第8話 ロードの推理

 屋敷の外はもう……太陽の方はまだ沈んでいなかったが、建物の外壁はもちろん、二人の身体にも夕陽の光が当たっていた。

 

 ロードは、その光に焦った。


「不味いな。急いで調べよう。陽が沈む前に」


「ああ」


 二人は、屋敷の外を調べはじめた。外の芝生から、茂みの奥まで。


 彼らは「あらゆる場所」を調べたが、捜査の手掛かりはもちろん、その気配すら見つける事ができなかった。


「くそっ!」

 

ウォランは空の夕陽を睨み、そして、地面の上に座った。


「ココまで何もねぇなんて。ロード」


 無言の返事。


「本当に証拠なんてあるのか?」


 ロードも、地面の上に座った。


「ある。いや、絶対にあらなきゃならない。ジョン・アグールの事を殺すには! 犯行に使われた毒瓶と自分のワイングラス、そして」


「そして?」


「部屋の合鍵が必要だ」


 ウォランは、彼の推理に眉を寄せた。


「部屋の合鍵?」


「ああ」


「そんなもんが無くっても、部屋の鍵は閉められるだろう? 針金かなんかを使ってさ。簡単に」


「いや」


 ロードは、自分の顎を摘まんだ。


「扉の鍵穴にはそう言う、古い傷はあったけどね。器具等を使った形跡は、見られなかった。それ以外の物が使われた後も。犯人は部屋の合鍵を使って、そこの鍵を掛けたんだ。誰にも見られる事無く、夜の間に堂々と。犯人は」


「テメェの部屋に帰った?」


「うん。部屋の合鍵さえ作って置けば、いつでも自分の部屋に帰られるからね。屋敷の人に見られる事はない。犯人は、自分の部屋に帰ると」


「さっきの物を処分したのか?」


「うん、今日の捜査に備えてね。密室の中で死体が見つかれば、自分にも当然疑いが掛かる。『昨日の夜は何処で、何をしていたのか?』と。アリバイの確認を必ずされる筈だ。オレや警察がそうしたようにね。アリバイが無ければ、被疑者のリストから外される事はない。『自分は、犯人ではない』と証明する事も。証拠の処分は」


「確かに。でも、それじゃ」


「ん?」


「すぐにばれちまんじゃねぇの? どんなに上手く隠したってさ。町の鍵屋に聞きゃ、一発じゃねぇかよ?」


 ウォランは足下の芝生を弄くり、ロードはその陰に目をやった。


「世の中には、そう言うのを専門にする会社がある。他人の犯罪に協力して」


「金を稼ぐのか?」


「うん。犯人は『そこ』で、部屋の合鍵を作ったんだ。屋敷の人には、ばれないように。一人こっそりと」


 ウォランは、彼の推理に生唾を呑んだ。


「犯人は、誰なんだ?」


 二人の周りが静かになった。


「サーラさんは白、手紙の事も考えて。犯行のメリットがあまりにも少なすぎる。雇用主が死ねば、送られる物も送られなくなるからね。違う理由で、執事のダグラスさんも白。彼の場合は……色々と怪しい所はあるけど。今の段階で、『犯人』と断定する事はできない」


「なら?」


「うん」


 ロードは、自分の両手を合わせた。


「犯人は、妻のユナ夫人だ」


「え?」


 ウォランは芝生の上から立ち上がって、ロードの顔を見下ろした。


「あのばあさんが? どうして?」


「あの三人との会話だよ」


「三人との会話?」


「ああ。オレと君が応接間から出て行く時に」


 ウォランは、その時の光景を思い返した。


 ああもう、最低! お父さんのお金が借りられないし、挙げ句の果てには!


 犯人扱い、ねぇ。クククッ。犯人扱いじゃなくて、本当に犯人なんじゃないのか?


 何ですって! そう言うアンタの方こそ犯人なんじゃないの? お父さんが死んだのにヘラヘラしちゃって。お父さんの死を悼む事も……。


 死んじまったものは、仕方ない。どんなに喚いても、死んだ人間は生き返られないからな。今、自分が生きている事に感謝するしかない。


 コーマ兄さんは……。


 ん?


 その事に感謝しているの?


 ああ、物凄くしている。犯人様のお陰で、親父の遺産がたんまり入ってくるからな。感謝以外の。


 コーマ! お前

 

 ああん?


 それ以上は、その


 はい、はい、世間の皆さんが見ているってね。本当は、兄貴も喜んでいるくせに。


 なっ!


 兄弟だから分かる。兄貴も俺と同類だ。どんなに上手く隠しても、その本性だけは決して誤魔化せない。俺達はあの、ジョン・アグールの息子なんだからさ。金に謙虚なわけがないよ。


 な?


 あたしは、くっ! 兄さん達とは、違う。あたしは、お金に!


 もう止めて! お願いだからもう! この家の財産は、みんなあなた達にあげるから。


 ウォランは、夫人の言葉に「ハッ」とした。


「まさか」


「そう。彼女だけが『みんな』の事を考えている。自分が愛する子ども達の事を。他の三人は、自分の事しか考えていないのに。彼女は『みんな』に、家の財産をすべて与えようとした。自分の利益は考えず、子どもの」


「それがジジイを殺した理由か」


「うん。彼女の話を聞く限りね。彼女は……うん、そもそもなぜ、三人は彼女からお金を借りようとしなかったんだろう? 同じ屋敷に住んでいるのに。お金を借りる事が目的なら、別にジョン氏でなくても良い筈だ。どうせ借りられないのは分かっているんだし、わざわざ低い確率に賭ける必要はない。けど」


「アイツらは、ジジイから金を借りようとした。親父がドケチな事を知っているくせに」


「うん」


「確かにおかしいな」


 ロードは、芝生の上から立ち上がった。


「夫人はきっと、この家の財産をあまり自由にできないんだろう。色んな理由が重なって。協力者への報酬も……まあ、後払いかなにかしたんだね。自分の夫が死ねば、その分の遺産も入ってくるし。彼女がジョン氏を殺したのは、子ども達に夫の財産を与えるためだ。自分の力では決して使えない、夫が稼いだ財産を。彼女は、二つのグラスを用意して……ジョン氏にはたぶん、『必要な物は、私が全部揃えるから』とでも言ったんだろう。彼女は一方のグラスに毒を塗り、それを夫の部屋に持って行った。夫は、妻の登場に喜んだ。愛する妻が自分に部屋にきた事に。メイドのサーラさんも言っていたからね。『その日の彼は、いつになく興奮していた』と、彼女はジョン氏のお気に入りだから。嫌いな子ども達を入れるわけがない。ジョン氏は、自分の真向かいに妻を座らせると」


「ばあさんのグラスにワインを注いだのか?」


「夫人曰く、『主人はいつも紳士』だからね。お盆の上に乗せる時は、自分の指紋が付かないように、部屋の布を使ったんだろうけど」


「それ以外はみんな、あのジジイがやってくれた?」


「うん。彼が目的のグラスを選ぶように。彼は二つのグラスにワインを注ぐと、嬉しそうな顔で自分のグラスに口を付けた」


「その結果がポックリ、か」


「夫人は、自分のグラスを持った。容器の内側に何も塗られていないグラスを。彼女は部屋の中から出て、その扉に鍵を掛けた」


 ウォランは、胸の興奮を落ち着かせた。


「使った凶器は、どうしたんだ?」


「ワイングラスの方はおそらく、屋敷の食堂に戻したんだろう。外の何処にも落ちていないなら。容器の内側にも毒は塗られていないし、他の人に特別怪しまれない。毒の入った薬瓶は」


「薬瓶は?」


「たぶん、粉々に砕いたんだ。瓶の中身は、そこら辺に捨てて」


「じゃあ」


「うん。見つけるのは、相当難しい。砂のような破片を見つけるのは」


「くっ!」


 ウォランは、茂みの上を踏み付けた。


「ココまで来たのに!」


「ウォラン……」


 ロードは、彼の方に手を乗せた。


「落ち込む事はないよ。犯人の目星は付いたんだし、これからは」


 ウォランは彼の言葉に胸を痛めたが、彼が何かに驚くのを見ると、不思議そうな顔でその方向に視線を移した。


 視線の先には、一人の青年が立っていた。


「バル……」


 の声を発する前に、青年が彼らの前に歩み寄った。


 青年は無愛想な顔で、二人の少年を鋭く睨みつけた。


「お前ら。ここで一体、何をしている?」

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