一章 2

 *



 オージュベール伯爵家は、皇都郊外を領地にしていた。

 小さな街を二つと、農地を少々、そのわりに広い森を有している。


 皇都からは、馬車でわずか三日の距離だった。

 皇都の貴族を招いて狩り場を提供するには、うってつけの位置だ。


 森の入り口に伯爵家の館はあった。

 皇都の流行とはかけ離れた古い造りの館だ。しかし、シャトーと呼ぶには様式が違う。


「タイクツそうなところね」


 ジョスリーヌはすでに、ため息をついている。

 たしかに狩りの趣味がなければ、楽しめる場所ではないだろう。


 門をぬけ、屋敷の建物の前で馬車をおりる。

 ゴブリンやドラゴンが柱や破風にひっついた古くさい館の玄関をくぐると、伯爵家の人々が待ちかまえていた。


「ようこそ、いらっしゃいました。ラ・ベル侯爵さま。お待ちしておりました」


 そう言って、一番手前でをしているのが、どうやら現在のオージュベール伯爵のようだ。


 四十代なかば。茶色い髪で目は青い。黒髪黒い瞳の多いユイラ人としては、めずらしい特徴だ。ちょっと渋みのある二枚めではある。もみ手に性格が現れているが。おそらく権力に弱い男と、ワレスは見た。


 そのうしろに同じく四十代の女。

 ワレスと同じ、二十歳くらいの青年。


 それと対立するように、ろうかの反対がわの端に立っているのが、問題の生まれ変わりのようだ。


 転生したというから、もっと他人にはない何かがあるのかと期待していたが、ごくふつうの十四、五の少年だ。黒髪に黒い瞳。小柄で女の子のようだが、平均的なユイラ人の少年と言える。


 少年は気位の高そうな老婆とならんでいる。年齢から言って母親のようではない。


 オージュベール伯爵が家族の紹介をした。

「私が当主のフランシス・ル・オージュベールです。こちらが妻のイルシャ。一人息子のオーランドです」


 ジョスリーヌとお決まりのあいさつをかわすものの、少年たちは紹介もしない。伯爵の生まれ変わりを認めていないという姿勢をあからさまに表していた。


「ささ、どうぞ。侯爵さま。もてなしの宴の用意がととのっております」と、伯爵が奥へ案内しようとするのを、少年がわの老婆がひきとめる。


「お待ちなさい。正当な当主は、このユリエルですよ。侯爵さまをご案内するのは、ユリエルの役目です」


 おかげで少年の名前はわかったが、さきが思いやられる。いきなりジョスリーヌのうばいあいが始まってしまった。


「なんだと? そんな、どこの馬の骨ともわからない子どもに侯爵さまを任せられるはずがないだろう」

「馬の骨とはなんですか! この子はまちがいなく、ユリウスの生まれ変わりです。あなたの兄ですよ!」


 伯爵と老婆がののしりあうのを見て、ジョスリーヌは気分を害している。気配を察したワレスは機転をきかした。


「かんべんしてくれ。侯爵さまは旅の疲れで早く休みたいんだ。宴なんて、どうでもいい。おれたちに今、必要なのは、くつろげる部屋と風呂。それに、あったかいリンナールだ。ミルクたっぷりでな」


 もちろん、伯爵や老婆だって、そこにワレスがいることには気づいていただろう。

 しかし、大勢いるジョスリーヌの付き人の一人くらいにしか思っていなかったはずだ。

 侯爵の付属品がとつぜん啖呵たんかを切ったので、一瞬、ギョッとした。彼らにしてみれば、人形がしゃべりだしたくらいの衝撃はあっただろう。


 すると、生まれ変わりを主張する少年が、くすくすと笑いだした。笑顔は猫みたいで、えらく可愛い。


「大伯母さま。侯爵さまをこまらせてはいけませんよ。僕たちは遠慮して、あとでまたお会いいたしましょう」


 ユリエルはそう言って、大伯母の手をひいて、ろうかの奥へ去っていった。

 なかなか、かしこい少年だ。他人の顔色を読むのがうまい。それは貴族社会では重要な能力だ。


 気をとりなおした伯爵が、あいそ笑いをうかべて手招きした。


「では、こちらへどうぞ」


 通されたのは、一階の広いベランダ付きの部屋。小部屋が二つと浴室、衣装部屋も付属だ。


 しかし、ガラス窓から見える庭は荒れているし、室内の手入れも行き届いていない。調度品にはいくつも傷がある。

 こんな部屋を都から来た一族の長にあてがうのかと、内心、ワレスはあきれた。

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