最終話 ノブナガ、千姫を見つける

「いやぁ、無事に明治維新を迎えられて良かったよ。ねえノブナガ」


 ノブナガはあたしにブラッシングされながら、喉を鳴らしている。

「うむ、この『たわし』というものは文明開化の象徴であるのう」


 ともかく、この『ねこじゃすり』もどきで松平、いや平松元気健康堂のネコたちは完全に骨抜きになった。あれ以来、おじいちゃんネコの本多サド(本名は知らない)でさえ、あたしを見ると体をすり寄せてくるのだ。


「ところで、千姫はどうなったのでしょうか」

 へえっ?

 声に振り向くと、秀頼ヒデヨリがしきりに身体を舐めている。しっぽがピクピク動いているところを見ると、かなり苛立っているらしい。


「そう怒らないでよ、ほらブラッシングしてあげるから」


 ☆


「ここは、原点に戻らなくてはならぬぞ、蘭丸」

 ほう、原点とは。


「つまり、オケハザマじゃ」

 ……それは戻りすぎじゃないだろうか。それを知らない人も居そうな気がするよ。

 うむ、とノブナガは考え直したようだ。


「だが他に、このヒデヨリを連れて行っていない所といえば」

「そうだ、あそこが残っているよ。総さまこと沖田総司さまのお告げで行った、あの『近江屋』の路地!」

「おう、やつに騙されて誘い込まれたあの袋小路だな」

 言い方に毒があるんだけど。

 まあ、そっちの方が真実に近いのは認めるけれども。


 小料理『近江屋』のある路地に入ると、どこからともなくネコの鳴き声が聞こえてきた。そうだ、ここは今でも敵地なのだ。


 ☆


 まず最初の店の前にそのネコはいた。

 ああ、ここっておソバ屋さんだったんだ。

 木で出来た、小さな『田丸』という看板の下には、雪のように白いネコが陣取っている。きれいなネコだ。どこかおイチちゃんにも似ている。


「千姫っ!」

 飛びかかったヒデヨリはそのネコに簡単に撃退されていた。見掛けによらず武闘派のネコのようだ。しかもよく見るとオスっぽいし。

「ここは無理です、他を当りましょう」

 耳を伏せ、いきなり弱気になるヒデヨリ。


「五島うどん 又兵衛」という店もある。これは長崎か?

 へえ、各地の名物が集まっていたんだね、この通りって。


 だけど、その店先でもネコがこっちを睨んでいる。やや不気味。あれは明らかにオスだからか、さすがにヒデヨリも手を出そうとはしなかった。




 どうやらあたしたちは、越えてはいけないラインを越えてしまったらしい。

 あたしたちの周囲にはネコが集まり始めていた。


 前回、おイチちゃんに一喝されて逃げ出した連中とは違う。新しいネコたちがこの路地に勢力を張っているらしかった。


「ねえ、ノブナガ。今日はトシゾーくん来てないの?」

 頭の模様がひし形のトシゾーくん。彼がいてくれると心強いんだけど。


「ああ、やつは最近、函館ラーメンの店で看板ネコをやっているのだ。この時間帯は籠城、いや勤務時間中だ」

 おお。ネコなのにちゃんと働いてるんだ。ネコ店長なのかな。


 しまった。やはり、ちゃんと外堀を埋めてから来ればよかったか。


 ☆


「どうしよう、出直す?」

 ノブナガは首を振った。

「いや。どうやら、このまますんなりと帰してくれそうには無いぞ」


 ネコたちの声が殺気だっている。

 こんな事なら本当に『ねこじゃすり』を三千本用意しとくんだった。


「こやつらは本気だ」

 ノブナガはあたしを見上げた。だ、だからどうしろと言うの、ノブナガ。

「切腹の用意をしておけ」

 最悪だった。


 そして、この界隈の大ボスなのだろう。

 居酒屋『姉川』のちょうちんの下にその威容をあらわしたのは。

「あ、サクラちゃん」

 最長老と目されるその迫力。これは終わった。


「ね、ノブナガ。『ねこじゃすり』一本で降伏させてもらおうよ。勝てないでしょ、あの迫力には」

 ぎりぎり三本までなら譲歩してもいいし。

「う、うむ。蘭丸がそう言うのなら、致し方ない」


 その時。

「千姫っ!」


 やはりヒデヨリだった。本当に見境いがないな、あのネコ




「おや?」

 あたしとノブナガは目を疑った。

 ヒデヨリとサクラちゃんはお互いにゆっくりと近づき、そして見つめ合った。


「ふにゃーおん」

 ヒデヨリが呼びかけた。

「……」

 しかしサクラちゃんは、さっと顔をそむける。


「な、何。どうしたの、あの二人(匹)」

 あたしは、彼らとノブナガを交互に見比べる。おい、説明してくれ。

 ノブナガは黙ったままだった。

 いつの間にか、他のネコたちも姿を消していた。


「え、まさか。サクラちゃんが千姫なの?」


 ☆


「二十年、早く生まれてしまったのです……、千姫は」

 サクラちゃんに寄り添い、秀頼ヒデヨリが言った。この世界へ生まれ変わるのが早すぎた、ということのようだ。


「それって、残酷すぎない? ねえ、ノブナガ」

 ノブナガは顔をこすっている。そのまま何も言おうとしなかった。

 二十年って。ネコの二十才っていったら、……もう、それは。


「蘭丸さん。どんなに歳をとっても、このネコはいつまでも私の大事な千姫ですよ」

 秀頼ヒデヨリはいい笑顔を見せた。ネコだけど。


「私は四百年、捜し続けたのですから」

 


 そして、居酒屋『姉川』の看板ネコは二匹になった。

 追い払ってもすぐに戻って来て、サクラの横にいるんだから、と店の人が呆れたように言っていた。それで、とうとう店の人も諦めたらしい。


 ☆


「ねえ、ノブナガ。あれで良かったのかな」

 ノブナガは面倒くさそうに顔をあげた。

「良いも悪いもなかろう。あやつらは、それが幸せなのだろうからな」

 わしには分らん。そう言ってまた丸くなる。


「だが、わしもまたお前に出会えてよかったと思っているぞ、蘭丸」


 へ、へへ。……何いってるの、ノブナガ。そんな事、急にいうな。照れるだろ。


「じゃ、じゃあ。あたしデートに行ってくるから」

「ああ、慶喜か。お主の最後の将軍おとこになると良いがのぅ」


 それは、余計なお世話だから。

 あたしはノブナガに手を振って部屋をでた。



 おわり

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うちのネコ外伝~大坂の陣をやり直そうと思うんだけど。 杉浦ヒナタ @gallia-3

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