輪廻転生__仏教の教えによれば死者の魂は生まれ変わってまた現世へやって来て、新しい人生を過ごす。それを何度も繰り返す、というもの。



なんとこの煉獄にも、その輪廻転生のための場所が存在するというのだ。その場所にシシィは俺を連れて行きたいらしい。

今のこの天国にも地獄にもいけない中途半端な状態の俺たちなら、信仰しているとかしていないとかも関係なく、その輪廻転生が出来る可能性があるとシシィは考えたようだ。



「……つまり、また生まれ変わって、お互い人生をやり直そうってことか?」


「そうよ」


「……気が進まないな」



俺の人生は、暗かった。楽しみややりたいこともほとんどないまま死んだようなものだ。アナキストとしての活動だってほぼ流れのような形で中途半端に終わってる。


正直、あちらのほうが、ここよりずっと地獄だった。痛みと苦しみと侮蔑と屈辱に耐えて歯向かう、そんな日々が物心ついたときから始まっていたから。死んでもなお執着したいほど美しいこの皇后の存在を知れたのが、唯一の奇跡だった。




またあんな日々が続くなんて……



これまでのことを思い出し、落ち込んで黙りこんだ俺の顔を、シシィは心配そうに覗きこむ。



「私も不安よ。またあの息苦しくて自由がどこにあるかわからない、孤独な闘いの日々が続くのかもって……だけどね」



シシィは俺の手をそっと握る。




「私は……出来ることなら、生きたあなたに、愛されたい」




胸がドクンと音を立てて高鳴る。これまでさんざんトートに言わせてシシィに伝えてきたこの言葉を、今になって自分に向けられるとは……



「ここで一緒にずっといるっていうのも考えた。でもやっぱりワガママを貫くなら、私は、生きたあなたに愛されたい。そして私も、生きてあなたに愛されたい」


「生きた俺は……きっと君が思うより無様で醜いよ」



回想の俺は俺が思うままに、あくまでもエリザベート皇后のことを話していたから、カッコ悪い俺は見せずに済んだ。シシィはあの回想で愛に執着する俺を美しいと言ってくれたが、もっと生々しい泥臭い部分をまだ見てないからだろうな。だって実際の俺はただただひねくれていて育ちも悪くて特殊な力もない、ほんとにただの人間のただの男だったんだから。そんな人間に戻った俺を、ここまで深く愛してくれるか?



そう思っていたら、シシィは意外な答えをくれた。



「それでいい。私は色んなあなたを見てみたい。弱いところも悩むところも生々しく見てみたい。きっと私は好きになってしまう。なんてかわいらしいんだろうって……」




「かわいらしい」だって?この俺が?さっきの「美しかった」といいどうやらこの皇后さまは独特の感性をお持ちのようだ。




「かわいらしいって、俺は子供でも犬猫でもないんだぞ」


「あのね、普段カッコつけてる人が不意に見せてしまう隠せない弱さって、すごくかわいらしいのよ?そうすると……母性本能っていうのかしら?あぁ私この人を守りたい!!ってなるの」


「ふーん……」


「あぁ今のそういうところよ!唇尖らせるのあなたの癖なのね!とってもかわいらしいわ!」



指摘されてものすごく恥ずかしくなる。慌てて口元を手でふさいで隠す。そんな俺をシシィはクスクス笑って穏やかな眼差しで見つめている。これが「かわいらしい」なのか?よくわからない……

少女の頃のあのシシィは天使や人形のようで誰が見ても「なんてかわいらしい!!抱きしめたい!!」となるけど、俺みたいなそこそこの歳の男が都合が悪くなって唇を尖らせるのを「かわいらしい!」とは思わなくないか?




「とにかくね、私はきっとあなたを愛してしまう。強さは美しいと思うし弱さはかわいらしいと思って、全部抱きしめたくなる」


「君は相当変わっているんだな……嬉しいけどね」


「あなたもきっとわかる。というか、もう半分はわかってるはず………だってあんなひどい私の皇后ぶりでも、こうして愛してくれているじゃない」



言われて改めて考えてみる。彼女は美しいが完璧ではなかった。ダメな部分もたくさん知ってる。それゆえに怒りを覚えたことも多々あった。憎んだこともあった。


それでもこうして、死んでなお100年近く経っても……やはり忘れられず常に語り継ぐほど俺は彼女が好きだった。



きっと……また愛してしまう。そういうものなんだ。そして、彼女も俺に対してそういう気持ちを持ってくれているんだ。




だけど………だからこそ……俺は……




「………い……」


「ルイジ……」



心配そうに俺の顔を覗き見み、その細い指でそっと俺の頬を撫でる。何故だろう?シシィの顔が……歪んでぼやけてよく見えない。息苦しくなりながらもやっと出す言葉を、なんとか彼女へ伝える。



「………いやだ……せっかく……あえたのに………」


「うん、うん」


「……さみしい……」


「うん……ルイジ……でもね……泣かないで。私まで……さみしくなっちゃう……」




泣かないで、と言われてやっと気づく。俺の目尻から遠慮なくこぼれ落ちている、生暖かい雫に。



あぁなんてカッコ悪いんだ……母と別れたときも、孤児院や親戚の家をたらい回しにされたときも、大人になってなにかと後ろ指指されたときも……俺は泣かなかったのに。人前で泣くもんかと強く生きてきたのに……



輪廻転生は必ずしも前世と同じように生きられるわけでない、とあの巻物に書いてあった。生まれる国も性別も、時期も、時には人間以外の生き物になることだってある、と。

そして、前世の記憶は7割ほど薄れるとも。よほど強烈なものが残るか、因縁深いものと遭遇したとき気づくか。そんな程度だと。



だからもし輪廻転生が成功しても、互いのことを忘れてしまったりする可能性も、そもそも会えないまま生きていく可能性もある。



このシシィが教えてくれた「偉大なる愛」と、「偉大なる愛」そのものの象徴であるこの人の記憶や出会いが失われるのは……今の俺にとってとてつもなく「さみしい」ことだった。

切なさ・苦しさ・怖さ……これらを全部ひっくるめて一番しっくりくる今の感情は「さみしい」だった。



もう一度、シシィは俺をぎゅっと強く抱きしめてくれた。こんな俺でもやっぱり「かわいらしい」って思ってくれてるのかな。



「だいじょうぶ。私、絶対ルイジとまた会うから!!どんなに時間がかかっても、どんなに遠くにいても……だって今もこうして会えたし愛し合えたんだもの!!」



涙をぬぐった笑顔で、シシィは宣言してくれる。それだけでとても安心出来る。本当にこの人はすごい。この笑顔で救われた民も、確かにいたはずだ。



俺だって……負けていられない。



「約束だよ。必ず、また、会おう」


「うん!」


「そのときは、必ず、俺は君を、振り向かせてみせる」


「……楽しみにしているわ」



クスッといたずらっぽく、泣きはらした目で笑うシシィ。俺もフッと微笑んでしまう。あぁ、この笑顔はきっと世界中の美女の写真を二万五千枚集めても敵わないほど俺には美しくかわいらしい。



必ずこの笑顔を、またこの目に焼き付けてみせる。生きた俺の力で。グランデ・アモーレはまだまだ終わらない。こうなったらとことん試して証明してやろう。



「だから……ね?」


「うん……わかった。連れていってくれ」




愛しい人に手を引いて導かれ、俺たちはまた煉獄を歩きだす。



今は前だけを見て、未来を信じたい。

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