解決編

 予想以上に時間がかかってしまった。その上、探しものは見つからない。踏んだり蹴ったりだ。まあいい、このままでも、なんとかなると信じよう。とにかくもう出なくちゃいけない。

 荷物を入れようと持ってきたカバンを片手に持って玄関で靴を履く。忘れ物はないよな。ここで忘れ物をしたら、とんでもないことになりかねん。

 うん、大丈夫。確認を終えて、玄関のドアを開けて外に出る。

 マンションのエントランスで突然、背後から声をかけられた。

「失礼ですが、立見たつみさとしさんのお部屋から出てこられたのではありませんか?」

 目の前にいる男は四十代後半といったところか。口は笑っているが、目には笑みはない。髪に軽くパーマをあてて、薄汚れているが一応白のワイシャツの上にカーキ色のジャケットを羽織っている。よれよれのスラックスがなおさらちぐはぐだ。

 隣には二十代、いや三十代前半かもしれない男が突っ立ってる。今どき、茶髪に英語か何かわからない言葉が書いてある白のティシャツにジーンズとくたびれたスニーカー。ぼうっとしてるんじゃなくて、こちらの動きに合わせて対応してくるつもりなのだろう。

「なんでしょうか?これから出かけなくちゃいけないんですが」

 探し物を見つけるのに手間取ってしまったために予定が大幅に遅れてる。まだなんとかなるが、ここで余計な邪魔は入ってほしくなかった。

「立見さんとはどういうご関係なのでしょうか?申し訳ありませんが、ちょっとお話をうかがいたいのですが」

 そう言って二人の男は同時に身分証が貼ってある警察手帳を見せた。

「ですから用事があるんです。どうせ任意なんでしょう?帰ったら、そちらに伺いますから」

 そう言って横をすり抜けようとすると、若い男が肩を掴んできた。

「何するんだ!」

 怒ってその手を払いのけるが、逆に手を掴まれる。

「公務執行妨害ってやつで逮捕するつもりですか?言っときますが先に手を出したのはそっちの方ですからね」

 せいぜい威嚇してやる。

「それでもいいですが、住居侵入罪で逮捕することも可能です。おとなしくついてきてくれると助かるのですが」

 年上の男は笑っていない目でにこやかに告げた。


 取調室というのは初めて見たが、ドラマなんかで見るのと同じように殺風景なんだな。コンクリート壁に窓には格子がかけてあって、逃がしはしないぞという意気込みが感じられる。

 まあ、実際はあり得ないと知ってるが、こんなところでカツ丼を出されても美味しく食べられるとは思えん。

「いきなりで驚かれたでしょう」

 強引に連れ込んだ張本人が何を言ってるんだか。

「調べ官の梅田うめだ良平りょうへいと言います」

 男はにこやかな顔で自己紹介をする。あいかわらず目は笑ってない。

「あなたには黙秘権があります。ご自分に不利になると思われるようでしたら無理に話す必要はありません……」

 だったら、名前も応えないことにする。その後、取り調べの可視化のことやら事務的に話が進む。


「さて、あなたはあの部屋の本来の住人、立見恵さんをご存知ですか」

「……」

 余計なことは言わない。ただし、頭の中はフル稼働だ。

「その立見さんの部屋にどうしてあなたがいたのでしょうか?」

「……」

 ここでも黙秘をする。

「それでは話を変えましょう。……あなたはどうして我々があのマンションにいたとお考えですか?」

「……わかりません」

「知りたくはありませんか」

「教えてくれるんですか」

 なんとなくわかるがとりあえず聞いてみる。調べ官の梅田刑事は手元にあるクリアファイルから紙を一枚引き抜いた。

「……本日午前二時三十二分。東京都〇〇市……署に一一〇番通報がありました。内容は『道路に飛び出してきた血まみれの男から警察に電話してくれと言われた』というものでした。パトロール中の警察官二名が駆けつけると通報した人はいませんでしたが右半身に大量の血液が付着している男性が一名、道路脇にうずくまって座っていたそうです。警察官が話を聞くと男性は近くの建物の地下室に監禁されていたと言い、その地下室で人を一人、殺したと供述しています」

 ……やっぱり。

「男性は立見恵と名乗り、監禁したと思われる人物から『立見さんが殺した人物を特定して、それが持っている鍵で脱出しろ』と命令されたそうです。警察官の一人が状況を確認したところ、たしかに地下室の鍵が開いており中には証言どおり男女三名のご遺体が発見されたそうです」

「それでその人は、どうしてるんですか?」

「気になりますか?」

「それは、そうでしょう」

 梅田刑事は書類から目を離すと

「現在、都内の病院に搬送されて入院しています。かなり衰弱している様子ですが、本人のたっての希望で調べ官がついて様子を見ながら供述を行っている最中です」

 こちらの顔を見つめながら答えた。


「それで、その立見さんとやらは、どうやってその地下室から抜け出せたんですか?」

 梅田刑事は、さも当たり前のように

「もちろん鍵を使って扉を開けて外に出たんですよ」

 答える。

「だとしたら自分が殺した人を特定できたということですか?」

「そういうことですね」

 刑事は口元だけに笑みを浮かべて、ジッと見つめてくる。

「いったいどうやって特定したと思いますか?」

「そんなの簡単じゃないですか」

 実際これ以外ありえないだろう。

「三つの遺体全部を調べて鍵を探したんでしょう」

 刑事はその答えを聞いて

「どうして、そう思われます」

 と訊ね返した。

「それが一番手っ取り早いからですよ。わざわざ監禁した犯人の言うことをバカ正直に聞く必要ないでしょう」

 そうでなければ、これだけ早く警察が動くわけがない。午前二時半なら、あれから一時間も経たずに脱出したということになる。

「今、捜査員や鑑識員が現場の地下室を隈なく調べていますが、立見さんの指紋が検出されたのは、スチール製の机に扉とそこに差し込んでいた鍵。それに、お一人の上着だけでした」

 ……まさか?

「偶然、一回目で見つけたんじゃありませんか?」

「調書をとってる調べ官も同じことを思って聞いたそうですが立見さんは、ちゃんと推理して鍵を発見したそうですよ」

 そんなことあるはずないだろ。

「調べ官も気になって『どうして全部のご遺体を調べずに推理で特定しようとしたんですか』と聞いたそうです。そうしたら『“スピーカー”が死体に触れて指紋が付いたら三人とも殺したことにされてしまうと言っていた』そうです。……あ、“スピーカー”というのは立見さんを監禁したと思われる人物に立見さんがつけたあだ名だそうです」

 センスのないあだ名だな。

「もちろん現場が荒らされるのは捜査の上で困るのですが、指紋がいくらかご遺体に付着してたとしても何とかなります。さきほど仰られてたように犯人のいうことをバカ正直に聞く必要なんてないわけです。それよりも早く外に出て警察に駆け込んでくれる方が犯人を捕まえるのに重要ですから。立見さんもそれを調べ官から聞いたときには唖然とされていたそうです」


 梅田刑事は「ところで」と言って話を切り替える。

「あなたは立見さんがどう推理を働かせたと思われますか?」

「……そんなこと、わかるわけないでしょう。その現場を見たことないんですから」

「興味はありませんか?」

「無いことはないです」

 あれを見てどうして鍵を見つけることができるのか。絶対できるわけがないと思っていた。だから家探しに時間をかけてしまったんだから。

 梅田刑事は書類に目を落として続きを読みはじめた。

「“スピーカー”が自動車を走らせて去ったのを確認すると部屋の窓や扉から抜け出せないか試したそうです。ですが、すべてダメだったので仕方なく立見さんが殺害した被害者を特定することに専念したということです。

 まず最初に気が付いたのは三人のご遺体の中に見知った人物がいたことでした。会社の同僚で三縄秀哉さんという方です。……ご存知ありませんか」

「……」

「まあいいでしょう。……立見さんは三縄さん……とおぼしき人物が殺されていたことで、今回の事件は数日前に三縄さんから預かった品物が関係しているのだと思ったそうです。そのことを思い出して改めて三人のご遺体を観察したそうです」

 刑事はクリアファイルの下から大学ノートを抜いて開いたかと思うと、雑な絵を書き始めた。

 「下手くそなのはお許しください。……立見さんから向かって左端に倒れていた三縄さんをA。その三縄さんの下半身に頭を乗っけるように倒れていた男性をB。共に仰向けに倒れていました。その二人から一メートルほど立見さんから向かって右側に離れて、うつ伏せに倒れていた女性をCさんとしましょう。ちなみにBさんもCさんも今現在、身元が判明していません。

 立見さんの証言では、彼が拉致されて気を失い、目が覚めた時は目隠しと猿ぐつわをされて、胴と腕をロープのようなもので縛られていたそうです。その状況で聞き耳を立ててみると、男性二人と女性一人の声が聞こえた。そのうちの一人の声に聞き覚えがあったそうですが、その時点では思い出せなかったそうです。ご遺体を見たときに、はじめて気が付いたと言っています」

 やっぱり聞かれてたか。あの時どんなことを話してただろうか。

「男の声が立見さんを殺してしまおうと提案すると女の声が『血が出るから嫌だ』と答えたのに対して三縄さんの声が『お前がそれを言うのかよ』と返したそうです。立見さんは自分を殺す相談をしていると思ったそうです。女は自分を殺すことに一応反対していたようだが、男二人は積極的に殺そうと考えていたのではないかと考えた。

 だから、立見さんが目隠しをしたままナイフを振り回した時に自分に近づいてきたのは男二人のうちのどちらかではないか、そう思った。そこで三人の倒れている様子を観察してその人物は三縄さんではないかと推理したそうです。Bさんは三縄さんの上に乗っかっている状態でしたから、彼よりも先にBさんが死んだはずはないだろうと」

 刑事は下手くそなイラストのAと書かれた棒人間をペンで指した。

 ほう、そう考えたか。

「“スピーカー”は立ち去る前にヒントをくれたそうです。一つは三人のご遺体のうち、一人は別の二人のうちのどちらかに殺された。2つめは“スピーカー”も一人殺している。ご遺体にそれぞれ上着がかけられていたそうですが、それは傷痕を隠すためだったと言っています。実際にご遺体を調べたところ一人はナイフで刺殺されていましたが、残りの二人は拳銃で射殺されていたそうです」

 もう検死は始まっていたのか。


「そして、三縄さんのご遺体を調べようとした時に思い出したことがあったそうです。昨日、会社で彼は三縄さんに会っています。その時の三縄さんはあきらかに様子がおかしかったそうです。有休をとっているはずなのに出社しているというのも変ですし仕事をするのでもなく周囲の人たちに食ってかかるように聞いて回っていたらしいです。

 三縄さんは立見さんにも聞いたそうです、『お前に何か預けなかったか?』と。立見さんは、たった数日前のことを覚えていないのか、と思ったそうですが、それよりも言葉遣いを注意したら、立見さんに対して怒鳴り返してきました。それに腹を立てたために立見さんは三縄さんの荷物を預かっていることを告げるのをやめています」

 なるほど、そういうことだったのか。

「その時のことを思い出した立見さんは二つの仮説を立てます。その仮説が正しいとするなら立見さんが殺したのは三縄さんではありえない」

 梅田刑事は区切りをつけるように言葉を切る。


「一つ目は、三縄秀哉さんは、もう一人いる、だそうです」

 こちらを見ながらゆっくり言葉を紡ぐ。そして、

「どう思われますか?」

 と、聞いてきた。

「どう……って言われましても。ところで刑事さんは、その現場をご覧になったんですか?」

 余計な質問は命取りになりかねないと思ったが、聞かずにはいられなかった。

「いえ、現場の捜査は別に担当がいますから」

 それなら気づいてないのか?いや、そんなはずはない。

「数日前に会った三縄さんと昨日会った三縄さんはまるで別人のようだった、と立見さんは感じたそうです。もし、三縄秀哉さんにそっくりな別人、おそらく双子の兄弟ではないかと言っていましたが、その人があの地下室にいて、しかも彼が立見さんが拉致された時点ですでに殺されていた、というのが第二の仮説だそうです。それなら立見さんが殺したのはAさんではない。……例えば“スピーカー”が女性だと仮定しましょう」

 刑事はイラストの上の方に「スピーカー」と書いて、その隣に「女」と付け加えた。

「スピーカーからの声は加工されていて、性別がハッキリとしなかったそうです。それで、これが女性だとするなら、一番最初に殺されたのはCさんでなくてはならない。理由はわかりますか?」

「そうでないと立見さんが目隠しをされたときに聞いた男二人と女一人がつながらなくなるから……ですね」

 刑事は満足そうにうなずく。

「そうなると立見さんが殺害したのはAさんかBさんということになります。そして、Aさんの方がBさんの下敷きになっていることから、立見さんが殺したのはAさんということになってしまう」

「じゃあ、やっぱりそうなんじゃないですか」

「そして“スピーカー”が男性の場合だと最初に殺害されたのはAさん。そうなると“スピーカー”は……三縄秀哉さん、もしくはその双子の兄弟、でなければ説明がつかない。別の男性ならば目隠しされた時の三縄さんと思しき声は誰か?となってしまう」

 その時、取調室の外から梅田刑事を呼ぶ声が聞こえた。彼は「ちょっと失礼」と言って中座した。

 取調室のドアは開け放たれたまま廊下の梅田刑事と今朝の若い刑事がなにか話している。その様子を漫然と見つめながら、なんとか打開策はないかと頭を絞る。このまま“スピーカー”は女だということにすれば、なんとかならないか。


 やがて梅田刑事が戻ってきた。

「お待たせしました。新しい情報が二つ入ってきました。一つめはAさんの身元が明らかになりました。以前、覚醒剤取締法違反で検挙されていまして、その時に押収した指紋が一致しました。……三縄秀斗しゅうとさん。……あなたの双子の弟さんですね」

 手にした書類の束の中からクリップで止めた写真を抜き出して、こちらに向けた。

 鏡を見ているように、そっくりな顔がこちらを見つめてる。

 こいつが昨夜、俺たちの地下室にやってきた時は心底、驚いた。なぜ、あの場所を突き止めたのかはわからないが、奴が俺が奪ったシャブを取り戻しにきたのはすぐにわかった。

「もう一つは、立見さんのマンションのお部屋の家宅捜索をさせていただきました。立見さんの証言どおり、彼の部屋から紙袋に入った覚醒剤が発見されました」

 ……なぜだ?あれだけ探したのにどこにあったんだ?

「……どうかされましたか?」

 刑事の問いかけに「なにも」と応える。


「立見さんは、あなた……秀哉さんから預かった荷物がなにかヤバいものだと直感して、ファスナー式のビニール袋に入れてガムテープでグルグルに巻いて、トイレの水洗タンクの中に隠したそうです。その証言通り出てきました。……これはあなたが預けたものですね」

 そんなところに入れてたのか。畜生!トイレを使ってたらわかったかもしれないのに。手袋を外したくなかったから、我慢したのがかえって裏目に出てしまった。

「それを預けたのは弟では?」

「それはないでしょう。立見さんに預けた人は立見さんが誰かを知っていましたよ。そして昨日、立見さんに預けたか問い質した人は彼の名前すら知らなかったようだったと立見さんは証言しています。彼も預けたのは、あなたで、昨日会ったのは、あなたではないと思うと言ってるそうです」

 クソ!余計なことをしやがって。

「さて、我々があの部屋に行った理由はわかっていただけたと思いますが、三縄秀哉さん。あなたがあのマンションに行った理由は何でしょうか?」

「……もちろん立見くんからあの荷物を返して貰おうと思ったからです。しかし、彼が留守だったのてそのまま帰ろうと思ったところに刑事さんたちに捕まってしまったんです。

 言っておきますが、あれは弟が持っていたもので最終的には警察に届けるつもりだったんです。ところが、弟が泊まりに来ると言い出して……きっと、あの荷物を取り戻しにくるつもりだと思ったので急遽、立見くんに預けてしまったんです」

「すぐに警察に持ってきてくだされば、こんな事件は起きなかったんですがね。……まあ、それは立見さんも同じなんですが」

「反省してます」

 まったくだ。反省すべき点はいろいろありすぎる。

 そもそも立見を拉致する必要はなかったんだ。何食わぬ顔で出社して立見から事情を聞いて本人から返してもらうのが一番よかったはずだ。……どうして、あの時、奴を捕まえとかなくちゃいけないとか考えたんだ。一人、殺して気が高ぶっていたとしか思えん。


「立見さんは目隠しされた時点で秀斗さんは殺されていて、話していたのはBさんとCさん。それにあなただと思っているそうです。それだとたしかに説明がつきます」

「ちょっと待ってください!そうとは言い切れないでしょう。さっき言った通り“スピーカー”が女性でCさんを殺害したなら説明つくでしょう」

「たしかに、そうですね。立見さんも目隠しされた時の話の内容からすでに女性が誰かを殺していたのではないかと推測したそうですし」

 あの女は自分は殺しをしておきながら立見を殺す話をした途端に反対してきやがって。思わず怒鳴り返した声を聞かれてたんだな。

 くそったれ。一言も喋らなければバレることはなかったのに。

「ですが、それだと別の説明がつかないんですが……」

「……はっ?」

 思わず間抜けな声を上げてしまった。

「“スピーカー”のヒントにあったじゃありませんか。三人のうち、一人は他の二人のうちの一人を殺している。もう一人は“私”が殺していると」

「……それが?」

「わかりませんか?“スピーカー”が女性で最初にCさんを殺害したとして、立見さんが男性二人のうち一人を殺したのなら、残りの一人はいったい誰に殺されたのでしょうか?」

 ……!?

「ちなみに“スピーカー”が別の男性だったとしたら、殺害されたのはCさんでも秀斗さんでもありえません。そうだとしたらBさんになるのですが、Bさんは秀斗さんの上に重なるようにしてなくなっているので彼よりは後に殺害されたはずです」

「そんな……犯罪者の言うことを真に受けるんですか?」

 梅田刑事は首を傾げる。

「なにか誤解をされているようですが、今は立見さんがどうやって推理を働かせて、地下室から抜け出したかの話をしています。そして現に立見さんはその推理で抜け出して我々に連絡をとって、捜査が開始されているんです。

 捜査は始まったばかりですが、検死の結果でもBさん、Cさんの死亡推定時刻は本日の0時前後、秀斗さんは昨日の二十時から二十一時頃だと判明しています。“スピーカー”の言葉を真に受けて推理をしたのは立見さんですが、我々はそんなことに関係なく証拠を集めている最中です」

「……」


「……話を続けますが、立見さんはCさんを殺害したのは自分ではないとかなり早い段階から気が付いていたそうです」

「……?」

「彼女はうつ伏せに倒れて、その上にカーディガンをかけられていました。おそらくCさん本人のもので殺害された時点では脱いでいたのでしょう。そのカーディガンは地の色がわからなくなるほど血液が染み付いていました」

「それが、どうしたんですか?」

「うつ伏せのご遺体にかかっているカーディガンが血まみれだということは背中に血があふれるほどの傷が付いているということです。

 普通、ナイフは腹から刺して背中に貫通するほどの刃の長さはありません。しかし、立見さんは殺害をした時、相手が自分に向かって倒れ込んだと供述しています。もし、背中を刺して絶命したとしたら、その場で崩れ落ちるのが普通です。相手に向かって背中から倒れ込むことはない。だから、背中から血を流しているのがわかった時点で彼女は立見さんの手にかかっていないということがわかります」

「……」

「と、いうことは立見さんが殺害したのはCさんではない。もちろん、Aさんこと秀斗さんでもない。そうすると消去法で答えが出ますね」

 冗談で言った「消去法」で本当に解かれてしまうとは思わなかった。


「ところで……」

 刑事の口調が変わって神妙な雰囲気になった。思わず彼の顔を見返す。

「この度はお悔やみを申し上げます。弟さんを殺害した犯人はすでに亡くなっているので、被疑者死亡で立件はできないと思います。申し訳ございません」

 梅田刑事は机の前で突っ伏すくらいに深々と頭を下げた。

「……いえ」

 なんと言っていいか、それだけ言うのが精一杯だった。

「ですから弟さんの仇をとった、そのお気持ちはわかります」

 ああ、なんだ。そういうことか。

「……何言ってるんですか。あれはあくまでもゲームを盛り上げるためにやったことです。どうして“私”が弟のために人を殺さなくちゃ……」

 ……あれ?

「なるほど、“あなた”は弟さんの仇討ちではなくて、ゲームを盛り上げるために“彼女”を殺したんですね?」

 梅田刑事は顔を上げて聞いてきた。

「……今のは自供になるんですか?」

 おそらく今、私の顔から大量の冷や汗が滝のように出ているんじゃないか。

「あれだけでは自供にはなりません。……ですが、取り調べはこれからです。BさんやCさんの身元やどういうご関係なのか。あなたが持ち去った車や凶器はどこにあるのか。なぜ、弟さんはあの場所にいたのか。……そして“あなた”が“誰”を殺したのか。じっくりとお話しを伺いますよ」

 梅田刑事のニヤリと笑った顔が忘れられない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「私」は「誰」を殺したか? 塚内 想 @kurokimasahito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ