第7話 各部屋の調査

「この部屋だ」


 屋敷のマスターキーで、部屋の鍵を開ける。


 二人は部屋の中に入り、入り口の扉を閉めた。


「淋しい部屋だね。お客が使う部屋だって言うのに、家具がほとんど置かれていない。部屋の隅に置かれているベッドも。ウォラン」


「なんだ?」


「ここは、いつもこんな感じなの?」


「……ああ。この部屋以外にも。アイツは、超の付くケチだからな。『自分の得になる』と思った奴以外」


「こう言う扱いになる?」


「ああ」


「本当に酷い人だね」


「本物の悪魔だよ。テメェの事しか考えていない。正真正銘の」


「ああ。けど」


「あん?」


「そんな人にも、愛はある。死んで良い命なんて無いよ」


 ウォランは、彼の思想に苛ついた。


「そっかな?」


「そうだよ」


 ロードは部屋の中を調べはじめたが、ウォランが「調べるのか?」と訊くと、穏やかな顔でその声に振りかえった。


「君は、どうする?」


「え?」


「オレの捜査を手伝うかどうか? オレが君に頼んだのは、屋敷の案内だけだからね。報酬の方も、その分しか払わないし」


 ウォランは、彼の言葉に戸惑った。


「お、俺は……うっ」


「ん?」


「手伝わない。報酬が貰えねぇなら」


「……そう、なら」


 ロードは「ニコッ」と笑って、部屋の中をまた調べはじめた。


「邪魔にならない所で観ていてよ」


 ウォランはその言葉に従い、暗い顔で彼の捜査を観はじめた。


 ロードは、部屋の中を調べつづけた。

 床の上が終わったら、次は「被疑者の荷物を調べる」と言う風に。

 彼は自分が納得するまで、その手を止めようとしなかった。


 ウォランは、その様子に(何故か)胸を打たれてしまった。


「ロード……」


 ロードは、被疑者の荷物を見下ろした。


「特に怪しい物は無い、か。元々は、会社の資金を借りに来ただけだし。余計な荷物を持ってくる筈がない」


 と言ってからすぐ、部屋の窓に歩み寄ってみた。


「窓の鍵は?」


 なるほど、窓の鍵もきちんと掛かっている。まるで最初から「そう」であったように。窓のカーテンも、彼が開けるまで外の光を遮っていた。


「参ったな」


「何が、だよ?」


「証拠が無い。部屋の中をいくら探しても。この部屋には」


「ふうん。なら、ハズレなんじゃねぇの? ここは、ジジイの部屋からも離れているし。証拠の品も見つからないんじゃ。俺には、何が証拠なのか分からねぇけど」


 ウォランは、彼の隣に歩み寄った。


「次の部屋に行ってみるか?」


「……うん」


 ロードは彼の案内で、次の客室に行った。


 次の客室は、コーマの部屋だった。

 今の部屋から三つほど先にある、扉の上部に「客室用」と書かれた部屋。

 

 ロードは部屋の鍵を開けると、ウォランと連れ立ってその中に入った。


「君の言う通り、ココも淋しい部屋だね。ベッドの種類は、さっきの部屋と同じだけど。窓のカーテンがかなりくたびれている」


「ふんっ。客室のカーテンは、滅多に変えないからな。そこのベッドに敷かれたシーツも同じ。あのジジイは、そう言う奴なんだ」


 ロードは部屋の中を調べ、ウォランはその様子を眺めた。


「おかしい」


「え?」


 ウォランは、部屋の壁から背を離した。


「何がおかしいんだ?」


「彼の荷物が無い。部屋の何処を探しても、まったく」


「別におかしくは、ないんじゃねぇか? コーマの野郎はただ、自分の親から金を借りに来ただけだし。手ぶらでも来ていても」


「かもね。でも一応、屋敷の外は調べてみよう。茂みの中に隠れているかも知れないし」


「……ああ」


 ウォランは、自分の頭を掻いた。


「この部屋は、まだ調べるのか?」


「……いや、証拠の物も無かったし、次の部屋に行きたいと思う」


「分かった」


 ウォランは部屋の壁から離れて、次の部屋に彼を案内した。


 コーマの部屋から離れた所にある、「来客用」の文字が少し欠けている部屋に。


「マグダリアの部屋だ」


 ロードは部屋の鍵を開け、ウォランの後に続いて、その中に入った。


 部屋の中には、彼女の私物が置かれていた。化粧台の上には、彼女の化粧品がずらり。その隣にも、「例の恋人と写る写真」が置かれていた。


 ウォランは、その写真に眉を上げた。


「コイツが、あの」


「ああ、彼女が熱を上げている。良い男だ」


「チッ」と、舌打ちするウォラン。「キザったらしい奴。高そうな背広に、情熱の薔薇とか。テメェは、何処の貴族だよ?」


「そうだね。でも、彼女は本気なんだ。本気で、彼の借金を返そうとしている。彼女の話を聞く限り」


 ロードは「うん」とうなずいて、部屋の中をまた調べはじめた。


 ウォランは、その様子をじっと観つづけた。だが……。


「ココにも無いのか?」


「……ああ、まったく。彼女の化粧道具では、部屋の鍵は閉められないし。それ以外の場所から出て行く事も」


「そっか」の声が、暗かった。「ロード」


「うん?」


「次の部屋に行くか?」


「……うん」


 ウォランは、次の部屋に案内した。


 三人の客室からずっと離れた所にある、つまりは屋敷の執事が住まう部屋に。


 彼は部屋の扉を見つめると、厳かな顔で隣の探偵に目をやった。

 

 ロードは、彼の目に視線を向けなかった。


「ダグラスさんの部屋だね?」


「ああ。部屋の入り口に『執事用』って書いてある。俺は、この部屋がすげぇ苦手だ」


 の言葉に苦笑するロード。

 ロードは部屋の鍵を開け、今度はウォランよりも先に、部屋の中に入った。


「立派な部屋だな。棚の業務日誌も、きちんと並べられている。彼の性格が分かるね。本当に真面目な人なんだな」


「ああ、本当に真面目過ぎるおっさんだよ」


 の言葉にまた、苦笑するロード。


 ロードは棚の業務日誌に手を伸ばし、その中から一冊(№1と書かれている)、業務日誌を取り出すと、床の上に座って、その内容をじっくりと読みはじめた。


 ウォランは、その様子をじっと観つづけた。


 ロードは一冊目の日誌を読み終えてからすぐ、残りの日誌にも手を伸ばし、それらをすべて読み終えると、やや疲れた顔で、部屋の壁に寄り掛かった。


「どうだった?」の質問に「ダメだったよ」と答えるロード。「日誌の中に書かれていたのは、ごく普通の内容だった。暗号らしい物も見られなかったし」


「……そっか」


「どうしたの?」


「え? い、いや! 別に。ただ」


 ロードは、彼の表情(複雑な顔を浮かべている)に微笑んだ。


「残りの場所も調べちゃうからさ。もう少しだけ待っていてよ」


「ああ」


 ロードは残りの場所をすべて探したが、「手掛かり」はやはり見つけられなかった。


 彼の表情が沈む。


 ウォランは、その表情に胸を痛めた。


「次の部屋に行ってみるか?」


「……うん」


 二人はウォランの案内で、次の部屋に行った。


「ココがサーラさんの部屋だ」


「綺麗な部屋だね。部屋の家具も一通り揃っているし、化粧台の上にも」


 化粧台の上には、彼女の化粧品と……「家族の手紙」らしき物が乗っていた。

 

 二人はその手紙に顔を見合ったが、やがてその内容を読みはじめた。


「弟の治療代?」


「ああ。それも、かなりの高額らしい」


 二人の間に緊張が走る。


「サーラさんはどうやって、そんな大金を送ったんだろう?」


「……さあね。でも」


「ん?」


「彼女が犯人ではないと良いな」


 ロードは化粧台の前から離れて、部屋の中をまた調べはじめた。だが……。


「ウォラン」


「ん?」


「ごめん。ココも、たぶん」


「分かった」


 ウォランは「うん」とうなずいて、最後の部屋に案内した。


 最後の部屋は、屋敷の最上階にあった。


 彼は部屋の扉をしばらく見つめると、不安な顔で大理石の廊下に目を落とした。


「ウォラン?」


 ウォランは、その声に「ハッ」とした。


「あ、うっ、わりぃ。ちょっと緊張しちまって。ココが、ユナばあさんの部屋だ」


 ロードは部屋の鍵を開けてからすぐ、ウォランに続く形で、部屋の中に入った。

 

 部屋の中には古今東西(おそらくは、小説だろう)が収められた本棚と装飾の豪華なベッド、加えて彼女の衣服や化粧品などが置かれていた。


「凄い」


「ああ、ホント。流石は、金持ちだよな? 俺の家とは、ぜんぜん違う。アイツらは、済んでいる世界が違うんだ」


 ロードは部屋の中をすべて調べたが、捜査の手掛かりになりそうな物は見つけられなかった。


「これは、不味いな。ココまで証拠が出て来ないなんて」


「初めてなのか?」


「うん。恥ずかしい話だけど。今までなら……。他の場所を探すしかない」


「屋敷の外とかか?」


「ああ。屋敷の中はおそらく、警察の方で既に調べている筈だし。それで証拠が出て来ないのでは」


「『外に落ちている』としか考えられない?」


「ああ」


「なら」


「ん?」


「屋敷の外を調べようぜ?」


「良いの?」


「ああ。俺の仕事は、屋敷の中を案内する事だし。それが外に変るだけだろう?」

 

 ロードは、彼の厚意に微笑んだ。


「ああ、そうだな。確かに……。ウォラン」


「ん?」


「ありがとう」


「べ、別に、テメェの為じゃねぇよ。コイツは、単なる好奇心だ」

 

 ウォランは「ふん」と言って、部屋の扉を開けた。

 

 二人は、屋敷の外に出た。

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