ある若き日の恋物語

ひりゅうまさ

 

 あれは、ぼくがまだ社会人一年目のこと。

 同僚三人、ぼくと男一人、女一人だったんだけど、三人仲良く会社に行ったり、一緒に食事を作ったりしてたんだ。休日も一緒に遊んだりとかね。


 三人一緒のアパートで共同住まいみたいな感じかな。だから、ほとんど一緒に暮らしてるようなものだったの。でね、ときどきぼくの部屋で夕食が終わると、男の方は部屋へ戻っても、女の方はそのまま残って一緒にコーヒーを飲んだりしてたの。


 それがね……。

 ぼくたち二人の恋の始まりだったんだ。


 彼女、名前はミホ(仮名)といって、性格は竹を割ったようにサッパリしていて、男相手でもあまり気兼ねせず誰とでも仲良くなれるタイプ。

 ぼくら三人が共同生活できたのも、ミホのそういう人懐っこさがあったんだろうね。だからぼくも、彼女とは親友のような感覚で触れ合うことができたの。


 入社してから一ヶ月近く経って、会社のイベントでお花見があったんだ。

 若手だから当然なんだけど、ぼくら三人幹事をやらされたり、先輩からきつい洗礼を受けてたくさんお酒を飲まされてね……。二次会に参加して少ししてからかな、ミホがちょっと具合悪くなってしまったの。


「おい、ミホ、大丈夫?」

 いつもなら、苗字で呼んでいたんだけど、ぼくも酔っていたせいか、つい彼女のことを名前で呼んでしまったんだ。まあ、お酒の席でのノリみたいな感じで、その時はそれほど気にも留めなかったんだけどね。


 楽しい共同生活がそれからも続いて、ぼくら三人は賑やかで有意義な時間を過ごしたんだ。そんな中、ぼくとミホの二人は毎夜、夕食後のコーヒータイムを満喫したの。お互いの学生時代のこととか思い出話なんかで盛り上がってね。

 ……ぼくが彼女を意識し始めたのは、きっとその頃なんだと思う。


 ぼくは学生時代、本気の恋なんて経験がなかったから、ミホには好意といった意識を持ってなかった。いや、持っちゃいけなかったんだ。なぜなら、彼女にはその時、彼氏がいたんだよ。遠距離だったんだけどね。

 だからぼくは、一緒にいる時間を楽しめたらそれでいい、そう考えることにしたんだ。


 そんなある日の夜、いつものように夕食を終えると、ぼくとミホはいつものようにコーヒーを飲みながら過ごしていた。いつもなら夜10時を過ぎると彼女は自分の部屋へ帰るんだけど、なぜかその日は帰らなかったの。

 会話もちょっと続かなくなってね、どうしたんだろう?って違和感を覚えたんだ。


「どうかした?」

「別に、何でもない……」

 ミホは何か言いたそうなんだけど、どうしてかそれをごまかし続けたんだよね。さすがにぼくもイラッときちゃって、語気を強めて尋ねてしまったんだ。

 それから数秒ほどの沈黙のあと、彼女は胸に抱えていた思いを打ち明けてくれたの。


「好きになっちゃったみたい」

 伏し目がちのまま、ミホが出した答えはそんな短絡的なものだったけど、ぼくにしたら想像できるものじゃなかった。はっきり言って信じられなかった。だって彼女には彼氏がいるんだもん。

 ぼくは胸の高鳴りを抑えながらしばらく沈黙しちゃった。


 どうしてぼくのことを……?

 当然気になって尋ねてみた。するとミホは答えてくれたんだ。

 お花見の夜、具合が悪かった時に介抱してくれたこと、そして、名前で呼んでくれたことが嬉しかったって。でも、理由はそれだけじゃなく、単純に好みのタイプだったみたいだけど。


 ぼくは正直、どう受け止めるべきかわからなかった。ぼくはミホと一緒におしゃべりしたり、遊びに行ったりできればそれでよかったんだ。でも、ぼくはその時舞い上がっていたんだ。女からまともに告白なんてされたことがなかったから。


「……ぼくも好きだった」

 ぼくは気持ちがぐらついたままそう返事した。


「うれしい」

 ミホはそう囁いて頬を赤らめていた。

 彼女がなかなか言い出せなかったのは、遠距離でも恋人がいたから……。

 ぼくが答えに迷ったのも、彼女に愛すべき人がいたから……。

 でもぼくにとってそんなことはどうでもよかったんだ。


 ミホと一緒にいればもっと好きになれる。喜びを実感できる。彼女に彼氏がいたっていい、ぼくはぼくで彼女の気持ちに応えてあげればいいんだ。

 そう決心した時には、ぼくは彼女に口づけをしていた。その時、彼女の瞑った瞳から涙が零れたのを今でも忘れることはできない。


 それからぼくら二人の交際がスタートした。休日には自転車に乗って一緒に出掛けたり、二人きりでお食事したりしたんだ。

 紹介が遅れたけど、ぼくらのもう一人の同期の男、名前はヒロシ(仮)っていうんだけど、彼にはぼくらの交際は内緒にしていたの。


 どうしてかというと、ミホに他にも彼氏と呼べる人物がいたことで、ちょっと後ろめたい意識があったし、それよりも、ぼくら三人で一緒に遊んだり騒いだりすることが楽しかった。その関係がギクシャクするのが怖かったんだよ。


 ミホとの関係を秘密にしたまま、ぼくら三人はこれまでと変わらない私生活を過ごしていたんだ。ただ変わったのは、ぼくが毎夜、彼女の部屋で朝を迎えて、そして、ヒロシにバレないように自分の部屋へ戻るっていう日課だけ。


 でも不思議なもんだよね。

 交際して間もない頃はそれほどミホのことに夢中じゃなかったけど、触れ合う時間が長くなれば長くなるほど、ぼくは彼女が好きになっていたんだ。

 ……でも、やっぱり罪悪感は捨てきれなかった。


 そう、ミホには彼氏がいる。寂しいからって、今だけ誰かにそばにいてほしいだけなんじゃないか?

 でも、ぼくはそれを承知で彼女を選んだんじゃないのか?

 そういった戸惑いや葛藤が、ぼくの頭の中を駆け巡り、そしてぼくの心を締め付けていた。


 心に不安を抱えつつ、交際がスタートして二週間ぐらい経った頃だったと思う。

 その日の夜、ぼくとミホはいつもように一緒の時間を過ごしていたんだけど、突然、彼女がいきなり一つの封筒を見せながらこう言ったの。

「あの人が送ってくれたの」


 ぼくは鼓動が高なった。

 じわっと汗ばんで、手足もブルっと震えたんだよ。

 だって、封筒に中にはミホへの愛を綴ったメッセージカードと、もう一つ、銀色の指輪が入っていたんだ。

 きっと振られちゃうんだ……。ぼくはその時、覚悟を決めるしかなかった。


 喜びと幸せという素敵な時間をありがとう。

 ぼくは感謝の気持ちでいっぱいだったけど、これからミホとどう接していけばいいんだろう?という戸惑いもあった。一緒のアパートで暮らして一緒に通勤する同僚だもん、気まずくなっちゃうだろうって不安もあったし……。


 今更友達同士になんて戻れるわけがない。ぼくはミホのことを本気で好きだった。でも、彼女は彼氏のことを選ぶんだろうな。

 目を閉じて、奥歯をぐっと噛み締めて、彼女からの次のセリフを待った。

 ……その数秒後、ぼくは信じられないぐらいびっくりしたんだ。


「わたし決めたよ。これ、送り返すことにした」

 ミホはそう言うと、ぼくの胸に飛び込んできたんだ。彼女は彼氏と決別してこのぼくを選んでくれたんだよ。

 ぼくはその日の夜、燃えたぎる情熱のまま彼女を抱いた。心も体も、そして骨の髄まで彼女を愛した……。


 ぼくとミホは晴れて正真正銘の恋人関係になった。それからの毎日はとても充実したよ。仕事で覚えることが多くて大変だったけど、プライベートが楽しかった分がんばれたんだ。もちろん、同僚のヒロシがいてくれたことも心強かったんだと思う。


 ぼくら三人は同じ県出身だけど、会社はお隣の県、だから親元を離れて一人暮らし。でも、会社が気を遣ってくれて同じアパートになったおかげで寮生活みたいな感じだった。

 うん、そう。ぼくにとっての社会人一年目はとっても充実していくはずだった。

 ……あんな不運な出来事さえなければね。


 入社してから半年近く経った頃。住み慣れてきた街に暑い夏がやってきた。

 順風満帆と思っていた矢先、ぼくら三人にとって信じられない事件が待っていたの。

 ある日、会社に行くと、まったく見覚えのない四十代ぐらいの男性が二人いてね。何だが雰囲気がおかしかったんだよ。


 ぼくらの一番の上司の事業部部長が苦渋な顔つきだったのを覚えてる。それがどうしてか、朝の挨拶のあとにその真相を知ることになった。

「一部の事業部が不当たりを出して巨額の損失を出した。事業縮小のためにこの事業部は閉鎖となります」

 見覚えのない二人は会社のグループの人事担当だったんだ。


 当時はバブルが終焉を迎えた時代、ぼくの会社はその煽りをもろに受けてしまったの。事業部閉鎖という憂慮な事態は、やがて会社倒産という最悪のシナリオへと続いていく。

 ぼくらはそれから数週間後、地元にあるグループの親会社に引き取られることになったんだ。


 入社して早々無職にならずに済んでよかったけど、ぼくら三人の楽しい共同生活はもう続けられない。せっかく県外での生活にも慣れてきたのに、残念な気持ちでいっぱいだった。夢なんじゃないかって、そう疑ったりもしたんだよね。


 ちなみに、事業部閉鎖に伴って部長や課長といった人たちは辞意を示した。それでも、ぼくらを含めて一部の社員はぼくらの地元へと移ったんだよ。みんな、次の職の当てがなかったんだろうね。それはそうだよ、あまりにも急な出来事だったんだもん。


 こうして……。

 ぼくはミホとの思い出が詰まった街、そして愛を育んだアパートを後にした。


 ぼくら三人が地元に帰ってきてからどうなったかというと、ぼくとヒロシは実家に戻らずに、引き受け先の会社がある街でアパートを借りたんだ。でも、ミホはご両親から許可が下りなくて実家に帰ることになったんだよ。今まで同居していたようなものだったから、やっぱり寂しかったね。


 とはいえ、住む街は違っても決して会えない距離じゃない。ミホは週末にはぼくのアパートに遊びにきてくれた。会えないときは電話で何時間もおしゃべりしてね、当時、電話料金が半端なかったなぁ。ヒロシのアパートも近所だったから、三人で会うこともできたんだ。


 その一方で、新しい会社の方は散々だった。拾われたという立場上、肩身も狭くて、何よりもお仕事がまったくないんだもん。

 取って付けたような事務所で一日中過ごし、タイムカードを打刻するだけの毎日が続いたんだ。もちろん、お給料も月の生活を維持するのにやっとっていう金額だったし。


 お仕事がないのも当然だったんだよね。だって引き受け先のグループ会社って専門学校を経営していてね。職種がまるっきり違うんだもの。働かずしてお給金もらって羨ましいと思うかもしれないけど、いつ首を切られるかわからない恐怖心、それと時間の使い道に苦慮したよ。


 そんな空虚な時期が一ヶ月近く続いたんじゃないかな、その頃になって、ようやくお仕事ができる環境が整ったんだ。

 事務所に机が入って、書棚やOA機器も一通り揃った。そして、引き受け先の会社が経営する専門学校向けのお仕事ももらえたの。

 でもね……。素直に喜べない事情があったんだ。


 そのとき、同僚だったミホとヒロシは事務所にはいなかったんだ。

 ミホはその専門学校の講師として出向になって、ヒロシも引き受け先の経理部へ転籍扱いになってしまった。それぞれがお仕事をもらえたのは幸運だったんだけど、職種も勤務先もバラバラになってしまったの。


 お仕事の面ではちょっとへこむことが多かった。それほど満足のいく業務内容でもなかったから。それでも、プライベートだけは楽しかった。ミホとはずっと恋人関係だったし、ヒロシを交えて遊んだりすることもできたからね。さすがに昔よりは一緒にいる時間は減っちゃったけどさ。


 ミホは実家暮らしだったこともあって、マイカーを買ったんだ。しかも二人乗りのオープンカーをね。彼女はちょっぴり気取りやなところもあったし。だから、週末は二人きりで海沿いをドライブに行ったり、ちょっと足を伸ばして遠くのレストランに行ったりしてデートを楽しんでいたんだ。


 あともう一つ、ぼくらの仲はぼくの両親には公認だったから、ぼくの実家にも時々二人で遊びに行ったりもしたよ。だけど、ミホの方はいうと、前の彼氏との破局が両親に知れてしまって、ぼくとのことを言い出せなくなってしまってね、内緒で交際しなければいけなかったの。


 だから、ミホがぼくと会うときは女友達が一緒だという前提で出掛けていたし、ぼくのアパートに泊まることになっても、女友達の家だって嘘を付いていたの。

 内緒にしていたのは、何も彼女の両親だけじゃない。会社の人も、もちろんヒロシにだってそうだった。


 地元へ戻ってきて数ヶ月が経った。

 結局、ぼくが入社した会社は破産して清算手続のために名前だけが残る形になったんだ。だから、他の事業部も閉鎖されて、ぼくの同期はみんな退社してしまった。でも、先輩たち数人は戻ってきたけど、出向に行ったり、最終的には辞めていく人もいた。


 とにかく何かと人の出入りが多くてね、よく歓送迎会をやったりしたんだよ。ぼくはぼくでお酒のお付き合いは嫌いじゃなかったから、ほとんど参加したんだけどね。

 そんなある日、ぼくたち社員と、引き受け先の会社の社員揃っての飲み会があって、その時はヒロシも一緒だった。


 一軒目での賑やかな語らい、そして二軒目はカラオケで盛り上がり、ちょうど日付をまたぐ頃に閉幕、ぼくとヒロシの二人はアパートが近い理由もあって一緒に帰宅していた。

 その途中、ちょっとお腹が空いていたんで、24時間営業のファミリーレストランに立ち寄ったの。


 軽めの食事をしながら、その日の夜の話題とか、お仕事のことや近況とか、そんな他愛もないお話をしていた。そこでふと、ここにいないミホの話題が出たんだ。この頃、彼女も専門学校の講師として忙しかったから、なかなか三人で会えなかったんだよね。


 どうしてか、ヒロシはやたらとミホの振る舞いとか性格のことを話し出したんだ。お酒が入っていたせいもあったんだと思う。ここまで真剣に彼女の話題をしたことがなかったからぼくも戸惑ってしまってね。感心したり頷いたりするのが精一杯だった。


 いったいどうしたんだろう……?

 ぼくがそんな疑問を抱いている中で、ついにヒロシは切なる思いの丈を打ち明けたんだ。

「俺さ、ミホさんのことが好きなんだ……」

 ぼくは一瞬、頭の中が真っ白になった。


 確かにそういう節がなかったわけじゃないんだ。ヒロシはどちらかというと、女とおしゃべりするのが得意な方じゃない、だけどミホとは気兼ねなく会話してたから。多分、彼女の誰とでも打ち解ける性格が彼の心を揺さぶったんだろうね。


 ヒロシはミホのことが好き。

 そのミホはぼくの恋人だ。

 同期入社してから親友のように触れ合ってきた三人のあってはならない三角関係。ぼくはこの時、最悪の事態を想定していたんだ。それは、ぼくら三人がギクシャクして気持ちがバラバラになってしまうこと、親友同士でいられなくなる怖さを。


 ヒロシはぼくとミホの関係を知らない、だからこれまで通り内緒にしていけばいいのでは?

 そうも思ったけど、もしこのことがバレてしまったらますます関係が悪化してしまうだろう。悩んだ挙句、ぼくは覚悟を決めたの。ここで、ぼくと彼女との関係を正直に伝えようと。


「ぼくとミホ、実は付き合ってるんだ」

 ぼくは絞り出すような声で真実を告白したんだ。

 それを聞いたヒロシの反応が怖かった。友達関係が崩れてしまう恐怖感に鼓動が激しく高鳴った。

 でも、彼はそれを苦笑しながら冷静に受け止めてくれたんだ。


「やっぱりそうだったのかぁ、薄々そんな気はしてたんだよな〜」

 ヒロシのその一言は、少なからずぼくの緊張感を解いてくれた。ホッとしたというか。

 ぼくはその時、これからも三人、楽しく遊んだりできる仲間でいられる、そう思ったんだ。


 ぼくは翌日、ミホに電話をして事の顛末をすべて話したんだ。さすがに彼女は驚いていたよ。ヒロシはあまりモーションをかけてくるタイプじゃなかったから。これを知って、やっぱり彼女も不安になってた。この後も三人で仲良くやっていけるのかどうか。


 それからも、ぼくら三人で遊びに行く機会はあったんだ。ぼくが調整役を買って出てね。でも、昔みたいに楽しめなかった。

 上っ面では笑っていても、心の中ではどこかぎこちない、意識しようとしなくてもやっぱり意識しちゃう。居たたまれない雰囲気が辛かった……。


 少なくとも、ヒロシはその居心地の悪さを感じていたんだろうね。もう誘っても断ることが多くなってしまったの。きっと、ぼくとミホに気を遣ってくれたんだと思う。ぼくも彼女もそんな気遣いがむしろ寂しかった。でも仕方がないよね。


「ヒロちゃん、もう会ってくれないのかなぁ」

 ミホはぼくと会うたびに寂しそうにそう口にしていた。表情にまで落胆の色を浮かべて。

 ぼくも同じ心境だったけど、せめてぼくと一緒にいる時は楽しい顔をしてほしい。しっかりぼくのことを見てほしかった。


 こんな結果になったのはぼくがヒロシに真実を告白したから。確かにそうだけど、それをまるでぼくが悪かったように思われるのが癪だったんだ。だから、ぼくはミホに対して苛立ちを覚えてつい声を荒げてしまうこともあった。彼女と口喧嘩しちゃって、慌てて謝ったりする日も多かったかな。


 それからというもの、ぼくとミホの間に隙間風が吹くようになったんだ。

 天職だったのかな、彼女は専門学校の講師としてとても輝いていた。生徒からも信頼されていたみたいで、恋人募集かどうか聞かれることも多かったそうだ。モテモテで困るなんて、笑いながら自慢していたっけ。


 それと、ミホは結婚願望が強かったの。お嫁さんになってウエディングドレスを着たい、それは女なら誰でも憧れるよね。そのためには稼がなくちゃいけないって、彼女は一生懸命に貯金もしていたみたい。

 そもそも結婚というものに関心がなかったぼくだから、そういう観点からも価値観の違いがあったんだと思う。


 ぼくはますます虚しさというか寂しさばかりが増えていったの。

 ヒロシとも気まずくなって遊ぶ機会が減っちゃったし、ミホはミホで将来の夢とか、お仕事の遣り甲斐を楽しそうに話してばかりで。

 気がかりが多くなってきてね、まったくお仕事に身が入らなくて、それからもしばらくつまらない日々が続いたんだ。


 ぼくとミホが交際を始めて二年ぐらい経った頃かな。ぼくは会社からの指示で、ある検定試験のテキスト問題作成のお仕事を任されてね。数ヶ月ほどそのテキストを作っている会社に通うことになったんだ。

 その会社は運がいいことに、彼女が務める専門学校から近くてね、時々、仕事明けに会おうって約束したの。


 ところが、ミホはお仕事が多忙になったらしくてなかなか会うことができなかったんだ。ぼくよりお仕事が優先なのか!?って、彼女のことを批判的に見たりもしちゃった。今思えば、大人気なかったと恥ずかしくなるけど、その頃は気持ちばかりが先走っていたから。


 ミホが借りている駐車場で待ち伏せしたこともあった。とにかく一緒にいる時間が欲しかったの。

 そうしてようやく彼女と会い、助手席へと乗り込んでお話するんだけどね……。

 彼女からぼくへの愛情を感じることができなかった。別れ際の口づけも、不思議と氷のように冷たい感触しか伝わらなかった。


 それから少し経って、ぼくにまた寂しい出来事があったんだ。

 ヒロシが引き受け先の会社を辞めてしまったんだよ。やっぱり経理のお仕事に限界があったんだろうね。

 まあ、実家に帰ったわけじゃないから、まったく会えないことはなかったけど、ますます一緒に遊ぶ時間が減ってしまったのは事実だった。


 もうその頃、ぼくとミホはほとんど会う機会がなかった。電話もなかなか繋がらない、だからデートの約束もできない。あまりに焦れて、彼女の駐車場に行って車のドアノブにメモを挟んだりしたこともあった。

 だけど……。

 結局、彼女から返事は来なかった。


 辛くて切ない日々が続いたんだ。ミホのことを真剣に愛していたからね。お仕事も手に付かずに悩みっぱなしだったよ。

 そんな焦燥な思いで悩んでいる中、ある日、彼女から久しぶりに電話が掛かってきた。ぼくは嬉しさに気分が高揚した。

 だけど……。


「別れましょう……」

 好きって言ってくれた時みたいに、ミホは躊躇いがちにそう言った。

 こうなる結果が予想できなくもなかったけど、いざ告げられると信じられないし信じたくない。ぼくはその時、悲しみが込み上げて涙が溢れていた。

 それぐらい、彼女と離れ離れになるのが嫌だったんだ。


 どうして? ぼくのどこがダメなの?

 これだっていう理由はなかったんだろうね。ミホは多くを語ろうとはしなかった。考え方の相違とか、気持ちの変化とか、いろいろな要因がすれ違いをより大きくしたんだと思う。


 心の中にポカンと穴が空いたような気分だった。いつもそばにある大切なものを無くした感覚……。

 ぼくはそれをすべて受け入れるしかなかった。寂しさも、そして悲しさも。


 こうして、ぼくとミホの恋は終わりを迎えた。交際してから、二年半という短いようで長い期間だった。


 ぼくは時々思うんだよね。

 もしも、ぼくやミホ、そしてヒロシに恋愛感情が芽生えなかったら、きっと今でも友達関係を続けることが出来たのかも知れないって。

 かけがえのない友情も失うことはなかったんじゃないかって。


 でもさ……。

 男と女である以上、恋愛を意識しないで仲良くするのって難しいよね。はっきりいって、ぼくには自信はないかな。


 ぼくの若かりし頃の恋物語はこれでおしまい。どう? 面白かったかな?

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