最終話 死神
場が一気に凍り付いた。
「え……嘘……孝弘……くん?」
「違う、違う、この子は光ちゃんだ! 帰れ! 失礼だ、この子はな、レイプされて……」
「メイクを落とせばいいでしょう。それなら孝弘くんのもて黒子が見えますよ」
「あ……」
義治はそこでがくんと上体を崩し、口をあんぐりと開けた。
「ほら早く落としなさいよ。落とせっつってんだろ? あたくしに早く見せろよ真実をヨォ!」
海堂はポーチからメイク落としを取り出し、光にとびかかった。義治は必死で海堂と取っ組み合いになったが、海堂はひらりとかわして無理矢理乱暴に光のメイクを落とした。
そして、もて黒子が露わになった。
「嘘……でしょ、あなた、嘘ついたの? なんで……もしかして……孝弘くんが、加藤を……殺したの……?」
「その通りでーす☆ イェーイ!」
「てめえええええええええ!」
義治が激昂して海堂に掴みかかったが、今井紀が合気道で制した。
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんじゃねえええ! てめえなんだ、人の不幸がそんなに面白えのか! 孝弘はなぁ、大事な、大事な恋人をレイプされたんだぞ! 挙句の果てに自殺だ、何の罪もない女が死に、クソ以下のファック野郎がのうのうと生きやがって、こんなことが許されると思うか、あ? 反論があるなら言ってみろおおおおおおお!」
「はーいじゃあ、あたくしの推理をお披露目しますネェ☆」
海堂は全く悪びれもせず、義治のわめきちらす声にかき消されながらすべての真相を語り始めた。
「まーず、この安普請のトリックから。まず容疑者梅沢義治は、容疑者梅沢孝之に女装をさせました。梅沢義治は劇団員です。そのキャリアのなかでメイク術を相当のレベルまで身に着けたのでしょう。それに梅沢孝之は女性的な体型をしていた。これは騙せるが、声までは騙せない。そこで完璧なメイクをし、ろう者のふりをさせ筆談で加藤に近づき、それから加藤義治の車で山奥に連れて行きました。そしてその日は寒かったはずです。山奥ですからなおさらです。梅沢孝之は」
「がああああああああああ!」
「梅沢孝之はあらかじめ忍ばせておいたクサリヘビ科の出血毒を持つ、まぁハブと思われます、それをコートにしのばせ、コートに背中からかけるふりをして噛ませ、殺害。背中に噛まれた跡が残ったのはそのせいかと思われます。蛇の毒には出血毒、神経毒、筋肉毒がありますが、一番苦痛が多く惨たらしいのが出血毒と思われるのでそうしたのでしょう以上があたくしの推理でした☆」
「てめええええええええええええ!」
そしていきなりドアが開き、
「警察だ。梅沢孝之、義治、お前たちを殺人と死体遺棄の容疑で任意同行させてもらう」
今井紀が電話しておいたのだ。
海堂の宿敵、田鎖に。
そしてそこには田鎖もいた。義治と孝之は取り押さえられ、田鎖は海堂の下へ行き、頬をビンタした。
海堂は、
「ウヒヒ……ウヘヘヘ……ウハハハハハハハ!」
と、狂ったように笑い転げた。
「てめえは、最低の警察官だ」
そう吐き捨て、田鎖は去って行った。
◆□◆
──事件は終着。筆跡鑑定の結果が礎となり、二人は懲役刑が言い渡されたが、情状酌量で軽い量刑で済んだ。
──葵の自宅。
一人でビールを飲み、韓流ドラマを見ている。
私はこのまま、のんびり一人で、あの職場に安住するんだろうか。
なんだか、今日は寂しい。何故だろう。
むかつくな。
そう思い、電話をした。
「──もしもし、益夫?」
『なんだよ、葵。こんな夜更けに』
「『バナナかよ』」
二人は大笑いした。今井紀は、
『今からそっち行こうか?』
「いーよ。部屋汚いもん」
『綺麗だった試しがねぇ』
「うるさいわね。あんたは疲れてんでしょ、また海堂さんにイジメられて」
『イジメられてねーよ。あんな牛丼女、怖くねぇ』
「この電話は録音されております」
『今度ランドマークで食事行きませんか』
葵は笑った。
『戻れねぇのかな、俺ら』
「ただの同期じゃん」
『好きだよ』
「言ってろ、あはは」
『言わねーよ』
「死ね、あはは」
葵は通話を切った。なんでだろう。今夜は眠れない気がする。
もう少し、酒飲むか。あ、でも明日パトロールだ。
◆□◆
夜の防波堤。
海堂はある男に呼び出された。
しかし彼女は、今井紀も連れていた。
そして二人は。
二十人のヤクザに囲まれていた。
「おう姉ちゃん。この度はヘマうった加藤の始末つけてくれてあんがとな。オジキも安心なさったようでな」
「まぁでもよ、ちょっとてめえら調子乗り過ぎだよな」
「加藤には美味しい思いさせてもらったからよ、その清算をつけてえんだわ、ま、ホントはこんなこと上にばれたら、俺ら破門だけどよ」
海堂は相変わらずスーツ姿。今井紀に至っては怯えて失禁していた。
「さあ姉ちゃん、いい思いさせろや! おら、やっちまえ!」
ヤクザが襲い掛かると、突然、
『罪深き者よ』
一陣の風が、海堂の周りをぐるりと回るように立ち込めた。
「!?」
『私は存在してはいけない存在。三位一体の神に抗うものだから』
海堂の手に、突然蒼く光る鎌のようなものが現れた。
「け、け、警部!?」
「今井紀。口外したら死より恐ろしい目に遭わせるつもりだが、目に焼き付けておけ」
海堂は高く飛翔し、
『メイデン・ティアラ』
鎌を高速で回転させると防波堤の海から、銀のドラゴンが現れた。
「な、なんだァーッ! ありゃあ!」
ドラゴンは咆哮し、翼を広げたかと思えば、口から光線を一気にニ十本放ちヤクザたちの胸に貫かせた。
今井紀は目を瞑っていた。
そして、目を開いた後、そこはヤクザの死体が血だまりの上に転がっていた。
今井紀の足元には、一枚の紙が落ちていた。それを見て、彼は戦慄した。
『我は西の世界の罪人の責め苦を見過ごせなかった者どもがもたらした混沌を制圧する者であった。しかし黙示録の時代に突入し、天使ルシフェルの傲慢により神が黒き存在に反転し黒歴史として存在したものの残滓となりて、誰にも知られることなく、ただ神の愛、そして正義、節制、勇気、知恵の四元徳、正しき白きものの亡者となり、罪とは何かを永遠に人間に問い続けるのだ。
本当に見えないものほど、恐ろしいものはない
あたくしでなく葵に浮気したら、殺すからね☆
世界唯一の死神 アンティオキア・フリード』
海堂順子は容赦ない 第一話 「死神の女刑事」 東京を食べるゾウ @tokyo_elephant
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