第19話

 3カ月前、あずみはいつもの場所で、指定された時間に待っていた。夏生がようやく東京に戻って、会う約束をしてくれたのだ。じりじり待ちながら、遅いな、と思った瞬間に、視界に何か入った。

 何か入ったというのは、一瞬あずみの脳裏によぎったこと。それは、ちょうどひどくびっくりした人が、目をこすってもう一度見てみる反応に似ていた。

 見たことのないような美男子。でも、夏生だとすぐにわかった。「男装」していた。髪も短く切っていた。もちろん、すっぴん。

 でも夏生だと気づいても、あずみは笑うことができなかった。きっと、何か身内の不幸があったのだと確信していたからだ。父親か、母親か、あるいは両方? 

 「ごめん。学生課が長引いた」

 夏生は頭を下げた。

 「学生課? それよりその格好……」

 「おかしい?」

 笑うと前の夏生と同じになった。

 「男装だね」

 「うん、男装」

 「何があったの?」

 夏生は少し改まった表情になった。

 「親父が亡くなった」

 やっぱり。

 「ただ、血がつながった親父じゃないんだよね。でもお世話になった人だから」

 「え、そうなの?」

 あずみは驚いた。さらに問いかけたげなあずみの機先を制するように、夏生はつづけた。

 「で、大学やめる。今学生課で手続きしてきたところ」

 「えっ」


 「そんな急に。大学やめるなんて……お金が苦しいの?」

 動転して心臓が早鐘のように打っていた。ここまで話が飛躍するとは思ってもみなかったのだ。

 「そういうわけじゃないけど、けじめだから」

 「ええ、どういうこと」

 夏生は、大学を辞めて義父の跡を継ぐという。

 それでは、どこかの社長の御曹司だとかいう、久美から聞いた噂は本当だったのか? しかしたとえそうだとしても、大学まで辞めてしまうのは妙だった。

 「母さん、この人も血のつながりはない。おれ、もらいっ子だから」

 ますます混乱する。そんなあずみを見て、夏生が言った。

 「ちょっと、どこかで話そうか」

 促されるまま、あずみは大学のカフェテリアに移動した。

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