エピローグ

【エピローグ】



来月に元号が「令和」となることが決定している2019年4月、関東地方のとある街の喫茶店。




「ほんっっとにすみません!!今こっち向かってるそうなんで!!」


「いやいや大丈夫ですよ……ちょっと待ってましょう。そのうちいらっしゃるでしょうし」




メガネでポニーテールの女性にペコペコ頭を下げられたその青年は恐縮し、とりあえずコーヒーを注文した。



天然パーマのふわっとした黒髪に、二重の大きな目。浅黒い肌はどこか外国人を思わせるが、れっきとした日本人である。



元々はある有名な週刊紙で芸能スクープカメラマン兼記者として活動していた。

彼の研ぎ澄まされた嗅覚や執着、そして鋭い視線はそのままカメラに憑依したように決定的な瞬間を見事にとらえ、さらにそれを元に書く文章は生々しくも独特のテンポと表現力があり、惹き付けられるものがあった。



当然やり手ではあったのだが、突然退職した。



平成も間も無く終わる、とやたらなにかを急かすように騒がれだした頃あたりから、彼は妙な夢を見るようになった。

ぼんやりしたもので目が覚めると断片的にしか覚えていないのだが、長い髪の女性と何か大切なことを話していた気がする。そしてその女性は自分にとってとても大切な存在だったはずなのだが……上手く思い出せない。もどかしいこの想いは「誰かは知らないけれど覚えている」というかなり矛盾したものだった。



そしてその夢を見るたびに、あの人を知りたい・近づきたい。でもこのままではなんにも起きないんじゃないかと思うようになった。元々一度興味を持ったものはとことん探求したり考えたり夢中になりやすい性格ではあったが、たかが夢でも彼には妙に頭の中にこびりついて、執着するようになっていった。

するとそれまで夢中になっていた仕事もなんだか冷めてしまった。よくこんな他人の色恋沙汰を面白おかしくさらけ出してお金をもらっていたなと自己嫌悪にまで陥ってしまったほどに。




「ええか、どんな仕事も、やるならきっちりやる。それが出来んならご縁がなかったんやから、すぐ辞めて新しい仕事を探したらええんよ」




幼い頃から聞かされていた大好きな祖父の助言もあり、彼は思いきって退職した。一応報告の電話をいれると「お前なら大丈夫や。じぃちゃんは応援しとる」とやはりあたたかい言葉をかけてくれた。

そして新しいご縁はわりと早く来てくれた。ある街の行政が民間委託している新しいタウン誌のライター募集だった。彼の経歴を聞いた編集部は快く採用してくれた。そして今日はその顔合わせなのだが………



彼の担当になるという新人編集者が、遅刻しているという。その担当者がすぐ見つけられるようにと、なるべく店の入り口に近い席に彼らはいた。




「初日から遅刻なんて!!白石ったら……!!」




編集長であるメガネの女性は眉間に皺を寄せて険しい顔でスマホを睨み付けている。この人をなるべく怒らせないようにやっていこうとこのとき彼は決意した。



そして自分の担当が「シライシ」さんと聞き、なんだかその響きに違和感を覚えた。よくある名字ではあるけれど……あれ?聞いたことあるような……





シライシ……イシ……シシィ……



「……シシィ……?」




思わず頭に浮かんだその言葉を小さく声に出したのと、喫茶店のドアが勢いよく開いて、そこに付属されているベルが「ガランガラン!」とけたたましく鳴ったのはほぼ同時だった。



「あああ!!すいませんでした~!!!っわぁぁ!!」


「!!!」



真後ろから声がして思わず振り向くと、一人の女性が彼を目掛けて倒れてくる。つまずいてしまったようだ。彼は思わずボックス席から身を乗り出し、彼女を抱き抱える形でそれを引き留める。




そのときだった。彼の妙に胸がざわついたのは。




こんな場面に俺は遭ったことがある。この人のこの体に、こんな風に飛び込んでいったような……




不思議な感覚に陥ったが、彼はすぐに持ち直し、彼女に「あ、大丈夫ですか!?」と手を離し彼女の姿を改めて眺めてみる。



長いウェーブの髪を揺らし、色白の肌にほんのり紅潮した頬。星空をちりばめたような輝く瞳。なかなかかわいらしい容姿の女性だ。



彼はまた不思議な感覚に陥った。この女性と、俺は会ったことがある気がする。懐かしさと胸騒ぎが混在している。



「すいません……ありがとうございます……」




実は彼女もまた、彼には不思議な既視感を抱いていた。



私はこの人を知っている気がする。この吸い込まれそうな大きな瞳を。そしてそこから放たれるぎらりと光る炎のような熱い眼差しを、浴びたのは今日がはじめてではないような。どこか怖くて、でも反らせない、この感じ……





「白石ッ!!あんたの担当のナルキさんだよ、ご挨拶して!!」



二人がぼんやりお互いを見つめているその空間から現実に引き戻したのは、編集長のハキハキとした声だった。慌てて白石は頭を下げ、ナルキと呼ばれた彼はポケットから名刺を取り出す。



「お、お待たせして申し訳ありません!ナルキさんの担当をさせていただきます、白石です!」


「いえいえこちらこそ、これからよろしくお願いします。成城です」



ナルキから差し出された名刺を見ると、「フリーライター・カメラマン 成城 累 RUI NARUKI」と書かれていた。

白石にとっては、どこか懐かしい響きが、そこに並んでいる気がした。



「ナルキ・ルイさん……」


「変わった名前でしょ?しかもこんな見た目なんで外国人に間違われやすいんですけど……日本人ですよ。英語より国語の方が得意でしたし」 



いたずらっぽく成城が言うと、思わず白石は微笑んでしまう。その笑顔に成城は思わず釘付けになる。もっとこの人を知りたい、という想いが胸に溢れてくる。



そしてそれは白石も同じだった。このちょっと変わった、でも懐かしい響きの名前の男性は、ちょっと危険な予感もするけれど、きっとこれから私に今まで知らなかった世界を見せてくれる。そんな予感がしていた。




席に着き、軽く今後の打ち合わせをしていく。ふいに、編集長がトイレのため席を外す。しかしそれは建前で、少し離れたところから二人の様子を伺っていた。


初対面のわりに、二人とも他愛ない会話は途切れていないようだ。



「白石さん、下のお名前は?」


「エリサっていいます」


「エリサ……?」


「ラブの愛にふるさとの里に……沙は……あっ、こう書きます!」



メモを取り出し、せっせと書く白石。それを面白そうに覗きこむ成城。こうして少し遠くから眺めて見てもなかなか絵になる二人だった。



成城と白石がお互い出会ったときの表情やリアクションを、長年さまざまな場面や人物に遭遇してきた編集長は見逃さなかった。そして確信した。



彼らはお互いに惹かれ合っている。前世で何か因縁めいたものがあったのではないかと思うほどに。



別に世話焼きオバサンになってくっつけるつもりはない。仕事さえきっちりやってくれれば部下のプライベートは口出しするつもりもない。ただせっかくだからそっと見守らせてもらおうと思った。



___こういう番狂わせが、いちばん面白いんだよね。



令和元年に彼らと共に発行するそのタウン誌は、きっといいものになるな、と確信した。



[END]

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