第20話

 時間柄、カフェテリアはすいていた。その分余計に注目が集まる。なぜなら、夏生は少し改まった夏用のスーツを着て、まるでモデルのようなのだ。

 あずみは夏生が大変なときなのに、周りの視線を意識した自分が嫌になった。

 カウンターでアイスコーヒーを受けとり、二人は窓際に席をとる。

 最初にどうしても言っておきたいことがあった。

 「なんで、返信くれなかったの? 事情ぐらい教えてほしかったよ」

 「ごめん。気にさせちゃ悪いと思って」

 夏生は本当に済まなそうな顔をした。それであずみもようやく、ここ数日の重苦しいものが消えていくのを感じた。

 「連絡ないほうが心配するよ、その、藤井くんにはお世話になったんだし」

 我ながら妙な言い方だ。

 夏生はのどが渇いていたらしく、アイスコーヒーを一気に飲みほした。

 それから、まじめな顔をして、理路整然とした口調で話し始めた。


 話はあずみには意外なものだった。さっきも少し口にしていたが、夏生は、養子だという。そして、もともとは施設にいたというのだ。

 「そうだったんだ」

 前から夏生は見かけによらず大人びていると思っていたが、それにはこういう事情があったのだ、とあずみは悟った。同時に、ますます自分の子どもっぽさを意識した。

 「義理の両親には大事にされたよ。こんな、大学まで行かせてもらってありがたいと思ってる。かわいがってもらったし」

 静かに夏生は語る。

 「でも、さすがに、親父が亡くなったっていうのに、お金のかかる勝手なことは、自分はできないなって思ってね」

 「自分は」という言葉に少し力がこもっていた。そこには、あくまで自分の意思にもとづく選択で、母親やその他の親族から言われたわけではないということをはっきりさせたい気持ちがにじんでいた。それは重々感じつつも、あずみはすがるような気持ちで、つい言ってしまう。

 「でも、大学は出た方が、お母さんも喜ぶんじゃ……」

 「それはそうだと思う」

 夏生には全く動揺はない。

 「あくまで自分のけじめ。迷いはないよ」

 「そう。でも、跡を継ぐにしても」

 「『学歴』は大したことじゃないから。少なくともおれは、そういうのは関係ない坊主になりたい」

 え? 今なんて言った?

 「あの、坊主って?」

 「親父は住職だったの。実家はお寺! 田舎のね」

 ここで今日初めて、夏生はいたずらっぽい目つきになった。

 「びっくりしたでしょ?」

 「うん」

 あずみは素直にうなづいた。

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