桜花一片に願いを

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

折れた柳桜

「あんた、まだふてくされてたんだ」

 幼なじみのヨシノが、廊下でしゃがみこんでいた俺の顔を覗き込む。

 ますますキレイになっている。

 だが、青春を謳歌する気分にはなれない。


 春がもうすぐやってくるというのに、俺は嵐の中にいた。


「だってよ、先輩の卒業に、勝利をプレゼントしようと思ったのに」


 応援席には、先輩もいた。この春大学に合格し、ゆくゆくは体育教師になるのだという。

 俺に全てを叩き込んでくれた。主将にまで鍛えてくれたのは先輩のおかげだ。

 それなのに、新学年一発目の公式試合で。

 

「あんたが頑張ってたの、先輩だって見てたよ」

「でも、あんな無様な負け方してよぉ」

 まだ、先週の試合が脳内でリフレインする。

 内股が得意な相手だって分かっていたのに、不用意に飛び込んで。

 180センチ誇る俺が、5センチも小さい相手に軽々と一本を取られてしまった。

 試合時間、たったの一分で。


 手に持った黒帯が、かえって情けなかった。


 心が、根元から折れていた。

 キャプテンをやっていける自信がない。

 元々、先輩で持っている柔道部だったし。

 

 新入部員も少ない。

 体育会系の方が内申書にはいいらしい。

 が、今の子どもは身体を動かしたくないのか、文化系の方が人気がある。

 だが、俺が陰気な顔をしているからだろう。

 

「よし、ハルオ。花見に行こうぜー」

 俺の手首を引っ張って、ヨシノは外に出た。

 

 近所のスーパーに寄って、甘くないレモンの炭酸と焼き鳥を買う。

 ビールのつもりなんだろう。


 ここは、小学校の時に昔よく通った道だ。

 やや長い橋がかかっていて、スーパーの下にある集会場に植えられている桜の木が咲き乱れるのである。


 しかし、ヨシノが連れてきたのは、桜が咲いていない場所である。

 

「桜なんて、どこにもねーじゃん」


 よりにもよって、木の切り株しかない場所に、ヨシノは俺を連れてきた。



「ねえ、ど根性桜って知ってる?」

「桂川のだろ?」


 京都の河川敷にある桜のことだ。

 台風21号の影響で折れ曲がってしまったにもかかわらず、立派に咲いたと言うことで、TVやネットで話題になった。

 根っこから曲がっているというのに、ちゃんと養分を吸って生きているのである。


 ヨシノは、切り株の隣に座って、炭酸の缶を開ける。

 俺も隣に座って、炭酸と焼き鳥をいただいた。

 

「この木さ、覚えてる? 小学校の頃」

「ああ。入学式の時、一緒に写真撮ったよな、この木の前で」


 桜が雨で枯れ始める頃、この柳桜は赤紫の華を咲かせる。

 小学一年の時、俺たち二人は、この柳桜の前で写真を撮った。

 こいつは今でもスマホの画像フォルダに保存している。


 この切り株は、その柳桜だ。

 台風21号で折れてしまい、集会場を押しつぶすかもという危険性から、切り倒されてしまったのだ。

 その名残の隣で、俺たちは宴会をしている。


「で、この柳桜がどうしたんだよ」

「見て」


 ヨシノが、切り株の側面に指をさした。

 

 桜の幹に、細い芽が伸びていた。

 若い芽は、日の光を貪欲に追いかけ、葉を広げているようにも見える。

 その芽は青々として、頼りない。だが、色鮮やかで、瑞々しかった。


「この木は、まだ生きてる。腐らずに、一生懸命に青い枝を伸ばしてさ」


「だからさ、桜だって一度や二度折れたって、花は咲くんだよ。きっと。だから、負けてもいいじゃん。次に勝てばさ」


「そっか、そうだよな」


 世間は甘くない。この炭酸のように。

 先輩だって、これからも負け続けるんだ。俺が知らないだけで。

 ヨシノだって、きっとなにかで負けたに違いない。


「私は、弱いよ。先輩みたいに、力にあってあげられないもん」


 だから、とヨシノは前置きした。

 

「この切り株みたいに、側にいてあげる。咲いていてあげる。しんどくなったら、一緒にいて欲しいときはさ、呼んでよ」


「ありがとう。面倒かけちまったな」

 

 足下で、桜が渦を巻く。

 先日の雨で散った花びらが、高く宙を舞った。


 まだいける。

 そう、決断の道を示してくれたみたいに。

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