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『口説き落とすのに苦労したよ』
とハロルドが言えば、
『口八丁手八丁で騙されたのよ』
とベアトリスが言い返す。
行方知れずだった時の話をする間二人は、終始見つめあってはうふふと笑ってあははとつつきあう。えんえんと続く言い訳という名目ののろけを、ローズとレオンは無心になることでなんとか乗り切った。
ハロルドの当初の予定では、ベアトリスが公爵家に来る頃には自分も家に戻っていて、そこで彼女を驚かすつもりだった。
だが帰ろうとしたまさにその日に、当のベアトリスが『結婚なんてしたくない』と言って家を出てきてしまった。予想外の行動をとったベアトリスをたしなめるでもなく、悪ノリしたハロルドはベアトリスにすべてを黙ったまま、彼女をこのフィランセの街に連れてきたのだ。
そして何食わぬ顔で式を挙げるつもりで、叔父であり夫婦の証人となってくれる国王と、式をあげる教会側には予定通り結婚式を行う旨を連絡をしていた。カーライル公爵家に連絡をいれなかったのは、いたずら好きのハロルドが意図的にそうしたのだ。ハロルドは、結婚しました妻です、といきなり家に戻ってみんなを驚かすつもりだったらしい。
それを知らない公爵がそのまま結婚の準備を続けたせいで、お互いに身代わりだったレオンとローズは振り回されることになり、ハロルドはレオンの八つ当たり気味の説教とベアトリスの怒りの張り手を受ける羽目になった。
「それより、ご兄弟なんですから、レオン様のお席は前の方なのではないですか」
侍女という立場上、ローズは教会の一番後ろに控えていた。そのローズの隣に、なぜか親族であるレオンもずっと立っている。
「お前のいるところがいい」
「な……なんですか、急に」
「公爵夫人になり損ねたな」
「もともとそんなものになる気はないのでかまいません」
「公爵夫人は嫌か?」
「私はただの侍女ですよ? なれるわけが……」
「可能性の問題ではない。お前の気持ちを聞いているのだ、ロザリンド」
ふいに名前を呼ばれて、ローズは一瞬だけ口をつぐむ。
「……ローズでよろしいですと言ったではないですか」
昨日、ベアトリスとそろってから、ようやくローズはレオンに自分の本当の名を告げることができた。それなのに、どれだけローズでいいからと言っても、レオンは頑なにその名前を呼ぼうとしない。
「俺たちはまだ夫婦ではないからな」
ちら、とローズはレオンを見上げた。祭壇に向いたその横顔は、憎たらしいくらいに涼し気だ。
レオンがちくちくとそう言い張る理由に、ローズは心当たりがあった。以前、夫婦でもないのに愛称で呼ぶなと言ったことを、レオンは覚えているのだ。よほどその時にへそを曲げたのだろう、と、ローズは小さなため息をつく。
「レオン様も、たいがい根に持つお方ですね」
「似たもの同士ということだな」
「では、私もレオナルド様とお呼びしますよ?」
「お前はそのままでいい。それより、公爵夫人は嫌か?」
レオンはローズに視線を映した。その目は、思いがけず真剣だ。
「ですから、私は……」
レオンの真意を図りかねてローズが戸惑っていると、教会内に、ほう、と静かな感嘆が広がった。ローズが祭壇に目を向けると、ちょうどハロルドとベアトリスが誓いのキスをしたところだった。
「わ……」
光の中で輝く美しいその姿にローズも声を上げかけたところで、ぐい、とその顔をレオンの方に向けられた。驚く暇もなく、レオンが唇を重ねる。
「……!」
まわりの人々は全て祭壇に目を奪われている。レオンとローズだけが、お互いの姿を瞳の中に映していた。
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