番外編もしくは真エピローグ
暗闇に閉ざされた洞窟の最奥に、クリスタルは存在した。
たいへん透き通った鉱石だ。六角柱状の結晶が複数組み合わさるような形で生えている。いかにも天然という雰囲気だ。自然の神秘を感じて感動すら覚えた。
これこそが、自分が求めていたものだ。静寂の中で、少女は満足げに笑みを浮かべる。
もっとも、彼女は知っていた。目の前に存在する物体が見た目こそは天然であっても、実際は人為的に生み出されたものであることを。
「これか、魔王の封印に使ったという代物は」
唇を真っすぐに結び直して、淡々とつぶやく。
別段、落胆しているわけではない。クリスタルを作った者がいることくらいは最初から分かっていた。むしろ、本当にそれが存在するか
「それにしても大きいな」
まるで幻覚でも見ているようだと、真っすぐに前を見て、心の中で感想を述べる。
とにもかくにも、目的のものを見られて、感慨深さを胸に抱く。
後はもう、やることはなにもない。
ひとしきに堪能したあと、潔くクリスタルに背を向けて、歩き出す。
透明に光り輝く結晶には未練はない。振り返りもせずに足だけを動かしていると、出口まであっという間にたどり着く。彼女は久しぶりの太陽に目を細めながら、外の空気を思いっきり吸い込んだ。深呼吸をすると新鮮な空気が肺を満たす。涼やかな風に、銀色の髪がなびく。先ほどまで暗くて湿っぽい空間にいたため、解き放たれたような気分になる。ようやく本当の自分になれたのだという実感が湧いた。もしくは、眠りから覚めたというべきだろうか。
晴れた空の下へ体をさらすと、明るい気分になる。今ならば、世界の壁だって超えられるはずだ。無彩色の一族にそれぞれ備わった能力――その一つ。『脱出』に特化した自分の能力ならば。
意を決した瞬間、黒い瞳が空色に輝く。
自信に満ちた顔をして、地面を勢いよく蹴った。細身の体が宙に浮く。背中に生えた大きな羽を優雅に羽ばたかせながら上昇し、田舎町を見下ろす。彼女はつづいて体の向きを変えると、懐から手鏡を取り出す。
「自分らしく生きるのなら、この顔は変えないとな」
よく磨かれた鏡には、銀髪に黒い瞳をした少女の顔が映っていた。
☆★☆
オレンジ色の枠に縁取られた大きな窓が、ノックをする。
夜、二階の自室で勉強机と向き合っていた青年は手を休めて、そちらを向く。
何者だ? と問う暇もなく、窓は目の前で開かれる。
中に風が舞い込んできた。
同時に、青年の視界にとある少女の姿が映り込む。
爽やかで神秘的な印象を受ける少女だった。
明らかに日本人でない容姿をしているため、非日常の世界に迷い込んでしまったかのような錯覚を受ける。
全身はすらりとしているが、痩せ過ぎているわけではない。小麦色に焼けた肌は健康的で、充実した日々を過ごしているように見受けられる。
着ているワンピースはアイボリーが素色の、杜若色の差し色が入った、洗練されたデザインをしていた。
淡い青色の髪は肩につくかつかないかという長さで切りそろえられて、夜風にさらさらとなびく。部屋に設置した観葉植物も、つられて揺れる。
彼女はスッキリとした表情をしていた。
大きなつり目の中に埋め込まれた瞳はペリドットのような黄緑色で、透明感がある。
見つめられると、どぎまぎしてしまって、視線をそらす。
「なんだ、神に選ばれたからというには聖職者かと思ったが、存外普通だな。だが、面影がある」
淡い紅色の唇がほころぶ。
彼女は黄緑色の瞳を太陽のように輝かせながら、口を動かす。
「なに、そう身構えなくてもいいよ。私はあんたに別れを告げにきただけだ」
窓の向こうで、若葉が一枚散って、闇を舞う。
「もしくは、一つだけ、尋ねたかったというべきか」
なにか大切な思い出を回想するように穏やかな表情をしてから、眉をハの字に曲げる。
彼女はポケットから小さな箱をおもむろに取り出すと、神妙な面持ちで蓋を開く。中にはクッションが敷かれていて、その上にはシンプルなデザインをした指輪が入っている。銀白色のリングには瑠璃色の宝石がついていた。それを目にとらえた瞬間、青年はハッとなる。彼の脳内に遠ざかっていたはずの記憶が、高速で循環していく。
そうか、そうか……と――
少女が自分の知っている彼女の姿をしていないことと、指輪をはめていないという事実を受け止めて、うつむく。
口元に苦笑いがにじむ。
ほどなくして彼が顔を上げると、少女は真剣な眼差しをこちらへ向けていた。
深い群青色に染まった夜空には、丸い月が浮かんでいる。
それを背景に、彼女は毅然と背筋を伸ばしながら、淡い紅色の唇で質問をつむぐ。
「あんたの名前を教えてほしい」
ラピスラズリ 白雪花房 @snowhite
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