第21話
夏生が大学を、東京を去ってから、あずみは連絡していない。迷惑になるかもしれないと思ったからだ。夏生は今は違う世界にいる。自分のことなど、もう忘れたかもしれない。
キャンパスのイチョウは、黄色く色づき始めている。
夏生の秋のファッションを見られなかったのは、返すがえすも残念だ。いや、本当はファッションではなく、夏生その人を見たかったのだが。
『本当に美しいもの』
この言葉を、今でもよく思いだす。
人生、何が起こるか分からない。明日も会えると思っている人に、本当に会えるとは限らない。そう思うと、あずみは今を大事にしようという気持ちが強くなっていた。
そして最近、どんなものであれ、ファッションは『今』を表現するしかないものなんだな、という気もするのだ。夏生の『女装』も、そういう気持ちだったのかな?
そんなことを考えて、やや感傷的な気持ちになりながら帰宅した。集合ポストの中に手を突っ込んでごそごそやる。『またチラシか』と思いながらとりだすと、封筒が混じっていた。見たことのない消印の地名……。慌ててひっくり返すと、その地名の住所とともに、『藤井夏生』と記されていた。
急いで部屋に駆け込むと、あずみは中のものを切らないように注意しながら、ハサミで封を切った。便箋が二枚。
「前略 伊藤あずみ様
お元気ですか。私は元気にやってます。
いろいろ忙しく、また気持ちも新たに引き締めていたので、連絡が遅れました。」
そのあと、例の『きたろう』の話のような小難しい言葉がいくつか並ぶ。ファッションの理論的研究といい、あの観覧車に乗った時の様子といい、夏生がかなり凝り性なのは、あずみもなんとなく承知していた。くすりと笑みがこぼれる。今は仏道に夢中のようである。
さて、難しい言葉はとばして、二枚目に。
「……伊藤さんとは、面白い思い出をつくることができました。レッスンが中途になったのが、返すがえすも残念です。」
そうそう、その話を聞きたかったのよ。
「もう一度言っておきますが、伊藤さんはきれいだし、笑顔が素敵です。最初に言ったことは、お世辞じゃないよ。」
どきり。
「もう今ごろは、しっかりと自分を表現していることでしょう。」
涙がにじんでしまった。
あずみはスマホをとり出して、3カ月ぶりにLINEを送る。
『ねえ、教えて。藤井くんはなんで女装だったの?』
返事は意外にもすぐにきた。
『似合うと思ったから』
「ばかか?」
あずみは声に出して笑った。
女装男子 @and25
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