるで『何か』を隠すかのように。私が主人と知り合ったのも、主人が今の会社を興した後でした」


 また、少しの沈黙。


「……なるほど。では、最後の質問です。ジョン氏が亡くなったのは、昨日の午後11時から今日の午前2時の間だと推定されます。その時間の、あなたの現場不在アリバイを伺いたいんですが?」


「ええ、良いわよ。私はその時間、自分の部屋で眠っていたわ。年寄りの夜は、早いからね。それを証明するモノは、もちろん無いけど」


 右手の鉛筆に力が入る。


「そうですか。質問は、以上です。ありがとうございました」

 


 二人目:ドウダ・アグール氏(四十代前後)。アグール家の長男で、数年前に実家の会社から独立した模様。独立後は自身の授業を営んでいるが、経営の才に乏しいらしく(どうして独立したんだろう?)、最近は「その経営」があまり上手くいっていないらしい。なお、「未婚」である模様。


「会社の懐が苦しくなってね。父さんには、その……」


「資金を借りにきた?」


「う、うん。恥ずかしい話だけどね。父さんには、いくらか融通して貰おうと思ったんだ。『私の会社を助けて欲しい』と。父さんは、文字通りの金持ちだからね。息子の会社を救うぐらい、父さんにとっては」


「『ほんの朝飯前だ』と?」


「うん。私は昨日の……確か、午後の2時頃だったかな? この屋敷に来て、父さんから資金を借りようとした。でも」


「でも?」


「その時は、無理だった。『ふん! お前なんぞに大事な金を貸せるか!』と断られて。私は目の前が真っ暗になったが、ここで『はい、そうですか』と帰りわけにもいかない。会社の存亡がかかっているからね。私は粘り強く、父さんに『お願いします』と頼みつづけた」


「その結果は?」


「夕食の時も……ああ、昨日はココに一晩泊まったんだけどね。相手にしない、一言でいえば『無視』だよ。私が父に話しかける度、父は私の前から逃げていった」


「相当怒っていたんですね」


「ああ。でも怒りたいのは、コッチの方だよ。息子の話も聞かず、ただ『うるさい』と突っぱねるだけなんて。親のする事じゃない。父さんは、いつもそうだった。自分の財産は、後生大事にするくせに」


「他人には、何も与えない?」


「ああ。流石に『まったく』ではないけれどね。父さんには」

「『人情』という物が欠けている。彼が大事にするのは、『自分の気に入った相手だけだ』と?」

 

 ドウダ氏の冷笑。


「母さんは、お気に入りだったからね。私が言うのもなんだけど、昔は相当の美人だったから。愛を注ぐのも無理はない。父さんは、女性が大好きだからね」


 彼の冷笑が消える。


「他に質問は?」


「昨日の事は、まだ怒っていますか? お父さんに資金を貸して貰えなかった事、を。あなたは」


「うん。父さんに甘えた自分も悪いけど、昨日の事はやっぱり許せないな。コッチは、必死で頼んでいたのに。それを」


「そうですか」


 しばしの沈黙。


「次の質問です。ドウダさんが自分の会社を経営する中で」


 三秒の沈黙。


「何か悪い噂を聞きましたか?」


「悪い噂?」


「はい。例えば、あなたの父さんが」


「うん」


「汚いやり方で、誰かの財産を奪ったとか?」


 ドウダ氏の顔が青ざめる。


「そ、そんな噂は、聞いた事がないよ! 父さんは、確かに最低な人間だが」

「『人の道を外れるような事は、しない』と?」


「うん。父さんにはたぶん、そんな度胸はない。息子の私がそうであるように、ね。他人の財産を奪うよりも、自分の財産を増やす事を考える筈だ」


「なるほど。確かにそうかも知れませんね。『損得勘定』の強い人なら、そんな方法はまず選ばない。犯罪は、リスクの塊ですからね。その時は、利益が得られたとしても……結局は」


 応接間の中が静かになる。


「ドウダさん」


「うん?」


「次の質問です。ジョン氏は誰かに……あくまで『あなたの主観』ですが、特定の個人や団体に恨まれていましたか?」


 二人の周りがざわつく。


「と、父さんが恨まれる?」


「はい。彼と関わる人達に。ジョン氏は、帝国でも有名な実業家です。各産業に、おそらくは『相当な影響力』を持つ程の。ジョン氏は」


「確かに恨まれているかも知れない。父さんの力を妬んでね。でも、それは仕方ない事じゃないか? 今の時代は資本社会だし、力のない者はつぶされる。自分の居場所をつくりたかったらね、社会の金を独占するしかないんだ」


 応接間の空気(一部を除く)が重くなる。


「ごめん、嫌なことを言って」


 ドウダ氏の苦笑。


「次の質問は?」


「はい。では、最後の質問です。ジョン氏が亡くなったとされる時刻、あなたはどこで何をしていましたか?」


「その時間はもちろん、屋敷ココの客室で寝ていたよ。心身ともに疲れきっていたからね。ダグラスが部屋のドアを叩くまで、事件の事はまったく分からなかった」


「そうですか。質問は、以上です。ありがとうございました」


 三人目:コーマ・アグール氏(三十代前半)。アグール家の次男で、自他共に認める遊び人。「金」と「女性」の扱いには「かなりだらしない性分」であるらしく、その軽い雰囲気からも「それ」が十分に見て窺える。なお、まだ「独身」である模様。


「あなたも昨日、この屋敷に泊まったんですか?」


「んあぁあ、そうだよ。客室用の部屋に泊まってね。俺がこの屋敷に来たのは確か、午後の3時くらいだったかな? 兄貴が親父に頭を下げているんで、『なんかあったのかな?』と思ったが、まさか兄貴も親父から金をせびりにきていたなんて……クククッ、腹を抱えて笑いそうになったよ。兄弟、『考える事は同じだな』ってね! アレは、本当に傑作だったな」


 ドウダ氏の顔が歪む。


「そうですか。で、あなたもジョン氏からお金を?」


「……ああ、『兄貴と同じ』だよ。『ふざけるな! 遊びの相手に払う金くらい、自分でなんとかしろ!』と言われただけ。金の方は文字通り、『知った事じゃない』の状態だよ。本当に薄情な親父だよな? 愛する息子がこんなに苦しんでいるのに、銅貨の一枚もくれてやらないんだぜ? 『良識』ってヤツを疑うよな? まったく。普通の親なら」


「そんな人にお金なんて出しませんよ。まともな神経の人なら。きっと」


「探偵君」


「はい?」


 コーマ氏の目が鋭くなる。


「俺の事、馬鹿にしているの?」


 応接間の空気が固まる。


「いいえ。ただ少し、感情的になってしまっただけで。あなたの事を馬鹿にしたわけではありません」


「そう……フッ、まあいいか。俺も、今の空気は『冗談』だったしね。熱くなっても仕方ない。これからは、大人の会話でいこう」


「はい」


「次の質問は?」


「あなたの交友関係で、ジョン氏と関わりのある人はいますか?」


「俺が付き合っている女達の中で、か?」


「はい」


「うーん」


 十秒の沈黙。


「分かんねぇな。親父にも会わせた事はないし、向こうもたぶん」


「『ジョン氏のことは知らない』と?」


「んあぁあ」


「なら、話した事は? 『自分には、こう言う父親がいる』と。町のパブとかで」


 コーマ氏の顔が曇る


「それは……うん、何人かには話した事はあるよ。俺は、『○○のお坊ちゃんだ』ってね。女は、金持ちの男が大好きだからな。どんなに清純ぶった女でも、テーブルの上に金貨を重ねられちゃ、クククッ。子猫のように懐いちまう。俺は、そう言う女をごまんと見てきた」


 周りの人々、特に女性陣が苛立つ


「さっきの誓いを破るのは、アレですが。コーマさん! あなたの付き合ってきた女性達は、特殊です。普通の女性は、そんな物にはなびかない。女性の心を射止めるのは、曇りのない心と、相手に対する思いやりです」

 

 その言葉に吹きだすコーマ氏。


「探偵君」


「はい」


「君は、真面目なの?」


「真面目?」


 微妙な空気が流れる。


「コーマさん」


「ああん?」


「自分から壊しておいて何ですが、質問に戻っても良いですか?」


「……んあぁああ、いいよ。聞く事があるなら、な」


「聞くことは、あります。コーマさん、あなたは『その女性達』に」


 五秒の沈黙。


「唆された事は、ありますか?」


 また、五秒の沈黙。


「唆された?」


「はい。彼女達とよく合う場所で。金持ちの男に群がる女性達は、往々にして『その財産』を狙っている。相手がどんな人物であろうと、ね。彼女達は」


「探偵君!」


「はい?」


「俺は、そいつらの餌じゃない」


「そうですか。なら、『自分は狩人の側である』と? のこのこやってきた獲物をねらい撃つ、『百戦錬磨のハンターだ』って?」


「……そうだよ! 俺は、完全無欠のハンターだ。どんな悪女にも負けない。俺は、悪女達に唆されていないよ」


「本当に?」


「本当に。女の為に人を殺すなんて、アホ以外の何者でもないじゃないか? 俺は女に貢ぐよりも、貢がれる方が好きなの」


 沈黙。


「コーマさん」


「なに?」


「最後の質問です。お父さんが亡くなったとされる時刻」


「アリバイの確認か。ふんっ! そんなもん、ある方が逆におかしいだろう? 俺達は、別々の部屋で寝ていたんだからさ。証明する手段がない。まあ、共犯者でもいれば別だけど」


「そうですね。確かに、共犯者がいれば可能です。自分のアリバイを証明してくれますし。でも」


「探偵君?」


「あ、すみません。質問は、以上です。ありがとうございました」

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