⑥
どれくらい歩いただろう。
煉獄の闇の中に、しばらくすると小さな光の粒が、ひとつ、ふたつ……と徐々に増えてきて、やがてそれはあちこちに広がり、俺の目に映る周りはまるで星空のように闇と幾千万もの光の粒のコントラストの世界となった。こんな綺麗な世界がこの煉獄にあったんだ……
口をぽかんと開けて見とれている俺に、シシィは語りかける。
「あの光は、全部、死者の魂なのよ」
「えっ……そうなんだ……こんなにたくさん……」
「この魂たちも、きっと、輪廻転生するために天国から集まったのよ。順番にその時を待っているんだわ……ほら、もうすぐよ」
シシィが指差す先には、かなり強い光がこちらからもわかるほどピカピカとその存在感を放っていた。いかにも「なにかすごいものがありますよ」感がある。
まだまだ不安も疑問もいっぱいだけど……俺は彼女と約束したから。
「行こう」
「うん」
シシィと俺は再び歩き出す。
どんどん光の強さは増していく。
そしてたどり着いたそこは……第一印象は「光の湖」だった。
大きな光の円が、虹色の光を放って表面がゆらゆらと揺れている。そこへ、あの魂の光たちは不規則に吸い込まれていく。
そうか……ここから魂が巡っていくんだ……というのが直感でわかった。そして、いよいよ俺たちは、旅立つんだってことも。
その前に、俺はどうしてもシシィに伝えなくてはいけないことがあった。
「シシィ」
「なぁに?」
シシィがこちらへ向いた瞬間、俺は思い切り頭を下げた。思わず目も閉じた。
「本当にもう、今更なんだが……君の人生を、命を、俺の勝手で奪ってしまって……申し訳なかった………」
一呼吸おく。そして、この言葉を彼女へ伝えた。この言葉しかなかった。
「ごめんなさい」
幼稚で飾り気もない言葉だけど、今の俺がどうしても伝えたかった、唯一の謝罪の言葉だった。
恐る恐る目を開けると、俺の頭上に何やら気配が。殴られる!?と思ったけど、実際に置かれたのは彼女の柔らかな手のひら。それはポンポンと優しい手つきで弾んでいた。
驚いてそっと見上げると、シシィは柔らかく微笑んでくれていた。「よくできました」って言ってくれているみたいに。
愛する人に認められ、許される。息苦しくなるほどの申し訳無さとありがたさ。これが「罪悪感」というものだろうか。また瞳に熱い滴が沸き上がってくる。
「今のあなたなら新しい命で、あんなバカなことしないわよね?それに……自殺もね。絶対やっちゃダメ。生き抜くことがあなたの償いだし、グランデ・アモーレだからね。私に会えるまで、必ず、生きていて」
俺は服の袖で涙を拭いながら、大きく頷く。
「……俺も君に頼みがあるんだ。食事はしっかり摂ってくれ。もう充分美しいんだからあんなガリガリに痩せ細る必要ない」
「わかったわ。たくさん食べる!」
「そうだ。会える日までちゃんと食べて生きていてくれ」
今度はシシィが頷いた。とにかくお互い会える日までそれぞれやれることをやるしかないのだ。
俺たちは最後に、もう一度抱き合って、キスをした。そして二人でその泉へ一歩ずつ歩いていく。
もうあえてシシィのほうは向かなかった。俺は目を閉じて、その光にゆっくりと入っていった。
最後の一歩を踏み出す瞬間、そっと背中を誰かが押してくれた気がした。そして、どこか懐かしい声も聞こえた。
「がんばっておいで」
振り向くことはしなかったけれど、きっとあの声は……俺が愛を伝えるために創ったあの存在。一緒にシシィを愛した者。
「閣下……見ていてくだせぇ、今度こそ、俺は、グランデ・アモーレを、自分の力で、証明してやりますぜ……」
あの頃のようにわざとくだけた口調で、俺は心の中で閣下に語りかけ、そして、俺の体は光の湖の中へ入っていった。
痛みはなかった。全身がポカポカと温かく、穏やかな気持ちになれた。
100年近くかかったけど、愛する人に認められ、愛され、許された喜びと、そこから沸き上がる後悔。そして、だから今度こそという希望。過去も未来もぜんぶひっくるめて、俺の大切なグランデ・アモーレ。
ルイジ・ルキーニとしての俺の命は、今度こそ終わり、そして、新しく始まる。
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