閑話 『球友』 五十一号

2024年12月27日に『異世界で 上前はねて 生きていく』書籍版最終巻である第五巻が発売されます。

大変お待たせしてしまいましたが、どうか何卒よろしくお願い致します。


この話に出てくるのは『第22話 弱そうだ どことは言わんが 弱そうだ』と『第101-102話 麗しき 女の影に 悩みあり』に出てきたサワディくんの同級生のお父さんです。




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今や国民的競技となった野球。


本年は野球生誕二十周年の節目となる年でもあり、その人気は留まるところを知らない。


本誌はそのルーツであるトルキイバにて複数の熱烈な野球愛好家へと突撃取材を行った。


初回と第二回の取材対象はトルキイバ在住の大物貴族であるランツァ伯爵。


自身も監督として球団『ランツァ白鷲団』を率い、一昨年の全国大会クラウニアカップにも出場した事は記憶に新しい。



魔画(ランツァ伯爵と球団員たち)



また選手としての一線を退いてからは野球の普及に力を入れ、平民向けの選手育成支援基金を運営。


名誉顧問として運営に関わる『トルキイバ農家連合ファーマーボーイズ』を通して、自ら見出した野球人を何度も冬の双子座へ送り込んでいる、まさに慧眼の士と呼ぶにふさわしい人物だ。


今回はそのランツァ伯爵が見てきた野球黎明期のトルキイバについて、そして特別に公開していただいたその秘蔵のコレクションの一部を、最新技術である造魔画を使って豪華に紹介していこう。


球友編集部ボーマン(以下、球友):閣下、まずは『トルキイバ農家連合ファーマーボーイズ』の本年度優秀十団入り、おめでとうございます。


ランツァ伯爵(以下、伯爵):ありがとう。全ては監督と選手の努力の賜物だよ。


球友:閣下は全ての始まりと言われる貴族野球御作法ルールブック、その原本に認め書きを行ったうちの一人としても有名ですが。野球リーグ開始前の、ルールも定まっていなかった頃から野球に携わっていらしたと聞きましたが……。


伯爵:携わったというのは言いすぎだな、当時の私は単なる見物客だった。


球友:当時行われていた試合というと、トルキイバ平民リーグですか。


伯爵:いや、正確にはその前にスレイラ家のみが野球を行っていた時期があった。そもそも野球とは、現トルキイバ領主のローラ・スレイラ女史一人のために考案された競技なのだよ。


球友:その話、噂話としては聞いた事がありましたが、本当の話だったんですね。


伯爵:スレイラ家の婿はそういう事を考えるのが得意でね、最近王都で流行っていると聞いたトルキイバ焼きも彼が考えたものだ。


球友:そうなんですか!?


伯爵:彼は他にも色々な事をやっていたからね、野球が始まった時もいつもの事と誰も気にしていなかった。だから最初に野球に注目したのは貴族ではなく、スレイラの婿が所有していた奴隷の友人の平民たちだったのだ。


球友:奴隷の……友人ですか?


伯爵:トルキイバではシェンカーの奴隷と言われていたが、ちょっと特殊でね……まぁ平民のようなものだった。


球友:ものだった、といいますと……。


伯爵:今は全員解放されて正真正銘平民になっている……と、話が逸れたね。とにかくその奴隷の友人たちが試合に混ざり始め、平民リーグの野球チームの原型がいくつも立ち上がったわけだ。そしてその頃に、トルキイバ騎士団の団員が「自分も野球をやってみたい」と、そうスレイラ家に打診をしたわけだ。


球友:トルキイバ騎士団野球部といえば、三年前の全国大会クラウニアカップ準優勝の……。


伯爵:そうだ。たしかスレイラ家の者を除いて、貴族の中で最初に野球の打席に立ったのは、今四番についているテジオン家の娘だった。


球友:おお! 『星屑』のアルセリカ・テジオンが!


伯爵:そこから貴族野球御作法ができ、貴族リーグが始まり、その盛り上がりが王都へと伝わったというわけだ。


球友:最初に王都に野球がやって来た時は、歌劇の題材としてでしたね。そういえば、その題材もスレイラ家でした。本当に、かの辺境伯家は野球の歴史に深く関わっているんですね。


伯爵:まぁ、野球は弱いがね。



–中略--



球友:それではここからは、閣下の秘蔵の収集品の一部を紹介していきましょう。



魔画(様々な収集品が詰め込まれた部屋)



伯爵:いいだろう。まずはわかりやすいところで、これなどはどうかな?


球友:これは! カリーヤ姫様がお召しになった事で王都を席捲した大蠍団スコーピオンズブルゾン……もしかして本物ですか?


伯爵:いかにも、複製品などではなく直接双子座球場で買ったものだ。三着あったが、二着は妻と娘に持っていかれてしまってね。第二次生産のものは腰にスレイラのタグがついているが、これは第一次生産品だから首元にシェンカーの銘が刺繍で入っているのだ。当時のシェンカーには腕の良い職人が沢山いてね、グローブなどの野球用品などもシェンカーが一手に請け負っていたものだ。それでもやはり野球ボールなどは職人によってバラツキがあってね、当時の投手は皆自分のための当たりのボールを持っていた。そんな中、このブルゾンはあのチキ……(中略)



魔画(本物・・大蠍団スコーピオンズブルゾン)



球友:貴重なお話をありがとうございます。私が学生の頃に着ていた大蠍団スコーピオンズブルゾンは粗悪な偽物で、背中の蠍がすぐ剥がれてしまった事を思い出します。


伯爵:そうそう、大蠍団スコーピオンズといえばこういうものもある。


球友:これは腕時計ですか? さすがは閣下、最新の時計にも造形がお深いのですね。


伯爵:よく見たまえ、これはただの腕時計じゃあない。刻印が二十年前のものだろう? これはね、貴族リーグ発足を記念して作られた腕時計なんだよ。


球友:ええっ!? 二十年前に腕時計があったのですか!?


伯爵:そうなんだよ。しかもこれはな、君、カシオペアの手による時計なんだよ。


球友:あのカシオペアですか!? 王太子殿下が西部戦線にて愛用したという……。


伯爵:これは少年だった頃のカシオペアが作ったものだ。ほら見てくれ、ここに当時スレイラの婿に言って発行してもらった証明書もある。正真正銘、この時計は限定三本しか作られていないものなんだ。当時はこのような時計は役に立たない、金の無駄遣いだと妻や娘に言われたものだが……やはり世の中には流れというものがある、戦においても野球においても、当然人生においてもだ。そういう意味では腕時計は間違いなく世の流れが求めた時計、そしてカシオペアは……(中略)



魔画(時計職人カシオペア最初期の作品。文字盤には貴族リーグ発足日の彫金、裏面には蠍の彫金)



伯爵:あと、なんと言ってもとっておきはこれだな。


球友:これは……チケットですか? ずいぶんありますが……。


伯爵:賭け券だよ。野球の試合のな。まぁ、ざっと二百枚以上はあるだろう。


球友:と、言いますと?


伯爵:これはな、全て勝敗を当てた券なのだよ。


球友:当たったという事は……換金できたのでは?


伯爵:換金したら券がなくなってしまうだろう? これはね、私の試合を見る目が間違っていなかったという証明なんだよ。あの歌劇『球場に結ぶ恋』の題材となった試合の券もある。あの時期ちょうど、スレイラ辺境伯家の寄り子とザルクド流門下生との決闘騒ぎがあってね。どうやらそれでスレイラ辺境伯家側が、良くないやられ方をしたらしい。だからせめて野球ではザルクド流に勝とうと思ったんだろう、トルキイバにいる末娘の元に派閥の者を送り込んだわけだ。あの投手、たしかロボスといったかな。いい魔球を投げる男でね、私はブルペンにいる彼の投球を見た瞬間、今日のスレイラは一味違うぞと……(中略)


球友:な、なるほど……。



大盛りあがりの突撃取材、ここから先もランツァ伯爵のお宝が続々登場!


五十二号に掲載予定の第二回を心して待たれたし!

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異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず) 岸若まみず @rpgmaker

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