11-3 終章 魂込めのフィレル

【終章 魂込めのフィレル】


 傷ついたイルキスとフィラ・フィアを連れ、虚ろな思いを抱えて城へと戻る。戻った後のことは覚えていない。ただひたすらに泣いて叫んで、意識を失っていた。

 そして巡る朝。ロアが自分を起こす声が聞こえない。そうだ、ロアはもういないんだとわかって沈んだ気持ち。

 あの後、ファレルとは何度も話した。約束、したのに。大切な家族の一員は、欠けてしまった。ぽっかりと胸に空いたこの穴は、そう簡単に埋まることはないだろう。

 いつもの城、いつもの食卓。長かった封神の旅を終えて、日常が戻ってくる。だが、何かが足りない。いつもそこにあったはずの「ロア」というピースが足りない。それだけで、ただそれだけでこんなにも違うのかと思った。失ってから初めてわかる、その人の大切さ。ロアは失ってはならない人だった。

 フィレルは笑わなくなった。笑い方を忘れてしまった。ただ、虚ろに日々を過ごすだけになった。

 イルキスは怪我を治したあとで故郷に帰り、帰る場所のないフィラ・フィアはイグニシィンの養女となった。沈んでばかりのフィレルをファレルは心配したが、「時が過ぎれば元に戻るから」とフィラ・フィアは必要以上に関わることはしなかった。

 フィレルは思う。朝起きれば、今でもロアがいるような気がする。「寝ぼすけめ」と笑っているような気がする。いつもみたいに、いつもみたいに。

 停滞はしない、いつかは動く。あの日、そうロアに誓ったけれど。空白を抱えた心はそう簡単に、再び動き出すことは出来なかった。

 そして、過去に一度喪失感を経験し乗り越えたことのあるファレルとフィラ・フィアはロアの死からも立ち直ることが出来たけれど、初めてといっても過言ではない喪失を経験したフィレルは、そこまで強くはなれなかった。

 フィレルは、ロアの部屋の方を見ながら、思うのだ。


――ロア、ロア。

 何処にいるの?

 僕とまた話してよ。僕はまた会いたいよ。


 そんな呟きも嘆きも、ただ壁に吸い込まれるだけ。


  ◇


 いつか、ロアがいない現実も、当たり前だと思えるようになってきた。

 いつか、ロアがいない風景にも慣れてきた。

 心の底の空白は、いまだ消えることはないけれど。喪失の痛みはいまだ、激しく心を苛み続けるけれど。

――それから、二年。

 かつてのロアと同じ十七歳になり、フィレルは悲しみの幻影と立ち向かうことを決意した。


  ◇


 二年ぶりに訪れた、あの暗い森。いつかセインリエスと、ロアと戦ったあの場所には、変わらぬ紫水晶があの時のままにそこにあった。

 凍りついた時間。積もった埃が、時が経ったことを示している。

 願いを込めて、絵を描いた。魂を込めて、絵を描いた。

 それを実体化させることは、ないけれど。再び禁忌を犯す気は、ないけれど。

 描いたそれは、ロアの顔。ただどこまでも明るく笑う、大切な人の顔。

「ありがとう、ロア。そしてさようなら。僕はもう、ロアがいなくてもやっていけるから」

 呟いて、これまでの思い出の詰まったキャンバスをその場に置く。一番上にはロアの顔。

「……またね」

 フィレルは来た道を去っていく。

 似顔絵の中のロアの顔が、不敵な笑みを浮かべたのは、気のせいだったのだろうか。


  ◇


「あーあ、退屈だなぁ」

 フィレルはうーんと伸びをした。

 長い冒険が終わり、戻ってきたいつも通りの日々。それはあの冒険の日々に比べれば、あまりにも退屈で。

「そーだ、ロルヴァに行こう!」

 思い立ち、みんなに話すためにお城の中を駆け回る。

 ロルヴァ。それはイルキスの故郷。いつでも歓迎すると、彼は言っていた。

 まだ行ったことのない町だ。そこに行けば、また面白いものが見つかるだろうか?

 目を輝かせてフィレルは走る。その肩には、新しいキャンバスが下がっていた。

 あの冒険の日々を描いたキャンバスは、悲しみと一緒にあの場所に置いていったのだ。これから始まる新しい日々に、過去の思い出なんて似合わない。


 喪失感を乗り越えて、少年は前へ進む。

 悲しみを乗り越えて、彼はまたひとつ強くなる。

 その瞳に涙はあれど、彼はもう迷わない、惑わない。

 握った絵筆に魂を込めて、描いた絵を取り出して色々と応用しながら、そして彼は生きていく。

 暖かな日差しが、そんな彼を祝福するかのように降り注いでいた。


――僕はもう、一人でも。

――生きていけるよ。


【魂込めのフィレル 完】

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魂込めのフィレル 流沢藍蓮 @fellensyawi

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