4-7 「・・・つまり、それって・・・」

報告書をまとめたエリスは、いつも通りに魔王に謁見を申し込んだ。大臣の方から、結末については知らされているはずだ。信用したかどうかはともかく。


今回の報告書は特別製だった。何しろ色つきだ。ほとんどが適当な丸で表現される絵に、どうして色が必要なのか分からないが、エリスにもこだわりがあるらしい。ヴィルヘルムに関する調査の開始。隊員達の不服従。王子の暗殺と、参謀の死。


ここしばらく、いくつもの出来事があった。何を表したものかは分からないが、黄色や緑で描かれた。青は作りづらいと言われたから我慢し、赤はあえて使わなかった。血の色は見飽きた。


不自然さをかけらも見せず、エリスの報告は楽しげに進む。一連の、エルハルスで起きた輸送隊襲撃から始まった陰謀の連鎖が、ようやく決着を迎えたからだ。第三親衛隊は特別任務から解放され、通常の偵察行動に戻った。


特に力を入れて語ったのは、ガーラの工作員を捕らえた場面。自分がいかに思案を巡らし、彼らを誘導したのか。買収作戦を中止したことは棚に上げ、得意げに涙目のガーラ司祭達を指さした。


そして最後は横たわる楕円。たどり着いた洞窟で倒れていたベネディット達。日記をはじめとした資料もなく、陰謀の背景はそれ以上分からない。あとは、各地の大神官を取り調べるしかない。諜報部の責任者は、そう結んだ。


「ご苦労だった」


報告が終わると、魔王はねぎらいの言葉をかけた。


「思った以上に長引いたが、終わりよければ全てよし。ガーラや神聖帝国に漏れた情報も、最小限に抑えられただろう」

「おーさま、本当は自分だけいろいろ知りたかったんじゃないの?」


エリスはずっと疑っていた。全情報の抹消を、魔王は本当に望んでいるのかと。本当はロムリアでその技術を独占し、悪用したがっているのではないか。


「馬鹿を言うな。魔術なぞ人間が扱いきれるものではない。そのようなものが実在しようがしまいが、人の世に出すべきものではない」


嘘をつくのは好まない人物だが、ついたらついたできっと絶対に見破れないだろう。エリスはその言葉を信じていいものかどうか、分かりかねた。


シャーロックに関する伝承には、閲覧制限がかけられることになった。下手に隠すと逆に興味を引くから、今まで通り読むことは出来るが、身分の証明が必要になる。カイルは宮殿に引き取られ、魔王の監視下におかれる手はずだ。第三親衛隊の結成理由から考えれば、そのまま隊員にしてしまってもよいのだが、何しろ歩く国家機密だ。仕方がない。


ふと、思い出した。そういえばまだ、カイルの両親の話をしていない。報告書を奪われたり参謀が死んだり、イルルスに出かけたりで、そんな緊張感のない話をする時間がなかったからだ。


「聞き忘れてたんだけどさ、おーさま、カイルの親のことは知らない?」

「何のことだ?」

「第二王子の屋敷で調べたときなんだけど、おーさまが、シャーロックの血を引く男と、アルシオーネの血を引く女を結婚させたって書いてあった。それ、カイルの親だったりしない?」

「何の話だ?」


魔王には心当たりがないらしい。だが、エリスの記憶が間違うはずがない。確かにそう記されていた。


「カイルが十七歳だって言うから、まあ、だいたい二十年くらい前の出来事だと思うけど。覚えてないの?」


魔王があご髭をさすり、腕を組んだ。ひとしきり天井を睨んだあと、「う」と苦しそうな声を漏らした。今度は視線を落とし、真剣に悩み始める。何かを納得したように数度頷くと、顔を上げた。


「いや、その話はよそう。それより、おぬしの結婚が決まったぞ」


強引な話題のすり替えだった。エリスは話を戻す。


「いや、まずその話をしよう。じゃないと結婚しないよ」

「待て。せっかく綺麗に終わったんだ。ここでほじくり返しても仕方あるまい」

「なるほど。それをほじくり返すと、綺麗に終わらなくなるんだ?」

「そうだ」

「それはぜひ聞かせてもらわないと」


エリスは笑顔で答えを待った。アルベルトは心底話したくないようだったが、何を言ってもエリスが反応しなくなってしまったので、あきらめて真相を打ち明けた。


「いいか? 怒るなよ? もう、済んだことだからな? あと、結婚もしろよ?」


エリスは軽い気持ちで同意した。やっぱりこのクソオヤジのせいでカイルが生まれ、それで話が大きくなったんだ。そう思った。確かにその通りだったが、それだけではすまなかった。


「・・・つまり、それって・・・」


アルベルトは確かに真実を語った。嘘をついて誤魔化すと、真相を知られたときにまたへそを曲げられる。だから正直に話したわけだが、「他言無用。誰にも言うなよ? ヒルダにも秘密だぞ」と付け加えずにはいられなかった。


エリスは言葉を失った。どうしてそんなことを今まで忘れていたのか。忘れていられるのか。アルシオーネの末裔だった娘には、親しい男がいた。魔法使いの血筋を集めたら何が生まれるのか、ふとした思いつきを試すことで頭がいっぱいだった若き日の魔王は、そんなことはお構いなしに妻合めあわせた。


そのときの男。カイルの母と親しくしていた男の名が、そういえばベネディットだった。


ガーラの工作員達は言っていた。ベネディットには才知があり、魔王への恨みも持っていたから仲間に引き入れた、と。その、魔王への恨みがこれか。


蔑むような視線。帝国の最高権力者に対して向けられるはずのない眼差しに、魔王は咳払いし、話を変える。


「そういうわけで、婚姻が決まったんだが、同時におぬしをファルティウス女公に任ずる」


もっとずっと冷たい視線を贈りたかったが、ファルティウスという名前に気をとられた。


「ファルティウス? 私あそこの公爵になるの?」

「そうだ。どうせ王女になるのだから、ついでに公爵になってもかまうまい?」


それはそうだ。今更貴族になることをどうこう言っても無意味だ。エリスは、ファルティウスという地名の方を気にかけていた。


「何でファルティウス? 他じゃだめなの?」

「ファルティウスが神聖帝国に寝返ってからもうだいぶ経つ。だが、ロムリアとしてはファルティウスを割譲した覚えはない。あそこは未だに係争地だ。婚姻を機に、こちらがあそこを譲ったと見なされてはかなわんからな。おまえにはしっかり、ファルティウスがロムリア領であると示してきてもらわねばならん」


どこまで行っても陰謀好きは直らないらしい。


「それ、戦争するって事?」

「そうではない。だが、使えるカードは手元に残しておく。それが鉄則だ」

「いっとくけど、私はそんな政治ごっこはしないよ」

「かまわぬ。それを政治の世界に持ち出すのは我々の役目だ。おぬしは普通に過ごせばよい」

「あ、そ」


ため息をついたが、エリスはそれをおとなしく引き受ける気になった。拒絶してもよかった。結婚は我慢すると約束したが、そんなことまで受け入れると言った覚えはない。魔王としても、そうすんなりは納得しないだろうという覚悟があった。


だが、巡り巡ってファルティウス。ロンダリアを裏切り、神聖帝国に臣従した過去を持つ、両帝国の最前線。川と山に囲まれた天然の要害は、外部からの干渉をためらわせた。そのため内部での闘争も激しく、数代前には伯爵が公爵を滅ぼして乗っ取った。


その公爵家も臣下の離反にあい、生き残ったのは公女一人。


さんざん曲がりくねった先でも、自分が父の跡を継げと言われるなら、それは避けるべきではない気がした。


「分かった。いいよ。あそこのことはよく知ってるからね」


あきらめたような、悟ったような、アルベルトも見たことのないような笑みを浮かべていた。


「そうか。では、近々手続きをとり、おぬし達にはファルティウスへ移ってもらう。準備しておけよ」

「はいはい。企むのもほどほどにしてね。ろくな事にならないんだから。分かりましたか、お父様」


魔王の気楽な返事に満足したのか、魔女はそこで席を立った。当分顔を合わせる機会もないだろう。この投げやりな絵日記もこれで終わりかと、魔王は報告書を拾い上げ、めくってみる。


とうとう上達しなかったな。これからは隊長自ら最前線に立つわけにはいかなくなる。そうなれば、絵の勉強くらいしてくれるだろうか。


アルベルトはいつもの通り、その報告書を私室に持ち帰った。宮殿の資料室ではなく、配下に通達として渡すのでもなく、個人的な収集品として保管してあった。魔王の思惑通り、それは後代の歴史的資料として重要な文書となる。


諜報機関長エリスの残した、視覚的報告史料。通称、『エリスの絵日記』。これはその、前期作品集の物語である。

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