宝探し

スヴェータ

宝探し

 男は、もう1000年以上この世を彷徨っていた。何故だか30代後半あたりから年を取れず、優れた研究者が集まっても未だその謎は解明されないままなのだ。彼は52歳からずっと研究対象で、今も研究施設の一角で暮らしている。


 最初の100年はあっという間。200年も、300年も、意外にあっさりと過ぎた。ところが500年を超えたあたりから途端に心に冷たい風が吹き、700歳代は涙に暮れていた。それも過ぎるともはや涙は枯れ、淡々と日々を過ごすようになった。


 研究施設の敷地内にある一軒家。そこが彼の住まいだった。ごく普通の家だが、国が全てをサポートしており、選りすぐりの医者や研究者がいつでも駆けつけられるようになっている。また、彼は自身の健康を24時間伝えられるようリングを装着している。


 日々研究は行われているようだが、もう200年ほど目立った進展は見られない。そのため彼はただ淡々と暮らすだけ。朝はコーヒーを飲み、トーストを食べ、郵便受けを確認。新聞を読みながら昼を迎えたら、冷蔵庫のもので適当に昼食を済ませる。


 食べ終えた後、昨晩夜から食べたものや健康状態などを記入し、不足している食材を注文する。それらをメールで送信すると、昼寝をするなどして自由に過ごす。テレビを見る時もあるし、本を読む時もある。


 もう何百年も生きているから、男は常に退屈していた。刺激らしい刺激を感じることもなく、また、珍しがられるのが嫌で滅多に外へ出ることもなかった。外に出るのは定期的な健康診断の日と郵便受けを確認する時くらいだった。


 その日も男は、いつもの時間に郵便受けを覗きに行った。すると、新聞以外に1枚の葉書があるのを見つけた。昔、それこそ600年ほど前まではふざけ半分の葉書や手紙が届いたものだったが、研究施設の担当者がそういったものを取り除いてくれるようになったから、新聞以外のものが届くことはほとんどなくなっていた。


 不思議に思った男は、部屋にも入らず葉書をしげしげと眺めた。差出人、不明。そして表にはこう書かれていた。


宝探しを始めましょう。あなたの欲しいものを与えます。ひとまず、この家で1番日の当たらないところへいらっしゃい。


 また悪ふざけかと思ったが、どうせ何をしたって変わらない。男はこの家で1番日の当たらない勝手口へと向かった。すると、空き瓶を入れていたケースの下に裏面が未記入の葉書があった。


 引き抜いて、土を払う。表を見ると今度はこう書かれていた。


そうです。そうやって辿っていってください。さあ、あなたの欲しいものは何ですか?考えながら向かってください。次はあなたの家で1番寒い場所へ。


 何だか面白い。そう思えてきた男は、指示通り欲しいものを考えながら部屋へと戻った。1番寒いところは、きっと冷凍庫。では欲しいものは何だろう。それが宝だろうか。考えながら、キッチンへと向かった。


 冷凍庫の前に着いたが、欲しいものは浮かばないままだった。金には困っていないし、言えば大抵のものは手に入る。つまりわざわざ欲しがるものは何もないのだ。せっかく久々に面白いのに、宝探しの醍醐味を楽しめない。男はそれを少し惜しく思いながら冷凍庫を開けた。やはりそこには、葉書があった。


欲しいものは浮かびましたか?浮かばなかったなら、もっと広い視野で考えてみてください。地位や名誉、信頼や経験。さあ、あなたは何が欲しいですか?次の場所、この家で1番白の多い場所へ行きながら考えてください。


 広い視野で欲しいものを考えたら、男が欲しいものは愛だった。年を取れなくなるまでは誰かを愛し、誰かに愛されていた。しかしもう何百年も好奇の目に晒され、またその目から逃れることに精一杯で、愛を感じることなどなかったから。


 しかし、宝に愛を求めて与えられるのだろうか。愛を急に得たとして、受けとめることができるのだろうか。いつのまにか男は本気で宝探しをしていて、その宝を恐れ始めていた。


 1番白の多い場所は少し悩んだ。男は白を好んでいて、家のあちこちが白かったから。寝室、ダイニング、書斎。どこも違うようだった。どうやら白とは厳格に白であり、少しでもクリーム色やグレーが含まれていてはいけないようだった。男は最後にトイレの扉を開けた。すると蓋がされた便座の上に、例の葉書はあった。


あなたが欲しいもの、承りました。しかしそれが宝とは限りません。あなたの意向を聞き、それを踏まえて宝を決めます。そしてたった今、宝の用意ができました。どうぞ、この家で1番水の多い場所へいらしてください。


 すっかり胸は弾んでいた。こんなにワクワクしたのはもう何百年振りか知れない。男は一目散に風呂場へと向かった。欲しいものにも答えにも、もはや迷いは一切ない。


 風呂場を隅々まで探したが、例の葉書は見当たらなかった。しかし答えは風呂場で間違いないように思えたから、シャンプーの中や排水溝まで探した。しかし、見当たらない。


 ハッとして、男はバスタブに水を溜めた。ぴったり縁まで水がきて波の揺らめきが止まると、ふわっと文字が浮かんできた。


 ↙︎ダタシシッギ トクデハタタエ

 ↙︎モメタトノモ モハアカエニオ

 ノシニモモミッ ナイラルアマシ


 数分首を傾げていたが、何せ男の頭は冴え渡っていた。そして目を潤ませ、視界を歪ませ、これこそが宝だと頬を濡らした。あまりに夢に見すぎて、思いもよらなかった宝。少しの恐怖はあったが、その何倍も嬉しかった。


「ありがとう。素晴らしい宝だ」


 そう呟くと、男はバスタブに顔を突っ込み、水をチョロチョロと溢れさせた。するとリングは赤く点滅し、研究施設ではブザーが鳴り響き、10人ほどの研究者が医者とともに駆けつけた。しかし既に男は息絶えていて、蘇生は叶わなかった。


 結局、男は1017歳で死んだ。翌日まで生きれば1018歳だったが、研究者でさえそれを気にすることはなかったという。

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