「竜児、崖からとびおりたよ。助からないだろうな」


 純夜が報告すると、待っていた詩織と美野里、そして、彩華さやかがうなずいた。


「そう。よかった。計画どおりね」と、彩華が言う。


「これで、お姉ちゃんも満足してくれるよね」


 彩華は円華の妹だ。

 円華の両親は離婚していて、円華は父に、彩華は母にひきとられた。円華はそのことをかくしていたので、友人の純夜たちも、つい最近まで知らなかった。やはり姉妹で顔立ちはよく似ている。暗闇のなかで円華と見間違うほどには。


「わたしは死なせるつもりまではなかったけど……」


 美野里は苦い表情を浮かべている。


「でも、最初につきあってたのは、あたしだったのよ? 円華とつきあうから別れろって、ヒドくない? 円華はあたしたちのこと知らなかったから、しょうがないけど……竜児サイテー」


 詩織は仲のよかった円華の復讐。


 純夜は……まあ、そのことはいい。今さら何をしたって、子どものころから好きだった人は生き返らない。


 みんな、グルだったのだ。


 詩織の故郷に、こんな都市伝説があると知って、計画を立てたのは純夜だ。


 みんなの人気者の竜児。

 ほんとは、みんなに恨まれていた竜児。

 男友達には頼りになるいいヤツだったが、女に対してはサイテーだった竜児。


「おまえ、どんだけ人に恨まれてるんだよ」


 竜児との友情は本物だった。

 純夜は嬉しいような悲しいような、言葉に表せない感情の高ぶりに翻弄ほんろうされた。


 この思いは一生涯、自分につきまとってくるのだろう。


「布団が持ちあがったときにはビックリしたよ。途中で頭がもうろうとするしさ。ほんとに自分がおかしくなったかと思った」


 詩織は嬉しそうに答える。

「そうでしょ? けっこう大変だったんだからね。天井に滑車つけて、ピアノ線で吊るして」


 美野里は話すのも、しんどそうだ。

 当然だろう。幼なじみを自分たちの手で殺したのだ。


「それにしても、竜児、最後のほう変だったよな。なんか、すごいおびえてたけど」

「罪の意識でしょうよ」と、詩織はあくまで冷たい。


 罪の意識……そうなのかもしれない。


 まるで竜児にだけ、純夜たちには見えない何かが見えていたかのようだった。きっと罪の意識が作りだした幻だったのだ。


 竜児には、何が見えていたのだろう?




 *


 そのあと眠ろうとしたが、なかなか寝つけなかった。


 朝方に夢を見た。

 夢のなかで、円華が笑っていた。

 笑いながら、竜児の手をとって崖へとひきずっていく。


 純夜は泣きながら目をさました。いつのまにか、ウトウトしていたらしい。


 まだ早朝だ。

 ぼんやりしていると電話が鳴った。

 こんな時間に誰だろう?

 疑問に思いながら電話に出た。


「はい。村瀬です……」

「純夜さん! すいません。計画、台なしにして。乗ってた電車が人身事故にあって、新幹線に乗り遅れて。どうなりましたか? 大切な日だったのに!」


 電話のむこうからあふれてくる女の子の声に、純夜はがくぜんとして、手の内のスマホを見なおした。そこには電話帳に登録した名前が浮かんでいる。


 汐崎しおざき彩華——と。


 お堂のなかに、彩華の姿はどこにもなかった。


 誰も使っていなかったように、しわ一つない布団が一式……。


    

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堂々巡り 涼森巳王(東堂薫) @kaoru-todo

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