星食

楠樹 暖

星食

 太陽が月に隠されるのが日食。

 月が地球の影に隠されるのが月食。

 星が月に隠されるのが星食。

 天文部では今夜その星食の観測会がある。

「オハヨー由美子! 今夜の星食観測会楽しみだね-」

 私を天文部へと誘った張本人の詩織だ。

 カバンに人工衛星のマスコットを付けている。

「あっ、それ……」

「いいでしょ。土日に東京行って買ってきたの。人工衛星おりひめ。滅多に手に入らないレアものだよ」

 詩織とは入学したときに隣の席だったのが切っ掛けで友達になった。

 天体好きの詩織に連れられて天文部を見学しにいってそのまま入部。

 実は入部を決心したのは3年生の部長に一目惚れをしたからだ。

 入部以来密かに想いを募らせている。

 今夜の観測会でまた一歩、部長と関係が進められたらいいな。


 屋上に設置された天体望遠鏡。今年から導入されたノートパソコンに設置されている。

 これは当時1年生だった部長が「みんなで見られるように」と提案したものが、3年分の予算を貯めてやっと購入したものだ。

 北極星に合わせた望遠鏡。ノートパソコンにインストールしたツールで今日の目的の恒星を見るように指示する。

 この恒星は8等星なので本来は肉眼で見ることはできない。

 赤道儀のモーターが動きを止め、ノートパソコンに恒星を映し出す。

 この星が数分後に月の黒い部分に隠れて見えなくなるのだ。

 月の満ち欠けで欠けた部分は何もないわけではない。ただ黒くて見えないだけなのだ。

 その月の陰の部分に星が来れば星は見えなくなる。

 これが星食という現象だ。

 普段目立たない星が、今日だけはみんなの注目を浴びている。

 赤道儀が地球の自転に合わせてゆっくりと恒星を視野に捕らえ続ける。

 私の視野も部長を捕らえ続ける。

「そろそろ星食が始まるぞ」

 部長がスマホを取り出し時計を見た。

 そのスマホのストラップは人工衛星のマスコット――ひこぼし――だ。

 やがて恒星の光が月に遮られて見えなくなった。

 部長の顔も詩織に遮られて見えなくなった。

 名前も知らない小さな星の光が、今ひっそりと身を潜めた。


(了)

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星食 楠樹 暖 @kusunokidan

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