第3話 ノブナガ、新兵器を手に入れる
「のう、蘭丸ぅ」
ノブナガは、台所に立つあたしの足元にすり寄ってきた。ごろごろ、と喉まで鳴らしている。猫なで声で、なんだか気味が悪いぞ。
「どうしたのよ、ご飯なら食べたでしょ」
「いや違うのだ。蘭丸、お主『ねこじゃすり』というものを知っているか」
ああ。倒産間際の金属ヤスリ屋さんが開発したという、起死回生の猫じゃらし用やすりだ。いま大ヒットしているとか聞いたな。
「知っているなら話がはやい。それを三千本用意せい」
……さて、夕食の支度をしなくては。
「話を聞かぬか!」
ノブナガはあたしの背中に駆け上がった。
「いてーっ。だから爪が刺さるでしょ」
思わず背負い投げをかけるところだったよ。
いてて、と背中を撫でながらあたしは聞いた。
「それで何をするつもりなの。一本あればじゅうぶんでしょ。それだって、そこそこの値段がするんだからね」
「うむ。そのことだ」
ノブナガは頷いた。
「わしは、元来、新兵器によって、この戦国の世を生き抜いてきた男だからのう」
はぁ。
「つまりじゃ!」
ノブナガはふと、部屋の隅を見た。あたしもつられてそっちを見ると。
「いやぁーーーっ」
く、く、黒いアレが這い回っているっ!
★
「あー、びっくりした」
なんとか退治して食事の支度に戻る。
「おい、蘭丸。何か忘れておらぬか」
「え、なによ。ああそうだ、塩を入れなきゃね。ありがと、ノブナガ」
「そうではないわっ!」
ちっ、こんな時に限って忘れないのか。
「だから、ゴ〇ブリはタンパク質が豊富なのだ、という話だったであろう」
「絶対してなかったよね、そんな話! ねこじゃすり、だよ」
やめろ、食事前だぞ。……それに、食ったのか、お前?
「おお、そうだ。ねこじゃすりの話だったな」
結局あたしが教えちゃったよ。
どうやらそれを、あの平松元気健康堂のネコに対して使うつもりらしい。
でも、なんで三千本も?
「うむ。よく聞いてくれた。その三千本を三段に分けて、一段目を使ったらすぐに二段目を前面に出してだな…」
あたしは、ノブナガの頭をペンとはたいた。
「いったい、何万匹を相手にするつもりなんだよ!」
「おう、なるほど。そうであるか」
で、あるか。じゃない。冷静になれ、ノブナガ。
☆
ともかく鉄砲はおろか、ねこじゃすり一本でさえ、あたしの経済力では手に余る。
その時、あたしは流し台の隅にあるものに気付いた。
「あ、これならいいかも」
「おい、蘭丸。それは何じゃ」
ノブナガの頬がピクピク動いている。
じゃーん。
「これは、ジャガイモとかゴボウを洗う、たわしだよ」
毛がすり切れてきたので、そろそろ捨てようかと思っていたのだ。
しかも、これは100均で買ったものだ。短い柄がついているから、手も汚れないし。
「コストパフォーマンス最高だからね。現代科学の粋だよ」
どれどれ、とノブナガに手を伸ばす。
「止めぬか、わしはそんなもので喜ぶような安いネコではないぞ」
腰が引けているノブナガを押さえつけ、まず頭をこすってみる。あまり力を入れると痛そうだから、気をつけよう。
「だからそんなもので……、ほおうっ」
ノブナガが変な声をだした。1オクターブくらい高い声だ。
続けて背中もこすってみる。
「あうっ、…なんじゃこれは、うむうん」
ノブナガ、全く無抵抗になる。
仰向けになって、お腹もしてくれと無言の催促だ。
「どうよ、ノブナガ」
「はうー、そこじゃ。そこをもっと…」
「おのれ蘭丸。貴様、主を愚弄するにも程があるぞ」
急に我に返ったノブナガが怒り始めた。まったく勝手なやつだ。今度は尻尾の付け根を強めにブラッシングしてやる。
「言ったであろう、貴様の頭蓋骨に金箔を貼って…あう、あう、あう」
口をパクパクさせながら、お尻を持ち上げている。やはりここがネコの弱点らしい。
☆
ぜいぜい、とノブナガは喘いでいる。
「ま、まあこれでも良いであろう。では蘭丸、これを三千本…」
絶対、買わないからね。この使い古しで十分だよ。
こうしてノブナガは、最新兵器を手にいれたのだ。
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