第2話 ノブナガ、敗北する

「蘭丸さん。起きて下さい蘭丸さん」

 どこか弱気な声であたしは目を覚ました。


 断っておくが、あたしは決して森蘭丸ではない。でも、あたしをそう呼ぶのはノブナガだけだと思っていたが、ここにも居たとは驚きだ。

「ああ、秀頼ヒデヨリ。おはよう、どうしたの?」

「大変です。ノブナガさんが殺られました」


 なんだと!


 慌てて、まだ薄暗い玄関前に出てみると、一匹のネコが倒れていた。

「ノブナガっ!」

 抱き起こすと、まだ息はあるようだった。

 それに見た限り傷はない。

「おお、蘭丸……。わしはもう駄目じゃ」

 弱々しい、というより涙声だった。どうやら泣き崩れていたところらしい。


 もう、脅かさないでよ。死んだかと思ったよ。


「どうしたの、誰にやられたの?」

 ノブナガは、ぶるっと身体を震わせた。

「やつだ……、たぬポンのところの」

 ああ、あの黒猫の『へーちゃん』。強そうだったものね、頭にトンボが止まっても微動だにしてないし。ケンカしても絶対に怪我なんかしそうにないもの。

 そうか、やはりノブナガでは歯が立たなかったか。


「奴ではないわ。他におっただろう、あの灰色のじじいネコの方だ」


 なんだ違ったのか。でもそれって、たぬポンくんの傍で寝ているだけの、お爺さんネコみたいだったけど。


「そんなに強かったの?」


「違うのだ。……うううっ!」


 あーあ。とうとう号泣し始めちゃったよ。ネコなのに。


 ☆


「ちょっと、しずく。ノブナガが騒がしいんだけど、見てきてくれない? やだわ、発情期なのかしらね」

 家のなかで、母親が文句を言っている。

 そうか、他の人にはそう聞こえるんだ。


 ☆


「……やつめ、わしが気にしていることを、ずけずけと言いおって。しかも、わしが悶え苦しんでいる様をみては、更につけ上がりおるのだ」

「ええ。あのご老人は、にやにやと笑いながら、肺腑を突き刺すような言葉を吐いておられました。横で聞いている私まで、尻尾を削られるような痛みを……」

 秀頼ヒデヨリも背中の毛を逆立てている。


 はあ、言葉責めというやつだろうか。だとしたら、とんでもないサディストだな。

 歴史上では誰になるんだろう。


 あたしは『漫画 日本の歴史』(対象年齢 小学6年生)を開く。これがあたしの唯一の歴史に関する参考資料なのだ。ほら、調べたらすぐに分った。

 きっとこの本多正信ほんだまさのぶという、徳川家康の参謀の人だ。


「あー、分ったよノブナガ。本多正信さん。通称『本多 佐渡サド』だからね……」


 ☆


「どうしたら奴に勝てるのだ。そうだ。おい蘭丸、わしの悪口を言え!」

 はあ? ああ、打たれ強くなる特訓だね。よし、いいぞ。では……。

「このデブネコ! むだ飯喰らい」


「お、おお、お前に言われたくは無いわ。貴様こそ大学生にもなって、彼氏の一人もおらぬではないか。それに運動をやめたせいで、脇腹に肉がついておるし。そんなだからお前は隣の幼なじみにも振られるのだ」


 いやーっ。もうやめて。お願いだから彼のことは言わないでえっ!


「ああ、駄目ですよノブナガさん。蘭丸さんが泣いちゃったじゃないですか」

 秀頼ヒデヨリがあたしの頭を撫でてくれた。

 どうやら、ノブナガが悪口に弱いのは飼い主に似たらしい。


 困った。これではあの平松元気健康堂の連合軍には勝てそうにないぞ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る