一章
一章 1
ワレスたちが嵐のなかで遭難し、死体と遭遇するハメになった、そもそもの原因は、数日前——
「ねえ、ワレス。お願いがあるの」
その日もワレスはジョスリーヌの寝室で朝をむかえた。
ワレスの職業はジゴロ。さみしい貴婦人を幸福にする仕事といえば聞こえはいいが、じっさいのところは女の金でブラブラしているヒモだ。
ひとまわり年上の女侯爵ジョスリーヌは、ワレスがジゴロになったばかりの十代のころからの後見人である。
ふだんはダンスホールなどで金とヒマを持てあました貴婦人の相手をしているのだが、そういうつきあいがイヤになると、ジョスリーヌのところへ帰ってくる。
ジョスリーヌもワレスの商売については、とやかく言わない。そのかわり、ワレス以外の男もつれまわす。たがいに干渉しない。そういう関係で、二人はうまくいっていた。
ここ半月ほど、ワレスはいつものように
毎日、ダラダラとすごしていた罰だろうか。
ある朝、小間使いが銀の盆に載せて運んできた封書のなかを見て、ジョスリーヌが言いだした。
「ねえ、ワレス。お願いがあるの」
来たな——と、ワレスは思う。
ジョスリーヌの“お願い”が、めんどうでなかった試しがない。
「そろそろ、客を探しにダンスホールへでも行こうかな。また来るよ。おれの愛しのレディー」
あわててベッドをとびおりるワレスの二の腕を、ガッチリとジョスリーヌがつかむ。
「ダメよ。逃げだしたら、屋敷を立ち入り禁止にしてやるから」
「…………」
ワレスは嘆息した。
ここは従うしかあるまい。
「……なんだよ?」
ジョスリーヌはもとの神妙な顔にもどって、手紙をワレスに手渡してくる。
「じつはね。わたしの遠い親戚に、オージュベール伯爵という人がいるのよ。血のつながりはないけど、いちおう一族の末端なのよね」
ジョスリーヌは広いユイラ皇帝国のなかでも、とくに高貴な十二の大貴族の一つだ。初代皇帝に仕えた十二人の騎士の
その勢力は絶大なものがあり、一族も数知れない。
一族の頂点に立つジョスリーヌは湯水のような財力と権力を持っているが、そのかわり、社交上のつきあいも多い。
やっかいごとが持ちこまれるたびに、つきあわされるワレスはたまったものじゃない。
「それで……?」
「それでね。十五年……いえ、十六年前だったかしら。まだ、わたしが少女だったから、お父さまが生きてらしたの。そのころ、当時のオージュベール伯爵が亡くなったのよ」
「病死か?」
「さあ。そこまで知らないわ。親戚はたくさんいるのよ。あのことがなければ、親戚だなんて忘れていたくらい」
それはまあ、そうだろう。
大金持ちの大貴族に群れる親戚は百や二百ではない。千単位だ。
「あのことって?」
「それなのよ。その事実を認定してほしいって手紙なのよね」
「だから、その事実って?」
「あのね。伯爵が亡くなったときに、家宝の宝剣がなくなったのよ。
その宝剣は、わたしのおじいさまが以前、狩りに招待されたとき、野生の熊から守ってくれたお礼に、オージュベール伯爵に
その宝剣がなくなるのは、伯爵にとっては一大事なのよね。うちの一門でいられるかいられないかの瀬戸際なわけ」
「なるほど」
「爵位はとりあえず、伯爵の弟が継いだみたい。でも、うちとは疎遠になった。おじいさまが亡くなったし、お父さまも亡くなった。わたしは狩りをしないしね」
「まあ、狩りは男の遊びだからな」
「それで、ほっといてたのよ。三年前だったかしら。手紙が来たの。伯爵の生まれ変わりだっていう少年がいるんですって。会ってほしいって話だったけど行かなかったわ。忙しかったから」
三年前といえば、ワレスがジョスリーヌにひろわれたころだ。ジョスリーヌが忙しかったのは、ワレスのせいだろう。
「悪かったな」
「あなたを責めているんじゃないわ。遠縁の子どもなんて興味がないし。でも、生まれ変わりというのはおもしろいと思ったの。だから、ちょっと記憶に残っていたんだけど」
「生まれ変わりなんてないよ。死んだら人間は死体になるだけだ」
ワレスがおよそジゴロらしからぬロマンチックでないセリフを吐くと、ジョスリーヌは肩をすくめた。
「それは、わたしにはわからないけど、なんだか、その件でモメてるみたい。今の伯爵とその少年のどちらが正統な爵位継承者なのか、わたしに裁定してほしいというのよ」
聞くだけでウンザリだ。
つまりは貴族にありがちな後継者争いだ。
転生という現象が虚偽でないなら興味があるが、それも金目当てのウソに決まっている。
とはいえ、ジョスリーヌにたのまれれば、行かざるを得ない。月々に金貨百枚をくれる気前のいいパトロネスを手放すわけにはいかないのだから。
「わかったよ。行こうじゃないか。生まれ変わりなんて初めて見る。楽しい旅になるだろうよ」
そんなわけで、華やかな皇都を離れ、ワレスはジョスリーヌとともに旅立った。
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