第23話 開く
車は県境になっている川に向かって走った。行く先に大きな橋が見える。
「仲間ってどういう意味ですか」
「死にたい奴ら。世の中に復讐したい奴らだよ」
「磯山さんは留学もして商社に就職もして充実してるじゃないですか」
「そんな訳ないだろ。こんなクソ人生。親の言いなりだよ。君だって3年前はそうだったろ?舞ちゃんの話じゃ、今は楽しくやってるみたいだけど。4月には沢田さんが来てさ、色々聞かれたよ。君に随分、回りくどい復讐してたらしいね、で、洗脳されちゃったの?『育ての旅』読ませてもらったよ。最終的には子供をコントロールしようってんだろ。自分の子供はほぼ自殺だし、持論が失敗して悔しいんじゃないの。君のせいにしてさ。
生きるのが楽しくて、親を恨む事なく感謝して、涙のハッピーエンドを目指してるんだろうなあ。ロマンチストだねえ。マジで白ける」
『育ての旅』の時点では、ハッピーエンドを目指していたのかも知れない。
沢田弓子が家に来た様子から、そんな事を目論んでいるとは到底思えない。僕の親も復讐の対象にしているみたいだった。
磯山は、さっきから親の意向、親のコネと親の話が多い。
親に対して相当、複雑な感情を抱いている様子だ。
僕が想像するに、アメリカ留学も、反抗する磯山を、ほとぼりが冷めるまで親が日本から離したのではないだろうか。
「……洗脳されたつもりはないです。人格否定していた両親が許せないのは今も同じです。許そうとも思わないですけどね。僕は、自分がどこまで生きられるのか実験してみたくなっただけです」
「おっ、いいねえ。やっぱり殺すのは惜しいな。堀くん」
磯山はそう言ってハンドルを左に切った。
「県外に行くんじゃないんですね。『カフェ こもれび飛行船』?」
僕は月明かりに浮かんだ木製の看板の字を読んだ。
車は畑の中の一画にある、森の中へ入って行った。
奥にログハウスが見える。一階に明かりが灯っていた。
「いい名前だろ?岸本が準備している最中なんだ。あいつ、次男だけど、一応、ワタベ運輸の御曹司なんだぜ。余裕があって羨ましいね」
単発の銃販売が店の開店資金になる程、儲かっているとは思えない。横領でもしているのかと勘繰ってしまう。
「あの中に井上先輩が?」
車はログハウスの前まで行かずに途中で停まった。
「さて、本題に入ろう」
磯山は質問には答えず、再び僕に拳銃を向けた。
「僕達を手伝ってもらえないか?今、ビジネスを始めたばかりで人が足りないんだ」
思いがけない提案だった。
「ビジネスって、銃の密造ですか?密輸は止めたんですね?」
「4月に売った奴が全部バラしやがって、検査が厳しくなったから止めた。今は警察の注意を逸らすのに使ってる。
販売条件は自殺を伴う世間への復讐だってのに、自殺しなかった上に、購入文書も残してた。あいつ、出てきたら速攻、お陀仏だな。造る構想は前からあったし、客も期待してる。このタイミングで移行する事にしたんだ。
現地から必要な人材や材料を送り込む時の最終チェックをする日本人を探してるんだよ。どう?向こうでの生活は保証する」
「……」
僕を水越明子の殺人犯として海外逃亡させるつもりか。
「井上先輩はまだ生きてるんですか」
「生きてるよ。最近、店に何回も事件の事を聞きに来て煩いから、取引先に目撃してる人間がいたって言ったんだ。君に間違いないってね。そしたら目撃者に会わせろって言い出してさあ。安川に会わせようとしたんだよ。どういう訳か、犬を連れて来てね。その犬が、めっちゃ僕に吠えたと思ったら、突然、僕が犯人だろって言い出すから驚いたよ。スタンガンお見舞いして睡眠薬も注射しておいた。もしかして、君の差し金?」
「……」
「舞ちゃんには悪いけど、お母さんの元に行ってもらってさ。それはこちらでやるからご心配なく。君には、舞ちゃんと死ぬか、逃亡犯として暖かい国でのんびり暮らすか、どちらかを選んで欲しい」
磯山の情緒や共感の感覚は、僕以上に崩壊してるんだと感じた。
「……磯山さん、僕、大学に入学してから、いろんな事を学びましたよ。会話の仕方とか、人に協力するとか、お金の有り難みとか。恨みは、無関係なものに晴らすべきじゃない、とか」
「何が言いたいんだ」
「無関係な人間に八つ当たりしても、永久に気は晴れませんよ。やるなら、やった人間に返さないといけない。世の中、やった事は返ってくる仕組みになってますから。磯山さん、僕と同じでご両親の事が嫌いでしょう」
「親を殺せってか。ウチの場合、まだまだ利用価値があるんで、それはできないなあ」
磯山はおどけて答える。
「利用はいいでしょう。殺したら負けですから。仕返ししたら、完全に離れて暮らすんです。全く関係ない場所で関係ない仕事をする。磯山さんだって、本当は車いじって旅して、のんびり暮らしたいでしょう」
「それが許されないから、苦しんできたんだよ。僕は一人っ子でね。何でも一身に引き受けなければいけなかった。
君の言う通り、親を殺すなんて人として負け。人道に反している。でも、その親に殺されそうになったらどうする?普通、相手が悪者なら殺られる前に殺るだろ。でも、相手が悪者でも親の場合、実行したら正当防衛は適応されるのか?こっちが損するだけさ。
僕だって死んだら楽になると思った事もある。でも、出来ないんだよ。だから、それを実行したい人間がいるなら、応援する事にした。僕の親への復讐はとことん利用する事さ。僕がこうなったのは親の育て方が悪かったからだ。君だってそうだろ?」
磯山は噛みつきそうな顔をして話している。
「ウチの母の場合、育て方が悪いとは言い切れませんね。同じ育て方をした弟は世間的に成功してるんです。
僕の感想ですけれど、僕や磯山さんみたいな気質の人間を真っ当に育てるにはワザが必要なんですよ。普通の人間には難し過ぎた。教育関係を志望しなきゃ、学校で子供について勉強をする機会はありませんからね。誰だって親になる可能性はあるのに。
磯山さん、親から犯罪を受けてたなら裁判やればいいんじゃないですか?親だろうと人として罪を償うべきです。それで世間体が悪くなろうと、店が潰れようとご両親の自業自得です」
「ふん、精神的殺人未遂に侮辱罪と名誉毀損で訴えるってか。出来るもんか。それに、店が潰れちゃ、横領が出来ないんでね。さあ、そろそろ決めてもらおうか」
磯山の声がイラついてきた。
僕はその言葉を無視して意見をぶち撒けたた。
約20歳、年上の人間と話しているとは思わなかった。磯山も、どこかで時が止まっている。
「子供に理想を求める親、親に理想を求める子供、まるでコントだ。親子関係は持っている者と持たざる者で始まるから、どうしても親が強い。太刀打ち出来ないですよね。けれど、いつまでも他の誰かで憂さを晴らしても、悲劇の主人公から抜け出せない。それこそロマンチストだ。磯山さんのやってる八つ当たりなんて他人から見れば迷惑なだけ。白けますね」
磯山は拳銃に何かを取り付けてから僕に向けると「車から降りろ」と言った。
「降りません」
「はあ?」
「磯山さんは車内じゃ、絶対に撃ちませんからね。そりゃそうでしょう。こんなに手入れしてある車、僕の血や死体で汚したくないですよね」
自分でも挑発のし過ぎだと思ったけれど、止められなかった。
「僕と自首しませんか。今ならまだ、生きている内に出てこれると思います。磯山さんが逮捕されるのは、ご両親にはかなりの痛手でしょう。仕返しになりますよ。磯山さんは僕と違ってもう、大人じゃないですか。許されるも何もない。自分の人生を生きればいいじゃないですか」
「黙れ」
「もしかして、稼ぐ方法がわからないんですか。就職も親のコネだし、その就職先だって浮いてたから戻って来たんですか。そしたら、どうしようかな。僕も同じ課題を抱えてるんですよ。まず、行政かNPOで支援してくれることろで就職の相談をするなんてどうですか」
「黙れって言ってんだろ!!」
磯山は顔を真っ赤にして叫ぶと、銃を放り投げ、ロープを持って僕の首に巻きつけようとした。
リュックを投げつけて応戦し、ドアを開けようと後ろを向いたところにロープが首に掛かった。
苦しくなったその時、
ガッシャーン!!
磯山の後ろの窓が砕け散り、数人の男達が磯山を引きずり出した。
僕の方の窓ガラスも割れてドアが開き、掴み出された。
「要くん!大丈夫か!?」
岡村さんだった。
すぐに首に巻き付いたロープを外してくれた。
「……岡村さん、遅いですよ……!」
僕は咳き込みながら文句を言った。
「ごめんよ。あっちを確保してからと思って」
岡村さんはログハウスを指した。
出口から安川社長が捕らえられ、捜査員たちに囲まれて出て来る。その後に担架が続く。
磯山と話している途中から、捜査員がログハウスに入っていくのが見えて、内心、気が気じゃなかった。
「井上先輩は、大丈夫ですか?」
「意識がまだ混濁してるけど、大丈夫だ。良くやったな。誰の携帯だったんだい?全然知らない番号からかかってきたから驚いたよ」
僕は、ぬかるんだ地面に転がっている水越明子のガラケーを拾い上げ、通話を切った。
充電は、あと数パーセントだった。和也に返しそびれていて、助かった。
「なるほど、お母さんが娘さんを守ったんだな」
岡村さんは、僕の肩を叩くと「君の頑張りがあってこそだよ」と、言ってくれた。
大人しく連行される安川社長とは対象的に、磯山は暴れて捜査員たちを手こずらせていた。
一応、病院で首の診察を受け、警察署に移動した。取調室に向かう時、金髪頭とすれ違って、僕は足を止めた。
阿久津だった。
高校時代に振り込め詐欺の受け子をしていたと、岡村さんが教えてくれた。
その後、磯山、安川、岸本らが始めたばかりの銃密造組織は一網打尽にされた。安川物流の倉庫内倉庫から、材料や機材が見つかったのだ。
ナビの目的地にあったマンションと一軒家は海外から呼び寄せた「職人」の住居だった。
密造の前は密輸をしていて、山野さんの供述で、4月に起きた銃乱射事件の銃は、磯山達が海外で調達したものであると断定された。簡易宅配ボックスは山野さんの住み込み住居に置かれていた。
余罪も追求された。
その中で、桂崎美由紀と水越明子に対する捜査も再開され、早速、産業医の浜辺が捕まった。
桂崎美由紀は鬱の相談に行った事は一度も無かった。相談履歴や処方箋は全て浜辺の偽造で、自殺も、安川と浜辺が偽装したものだった。
仲間かと思っていたスーパー・イソヤマの副店長、黒木は無関係だった。
3人とも親が何かしら事業をしており、そこから横領もしていた。シュレッダーゴミの一部から、それを示す書類が出た。
僕には弁護士がつき、取り調べでは知っている事は洗いざらい喋った。
10日間も勾留されずに家庭裁判所に送られ、少年鑑別所には行かなかった。
沢田弓子は僕の親に対して損害賠償請求を行い、親はかなり困惑していた。
そんな親を見て、申し訳ないと感じるとともに、ざまあみろ、という気持ちもあり、僕の闇もまだまだ深い。
他人から見れば、そんな事をいつまでも根に持つな、と一蹴される事柄に、命を掛ける程、こだわっていた。今もその気持ちが少し残っている。
僕ごときが使うのはおこがましい言葉かも知れないけれど、両親が過去、僕に行った行為は、「許そう、しかし、忘れまい」の精神で、共生するやり方を模索していくしかない。
世間体を気にする両親と、大学に居たい僕の利害が一致して、大学はそのまま続ける事になった。
僕は家を出て、真澄伯母さんの家の近くで一人暮しを始めた。
家賃、光熱費などの固定費は両親が支払う。卒業するまでは、両親の経済力を最大限、利用させて頂く。
舞と和也、その父親には直接謝罪し、和也とは水越明子の墓参りに行く事が出来た。和也は優しい。と言っても、僕に対して複雑な感情を持つのは当然で、受験に専念すると同好会は抜けてしまった。
僕も、申し訳ない気持ちがあるので、舞が代表を務めるボランティアサークルは辞めて、別の団体に参加する予定にしている。
充と隆史には自分の真相を話し、有り難い事に、友人関係と、辞めよう思っていた乗り物同好会は続けてもよいと赦しを得た。
六原さんにも事件の真相を話し、結果的に協力してもらった事に感謝した。六原さんは僕に、お金が貯まったら、また何か事業を始めるから声を掛けると言ってくれた。楽しみに待ちたいと思う。
引っ越して間もなく、郵便受けに角封筒が突っ込まれていた。
達筆な筆文字で僕の名前が書いてある。
開封すると、旅行雑誌だった。
中に「今なら死ぬのを許します」の白い紙も入っている。
僕はそれをクリアファイルに入れて机の上に置いた。
この先もずっと受け止め続けようと覚悟している。他人の人生を狂わせた今、出来る事は、謝罪し続ける事と、怒りを受け止め続ける事、これしかない。
死ぬ予定だった夏に、再出発の準備をしているとは、今年の春には考えてもいなかった。
人生はわからないものだ。
バイトの面接に行く為、玄関ドアを開けた。残暑の強烈な日差しが迎えてくれる。
さて、僕はこれから、様々な場面で都度、工夫をしながら生きて行く事が出来るのだろうか。
どこまで出来るのかわからない。けれど、挑戦したい、と思う。
決心を新たに、自転車を漕ぎ始めた。
彷徨う事なく、目的に向かって。
おわり
隠し扉、僕の場合 桐中 いつり @kirinaka5
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