かばん 題名「星の記憶の底」

深夜。かばんは一人研究室の中で研究日誌を書いている。




「かばん、こんな遅くまで何をしているのですか。ヒトは本来夜行性ではないはずですよ」

アフリカオオコノハズクのフレンズ、通称博士が後ろから声をかけてくる。


「うん、ちょっとね....」


曖昧な返事。

博士が日誌を横からちらりと見る。そこには、『サンドスター』という文字と『記憶』という文字が頻繁に書かれていた。



「....かばん、お前は何を調べようとしているのですか」

博士がため息混じりに問いかける。







「フレンズの記憶とサンドスターのことについてだよ」


「なるほど....あのサーバルに思い出させたいのですか」


「それはできればでいいんだけど、本当は『サーバルちゃん』の記憶を見つけたいんだ」


かばんは日誌を書き終え、ぱたんと閉じる。



「ぼくのことをあの『サーバル』は覚えていなかった。研究所に来た時も名前を呼んでくれなかった。けれど、あの時言った「かばんちゃん」って声は『サーバルちゃん』のものだった。覚えていないはずなのに呼んでくれた。なぜだろうって....ずっと考えてた」


かばんは立ち上がり、窓に手をかける。


「サンドスターには世代交代前の個体の記憶が眠っているっていうのが、ぼくたちの仮説だよね?だったら、どこかにその『記憶』が保管されている場所があるはずなんだ。ぼくはその場所をつきとめたい」



「確かに今日訪れてきたアードウルフと新しく生まれた....バーバリライオン?のフレンズも、お互いのことを『どこかで会ったかのような安心感がある』と言ってたので可能性はありますね」



「あとでラッキーさんに調べてもらったら、昔の個体で関わりがあったっていうから驚きだよね....」








かばんは少しうつむく。

「....あの『サーバル』も、少しは覚えてくれていたのかな」



博士がかばんの背中に手を添える。






(我々は先代の『我々』が残した文章を読めて、かつかばんから話を聞けたからこそ先代の記憶を引き継げたのですが....やはり、我々のように文字が読めない個体は世代交代による記憶の欠落が激しいのかもしれないのです)




(『サーバルちゃん』は一回セルリアンに食べられた....そのことが、今の『サーバル』の記憶に影響を与えているのかもしれない)






「あ、そういえば助手さんはどこへ?」

かばんは振り向き、博士に尋ねる。助手、というのはワシミミズクのフレンズで博士の補佐役の子のことだ。


「バーバリライオンのフレンズにこのパークのことを話している最中なのです。かなり詳しく説明しているみたいなので、結構長くなっている様子なのです」




「....そっか。わかった、ありがとう」


「じゃあ、私は助手の様子を見に行ってくるのです。お前も早く寝るのですよ、最近眠たげにしてるのはわかっているのですから」


「あはは、気をつけるよ」


博士は研究室から立ち去る。






それを見届けたかばんは窓を開け、星が無数に瞬く雲一つない夜空を見上げる。


そして、髪留めにしている黄色い帯をほどく。昔よりもだいぶ伸びた髪が頭の動きに合わせて波のように揺らめく。







サーバルちゃん。

ぼくの願いは、君が君のままでいること。

ぼくもぼくのままでいるから。


時が過ぎれば、サーバルちゃんの近くにいるヒトも変わる。前々は『ミライさん』で、その次がたまたま『ぼく』だっただけ。

今隣にいるべきなのは、『キュルル』って子だから。









あの時、君が言った言葉はまだ覚えてる。


《かばんちゃん....もし、私がほかの子と一緒にいても、かなしまないでね....それは違うで、私が大好きなのは、かばんちゃんだから....》



そう言ったあとに、きらきらと輝いていた手が消えて

腕の中に動物のサーバルキャットが眠るように息を引き取っていた


あの時のまだ温かかった君の体の温もりも覚えてる。









ぼくはいつフレンズとしての命が終わるのかわからない。


それでも、また君と出会えるなら


「星の記憶の底」で、君と出会えるなら















不意に窓からそよ風が入ってくる。

かばんの髪がふわりと風になびく。


雨など降っていないのに、かばんの頬に一粒の水滴が流れ落ちた。

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