異端の鎮魂歌

梅庭 譜雨

第1話異端の始まり


  

地下の停滞した空間の中、私は、濃厚な死の存在と共にいた。


 室内は、竜巻が発生したのか、それとも、粗大ごみの廃棄所にでもなったのか、憎々しい感情の痕跡が垣間見えた。明々と付いている手術用の照明の白色光だけが、普段通りだった。

 これまで私を苦しめてきた、医療機器という名の拷問用具は全て破壊され、介護寝台や、機械類は薙ぎ倒され、壁には亀裂と、鮮血が模様を形作った。

 そして、手術室の中にいた者は全員凄惨たる状態で事切れていた。後頭部が割れた者、四肢が切断された者、機械の導線が無数に絡み合って感電した者、壁に磔にされている者、皆白衣を着用し、それが余計に血液を禍々しく見せている。

 彼等は、私の親族だった。

 当然、部屋の中には私の両親もいた。

 私の顔を何十年か経過させたら、間違いなくこの顔になるであろう女性は、血溜まりに長い髪を蜘蛛の巣のように散らしている。男性の方は、苦悶の表情のまま、絶命していた。

 しかし、私の心には、彼等の死に対する悲しみは、直ぐには湧いてこなかった。

 むしろ、今まで私を苦しめてきた時とは違って、呆気なく終わりを迎えたものだという奇妙に客観的な感想が、初めに脳裏には浮かんでいた。

 だが、その傍観を咀嚼し終えると、あれだけ痛め付けられた相手にさえ、弔いの気持ちと、死亡という事実に対する恐怖、事の残酷さ、そんなものが混ざって湧いてきた。

 私の身体中に巻かれた包帯の下の傷は、全て親族が付けたものであるにも拘らず。

 私の隣に先程までいた女中は、私をこの地下室へ引き摺って行った時の豪快さは何処へ行ったのやら、部屋の惨状を目の当たりにした途端に一変し、耳を劈くような悲鳴を上げた。

 その悲鳴が、女中の最後の声だった。

 私達よりも早く治療室にいた人物が、女中の悲鳴に気付いた刹那、部屋の奥からナイフを投擲し、正確に女中の喉を貫いたのだ。

 私の身体に大量の温かいものが降りかかった。

 痙攣しながら、女中は床に崩れ落ち、やがて、動かなくなった。

 私は、体の痛みを忘れて、たった今女中を葬った人を見詰めた。

 その人物は、此処にいるには、余りにも不自然な人だった。

 その人物が如何にして、この地下室の存在を突き止めたのか、皆目私は見当が付かなかった。

 この部屋に刻まれた暴力、徹底した破壊の痕跡が、余計に生々しく感じられた。

 今、私の目の前にいる人が、この惨事を作り出したのだ

 信じたくない真実だった

 だが、この人ならこれくらいのこと、欠伸をするように実行に移せるのかもしれないとも思った

 その人は、黙って、部屋の奥から屍を越えて、入口に棒立ちになっている私の方へ来た。

 この部屋で、私の他に心臓が拍動しているのは、その人だけだった。

 私の傍まで来たその人は、私の前で膝を付き、私と目線を合わせた。

 極めて今まで通りの対応だった。

 空巡る星のような銀髪に、藍色の瞳が、近付きがたい美しさを放つ。

「びっくりしたか?」

 その人はそう言って、私の左眼に巻かれた包帯に手を触れた。

 私は黙って、その人が伸ばした右手に縋り付いた。

「ユウェルは頭が良いから、もう解っているだろうが、今日で俺とはお別れだ。」

 どこか寂しげに微笑みながら、その人は言った。

 私ははっきりと拒絶の意味を込めて首を横に振った。

 溢れ出でくる涙が、気付けば止まらなかった。

「嫌。離れたくない。」

 嗚咽交じりに私は端正な顔立ちをしたその人に訴えた。

 その人は、困ったように、口を開いて、

「今日からユウェルは自由だ。だが、その為には……」

 此処で今まで起きたことも、今日この部屋で起きたことも、勿論俺のことも、全部なかったことにしなきゃならない。もうその準備も整っている。

「それで…も、それでも離れたくない、御義兄様。」

 地獄のような苦痛の中、私のただ一つの願い事が、確実に叶わないことを意味するその人の言葉に、私は必死に伝えようとした。

 何故なら、御義兄様と一緒に過ごすこと以外に、何の望みも抱いてはいなかったのだから。

 その人には、どんなふうに私の声が聞こえていたのだろうか

 最後の最後で聞き分けの悪い、我儘で、面倒な子供だと思ったのだろうか

 その人は、私の、放置して踵まで伸びた牡丹色の髪を優しく撫で、

「いいか、ユウェルは一人じゃない。味方も一緒にこの地獄から出ていくんだぞ?」

 そう言い聞かせながら、その人は、天井を仰いだ。

 私もつられて、壁と同じように無数の亀裂が走った天井を見上げた。

 無機質で、年月に抱かれた石造りの天井から、夜の闇を掛け合わせてなお足りない深淵が姿を現した。

 私には、懐かしい光景だった。

 闇の中から、この世ならぬものが出現してきた。

 漆黒の体に、長い体毛、巨大な巻き角、全てが、異様な存在感を醸し出す。

 巨大な山羊の姿をした、異形の者が、紅い瞳を怪しく光らせて私達を見下ろす。

『我が主、久しい限り。』

 落ち着いた、麗しい女性の声がした。

 その声が鼓膜を震わせた瞬間、御義兄様が握ってくれていた私の左手から、紫を基調とした、どこか禍々しい光を放つ模様が腕全体にまで広がった。植物の蔓が絡まるのと似ていた。

「凄いな。ここまで規模のある契約刻印は、歴史上初だろう。」

 御義兄様は、私の左腕を見て、満足そうに呟いた。ただ、声の中に、何か必死な、相手の為に、繕っているものを感じた。御義兄様、そんな言葉今の私には必要がないではないか。私が今聞きたいのはお世辞ではない!喉から突き上げる衝動をいっそ全て吐き出してしまおうか、とも考えた。しかし、生まれてから今まで、「自分の本心を言わない、言えない、言わせない」という経験を積み重ねてきた癖で、衝動は外に出そうと考えた瞬間、嘘のように消えてしまう。今回も例外ではなかった。私は、その代わりに、御義兄様が、何故こんなにも不可解なことを言ったのか思考を巡らせた。

 御義兄様の顔を見た瞬間、答えはすぐに分かった。

 真摯に私だけを見詰める御義兄様の目は、温かかった。

 それを、人は、愛というのだろう

 正式な主だからだろうな

 そう続く御義兄様の声に、泣いていた私は、まず、左腕を眺めて、次に天井にいる黒山羊さんを見上げて、また、左腕を見詰めた。

 自分の左腕から、黒い山羊との繋がりのようなものが、次第に強く感じられるようになった。もう一人の自分が生まれ落ちたかのように、あらゆる記憶、感情、感覚などが混ざり合って、今までとは違う世界が広がっていった。

 何故か、懐かしく

 不思議と違和感もなく

 まるで、失っていた片方の翼が、元通りになって、再び思うままに羽ばたけるようになった小鳥のような、割れた陶器が、欠片を集めて再現されたような、そんな気分に私はなった。

「悪魔の中で、間違いなく最強。「破壊魔神アスモデウス」。ユウェルの味方に、ここまで心強いのは他にいないさ。アスモデウスは何があってもお前を見捨てたりしない。それは、解っているだろう。俺がユウェルと一緒にいられるのもここまでだ。」

 いよいよ本格的に泣き出す私をきつく抱き締めて、その人は言った。

「俺は何時までもお前に味方でいる。さようなら、ユウェル。」

 その言葉を最後に、私の地下室での記憶は途絶えた。

 私の意識は、深淵の闇に呑まれていった。




 それから半年が過ぎた。

 私は、屋敷があった村を出て、海が見える全寮制の寄宿魔法学校に通っている。

 授業に出て課題をこなし、寮に戻って家事をこなす。

 屋敷で生活していた頃とは比べ物にならないくらい恵まれた環境で、唯一問題を上げるとすれば、自由時間の確保が難しいことか。

 屋敷にいた頃から知識は貪欲に求めていた為成績は良かったので、先生からは様々な特典を受ける事が出来た。例を挙げると………

 授業に遅刻しても(余程のことがない限り授業に遅れたことはないが)叱られなかったり、課題を提出し忘れても(同じくそんなことは殆どなかったが)次の時間に提出するように、という一言で終わったりする。

 しかし、私は、そんな付加価値的な対応を別段どうとも思っていなかった。

 助かるな

 とは思っても、自分が他の生徒と比べて贔屓されているとは考えなかった。

 だが、一部の先生は、私のことを他の生徒の前でも露骨に可愛がり、いかに私の勤勉性が素晴らしいかを声高に演説する。そして、そういう先生に限って、普段から生徒に対して厳しく指導する先生がほとんどの為、私がいると、余計に他の生徒への指導の語彙が荒くなる場合さえあった。私に対する先生の対応が気に入らないというのは日増しに大きく、深く、思考の中に貯蓄されていく中、それはやがて、抵抗する術のない先生から、同じ立場の人間である私に向かって、生徒達は団結した。

 他の生徒からは、先生から贔屓されている許されざる敵として、ごく自然に認定された。

 迷惑な話である。

 先生は、多くの場合私のことを褒めている自分を見せ付けたいだけで、私はそんな自己満足を満たすための道具、もしくは手段であるだけだ。

 私は、ただ、好きなことを調べに図書室に通っていただけなのに。

 しかし、他の生徒はそうは思っていないらしく

「ねぇユウェル、あんた生物基礎得意だったわよね?」

 ほら今日も来た。

 縦巻の金髪に豪奢な髪飾りを付けた、学級の同級生を先導し服従させている女の子、ベロニカが、取り巻きの女子を引き連れて教室の端っこ、一番後ろの私の席を囲んだ。

 人形のような愛くるしい顔からは想像できない程、計算高く執念深い彼女は、名の知れた資産家の令嬢らしく、学校内でも有名な子だった。娯楽用品やお菓子などは、親から送られてくる物しか頼りがない寄宿学校の生活において、人に分け前を配るほど余裕がある彼女は、入学当初から何人もの取り巻きに囲まれて、狭い箱の生活を謳歌している。

 私は、机の上に出していた読書本を片付け、ベロニカの方をろくに見ようともせず、窓の外を眺めながら、

「昨日出た宿題くらい、自分ですれば良いと思いますけれど。」

 彼女達に言った。

 ああ、面倒臭い。

 早く何処かに行ってくれないかしら。

 そう思っていたら、私の机を思いっきり蹴っ飛ばされた。

 鈍い音を立てて、振動が伝わってきた。

「一人ぼっちのあんたと違って、ベロニカちゃんは忙しいのよ。がり勉はがり勉らしく、クラスのリーダーに従って、さっさと、宿題を代わりにすればいいのよ!」

「むしろ、あんたみたいな生意気で友達のいない子に、ベロニカちゃんみたいな可愛い子が話し掛けてくれることを光栄に思いなさい」「先生は今ここにいないよ?天使様にお願いする?「人の宿題をしたくないです」って」「何それ、ダサいお願い!」「いやいやこんな鼻持ちならない子のお願いなんて聞いてくれる天使様なんていないでしょう」「さっさと筆記用具を出しなさいよ。朝礼が始まっちゃうじゃない。」

 泥が沸騰したような笑い声が上がり、机の脇に掛けていた私の鞄の中身が盛大に床にぶちまけられた。教科書が折れ曲がり、筆箱から鉛筆が飛び出す。

 私は当然、鞄の中身を拾う為に席から離れる。

 約束された儀式のように、周りを囲んでいた取り巻き達が、私や私の持ち物を踏みつけ始める。それは、毎日の習慣だった。成績は一番でも、私はそこまで体格はよくなかったし、体育の成績だけは群を抜いて悪かったから、ベロニカの護衛に立ち向かえる程の暴力性はなかった。

 結局、集まっている人間の頭数と、身体能力が全てを決めると言っても過言ではない環境で、私は四面楚歌、孤立無援だった。

 皆みたいにお友達がいたら状況は違うのかもしれない

 一度はそう考えていたが、お伽噺を現実に通用させることは出来ない。

お友達どころか、挨拶をして、人から挨拶が返ってすら来ない私のことを庇うような勇者はいない。今ここで、教室内を見回して分かることは、此方の状況は誰もが目を向けているのに、誰もが「実行犯ではないだけ」ということだ。誰もがその表情の下にいつ出て来てもおかしくない動物的な何かを隠していた。

 大人しそうな子たちからは憐憫と、安堵。

 普通な子たちは事なかれ主義。

 快活な子たちからは嘲笑。


 私何かこの子達にしましたっけ?


 痛いほど理由は理解しているが、それでも疑問に思えてくる。閉鎖された空間の中では「多数派が正義」だ。蹴られている私は悪で、蹴ってくるベロニカ達は正義だった。

 よく解っている。

 屋敷の中で、兄弟姉妹従姉弟達がしてきたことと全く同じ、否、刃物や焼き鏝が出てこないだけ学校の方がいいか。

 いずれ出てくるかもしれないけれど。

 罵声と、蹴り殴りの集中砲火が終わる兆しが見え、私は黙って、椅子に座り直す。

 口の中が切れてねちゃねちゃした。そういえば、後頭部を蹴られたな。

 ご丁寧に私の筆記用具の中で唯一折れていないペンと、ベロニカの宿題用紙が机の上に置かれていた。

 自分たちの席に戻っていく彼女たちの薄汚い忍び笑いが聞こえた。

 結局今日も、私は黙って、ペンを執りベロニカのまっさらな用紙に書き込んでいく。

 嬉々とした熱狂がこれまでなかったほど膨れ上がった。

 呼吸を阻害し、思考を凍結させる混沌とした感情の渦。床に無数の虫が這っているような言い表しきれない不快感が、足元から這い上がって、全身を強張らせる。

 実行犯であるベロニカ達八人だけで作り出せる雰囲気ではない。

 簡単なことだ。

私のこの惨めな状況を喜んでいるのはベロニカ達だけではないからだ。

 今や教室中を包み込んでなおも溢れようとする熱気を無視して私はあっという間に宿題を終わらせた。私の矜持の表れとも言うべき対応だった。

 予鈴が鳴り、また何時もの繰り返しが始まった。



 一時間目、二時間目、授業はどれも内容が退屈だった。

単純に、簡単過ぎたからだ。文字も数字も、絵本を読んでおけば解ってしまう程度のことしか出ない。この半年間、毎日のように考えてきたことだ。

 ―如何して早く飛び級の許可が下りないのかな。

 この不満は、この回答を以て一応終了する。

 ―他が抜群に良くても、身体能力は平均以下だから。

 理不尽な話だ。頭が抜群に良くて運動はからきしな歴史の偉人なんて山のようにいるのに。

 だが、身体能力云々より、先生方の思考の方が問題なのは私が一番解っている。

―「遊び盛りの六歳の頃から同級生から離れて勉学の方に専念させるのは気が引ける」

というような御言葉を偶然耳にしたことがある。

実に有難迷惑だ。

そもそも、遊び盛りと言われて遊ばないから同級生とそりが合わないし、勉学に専念したいから寄宿学校に入学したのだ。

御言葉を聞いたのは入学間もない時だったから、半年間で、大分先生方も私のことを理解してきただろうと願いつつ、早く次の勉強をしてみたいと静かに主張する。

早く、授業終わらないかな。皆とは違う意味で私は無感情に黒板の板書を眺めた。

先生の丁寧な字が問題を綴っていく。

―「優しい心を持つ女の子の前に現れる聖なる動物は?」


皆が必死に付属の辞典を使って調べている中、私は授業で今やっている問題が載った一年生用のノートを新たに開く。

―ユニコーン(一角獣)

やっぱり、勉強ですらない。

私がそれまで開けていたノートは独学でやっている「生物目録」の方だ。ちなみに、そこのユニコーンのページはこう。

ユニコーン(一角獣)

言い伝えでは、清らかな精神を持つ少女の前にのみ姿を現す聖獣であり、伝承での姿は純銀の光沢を持つ神々しいものや、角だけ紅というものまで様々である。しかし、ユニコーン自体は野生で生態が確認されている魔法生物であり、ユニコーンの鬣は繊維商の間で高値取引されている。また角は薬の材料としても価値が高い。そのため密猟が問題になりつつある。ユニコーンの生態についてはまだ解明されていないことも多いため、全体で何頭生息しているかは解らないが、これまでに発見された生息地が人の手が、入っていない山間部の奥地であるため、目撃は極めて稀である。

 ◇角は主に媚薬として使われている。

 ◇ユニコーンが発見されたところは泉があることが多い。


 図鑑を見ながら描いた写実画が横に添えられ、目立たせたいところは飾り文字を使う。重要だと考えるところは付け足し書きしておく。どんな辞典にも見劣りしない私だけの本は、私の持っている技術と、費やした時間が詰まって、私だけの為にある宝物だ。

 私の拙い字が、列を作って微笑みかける。丹念に描いたユニコーンが今にも駆け出しそうだ。

 他にも、入学して半年間で貸し出した書籍と、屋敷にいた頃に憶えた知識を生かして生物目録は現在五百ページを超える大作になっている。勿論、まだまだ続いていくが。

 好きって気持ちは本当に大事だ

 どんな時でも傍にいて、励まして、活力をくれるから

 ―あんた生物基礎、得意だったわよね?

 朝の言葉が脳裏をかすめ、その時は思い浮かばなかったある返答が思いついた。

 ―あなた、好きなものも、得意なこともないの?

 次今朝みたいなことがあったら、今度はこう言って、さっさとその場から立ち去ろう。

 私は、何だか、誰に伝える訳でもないが、だからといって、決して無意味・無駄ではない発見をした。不毛の荒野に咲いた、一輪の花を見つけたようだった。

 開け放った窓の向こうに広がる芝生の校庭で、上級生達が、二人一組で模擬戦をしているのをぼんやりと眺めた。制服の名札に七と書いてある。七年生か。

 ―そんなに術の展開に時間が掛かっていると、実戦で負けてしまいますよ?

 いけない。いけない。

 私は、心に浮かんだ感想を、頭を振って打ち消した。

 実戦しか経験してこなかったから、学校の、相手が立ち上がるまで待ってくれることが前提の授業に、納得が出来ない私がいる。

 ―最上級の九年生になったら、手加減なしの戦闘訓練も行うらしいが…


 今の私の身体能力テストの成績だけでは、戦闘技術の方を、学校側に認めてもらうのは難しいか。何せ、身体能力と戦闘技術を一緒にして考えている学校だ。勝敗を決める際に、身体能力が物を言うのは、「相手と自分の才能が同等だった場合」のみなのに。それに、一緒にして考えている割に、身体能力を測る競技は、どれも、実戦向きではないのだ。

 でも、同級生に向かって私の対人戦用の魔法を使用したら、最小限の威力まで抑えても、大怪我をさせてしまうのは明白だ。

 八方塞

 私は、溜息を吐いた。





 授業が終わり、他の子が校庭で日が暮れるまで遊んでいる中、私は寮へ続く二階の渡り廊下を歩く。

 前が見えない程の本を抱えて。

 裸足に靴下で。

 人気のない校舎と、人気のない寮の真ん中で、私は先程から何か言いたげな相手に向かって口を開いた。

「私があの子達にやられっ放しなのかがそんなに変ですか?」

『ああ。納得出来ない。』

 硬く冷たい石造りの廊下の感触が足の裏から伝わってくる中、私は立ち止まって後方からの声に耳を傾けた。

『攻撃の手段もある、力のある大人も味方にいる、なのに何故、あのような蛮行を見過ごすのか。我には理解出来ない。』

 夕日が景色を茜色に染める中、冷たい風が吹いて、私の髪を弄んだ。

「だって、貴女が見ていますから。」

 私は思ったことをそのまま口にした。背後の方から、戸惑いが漣のように伝わってきた。

『話が通じていないのか?我が見ているだけで何故あの蝿共のことを無視する理由になる!』

 振り向いたところで、他の人には何もない廊下が続いているだろう。

 私は、傍目から見れば独り言を言っているだけである。相手はいない。相手は見えていない。

 私は、私にだけ感知できる存在に向かって説明する。

「理由になります。貴女だけじゃない。学級の子も、先生も、勿論私も、あの子達がどれだけのことを私にしたのか、ぜーんぶ見ているでしょう。アス、人はね、自分のことを見られているということを恐れているものです。」

『我が見ているだけで何になる。見ているという事実は無いに等しい上に、小賢しい蝿共も、見られていて他人から何も言われないからつけ上がるのだ。』

「学校にいる人の多くからは小言なんて言われません。だって、学級の子も、ごく一部の先生も、この状況が楽しいのですから。また、そうでなくても、同じ場所で過ごしていく人の間での揉め事なんて関わりたいとは思いません。普段は折り畳まれている感情が私という格好の獲物のお陰で表に出て来ている。それだけのことです。貴女もそこは解っているでしょう?解らないのは私の考えだけで。」

 少し間があり、後ろの方から小さい声で返答が返ってきた。

『……あぁ。』

「私は、御義兄様が与えてくれたこの世界を、存分に楽しみたいんです。お中の底の底から。心の底の底から。アス、私は孤児院で保護された時、幾つもある学校の中から、私は此処で魔法の勉強がしたいから此処を選んだのです。此処で上手くやっていけないなら、何処に行ってもきっと、また同じことでそこが嫌になってしまいます。」

『………』

 私は、大量の本を抱えて、また歩き出した。後ろの方から、付いてくる気配を感じながら、寮の二階と繋がっている渡り廊下を過ぎ、木製の大きな扉を何とか開けて、間から体を滑り込ませた。本を一冊も落とさないよう細心の注意を払い、二階から三階へと階段を上る。

 木製の質素で機能的な造りの中に、時折現れる壁や床や手すりの装飾が映える。

 私は、三階の一番突き当りの部屋に入り、鍵を掛けて机に本を置き、上を向いて深呼吸した。

「あー肩が外れるかと思いましたわ。あんまり重かったから。流石に一度に二十冊は多すぎたのでしょうか。」

『……………当たり前だ。』

「ですよね。」

 頭を掻きながら私は、机に向かいノートとペンを取り出して分厚い本を一冊開いた。

『如何とも思っていないのか。』

 天井から非難染みた雰囲気の声がする。

「如何ともって言うのは、学級のこと?それとも他の……」

『袋叩きになって、教材を破損されて、給食をぶちまけられて、一張羅の靴を何処かへ隠されたことについてだ。』

 言い終わらない内に、愛すべき悪魔の王様はまくし立てた。

 御丁寧に今日あった出来事が時系列に並んでいる。

「よく憶えていらっしゃるんですね~」

 私は笑いながら、ノートの上を滑るペン先が可笑しな方向に行かないかを心配した。

「それは、私も少しは嫌だと思います。こんなこと起きなければいいのにとも。でも、お屋敷にいた頃とは比べ物にならない位、今の暮らしは楽。アス、貴女なら知っているでしょう。むしろ、何で私が好きなことを好きなだけ出来るようになった事実を喜んでくれないのですか?」

『それは…主であるユウェルの身の安全を望むのが召喚された我の役目。今の現状に我はとてもではないが満足出来ない。孰れ学級の子供は本格的な暴力を加えてくる。いっそ我の存在を悪童共に知らしめて…そうすれば………。』

 アスが言わんとすることを、今度は私が遮った。

「悪魔を召喚する事自体、国際魔法法違反なんですよ?そんなことをしたら拷問付きで私の首が飛びます!何より、特一級犯罪者として私が処刑されない為に御義兄様がどれだけのことをしてくれたと思っているのですか?あの日あの屋敷で起きた事を全てお兄様一人がやったことにして今も逃亡生活を続けていらっしゃるんですよ?」

 あの家に関する私の経歴を全て抹消して、私が何の変哲もない孤児として社会に出られるようにしてくれたのに、それを全部無下にするって言うのですか?

 私が正論を並び立てて、アスは、目が覚めたらしく、

『……そうだ…な。』

 と、沈んだ声で言った。

「貴女が怒ってくれるから、私は気が楽になるんです。それだけで十分。」

 私は、アスが必要以上に落ち込まない様、付け加えた。

『本当に、ユウェルが六歳児かどうか、怪しくなってくるぞ。魔法といい、知識の量といい、思考の速さ深さといい、器の大きさといい…』

「器の大きさは多分違うと思いますけれど、まあ、本は沢山読むから、他はそれだと思います。あと、間違っても貴女の力を他の人に向けるのは控えて下さい。力を持っている事を自覚するのは大切ですけれど、力を使った結果どうなるかを予想出来るのかは、全くの別問題なので。」

 学級で人に対して暴力を平気で行使するベロニカ達のことを頭に思い浮かべ、アスが同じようにはなってほしくないと私は考えた。

 山の向こうに日が落ちて、暗くなりつつある室内に灯りが点いた。

 アスが点けてくれたのだ。

 




 夕食を食べ終え、寝間着に着替えて、寮の規則通りにユウェルは就寝した。

 毛布に埋もれて、安らかな寝息を立てている主を見て、我は部屋の中でのやり取りを頭の中で反芻した。

 ―だって、貴女が見ていますから。

 ―人は、自分が見られているということを恐れているものです。

 ―此処で上手くやっていけないなら、何処へ行ってもきっと、また同じことでそこが嫌になってしまいます。

 この風変りな少女が主となって半年が過ぎた。長い紅の髪に、左眼は紫、右眼は黄金の金銀妖瞳の奇異で怜悧な美貌と底の知れぬ才能を持った世にも奇妙な少女。

 このやり取りをする中、本当は理解していた。主は通常の人間より遥か先を見通せる精神を持っていることを。あのような剥き出しの人間の感情が作り出す溝底にいて尚、前を向く事が出来ている主を誇りに思った。素晴らしい主だと。類稀な器の持ち主だと。

だが、同時に、己を恥ずかしくも思った。あんなことを言うべきではなかった。我は、あの会話の中、一体幾つ主に対して無礼極まりない質問をしたのだろうか。

 主の器量を測ろうとした己を情けなく思った。

 質問攻めにしなくても、主の人の良さはこれまでの経験からも解っていたことだろうに。

 ある時、悪童と教師が一緒になって、ユウェルを嘲笑し、雑務を押し付けた事があった。我は、余りに理不尽な対応に姿を現して、攻撃を繰り出そうとした。が、そうはならなかった。大量の書類と格闘しながら、ユウェルが契約刻印を通して魔力を流し、一時的に我の動きを封じたのだ。我のいる天井をちらりと見て、ユウェルは意思を伝えてきた。

 ―アスの魔法をこんなことに使っちゃ駄目。私は大丈夫ですから。

 そう言ったきり、ユウェルは凄まじい速さで作業を進めていった。

 似たようなことが何度も続き、我は、憤りを感じながらも、状況を観察するだけとなっていった。ユウェルは言葉通り、大丈夫だった。

 主の余りに完璧な心持に一抹の心配を抱えながら、我は、久し振りに人の姿をとって、ベッドの傍に立った。ユウェルの前髪をそっと払い、額を撫でた。

 柔らかい肌の感触と体温が、指から伝わってくる。

 月明かりが夜の全てを青く照らして、今呼吸をしている者でさえ、作り物めいた雰囲気を漂わせる。ユウェルも、白い肌を一層白くして横たわっている姿が人形のようだった。

 静かな夜だ。

 窓から入る光が、壁や扉に四角い格子模様を作り出す中、我は、そっと呟いた。

『お休み。我が主。』





 何時も通りの朝だった。五時に起きて、洗面を済ませた後、制服に着替えて長い髪と格闘する。かなり長い時間を掛けて一本の三つ編みにまとめた髪の毛の先端に、制服と同じ紺色のリボンを結ぶ。部屋にある簡素な鏡台から、此方を窺うもう一人の自分とにらめっこして身支度を確認する。この学校の制服は、変形セーラーに、袖や襟の控えめなレース飾りが可愛い。

 その後は、図書館から借りた本を読みまくる。

 アスが声を掛けてくるまで、ひたすらに。

『…………何時まで本を読んでいる。朝食の時間に遅れるぞ。』

 えぇ!もうそんな時間?と驚いて机の上に置いた時計を見る。時刻はきっかり六時半。

 何時も通りの朝だった。一階の食堂で、朝食に出た菓子パンを三個食べた。

 学校に行く時間になって、私は部屋の隅に置いてあるものを発見した。

「アス!私の靴、見付けてくれたんですか?」

 しっかり磨かれた、革の靴が一足あった。

 紛れもなく私の靴だったそれを見て、私は部屋の反対、窓側にいる幽体化したアスに向かって感嘆の声を上げた。

『靴一足など、探し物の内にも入らぬ。』

 アスは無感情に私の感動を聞き流しているようだった。

 その後、何時も通り、学校が始まる一時間以上も前に教室に入った私は、誰もいない室内を見回して、また本を開く。昨日借りた二十冊のうち十九冊は読み終わった。後は、今手に持っている、飛び抜けて分厚い図鑑が残るばかり。

 机に入らないから、今のうちに読み終わって返却しに行こう。

 そう予定を立てていた。この単純な予定をこなす事が出来ると思っていた私は、教室に他の人間が入ってきたことに、気付かなかった。

 いきなり、三つ編みを根元から鷲掴みにされ、やっと気が付いた時には既に手遅れだった。

「ご機嫌よう、ユウェル」

 私の目の前に、縦巻金髪巨大リボンが現れた。

 言葉遣いだけが令嬢であるベロニカが、取り巻きを全員連れて、威張り倒している。

 私は取り巻きの中でも図体の大きい四人組ハーナ、デラ、ポポム、ジェイによって床に組み伏せられた。

「お早うございます、ベロニカ。こんな朝から全員集合させて、何か予定でもあるんですか?」

 私が通常運転で口をきいた瞬間、横腹を鋭く蹴り上げられた。

「あんたは朝から生意気なんだよ!」

 ベロニカの取り巻きの中でも身体能力が高い、マシーの人を心底見下した声が、私を蹴った方向から聞こえる。蹴るだけでは足りないのか、私の背中を今度は踏みつける。しかも、足は一本ではない。

「そーだ!生意気なんだよ!」「先生から可愛がられているからっていい気になって!」「退学してくんない?目障り!」「孤児の癖に何でベロニカちゃんに挨拶しない訳⁉あんたの学費を払ってんのはベロニカちゃんのお父さんなんだよこの恩知らず!」

 せき止めていたダムが完全に決壊した。

 自分が言っていることの根拠がどれだけ薄弱であっても、それが堂々とまかり通る。長いものに巻かれる人は嫌いだ。大義名分に隠れて、結局何がしたいって、日頃の不満を発散したいだけだ。ベロニカの取り巻き達は、一部を除いて、何もかもが平均的で、抜きん出ているところがあるとすれば、人の悪口を際限なく思い付くことくらいだろう。

 私は、溜まりに溜まった感情の澱の中に投げ込まれた。

 憎しみが溢れ返り、身体が激痛に悲鳴を上げる。

 だが、屋敷にいた頃の習慣で、私は、身体がどんなにいうことを聞かなくても、主犯格の人間の動向は意地でも目を離さない。首を上げ、目はベロニカを正確に捉える。

 ベロニカは満面の笑みを浮かべて、大きな裁ち鋏を持っていた。

 恍惚とした表情の中、シャキンと小気味のいい音を立てて、鋏の刃が開閉した。

「あんたのその無駄に長い紅髪を切ってあげる。」

 しっかりと、四肢を押さえ付けられている中、私は、ベロニカの手が乱暴に私の髪を掴むのを見た。一瞬、時間が制止したかと思った。

 磨かれた刃が、髪に触れた瞬間、ばっさりと繊維を断ち切った。

 頭部が一気に軽くなった刹那、学校中に破砕音が響き渡った。

 ガラスというガラスが盛大な音を立てて、爆ぜたのだ。

 遅れて、大きな揺れが校舎全体を襲った。

 思考の奥深い場所に、奇妙な映像のようなものが現れる。

 叫び声が上がる中、私は一つ分かったことがある。

 これは人間の仕業であるということだ。

 周りの同級生が蟻のようにしか思えない程、悪意に満ち満ちた人間の。



 降り注ぐガラスの破片が、落ちていく音がする。

「きゃああああああぁぁぁぁぁぁ!」

 生温かい鉄の臭いがする液体と、悲鳴が降り注ぐ中、私は同級生の折り重なった体の重量と、地面の遥か下の方から突き上げてくるような激しい揺れのせいで、無闇に体を動かせない。

『ユウェル、動くな!』

 頭上からアスの鋭い声が飛んだ。

 頑丈に造ってある筈の校舎全体が、不気味な音を立てながら地面からの揺れに加わって、壁や床が傾いていく。横滑りに机や椅子が派手に衝撃音を立てて、うず高く黒板の方へ押しやられる。天地がひっくり返ったような轟音と共に、建造物が崩れ落ちる震動が全身を強張らせる。

 次第に小さくなっていく揺れに伴い、私は緊張で締め付けられた呼吸器官が復帰するのを感じた。

 腹に力を込めて、幹のような同級生の腕から這い出た私は、教室の中を見回して絶句した。

「嘘……。」

 私を押さえ付けていた四人組も、私を蹴り飛ばしていた五人も、身体中にガラスが刺さっている。何故か、床に落ちている筈の破片は一つもなく、廊下や教室に嵌っていた窓ガラスの全てが、隙間なく同級生達に突き刺さったようだった。

 教室の前方に、赤い模様を引いて倒れ込んだベロニカは、たった今私の髪を切り刻んだ裁ち鋏が、喉に突き刺さって貫通していた。鋏を持ったまま、突然来た揺れで体勢を崩し、刃先が運悪く自分の喉に向いていたのだろう。

 此処は地獄か、それとも、もっと恐ろしいところか。

 催眠術にでも掛かったかのように、私はふらふらと、折り重なって事切れ血を流し続ける悪童達を見た。

 私は、背筋が凍った。

 ガラスが意思を持っているかのように、ひとりでに、子供の体に食い込んでいくのだ。

 魂凍る絶叫を上げながら、体液を撒き散らし、悶絶する数名の同級生達は、絶命した。

 子供の命を毟り取った美しい凶器は、突き刺さっている相手が完全に事切れるまで、身体の組織を破壊すべく侵略するようだ。

「アス!そ…蘇生しないと。」

『無理だ。ガラスの破片から妙な魔力が感じられる。』

 絶命した同級生の手を取った。まだ温かさの残ったそれは、赤い血でくまなく覆われていた。

 無力感に苛まれる中、私は呟いた。

「アス……これは、物質操作系の魔法よね。」

『ああ、しかも、生きている人間を的確に仕留める辺り、並みの芸当ではない。』

「私が今生きているの………………は…」

 吐き気と眩暈が同時に襲い掛かる。景色がどろどろに溶けて混じり合う。

嫌だ、止めて、何で……

『折り重なって押さえ付けていた悪童達のお陰で、身体が隠れていたからだろう。』

 酷薄に吐き捨てるアスの声がした瞬間、寮がある方向から、大規模な爆発が起きた。


「「緊急連絡、緊急連絡、学校内に武装した集団が侵入。教師は速やかに生徒を非難させ、応戦するよ…………」」

 明らかに器具が破損しかけている雑音の混じった校内放送が、学校内に響き渡る。

 私は教室を出て、避難訓練で耳にタコができるほど言われた「不審者が出た時は先生が来るまで動かないように」という教えを思いっきり無視して、一気に階段を駆け上り、最上階にある教室の廊下から、学校全体を見回した。

 

「何が起こっているの。」


 四方から黒煙が上がり、炎が学校のすぐ裏にある森から大きく触手を伸ばす。寮が全焼していた。轟々と勇む紅い光の中、黒い影となった建物の柱が崩れ落ちる。渡り廊下の向こう側にある特別教室棟は、西側の方から崩壊している。

 更に、学校の敷地の外、街の方からも、空に立ち上る暴虐の煙が幾筋あった。

 私は目を閉じて、意識をこの身体から離す感覚で辺りを視た。

 一瞬で景色が暗闇に変貌し、代わりに、普段は隠れているものの形を正確に捉える。

 爆発的な殺気に飲み込まれる。ごちゃごちゃに入り乱れて、絶えず何かを引き裂かんと暴れている殺気の数は十以上、他の精神が限界まで恐怖しているところにいる。一番近くにいるのは―

 私のすぐ後ろ。


 私は、目を見開いて、迫る腕を躱し、応戦した。

 私の後ろにいたのは屈強な大柄の男性だったが、私が放った紫の閃光に左肩を貫かれて、蹲った。私は、状況が呑み込めず当惑している男性に向かって言った。

「魔法の才能がある子供を攫いに来たのですね。人身売買では高値で取引されますから。」

「な……何故それが!」

 男性は途切れ途切れに私を見上げたが、アスが実体化して前足で男性の後頭部を蹴り、昏倒した。

「アス。このままでは生き残っている生徒が残らず攫われてしまいます。昨日貴女に言ったことを部分的に変更しても宜しいですか?」

『他人と接するのを極端に面倒臭がるのに、他人のことが放っておけない面倒な主であることは重々承知している。』

「それは有難いです。」

 それだけで私達は全てのことを了解した。

 私は助走をつけて、四階の渡り廊下から空中に躍り出た。

 熱気のこもった上昇気流が、学校の至る所から発生しており、短くなって急に頭が軽くなり、首筋に違和感があるが、長さのばらついた私の髪がキノコの傘のように広がった。

 

 私達は、落ちていきながら、隣接する校舎の中を目視し、実験室で乱闘する先生を確認した。小柄で全く手入れの行き届いていない身なりをした、魔法薬学のペルフォーニオス先生が、先程私達が倒した男性と同じ、全身黒装束の屈強な男性二人を相手に持久戦で何とか持ち堪えていた。私は、実験室に最も近づく時機を見計らって紫紺に輝く雷のような攻撃を繰り出した。

 衝撃波のような、閃光のような形容し難い衝撃波は、二人組の体を直撃し、今まさにベルフォーニオス先生に向けて、片方が放とうとしていた炎が逸れて教室の壁を這った。有り得ない方向から飛んできた閃光に、先生と二人組は目を見開いて仰天していた。

 二人組は驚きの表情で固まって、気絶した。

 先生は呆気にとられて私の方を見た。

 先生の無事を確認し、私は落ち続ける体を利用して、不気味な黒装束の人間を発見しては遠隔攻撃魔法を繰り出す。

 三人、四人………。

 快進撃を続け、地面に着地した瞬間、原因不明の悪寒に襲われ、私は地面を蹴って再度跳躍しようとした。しかし、間に合わなかった。

 地面が大きく裂け、像一頭分もある土の塊が上空を覆い尽くす。中には、建築物の残骸もあった。それが無情に降り注ぐ。

 逃げようと足を動かすが、地面には大小様々な陥没が蜂の巣のように出来ており、体勢を崩した私の頭上に地層の塊が迫った。

 本当に、容赦がない。

 私は、目に異物が入らない様瞼を閉じた。

 私を中心に、

 降り注ぐ力学的エネルギーの塊が、全て、砂塵と化した。

 巻き上がる風の中に、小さく硬い粒子を肌で感じた。

『我は、この世に存在するあらゆるものを等しく破壊する。憶えておくがいい。』

 私はゆっくりと目を開け、制服に付いた埃を払いながら立ち上がった。

 目の前に、二人の男性が攻撃の構えを取っていた。

 一人は足元に無数の亀裂を走らせ、

 一人は溶解したガラスを纏わせていた。

 他の黒装束の人間とは明らかに違う。

 例えば、目に宿る殺気の強さ。

 例えば、攻撃の規模・方法。


 地下から突き上げるような大きな揺れ。

 同級生の体に突き刺さった窓ガラス。


 直感した。

 この二人は危険だ。


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