林間学校
ももも
林間学校
あれは、小学校5年生の時の初めての林間学校の出来事であった。
場所は軽井沢。
宿の名前は覚えていない。
ただ、いかにも古びた三階建の旅館だったことは記憶にある。
同じ学校に通っていた二歳上の姉からは、あの宿には幽霊がでるのだと事前に聞かされていた。
なんでも夜に部屋で寝ているとぼんやりと何かが漂うそうで、各階によって見えるものは違うそうだ。
一階には足、二階は手、三階には顔と、階があがるにつれ部位もあがるらしい。
姉は私を怖がらせるために話したのだろうが、私はなんて律儀な幽霊だなと感心しただけだった。
林間学校は私にとって初めての集団でのお泊まりであり、わくわくの連続であった。
自分の家では当たり前であったことが、別の家ではまったく違うことなどが多々あり、各家庭の違いを話し合い楽しんだ。
そんな中、特に女子にとっての話題の的はなによりも、ブラジャーであった。
小学校5年生といえば、成長期を迎え胸がふくらみ始める頃である。
ただ身長にばらつきがあるように、胸の大きさも当然大小様々であった。
誰がブラジャーをつけて、誰がブラジャーをつけていないか。
どういう訳か、皆で調べることになり、つけていない女子とつけている女子でグループ分された。
ブラジャーをつけている組は、寝るときにブラジャーをつけるかどうかでさらに分かれた。
つけて寝ると胸が大きくならないよ、いや、つけていないと形がくずれてしまうと聞いたよなど、どっちが良いかでもめた。
そうやって空き時間はすぐにすぎていき、風呂に向かう時間になった。
風呂の時間は決まっており、各部屋ごとにまとまっていくように事前に言われていた。
中途半端な時間にいくと、蛇口が足りずなかなか体が洗えないからと班のリーダー格の女子が主張したため、私たちの班は定められた時間よりすこし前に、“ゆ”とかかれた赤いのれんで待機することになった。
同じことを考えていた班も他に2グループほどあったが、私たちは最初に着いていたため、一番先頭に並んでいた。そして、きっかり秒単位で時間になると浴場に入っていった。
浴場はかなり広かった。
体を洗う場所は30以上あり、これならこんなに早くこなくても良かったなと思いながら、風呂椅子にすわり、髪を洗おうとシャンプーをつけようとポンプを数回推した。
当時の私の髪は肩までしかない、いわゆるおかっぱであった。
林間学校中、あんたはズボラでろくに髪を乾かさないだろうからと、母に勧められ直前で美容師に切ってもらったのだ。
この髪の量だと、そんなにシャンプー液の量が少なくてすみ楽だな、今後も髪を短いままにしとうと考えながら、目をつぶって髪にシャンプーをつけていると、掴んでいた髪がずるりと頭からごっそり抜けた感覚があった。
しかも、髪はどこまでものびていった。
奇妙に思い思わず目を開けると、手には長い綺麗な黒い髪一束があった。
当時の私の体の半分以上の長さで、それも小さな手のひらにいっぱいにだ。
なぜ、そのようなものが自分の手にあるのか。
ただただ不思議な気持ちで眺めた。
今考えると、どうしてすぐ恐怖を覚えなかったのかと思う。
けれど、そのときの私は髪がごっそり抜けたであろう箇所が、はげていないかの方が気になっていた。
「○○ちゃん、どうしたの……それ?」
くもった鏡を髪をもっていない方の手で拭き、頭がはげていないかを確認していたところ、隣に座って体を洗っていた仲の良い女の子は、私の手にあるものをに気づいた。
その顔はひどくおびえていた。
「なんかね、頭から髪の毛がずるっと抜けて、手にあった」
「でも○○ちゃん、おかっぱだよね……?」
たしかにそうである。
なんでだろうと、じっくり眺めようと長い髪の毛を両手で広げると、隣の彼女はおびえたように席から立ち上がった。
「いやあ……っ! こっちにむけないで怖いっ……!」
浴場に金切り声がひびきわたった。
何事かと、叫び声の方向を向いた他の女子たちも私の手にあるものがなんであるかと気づいた瞬間、次々に叫び声をあげ、すべりやすい浴場を走って逃げた。中には裸のまま脱衣所をでていった女子もいた。
私も怖くなって、髪を放り投げ脱衣所にむかった。
すぐさま、その場にいた3グループの女子全員が広い旅館の一室に集められ、正座をさせられ教師陣になにがあったのか説明を求められた。
教師の座る机には、例の長い毛が置かれていた。
泣きじゃくりながら、口々にわめく女子たちから事情を聞くのにはたいそう苦労したと思う。
どうやら私に原因があると分かった担任は、一から順に話すことを求め、私は自身の身に起きたことを話した。教師は神妙な顔をして聞いていた。
「××さんには知り合いの美容師さんはいるかな?」
一生懸命説明したはずなのに、教師が口にした発言に私は愕然とした。
あなたのいたずらなのでしょう、と遠巻きに言っているようなものであった。
私のナップザックが部屋から回収され目の前ですみずみまで点検され、泣きたい気持ちであった。
――白状しなさい。
誰もが直接口にしないものの、そういった雰囲気が部屋を包んでいた。
決して、私のいたずらではなかった。
しかし、そうでないとすると、この髪の毛は一体なんなのだということになる。
すべて私のせいであるということにした方が、てっとり早かった。
「今正直に言えば怒らないから」
続く言葉に、私は震える体を抑えなにも言えずにいた
たとえ嘘でも、やりましたと私が言わなければ、いつまでもこの事態は収束しないようにみえた。
その時。
荒々しく扉をあける音が響いた。
何事かと皆が振り返った先には、一人の老人がたっていた。
老人の目は赤く血走っており、口からはだらだらと涎をたらしていた。
私は彼を見たときに、外国映画で見たとある化け物を連想した。
指輪を捨てる旅を続ける主人公たちに、どこまでもついていき指輪を奪取しとうともくろむ、指輪に魅せられ魂を奪われた哀れな化け物を。
彼は机にあった長い髪をみるや、一直線に走って部屋を横切ろうとしたため、直線上に正座していた女子たちは、あわてて逃げねばならなかった。
そして呆然とする教師をよそに髪を取り上げ頬をすりよせた。
「たつこおぉ! ああああ、たつこぉぉぉ!」
老人は絶叫あげ、泣き叫んだ。
獣の咆哮のようであった。
いきなり乱入してわめき泣く老人に、だれもがなにもできずにいた。
そこへ、旅館の人間がぞくぞく現れ泣き叫ぶ老人を取り押さえ何の説明もなく、部屋から連れ出していった。
私たちはぽかんと眺めることしかできなかった。
支配人らしき人物が遅蒔きに到着すると、私たち女子グループは訳も分からないままなし崩しに解放させられた。
ただ、このことは決して誰にも言わないように口止めをされた。
その日は眠れなかった。
寝れるはずがなかった。
姉がいうようにここは何かに憑かれている旅館だったのだ。
お守り一つもっていない自分がひどく無防備に思えた。
それは部屋にいるもの全員が同じように思っていただろう。
瞼をぎゅっととじても眠れない。ひたすら眠気が早くくることを祈った。そこへ。
コツ、コツという音が聞こえた。
窓の方からである。
まるで誰かが窓をノックするような音であったが、私の寝る部屋は二階にあった。
私は風にとばされた小石かなにかぶつかったのだろうと思いこもうとした。
だというのに。
コツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツ
断続的に音がなにかの意志をもって、響きわたった。
なにかいる。
外から2階の窓をたたく、なにかが。
ただでさえ、風呂で奇妙な目にあっていたところだ。
眠れずにいた全員が、布団からとびでて我先へと部屋から飛び出し、教師の部屋へとかけこんだ。
あとで聞いた話だが、浴室にいた他の2グループの部屋の女子の部屋でも同じような奇妙な出来事があったそうだ。
翌日。
急遽、林間学校が中止になる旨が全生徒に伝えられた。女子の間ではほぼ全員に噂がかけめぐり皆、納得していたが事情をよく知らぬ者、とくに男子勢は不平不満を言った。
けれど彼らをのぞいた者らはすぐにでも家に帰りたい気分であった。
私を含め、例の3グループのおびえようは尋常ではなかったし、どういう訳か帰りのバスの席順はしおりにのっていたとおりではなく、私は真ん中の補助席に座ることとなっていた。
道中のバスではとくになにもなかった。
おそらくアレはあの旅館についているものであり、追いかけてくるものではないようだった。
親たちには、宿舎の風呂が壊れ、替わりの風呂場が確保が出来なかったからと説明されたそうだ。合宿料金は全額もどる旨、そして翌年は違う宿舎を使うことも同時に通達された。
母には真実を話したが、変な夢を見たのだろうと真面目にとりあつかってくれなかった。
結局、一体なにがあったのかなにも分からずじまいであった。
あれから何年もたち、ある同窓会で3グループのうちの一人に会った時に、あんなことあったねと話題をあげたが、そんなことあったっけとはぐらかされた。
母のいうように、もしかしたら夢だったかもしれない。
そんな、ぼんやりとした、ただの一夏の思い出
林間学校 ももも @momom-
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