一章 3


「騎士さまは、こちらへどうぞ」と、伯爵が言うので、ワレスはむしょうに後ろ髪をひかれた。だが、まあ、ジョスリーヌには皇都からつれてきた、お気に入りの侍女が二人もついている。問題はないだろう。


「ああ」


 騎士と勝手に勘違いしてくれているのは、ある意味、ありがたい。


 伯爵について、ろうかに出る。ろうかには、いやに人影があった。しかも、妙に男が多い。

 ある意味、活気は感じるが、騎士がこうもおおっぴらに邸内を歩きまわっているなんて、皇都の貴族の邸宅では考えられない。


「あれはみんな、騎士ですか?」と、ワレスは聞いてみた。

「さよう。わが家は狩り場だからな。彼らは大切な仲間だ」


 なるほど。狩り場をさまざまな貴族に提供して見返りを得たり、報酬をもらったりして生計を立てているわけだ。

 狩りには大勢の男の力がいる。騎士を大切にするのは当然かもしれない。


「さあ、ここがあんたの部屋だ」


 伯爵があけたドアのなかを見て、ワレスは苦笑いした。

 旅の守りについてきた、ジョスリーヌの騎士たちと相部屋だったのだ。


 大貴族の騎士は彼らじたい貴族の称号を持っている。

 部屋は粗末ではないが、相部屋はキツイ。

 なにしろ、むこうはワレスを、女主人にたかるヒルだと思っているのだから。


(まあ、夜にはジョスのベッドにもぐりこむか)


 ワレスがあいたベッドにドサリと腰をおろすと、騎士たちの会話が耳に入った。


「狩りができるらしいぞ」

「ひさびさだな。先々代侯爵さまがご存命のころ以来だ」

「おれが親父といっしょに侯爵さまのお供をしたのは、まだ十五のときだよ」


 騎士たちは、みんな狩りを楽しみにしているらしい。


 生き物を無意味に殺す狩りを、ワレスはとくに好きではなかった。が、子どものころ自分で野ウサギをつかまえて、焼いて食いはした。なかなか根性のあるガキだったと、我ながら思う。


「あんたは狩りはできるのか?」と、とつぜん、声をかけられた。


 名前だけは知っている、ランスという男だ。にやけた顔で笑っているので、どうせ、ジゴロにはダンスと女の相手しかできないと思っているのだろう。


 ジョスリーヌは近衛隊の騎士も顔で選んでいるのか、いやに美形が多い。ランスも例外ではない。日に焼けて健康的な美男だ。黒髪だが巻き毛のところはめずらしい。


 しかし、ワレスはここにいる十数人の騎士たちの誰にも負けていない自負を持っている。容姿も、狩りの腕もだ。


「おいおい。ランス。聞いてやるなよ。かわいそうじゃないか」

「そうだぞ。腰の剣だって飾りだろうに」


 ほかの騎士たちも、あからさまな態度でからかってくる。


 ワレスは負けず嫌いだ。プライドも高い。こんなあつかいを受けて、だまっていられる性分じゃない。

 立ちあがると、すらりと剣をぬいた。


「なんなら、かかってこいよ。剣をぬくのはひさしぶりだ。手かげんできるかな」


 ランスもカッとしたようだ。

「ジゴロ風情がいい気になるなよ」

 サッと剣を鞘走さやばしらせる。


 ワレスは白刃をかまえて、ランスとむきあった。

 じっさいの試合では盾を持つが、今はもちろん、盾なんて、この場にない。


 ランスはワレスの腕を試すように、大ぶりの横なぎで、まず仕掛けてきた。が、それはワレスの体にギリギリあたらないことを見越した間合いだ。


(おぼっちゃんの剣だな)


 あたらないように、傷つけないように、寸止めされた試合用の剣技だ。


 二度、三度、ランスはようす見の攻撃を出してくる。

 ワレスは抑えた動きでスレスレに、その切っ先をかわす。

 それがランスには、ワレスが恐れて身動きとれないように見えたのだろう。


「ほらほら、色男には剣は使えないみたいだな」


 茶化しながら、ますます大げさに縦、横と剣をふるう。同じ攻撃をくりかえし、ワレスを壁ぎわに追いつめた。


「あとがないぞ。色男」


 しかし、四度めにランスが剣を縦にふりあげた瞬間、ワレスはその腕を下からけりあげた。


 ふりあげようとしているところをけるわけだから、ランスの剣は勢いあまって、背後にすっぽぬけた。


 すかさず、のどもとに刃をつきつける。


「おれの勝ちだな」

「なッ……こんなの勝負と言えるか。けるなんて卑怯だぞ」

「実戦なら、あんたは今、死んでた」


 ランスがだまりこんだので、ワレスは剣をおさめる。


 どこからか、パチパチと拍手の音がする。

 戸口をふりむくと、ユリエルが立っていた。転生少年が目を輝かせて、ワレスを見ていた。


「すごい。すごい。カッコイイ上に強いなんて、尊敬するなぁ。ねえ、僕の部屋に来てお話しませんか?」


 それは、なかなか有意義な時間の使いかただ。


「いいだろう」


 ワレスはユリエルに手をひかれていった。

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