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祭壇の二人と同じタイミングで名残惜し気に唇を離して、レオンが間近で囁いた。


「兄上がカーライル公爵家を継いだ後、俺はエインズワース領にうつってそちらを治めることになった。そこにお前を連れていきたい。もう一度聞く。公爵夫人は嫌か?」


 三度目にしてようやく、ローズはレオンの言いたいことを察した。



「でも……」


「トロレンダ伯爵夫人が、お前の後見を引き受けて下さった。ご自分の養女としてくださるそうだ。あのトロレンダ伯爵夫人の娘なら、俺の相手として父も文句があるまい」


「トロレンダ……クリステル様が?」


 昨日は式の準備で慌ただしかったので、ローズはクリステルには簡単に挨拶をしただけでそれ以来会っていない。



 田舎で領地を治めるクリステル・トロレンダ伯爵夫人は、社交界にあまり詳しくないレオンでも知っているほどの有名人だ。


 若い頃のクリステルは数々の貴族の愛人と噂されたが、彼らが全て一流と言われるひとかどの人物だったために、その立場になることが社交界では一種のステイタスのようにまで思われていた。


 結局彼女は誰のものにもならなかったが、それは、たった一人だけ本当に愛した人との想いが成就しなかったからだとか、いや相手にはすでに妻がいたからだとか、様々な憶測が流れていた。



 昨日、どんよりとした顔色の伯爵夫妻とともにこの館についたクリステルは、ベアトリスから事の次第を聞いて胸を叩いてまかせろと言い放った。


『なんて愉快なんだろうね! 惚れた者同士が幸せになれるのなら、私にできることはなんでもしてあげるよ』


 彼女の豪快さにレオンが言葉を失っていると、ひどく優しい目になってクリステルは彼を見つめた。


『あんたとも全く縁がないわけでもないしねえ……これも私の運命なのかしら。ま、このまま一人で老いさらばえていくものと思っていたけれど、こんな素晴らしい娘と息子を持てるなんて、人生捨てたもんじゃないわ』



「レオン様……」


 どう答えていいのかわからずに、ローズはただレオンを見上げる。


「伯爵令嬢だろうが侍女だろうがなんでもいい。お前を……今ここにいるお前を、愛している」



 そう告げたレオンの瞳は、今までローズが見た中で一番、熱く真剣だった。大きく見開かれたローズの目が、再び潤み始める。



「どうか、俺と結婚してほしい」


「私は……」


「イエス、以外の返事は聞かない」


 そう言って、もう一度レオンはローズに口づけた。先ほどの触れるだけのそれとは違い、いつまでも終わらない口づけにローズは身をよじる。



「ん……レオン様、も……」


 逃げようとすると、体ごと抱きしめられてさらに深く求められる。


「だ、だめで……ん……レオン様、待って……」


「では、イエスと答えるか?」


「でも……」


「イエス以外は聞かないと言ったろう」


 甘やかに唇を食んで、文句ごと、レオンはローズの吐息を飲み込んだ。どれほどに暴れても、レオンは抱きしめたローズを離さない。



(レオン様……)


 次第にぼんやりと頭の中が霞がかって、ローズはレオンのことしか考えられなくなる。抗う体の力が抜けて、たくましいレオンの腕にくたりと体を預けた。もう、結婚を宣誓する神父の声も、二人に気づいた近くの使用人たちの驚いたような視線も、何もわからない。


 感じるのは、レオンがローズを求める熱だけだ。



「お前はもう俺のものだ、ローズ」


 ようやく唇を離してなお、ローズの頬に額に口づけを続けるレオンが言った。


「そして、たまには一緒に楽器を奏でよう」


 その言葉に、ようやくローズは微笑んだ。


「はい」


 今度は自分のために流した涙をぬぐうローズたちの横を、承認を終えたハロルドとベアトリスが笑顔で通り過ぎていく。寄り添うローズたちを見て、二人は幸せそうにうなずいた。



 その二人が扉の前に立つと、ゆっくりと大きな扉が開いていく。



 教会の外で待っていた人々の喜びの声がひときわ高くあがり、色とりどりの花々が風に舞い散った。微笑み合いながらあふれる光の中を歩いていくハロルドとベアトリスを、しっかりと手をつないだレオンとローズが見送る。



「レオン様」


「なんだ」


「私も、レオン様を愛しています」


 涙声で見上げたローズに、レオンは目を細めると、もう一度熱い口づけを落としたのだった。




fin

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身代わり令嬢に終わらない口づけを いずみ @izumi_one

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