合わせ鏡
空閑漆
第1話
私は見知らぬ部屋の壁に寝ていた。そして、平衡感覚が可笑しくなったのかと身を縮める。暫くそうしていたが床は近づかず、壁に張り付いたままだ。奇妙な感覚に陥りながらも身を起こす。
座っているのはドアのある壁に見える床。四方を囲う壁は床と壁と天井で出来ている。天井には床にあるのと同じドア。
なぜ床と言えるのか。それは、絨毯とテーブルが置かれ、箪笥が置かれているからだ。反対には目玉焼きの黄身のような照明器具が付いている。
部屋を作り横倒しにした、そう考えれば良い。部屋から見れば壁に張り付く人がいる事になる。
天井中央にある照明は白く輝き部屋全体を照らしていた。この光が無ければ、何も見る事は出来なかっただろう。なぜなら窓がないからだ。外から光が差さない、外の様子が伺えない作りなのだ。
恐怖と混乱で、部屋の角で震えながら記憶を辿る。なぜこうなってしまったのか。記憶は日常がぶつりと途切れ、この部屋の記憶と繋がっていた。まるで誰かに編集されたかのように、ごっそりと抜け落ちているのだ。
疑問と否定の叫びをあげ、それが部屋に充満した。それが無意味であろうとも、せずにはいられなかった。
助けを呼ぼうとも、床や壁を叩こうとも変化はない。荒くなっていく息に気付きながらも、床のドアノブに手を掛ける。早く抜け出したい一心でノブを回し、ドアを引き上げた。重いドアではないが、床から引き上げなくてはならない。ドア自体を掴み、宝箱を開くように押し上げた。
中途半端な角度でドアが止まり蝶番が軋む。額にじっとりと浮かぶ汗を拭き、ドアの先へ目を向けた。
同じ間取りの部屋があった。何もかも同じだ。そして、向こう側のドアの横にはさらに先にある部屋を覗く私がいた。恐怖に動きが止まる。
錆付いた音を立てながら私は後ろを向いた。もう一方のドアも開き、私の後ろ姿があった。その先にも、同じ部屋があり私がいるのだろう。
顔に水のようなものが落ちてくるまで私は茫然と上を見上げていた。これは私の汗。そう理解することで、目の前の私は実在することになる。
混乱する恐怖が私を襲ったが、気絶する事は出来なかった。ここに出口はないと絶望が押し寄せる。何処までも続く同じ部屋が私のいる場所なのだと知ってしまった。私はこの空間で干からびていくしかないのか。
永遠に続く部屋と同じような長い叫びが、私の口から吐き出された。
合わせ鏡 空閑漆 @urushi1
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