現代むかしばなし「メロン太郎さん」

烏川 ハル

メロン太郎さん

   

 むかしむかし。

 あるところに、立派なおっぱいの持ち主が多いと評判の村がありました。

 噂を聞きつけて京のみやこから足繁く通う貴族がいたり、逆に都へ呼ばれて玉の輿に乗る村人がいたりするくらいでした。


 そんな通称『おっぱい村』ですが、村の女性全員が巨乳というわけではありません。

 例えば、村外れに住むおばあさんは、若い頃から美人で有名でしたが、慎ましやかな胸の持ち主でした。

 村の基準ではなく全国平均から見ても、控えめというレベルでした。

 それでも、おばあさんは、おじいさんと二人で幸せに暮らしていました。


 おじいさんも個人的な嗜好としては、豊かなおっぱいが好きです。でも幼馴染だったおばあさんを選び、長年、仲睦まじく連れ添ってきたのです。

「もっと私の胸が大きかったら、もっとおじいさんを喜ばせることが出来るのに……。神様! どうか私に立派なおっぱいを!」

 一応おばあさんは、胸を大きくして欲しいと天に願いましたが、その望みも叶わぬまま、今に至ります。


 ある日。

 いつものように、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。

 すると。

 美しく澄んだ水をたくわえた川の上流から、どんぶらこ、どんぶらこ……。

 大きな大きなメロンが一つ、流れてきました。

「おや、まあ!」

 おばあさんは驚きましたが、美味しそうなメロンです。おじいさんへのお土産として、そのメロンを持ち帰りました。


 夜のデザートにするつもりで、二人でメロンを切ってみると。

「オギャア!」

 中から女の子が飛び出してきました。

「これはこれは……。立派な赤ちゃんだのう」

 おじいさんは、感嘆したように呟きます。

 メロンから生まれた女の子は、生まれたばかりの赤ちゃんではなく、もうハイハイやヨチヨチ歩きも十分に出来そうな……。赤ちゃんというより、ある意味、幼女だったのです。

 しかも、幼女なのに、既に立派なおっぱいを有していました。

 いわばロリ巨乳です。

「ああ、神様! ありがとうございます!」

 おばあさんは、天に感謝しました。

 巨乳になれなかった自分の代わりに、この女の子を神が授けてくださったと思ったのです。

 叶わなかった自分の夢を子供に託す、というのは、世間でもよくある話です。しかも、この子どもの場合、最初からおばあさんの夢を叶えた状態で生まれてきてくれたのですから……。

 こんなに嬉しいことはありませんでした。

「なんとまあ。メロンのように立派な……」


 メロンから生まれたので、二人は、女の子をメロン太郎と名付けました。

 おじいさんとおばあさんに可愛がられたメロン太郎は、二人の愛情を一身に受けて、すくすく育ちます。

 その成長スピードは尋常ではなく、三ヶ月ほどで、妙齢の女性となりました。

 村一番の、見目麗しい乙女です。

 彼女の美貌と胸のメロンの噂は、京のみやこにも伝わりました。

 その結果。

 都から三人の貴族が、メロン太郎に求婚プロポーズしにやってきました。


「ぜひ、私の嫁になってください」

 口を揃えて言う三人に対して、メロン太郎は告げます。

「私には、大事なおじいさんとおばあさんがいますので……。二人を残して、都に嫁入りするわけにはいきません」

 しかし彼女の拒絶の言葉を聞いても、三人は引き下がりません。

 しつこく執拗に、愛の言葉を囁き続けます。

 とうとうメロン太郎はこん負けしてしまい、少しだけですが「そこまで乞われるならば、貴族の嫁になってもいいかなー」という気になってきました。

 とはいえ、今さら受け入れるのも少し照れくさいです。そこで、三人それぞれに条件を出すことにしました。


 まず、茶色の着物を纏った貴族に対しては。

「蓬莱にあるという、伝説の枝を持ち帰ってください」

 仙人が住むと言われる国、蓬莱。茎・根・実がそれぞれ金・銀・真珠で構成された『枝』がある、という伝説もありました。

 宝珠的価値はもちろんのこと、煎じて飲めば胸が大きくなる、という噂でした。もちろんメロン太郎は、もう十分に大きなおっぱいの持ち主ですが、彼女は自分自身で使うのではなく、おばあさんに飲んでもらいたかったのです。


 続いて、紺色の着物の貴族に対しては。

「火龍の首の喉仏をお願いします」

 これも蓬莱の枝と同じレベルの、嘘か本当かわからぬ伝説です。

 どこにあるかわからぬ火の国には、喉に宝珠の埋め込まれた龍が住んでいる。その宝珠を龍から取り出して、きれいに洗ってからゴシゴシ磨くと、三つの願いを叶えてくれる精霊が現れる……。

 これもメロン太郎は、おばあさんの胸を大きくするために使う予定でした。


 そして、最後は紫色の貴族です。

「この村を襲う鬼を、何とかしてください」

 そう。

 最近、メロン太郎たちの村――通称『おっぱい村』――は、たびたび鬼に襲われるようになっていたのです。

「わかりました!」

 三人はメロン太郎の課題を受けて、早速、出かけて行きました。

 ちなみに。

 雲をつかむような話である蓬莱の枝や火龍の喉仏とくらべれば、まだ鬼退治は現実的であり、ちょっとレベルが違いすぎやしないか、と思われるかもしれませんが……。

 実はメロン太郎は、三人の中で、紫の着物の人を最も気に入っていたのでした。


 それから半年後。

 おじいさん、おばあさん、メロン太郎が暮らす家に、悲報が届きました。

 三人の貴族のうち一人が亡くなった、というしらせです。

 紫の服の人です。「私、この人のお嫁さんになっちゃおうかなー」とメロン太郎が密かに想っていた、あの貴族です。

 彼は、頑張って鬼が住む島を突き止めたのですが……。

 しかし都の貴族に出来るのは、そこまででした。鬼退治に出向いた彼は、返り討ちにあったそうです。

「ああ! 私は、なんということを……」

 メロン太郎は後悔しました。紫の貴族の求婚を受け入れなかったことを、激しく悔やみました。彼女はツンデレヒロインではないのですから、もっと自分の気持ちに素直になるべきだったのです。

「おじいさん、おばあさん。私が自ら、鬼退治に向かいます」

 メロン太郎は宣言しました。

「あのおかたが命をして、鬼の本拠地を突き止めてくださったのです。それを無駄にしないためにも……。この私が!」

 おじいさんとおばあさんは、びっくりしてしまいました。

「メロン太郎や、無理を言うでないよ」

「貴族のお偉いさんでも無理だったのじゃ。メロン太郎、女のお前では、とてもとても……」

 しかし、考えてみると。

 鬼が村を襲うのは、若い女が目当てです。当然、村一番の器量良しであるメロン太郎も、鬼に狙われてしまうでしょう。

 ならば、こちらから打って出るのも、一つの手かもしれません。しばらくの間メロン太郎が村を留守にするだけでも、意味がありそうです。

「わかった。ではメロン太郎、これを持って行きなさい」

 メロン太郎は、おじいさんとおばあさんからメロン団子を――村の名産品を――渡されて……。

「おじいさん、おばあさん。行ってまいります!」

 鬼の住む島を目指して、意気揚々と出発しました。


 旅に出たメロン太郎は、まず、たくましい犬に出会いました。

 家来にならないかと誘うと、交換条件を提示されてしまいます。

「メロン太郎さん。お胸につけたそのメロン、一つ私に下さいな」 

「あげましょう、あげま……。え?」

 了承しそうになったメロン太郎は、自分の聞き間違いに気づきました。

「『お胸につけたそのメロン』ですか? 『お腰につけたメロン団子』ではなくて?」

「はい、胸のメロンの方です。団子なんて、犬は食いません」

 ちょっと悩みます。

 胸のメロンということは、要するに、おっぱいです。

 どうしましょうか?

 結局、メロン太郎が考え込んだのは、わずかな時間でした。

「わかりました。いいでしょう。別に減るもんじゃないし」

「では、早速!」

 犬は、メロン太郎に飛びかかりました。


 およそ一時間後。

「はあ、はあ……」

 疲れたような声を上げるメロン太郎とは対照的に、犬は満面の笑みを浮かべていました。

 犬の口の周りは、涎でベトベトです。メロン太郎の胸も、同じくベトベトです。

 もちろん、犬に食べられたとはいえ、実際に『食べられた』わけではありません。メロン太郎のメロンは、二つとも健在です。

 彼女は、犬の涎を拭ってから胸をしまい、再び歩き出しました。


 続いて、猿に出会いました。いかにも疲れ知らずといった感じで、犬と同じく、頼りになりそうです。

 メロン太郎が誘うと、やはり。

「メロン太郎さん。お胸につけたそのメロン、一つ私に下さいな」 

「はい、はい。あげましょう、あげましょう」

 二度目なので、今度はメロン太郎も躊躇することなく、あっさりメロンを差し出しました。


 そして数時間後。

「はあ、はあ……」

「ぐへへ」

「……」

 そこには、疲れたメロン太郎と、満足した猿と、待ちくたびれた犬の姿がありました。


 さらに、強そうなキジにも出会いました。

 もちろん、家来に誘います。

 もちろん、メロンを要求されます。

「はあ、はあ……」

 今回は、わずか数分で済みました。


 こうして。

 犬・猿・キジを連れたメロン太郎は、鬼の住む島に乗り込みました。

「やあやあ! 我こそは、おっぱい村から来た、メロン太郎なり!」

 彼女の合図で、犬・猿・キジが、島の鬼たちに襲いかかりました。

 大乱闘です。

 三匹とメロン太郎は奮戦しますが、多勢に無勢。何度かピンチも訪れましたが、三匹が頑張ってくれました。

 特に、やられそうになった三匹に「私のメロンをお食べ」と彼女がおっぱいを差し出すと、元気百倍。たちまち回復した犬・猿・キジは、嘘のようにパワーアップするのでした。

 やがて。

 メロン太郎たちは、島の鬼どもを蹴散らして、奥に潜んでいた頭領のもとまで辿り着きました。

「お前が鬼たちの大元締か!」

 メロン太郎から刀を突きつけられた頭領は、拍子抜けするほど、穏やかな雰囲気の鬼でした。

「僕は悪い鬼じゃないよ」

 鬼の頭領は、自身のことを「人間にも友好的な鬼だよ」と言います。彼は昔、人里に遊びに出かけた際、ほっぺたに邪魔なこぶを抱えた老人と出会い、そのこぶを取り除いてあげたそうです。

 それくらい人に優しい鬼なのだ、と言いたいのでしょうが……。

「では、なぜ村を襲ったのですか? あのおかたを返り討ちにしたのですか?」

「……何のこと?」

 メロン太郎の訴えを聞いて、鬼の頭領は、すっかり驚いてしまいました。どうやら「記憶にございません」「部下が勝手にやったことです」という状態だったようです。

「でも、手下の行動の責任は、頭領である僕の責任だね。ごめんなさい」

 鬼の頭領は、メロン太郎に謝罪し、二度と配下の鬼たちに勝手な真似はさせないと誓ってくれました。

 さらに。

「お詫びと言っては何だけど……」

 鬼の頭領は、メロン太郎の胸に手を伸ばして。

「君の邪魔なこぶも、もぎ取ってあげるよ! 二つとも!」

 メロン太郎の左右のおっぱいを、握り取ってしまいました!

 犬・猿・キジに食べられても決してなくならなかった立派なおっぱいが、二つとも、失われてしまったのです!


「いやああああああああ」

 メロン太郎は、泣く泣く逃げ帰りました。

 鬼の頭領には「二度と村を襲わない」と約束させましたが、別に退治したわけではありません。しかも、自慢のおっぱいを奪われたのです。ほとんど『敗軍の将』の気分でした。

 それでもメロン太郎には、帰れる場所がありました。

 家に戻った彼女を、おじいさんとおばあさんは、優しく迎え入れてくれました。

 二人もメロン太郎の平坦な胸には驚きましたが、それでも。

「良いではないか、メロン太郎。それでこそ、わしらの子供じゃ。ほら、ばあさんだって、胸なんて無いに等しいぞ」

「はいはい。これで私とお揃いですね、メロン太郎」

 おじいさんとおばあさんから、そう言われると。

 メロン太郎は、二人の本当の子供になれたような気がしました。


 以後。

 巨乳というアピールポイントを失ったせいでしょうか。

 メロン太郎は、もう都の貴族たちから、以前のようなアプローチを受けることもなくなり……。

 おじいさんとおばあさんと一緒に、三人で幸せに暮らしましたとさ。


 おしまい。

   

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