カレーは生き物 余章 ~カレーは生き物~
カレーは生き物 余章 カレーは生き物
余章 カレーは生き物
そろそろ春は過ぎ去り、夏が訪れようとしている日。
週末の今日、昼間から僕の部屋に襲撃してきたロリーナは、停蔵庫を漁って食材を取り出し始めた。
「ロリーナママぁ?」
「何するつもり? ロリーナ」
「秘密!」
取り出しているものの内容からだいたい予想はつくけど、あえて突っ込まず、僕はロリーナがしたいままにする。
次々とテーブルの上に並べられていく食材に、僕はすでにイヤな予感がし始めていた。
クックリーチャーは、エジソナさんが出した新種申請により、まだ本決定にはなっていないけれど、新種として認められる方向で検討が開始されている。まだ仮ながら住民登録が可能となり、キーマはいまはネオナカノの住人として登録されている。
料理魔術の方と言えば、逮捕された長谷川蓉子の協力もあり、根本的なスペルコードの組み直しには至っていないけれど、バグは取り除かれ、近日再配信される予定だと聞いていた。
バグを仕込んだ犯人まで動員してのバグ取り作業となったのは、配信停止前の利用者から無数の要望が寄せられたのが大きい。
一過性のブームかも知れないけど、まだまだこの世界は滅亡には遠いらしい。
「さてと!」
集められた食材に、僕は頭を抱えたい気分になっていた。
鶏肉をメインとした、様々な香辛料やタマネギなどの野菜類、それからやっぱり寸胴鍋がひとつ、テーブルの上に置かれている。
「何つくるのぉ?」
「カレーよ」
「カレー? あたしはカレー、大好きだよ!」
「うんっ。だから今日は、ちょっといつもと違う奴つくるからね!」
「やったーっ」
材料から推察するに、ロリーナがつくろうとしてるのはマサラカレーだろう。
サフランは切らしてるから、お米はあるけどサフランライスではなくて、白米にするらしい。
「じゃあ、やりますか!」
言ってロリーナが制服のスカートから取り出した、マナジュエルが取りつけられたスティック。
「やっぱり……」
「何? 克彦。不満でもあるの?」
「いや、いいんだけど。料理魔術の配信、再開されたんだ?」
「うん。今日のお昼、本当についさっきからね。バグはもうなくなってるんだから、不安なことはないでしょ?」
「まぁ」
得意げに言うロリーナだけど、僕はなんとなく不安を拭い去ることができない。
「美味しいかな? 美味しいかな?」
「絶対美味しいよぉ。マサラカレーって奴ね!」
椅子の上に立ってお尻を振りながら嬉しそうにしているキーマ。
彼女の笑みに応えて笑っているロリーナ。
それでも僕は、不安で仕方がない。
「じゃあちょっと、テーブルから離れててね」
ロリーナの持つスティックに料理魔術の読み込みが始まり、しばらくしてマナジュエルが赤からピンクに色を変える。
「さぁ!」
材料の上をなぞるように振るわれたスティック。降り注ぐ赤い光の粉。
そして次の瞬間。
テーブルから溢れる、爆発的な光。
目が開けていられないほどの激しい光が、僕の部屋を満たした。
――あぁ、やっぱり。
何だか予想通りの展開に、僕はもうため息すら出てこなかった。
「えぇっと……」
光が収まった後、ロリーナはスティックを振り終えた格好のまま固まっていた。
材料はテーブルの上から消え去り、寸胴鍋の中には、何かが入っている気配があった。
ため息を吐きながら蓋を開けてみると、まず見えたのは、茶色いもの。それから白いもの。
「ふわっ」
大きな欠伸を漏らしながら寸胴鍋の中から立ち上がったのは、真っ白な肌をし、茶色い髪をした、幼い女の子。
「わーっ!」
キーマは目を輝かせ始め、ロリーナは表情を固めたまま後退っていく。
「げ、原因調べてくるね!」
止める暇もあらばこそ、ロリーナは走って玄関から出て行ってしまった。
「貴方が、アタシのパパ?」
新たに生まれたクックリーチャーに問われ、僕は答える。
「うん。僕が君のパパ、音山克彦だよ」
「あたしはキーマ! 貴方のお姉さんだよ!」
「よろしくお願いします。克彦パパ、キーマお姉ちゃん。……ママは?」
「ちょっと用事があるっていまはいない」
「ん……。そっか」
寂しそうに顔をうつむかせる女の子。
「うんとね、貴女の名前は、マサラ!」
「アタシは、マサラ?」
「うんっ。あたしの妹のマサラ!」
「はい。アタシはマサラ。わかりました」
見た目の年齢はキーマと同じくらいなのに、ずいぶん丁寧な口調を使うマサラ。
「まぁ、よろしくね。マサラ」
「はい。よろしくお願いします」
僕の声に応えたマサラは、返事とともににっこりと笑ってくれた。
「カレーは生き物」 了
めるぱん!! カレーは生き物 ~魔法も科学も全部入り! ハチャメチャ世界で生きる人間模様?!~ 小峰史乃 @charamelshop
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