第4話 ノブナガ、裏切られる

 ノブナガとあたし、それに秀頼ヒデヨリの三人は、テーブルを囲んで顔を突き合わせていた。


「どうじゃ、ヒデヨリ。これが我らの最終兵器『聖剣 エクスカリバー』である」

 おおう、と息を呑む秀頼ヒデヨリ

 いや、これ100均の……。


「お言葉ですが、これは『妖刀 村正むらまさ』の方が相応しいのでは」

「なるほど。そちの言う通りじゃ。あやつの一族にたたるというその名刀……。ふっふっ、そちもワルよのう」

「いえいえ、ノブナガさま程では」

 そう言うと二人(匹)は声をそろえ、悪い顔で笑い始めた。


 だからこれ。たわし、なんだけど。しかも使い古しの。


「よし行くぞ、蘭丸。たぬポンをくだして、一気にヒノモト統一じゃ!」


 なんだか、目的が違ってきてない? 千姫を探すんじゃなかったのか。


 ☆


「いらっしゃいませ」

 いつものおじいさんと違う、その声にあたしは動きが止まった。

 恐る恐る、薬局のカウンターの中を見る。

「み、見目麗しい……」

 あたしは思わず呟いた。


「は?」

 これ以上無く、あたし好みの男の子がそこにいた。

 しかも。

「何か、お探しですか。お嬢さん」


「おじょ、おじょ、お嬢さん?!」

 この声、沖田総司にも〇〇先輩にも匹敵しようかというこの美声で、お嬢さんって呼ばれちゃったよ。

「ど、どうしようノブナガ。…あう、あう、あう」


 思わず、尻尾の付け根をくすぐられたネコ化してしまった。

「こ、これ全部くださいっ!」


 適当にその辺の箱を何個か掴むと、どさり、とカウンターに置いた。

「はあ……、そんなに。辛いですものね」

 え、なにが?


 あたしは、そのパッケージを見た。

 全て、お通じの薬だった。


「い、いや。違うんです。これは、その。…そう、ネコの」

「ネコが便秘薬を飲むか。おろかものめ」

 ノブナガに突っ込みを入れられてしまった。


 でも、決心したよ。ノブナガ。


「あたし、今日から徳川方に寝返ることにしたから!」


 ☆


「おのれ、たぬポンめ。わしの小姓まで調略するとは許せん」

 だから、あたしはノブナガの小姓でも、森蘭丸でもないから。

 でも、誰だろう。この人。


「ああ、僕ですか。ここの孫ですよ」

 しばらく、この店の手伝いをするらしい。なんと、それならば。


「これから毎日通います。毎日便秘薬、買いに来ます!」

「そ、それはどうも」

 うむ、これは失敗したか。彼の笑顔が引き攣ってきたぞ。


「おい蘭丸、例のものを出せ。さっさと、やつを退治して帰るぞ」

 そう言うと、ノブナガは店の奥に向かって一声鳴いた。

「出て来い、たぬポン」


 その声に応じ、のっそりと姿を現すたぬポンくん。何だか、数日見ないうちに、えらく太ったな。ノブナガの方は冬毛が抜けて、すっかり細身になっているから、余計そう見えるだけか?


 貫禄たっぷりのたぬポンくんは、どさり、とノブナガの前で横になった。

 おおっ、以前とは態度からして違う!

 これぞ天下人の余裕なのか。


 うにゃ、と、あたしたち三人を見やる。


「へえ、それは何ですか」

 たわしを取り出したあたしに訊いたのは、もちろん店のお兄さんだ。


「これは、その、えーと。そうです。『聖剣エクスカリバー』で……」

「は、はあ」

 うろたえるあたしに、曖昧に頷くお兄さん。


 まずい、いよいよ不審者を見る目になってきてるよ。


「違いますよ、蘭丸さん。妖刀 村正です」

 秀頼ヒデヨリが訂正するが、もうどっちでもいい気分だ。どうせもう、あたしは終わったのだ……。


 村正、と聞いてたぬポンくんが少し逃げ腰になった。やはり因縁があるらしい。

「うにゃ、うにゃにゃ!」

 暴れようとするたぬポンくんを押さえつけ、強引に聖剣エクスカリバーを振るう。


「ちょっと、お客さん!」

 お兄さんが慌てて止めに入った。だが存外気持ち良さそうな、たぬぽんの様子を見て、彼もあたしの横にしゃがんだ。


 か、肩が触れあっている。


「へえ、こんなのが気持ちいいんだ。僕にもやらせてくれない?」

 耳元で◯◯先輩の声がする。もう駄目だ。


「ど、どこを擦りましょうか?!」

「いや、僕を、じゃなくて……」

 彼の苦笑いが胸に痛い。


「ど、どうぞ」


 彼は、手渡されたそれを不思議そうに眺めた。実は普通のたわしなのだが、男の人はあまり見る機会がないのかもしれない。


「はははっ」

 ◯◯先輩の声で彼が笑った。楽しそうにブラッシングしている。

「これいい。すごく喜んでるよ、たぬポン」

 あたしも悦んでます、先輩。


「おーい、慶喜よしのぶ。お客さんなのか?」

 いつもの、店主のおじいさんの声だった。

「大丈夫だよ。じいちゃん」

 ほう、このひと慶喜さんって云うんだ。


「ああ、堪能した」

 やっと彼は、たぬポンを解放した。

「これ、やってる方も癖になりますね。じゃあ、この聖剣はお返しします」

 たわしが、すっかり聖剣になってしまったぞ。


「おや」

 あたしは気付いた。

 慶喜さんが聖剣を返した、……政権を返した。


 これって大政奉還、成立なのか?


 どうやら、大坂の陣の前に、徳川幕府が滅んじゃったらしいんだけど。


 いや、そんな事より千姫を捜さないと。


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