ハッピーエンドは嫌いだから
烏川 ハル
ハッピーエンドは嫌いだから
「大きな声では言えないけど……。実は俺、恋愛小説のハッピーエンドって嫌いでね」
とある小説投稿サイトのオフ会で。
酒が入った拍子に、ついつい俺は、そんな本音を漏らしてしまった。
途端に。
隣に座っていた女性――Sさん――の顔が曇る。せっかくの美貌が、少しだけ崩れる。
ああ、やっちまった……。
大きく後悔する俺。彼女の「物語の主人公とヒロインは、絶対に幸せに結ばれて終わるべき!」という主義主張は、その作品をいくつか読むだけで、誰の目にも明らかだったのに。
Sさんが、その不満を口にする前に。
「どうしてです?」
反対隣からの言葉を受けて。
これは助け舟になる、と思った俺は、そちらに振り返った。首だけではなく、体ごと全体で。
Sさんのような典型的な美人とは違って、十人並みの器量。普段は化粧なんてしないけれど、せっかくのオフ会なので、頑張って整えてきました……。そんな感じの顔が、そこにはあった。
文句を言いたそうなSさんを見ているより、今は、こちらの相手をする方が、よほど居心地よいはず。
「ああ、だって……。恋愛もののハッピーエンドって、なんか単純なやつが多くない?」
「単純……ですか?」
「そうそう。ご都合主義というか、とってつけたような感じというか……。途中まで、そんな雰囲気まるでなかったのに、最後の最後で、強引にハッピーにさせてる感じが……」
後ろから「その雰囲気の落差にこそ、物語としてのインパクトやカタルシスが……」という声が聞こえてくるが、バッサリ無視。俺の背中には、耳は存在しないのだ。
一方、正面の女性は、
「ああ、それならわかります!」
俺の言葉に、パッと表情を明るくした。
「たとえ恋愛ものでも、唐突なのはダメですよね。物語なんだから、ちゃんと伏線がないと……。そう言いたいのですね?」
「そうそう、そういうこと」
「例えば、推理小説で意外な犯人が出てきても、手がかり不十分で、その人が犯人になる説得力が足りない場合、逆にシラケてしまう……。それと同じですね!」
「そうそう。興が醒めるよね」
彼女の言葉を言い換えて、適当に頷いておく俺。
この人の作品、俺は読んだことないのだが……。ミステリを書く人なのか?
恋愛ものとミステリとでは、まるで方向性が違うから、重ねて考えるのは少し変な気もするのだが。
……などと俺が考えていると。
「例えば、異世界転生もので主人公が強いのは、読んでいて爽快感あるけど……。あまりに無双が続く場合は『また同じパターン?』と、呆れたり飽きたりしてしまう……。それと同じですね!」
「そうそう。食傷気味というか、ウンザリしちゃうよね」
やはり頷く俺。
今度は、例え話そのものが少しピント外れな気もするが、おそらく「恋愛小説のハッピーエンドも単純にパターン化している」と言いたいのだろう。
それはともかく。
この人、ミステリだけでなく、今流行りの異世界転生ものも書くのだろうか?
正直、俺は、そういう作品はほとんど読んでいない。いわゆる『チート無双』という言葉に単調なイメージがあって、読まず嫌いだったのだが……。
「ああ、良かった! 私と同じ考えの人、同じサイトにいたんですね! 作品を読んでいても感想欄のコメントを眺めていても、なかなか心から賛同できるものが見つからないから……。今まで、ちょっと寂しかったんです!」
彼女も少し酔っているのだろう。嬉しそうに俺と握手すると、握ったままブンブン振り始めた。
「そうそう。俺の方こそ、嬉しいよ! しかも隣に座った人が、偶然そうだったなんて!」
今度は『適当に頷く』ではなく、かなり本心からの言葉を口にする。
この人と俺は、作品の趣味嗜好が結構一致するかもしれない。彼女の作品ならば、ミステリでも異世界転生ものでも、それこそ恋愛ものでも、心から楽しめそうだ。早速、帰ったら彼女の作品を読んでみよう。
そのためには、彼女の名前を聞いておかないと……。
「ところで、ごめん。名前、なんだっけ? 最初の自己紹介で、聞いたはずだったけど……」
「ああ、そうですよね。ああいう自己紹介って、まだ個々の印象も薄いうちに、名前だけ一気にたくさん聞かされる形になるから、覚えきれませんよね。えーっと、私の名前は……」
――――――――――――
「……というのが、二人の馴れ初めでした」
と、出会いのエピソードを披露宴で語る俺たちに対して。
会場からツッコミが返ってきた。
「お前ら自身がハッピーエンドじゃねーか!」
(「ハッピーエンドは嫌いだから」完)
ハッピーエンドは嫌いだから 烏川 ハル @haru_karasugawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
カクヨムを使い始めて思うこと ――六年目の手習い――/烏川 ハル
★209 エッセイ・ノンフィクション 連載中 298話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます