6/終章 ポンコツ勇者は終わらない

 まあ、結局、俺達二人とも助かったんだけどね。


 シオンが持っていた聖光剣は力を失い、俺が体内に持っていた暗黒剣は無くなってしまったようだが、他の神剣は力を失わなかったらしい。


 すぐ傍にいた天馬剣が、落下していく俺とシオンを即座に救出してくれた。


 そのまま、俺とシオンは天馬剣に乗って王都に帰ったのだが、そこからが酷い話だった。


 まず、無事に王都に変えれたというのに、俺の顔を見たカトレア教官が、号泣しながら走り寄ってきたので、俺は思わず受け止めようと両手を広げ、


「このバカ野郎があああああああああああ!」


 渾身の力でぶん殴られた。


 どうやら、例の置手紙の件でお怒りの様子だった。


 ただ、今の俺は魔王でも何でもないので、カトレア教官のパンチは普通に痛かったので、泣きそうになった。


 しかも、殴り倒された俺を、カトレア教官は蹴りまくるという暴挙に出るし。


「痛い! 痛いですって!」


「うるせえ! 死ぬほど心配かけやがって! アタシがどんだけ悩んだと思ってやがる! 寿命が縮んだぞ!」


「俺の寿命も縮んじゃう!」


 その時、アイリスとサフランも俺に駆けより、無事に戻ったシオンの肩や頭をポンポンと軽く触れた後、何故かカトレア教官と一緒に俺を蹴り始めた。


「ええ!? 何で!? 何で俺ボコボコにされてんの!?」


「事前に説明しときなさいよ! 何も話さずに消えてんじゃないわよ!」


「痛い! 死ぬ! 死んじゃう!」


「あはははは!」


 アイリスの方は、カトレア教官と同じ理由で怒っているようだが、サフランは悪ノリして一緒に蹴っているだけらしい。




「よく無事に帰ってこれたな」


「壮絶な死闘を終えたのですね?」


 フルボッコにされて、ズタボロになった俺を見て、ヒース国王とプラタナス宰相がそんな事を言う。


 まあ、壮絶な死闘は演じましたけど、その後の仲間からの折檻の方が痛かったよ。


 俺は、全ての姉妹剣使いが集まった円卓の間にいた。


「……」


 元勇者のシオン。


カトレア教官。アイリス大将。ヒース国王。


 プラタナス宰相。サフラン長官。


 そしてシネラリア、ジャスミン、アマランスの三人もいた。


 ていうか、コイツら全員、集めるのに死ぬほど苦労したけど、最終局面では全く役に立たなかったような気がする。


 まさか、世界の命運をかけた戦いを、俺一人で終わられる羽目になるとは夢にも思わなかったなあ。


 というか、今までの俺の苦労って一体何だったんだろ。


 最終決戦で、シオンとホリーすら戦わないとはなあ。


 まあ、コイツらとの出会いがなかったら、俺の心は完全に死んでただろうけど。


 しかし丸投げ至上主義の俺にとっては嫌な話だよな。


 これからは全てコイツらに丸投げしよう。


 もう魔王の力無いし。


「……何があったのか、順番に話すよ」


 魔王の力を失った俺。


 勇者の力を失ったシオン。


 俺達二人は、もう只の人間だ。


 実は、この場にいる誰よりも弱い。


 まあ、ホリーとマリスに憑依された後遺症なのか、身体能力に衰えはあんまり感じないけど、そんなものは神剣を未だに持ってる連中に比べれば微々たる力だ。


 俺とシオンが、これから先、人間社会で生きて行くには、この場に居る皆の力が不可欠だろう。


 戦えなくなった勇者の末路なんか考えたくもないし、俺なんか魔王だしな。


 どんな目にあわされるか解ったもんじゃない。


 


とりあえず、勇者と魔王の産みの親だった存在を消滅させた事。


 そして、その所為で俺とシオンが弱体化した事。


 これから俺達二人は表舞台から姿を隠した方が身の為である、という説明を丁寧にした。


 多分、今からこの場に居る姉妹剣使い達による世界征服において、俺達は不要だ。


 下手に権力争いに巻き込まれて、暗殺とかされれば目も当てられないし、俺とシオンはこの場の誰かが持つ支配下で、人知れず保護されるのがベストだと思う。


 そう思いながら説明を続けていたのだが、話を聞いていた皆が、何故か絶句しながら俺を凝視している。


「……え? じゃあ、もう二度と魔王って復活しねえの?」


 最初に口を開いたのはカトレア教官だった。


「確証はありませんが、そうなると思います。その代わり、勇者も現れません。これから先、人間社会は姉妹剣使い達が神剣をどう扱うかで左右されると思います」


 俺は、円卓の間に居る全員を見まわし、


「この場にいる皆の双肩に、世界の命運が左右されるって事だ。折角魔王が居なくなったのに、人間同士の戦いが原因で滅んだりしたら目も当てられない。だから、平和な世界になるように頑張るって事でよろしく。後の事は全部頼んだ! 以上! 解散!」


 何時ものノリで話を終わらせようとした俺の肩を、カトレア教官が掴んで離さない。


「ふざけんな! 今さら一抜けた、なんて言わせねえぞ!」


「そうよ! いくらなんでも私達だけじゃ荷が重すぎるわ!」


 怒鳴り声を上げるカトレア教官に、アイリスも同意していた。


「いやいやいや! 俺もう何の力も無いからね? 俺の全盛期は終わりました! 一瞬だけ世界最強になったけど、もう凡人です! 何時も通りの役立たずです! もう俺は何も出来ません!」


 俺は全力で、これ以上何もしたくないと訴えた。


 しかし、何故かプラタナスは号泣しながら、


「……やっぱり……私が主と見込んだ貴方は本物だった……。いつ何時も、私の想定を超え続ける……!」


 なんて事を言うし、


「クロウが魔王ってのは予想通りだったけどねえ。まさかこんな事しでかして帰ってくるとは思わなかったよ」


 サフランは、本当に訳が解らない事を呟いた。


「ああ? 何をデタラメ言ってんだお前は。クロウが魔王だった、なんて予想外過ぎて、皆で絶句しただろうが」


「ウチは別に驚いてなかったっしょ? ずっとクロウが魔王なんじゃないかって思ってたし」


「嘘つけ!」


「嘘じゃないよ~。だって勇者以外に見えない精霊が見える、なんて普通に怪しすぎるじゃん。そりゃあ確証はなかったけどさあ、夜中に発光してるクロウの眼を見た時、マジでヤバいヤツだと思ってたし、ウチとか、シネラリアみたいな暗部に居る人間を受け入れるヤツは、どの道ロクな男じゃないよ」


「おい! 何気にアタシを貶すんじゃないよ!」


 サフランとカトレア教官の会話に、シネラリアがわって入った。


 シネラリアの隣に座っていたアマランスは、ドヤ顔で腕を組み、何やら頷いている。


「私はクロウが無事に勇者シオンと共に戻ってくる所まで予想していたがな。この男は幼い頃から、周りから貶されていたが、何時も予想外の事をやってのけたのだ。どんな場所で迷子になろうが、勝手に帰ってくるしな」


「実はクロウと幼馴染でしたアピールはよしな! 今さらアンタに脈なんかないんだよ!」


「脈? 脈が無い……? 私が死ぬと言いたいのかシネラリア」


「まあまあ。皆さんクロウさんが帰ってから嬉しいそうですわね。昨日までの暗さが嘘のようですわ」


 ジャスミンの言葉に、俺は眉間に皺を寄せた。


 俺が居ない間、皆が暗かった?


 俺は思わず隣の席にいたカトレア教官を見た。


 教官は俺から目を逸らしたが、代わりにヒースが呟く。


「……酷かったぞ……コイツらの職務放棄……」


 その時、俺はヒースの両目の下に浮かぶ、黒いクマを見て、思わず寒気が走った。


「勝手にお前の捜索するし……政治も軍事もトップが不在になるし……貴族からの不平不満とか、民衆の不安を押さえるとか……どう考えても僕一人じゃ無理なのに誰も手伝わないし……危うく内乱になりかけたし……」


「そ、そうか。大変だったんだな……」


「シネラリアとかサフランとか、アイリスもカトレア教官まで、些細な事で殺しあいに発展しそうになるし……その度に僕は死にかけるし……」


「……」


「……まあ、戻ってきたならそれで良いんだ……これでまた、上手くいくようになるだろ……」


 俺はそれ以上、死んだ魚のような目をしたヒースを見ていられなくなった。


 コイツ、若くして最高権力者に上り詰めたのに幸薄すぎるだろ。


 下手に器用貧乏だから面倒な事を全部押しつけられるタイプだったんだな。


まあ、良い国王だと思うけど。


「ああ、そうだ。プラタナス。時流剣を回収しておいたから、預かってくれ」


「……」


 プラタナスは、俺が差し出す時流剣を見て、何やら考え込んでいる。


「クロウ様がお持ちになればどうです?」


「嫌だよ。この刀を見る度にゼラニウムを思い出すからな。ぞっとする」


「我々の前に、ゼラニウムが現れた事は御存じですか?」


「え?」


「クロウ様が、人間を傷付けないようにしている事。そして、それがもう長く持たない事を告げにやってきました。その後、襲いかかってきましたのでアマランスが迎え撃ったのですが」


 プラタナスの言葉に、アマランスが頷く。


「うむ。手ごたえはあったが、主は死んではいなかったようだ。クロウがその刀を持っているという事は、トドメはお前が刺したのだろう。礼を言おう」


「え……」


 アマランスにとって、ゼラニウムは元主の筈だ。


 今でも主と呼んでいるみたいだし、忠誠心は残っているみたいなのに、何で礼なんか。


「主は、もう楽になった方が良いのだ。主は長く生き過ぎて、疲れすぎたのだ。だから平気で人類の滅亡を画策する。そろそろ安らかになっても良いだろう」


「……そうだな。一度は世界を救ったヤツだもんな……」


 俺が、ゼラニウムの事を思い出して俯いていると、


「とにかくだ! お前はこれからもアタシらと一緒に無い知恵絞って頑張るんだよ! 魔王だとか人間だとか関係ねえ! 忙しくなるのはこれからだからな!」


「はあ……」


 カトレア教官がプンプンと怒鳴り、俺がこれからも協力していく事を了承し、とりあえず会議は終わった。


 


案外あっさりした会議だったけど、俺とシオンの体力が限界まで消耗している事を考慮してくれたらしい。


「……」


「……」


 それは良いんだけど、俺とシオンに用意された部屋が一室ってのはどうなの?


 何で二人きりにするの?


 ホリー失ってから、シオンは一言も口を聞いてないし。


 正直、なんて声をかければ良いのか解らなかった。


「……」


 それに、シオンはもう十五歳くらいになってるし。


 この年頃の女の子と二人きりになるのは普通に気まずいんだけど。


 とりあえず、ベッドに座っていると、シオンも俺の隣に座った。


 そうして、二人でしばらく無言になる。


 こういう時に、ホリーを失った事の痛手を痛感するなあ。


 居たら居たでうるさいけど、さみしいとか、気まずいなんて思う暇もなかったし。


 なんか、ジワジワと俺の心を蝕みそうな感覚が襲ってくる。


 俺はもう、あのホリーと二度と逢えないんだ。


「……お兄ちゃん……」


 シオンが、ボソリと話し始める。


「ホリーはね……私を毎朝起してたの」


「うん……」


「毎日私を起して、服を着せて、髪をといてくれたの」


「ああ……」


「お風呂でも、私の髪と体を洗ってくれた」


「そうだったな……」


「膝枕して耳掃除もしてくれた」


「そうなの!?」


 それは初耳だった。


 ていうか、仲良すぎるだろ。


「寝る前にね、昔話をしてくれたんだよ」


「……」


 そんなに仲良くしていたホリーを、シオンは失ったんだな。


 ある意味、俺の所為で。


「私が暇になったら、おっぱい触らせてくれたし」


「マジで!? お前ら何やってんの!?」


「私が寝てる間、抱き枕になってくれたし」


「……」


 コイツ、ホリーとどういう関係だったんだ。


「本当、性格は最悪だけど、体だけは良かった女だったよ」


「ええ……そんな言いかた……」


「冗談だよ」


 シオンは、俺を見てニッコリと笑って見せる。


「おかしくなりそうなの。ホリーは私にとって、居て当たり前だったから」


「……そうだな」


「居なくなったらどうしようとか、考えた事も無かったよ。これから先、自分が何をすれば良いのか解らない」


 なんて言いながら、シオンは俺の腕につかまってくる。


「……」 


 あのう、シオンさん。


 こんな時にこんな事を考えるのは非常に失礼なんですが。


 胸が当たっていますよ?


 結構大きくなった胸で、俺の腕が挟まってますよ。


「ホリーは、最後にこう言ってただろ。幸せになれって。好きにすれば良いんだよ」


「……結局、私は何も出来なかったね、お兄ちゃん。肝心な時に、お兄ちゃんを守れなかった」


「そんな事は……」


「意識が朦朧としてたけど、見てたよ? お兄ちゃんが魔王になって、凄いヤツと戦ってたのを」


「……」


「凄かったね。誰の助けもいらないよね。あんなに強かったら」


 確かに、そうだ。


 歴代魔王の力を、全て扱える。


 あの力があれば、俺は無敵だ。


 勇者や魔王どころか、その創造主すら圧倒出来た。


 この世界で、敵う者は誰も居ないだろう。


 天敵の勇者であるシオンの能力すら取りこんだんだからな。


 あの状態の俺は、もう誰の助けもいらない。


 シオンや、姉妹剣使い達に守られなくても良い。


 俺が、ずっと望んでいた、誰の力にも頼らない、圧倒的な個人に成れたんだ。


 それでも、今なら解る。


 あんな状態になるより、今みたいに誰かに助けられないと何も出来ない俺の方が幸せだ。


 皆と一緒に居る方が、俺は幸せだ。


 それに、


「あの力は……シオンがくれた力だよ」


「え?」


「俺な、魔王の力を全然使いこなせなかったんだよ。暗黒剣っていう魔王の剣をな、一本も出せなかった。今までの魔王なら、全員が出せた暗黒剣を、俺は出せなかったんだ」


「うん」


「それなのに、お前が俺の代わりに魔王になろうとした後、もう一回俺が魔王になったとたん、あの力が使えた。今までの魔王が使ってきた、全ての暗黒剣を同時に扱えるようになった。だから、あの力はお前がくれた力だよ。お前が俺を見捨てていたら、使えなかった力だ」


「……」


「俺が勝てたのは、シオンのおかげだよ」


「お兄ちゃん……」


 シオンは、俺にピタリと抱きついてくる。


「私は、ちゃんとお兄ちゃんを守る勇者になれたかなあ」


「俺どころか、世界中の人間を全部守った勇者だよ。シオンは」


「それはどうでも良いけどね。お兄ちゃんさえ守れれば、それで良かったんだ」


 どうでも良くはないんだけどな。


「……」


 俺に抱きついているシオンが、俺の顔を凝視している。


 ジーっと、ガン見している。


「え? な、何?」


「……」


 シオンは何も答えず、上目づかいで俺を見つめ続けていた。


「……」


 え? え? 何ですか?


 コレはアレですか?


 最後の戦いを終えた勇者様が助け出した姫さんとよろしくやっちゃうアレですか!


 いや、良いのかコレ!


「……」


 俺がパニックになっていると、シオンは両眼を閉じた。


 マジかよ!


 コレはマジで、あ、アレなのか!


 良いのか俺で!


 俺だとシオンと釣り合いがとれてないけど!


 いや! 魔王だったから勇者と釣り合いが取れる唯一の存在だったけど!


 イヤイヤ良いのか!


 良いんですか神様!


 シオンと一緒になる男が俺で良いんですか神様!


 いや、神様は俺が倒しちゃいましたけど!


 あのロクでもない自称神ではなく、本当の神様!


 俺、シオンに手を出して良いですか!


「……!」 


 いや! それを決めるのは当の本人であるシオンと俺だ。


 俺達がそうしたいと思っているなら、誰が反対しても関係無い筈だ。


 シオンみたいに俺の心配ばかりしてくれる女の子なんか、他に誰も居ないだろう。


 こんな良い子に恥をかかせる訳にはいくまい。


 いや落ち着け!


 恥をかかせるとかいう問題じゃない。


 俺の気持ちに正直になろう。


 シオンを大切に思う、この心に正直になるのだ!


 俺は意を決して、シオンの体を押し倒した。


 シオンの体をベッドに押し倒して、その上に覆いかぶさる。


 これでシオンが少しでも嫌がる素振りを見せれば、即止めただろうが、シオンはなすがままだった。


 よし! このまま俺は一線を超える!


 ていうか、別に良いじゃん!


 一応世界を救ったし!


 いや! 好きな異性と一線を超えるのに世界救う必要とか無いけどね!


 良いんだな!


 俺はこのまま一線を超えて良いんだな!


 自分でも解る程、全身が熱くなり、顔から湯気が出そうになりまがら、シオンに顔を近づけた時、


〈……〉


〈……〉


 何故か、俺は後頭部のあたりに悪寒を感じだ。


 さっきまで感じた熱が一気に冷める感覚。


 何か、見覚えのあるものが見えるように。


 何か、聞き覚えのあるものが聞こえたように。


 感じ慣れている感覚が、俺の体を襲った。


「……」


 俺は、恐る恐る背後を振り返る。


 いや、正確に言えば、俺とシオンが居た部屋の、天井付近を見上げた。




 ホリーとマリスが居る。




「どぅえええええええええええええええええええええええ!?」


 ホリーとマリスが居る!?


 天井付近に、何時も通り露出度の高い甲冑に身を包んだ、白銀と漆黒の姿をした、絶世の美女が二人で俺を見下ろしている。


 それはもう、ゴミを見るかのような蔑んだ目で。


〈どうぞ……ごゆっくり……〉


〈そのまま続けたらいいじゃない〉


 ホリーもマリスも、俺を見下しながらそんな事を言ってくる。


 シオンも目をパチリを開け、


「え!? ホ、ホリー!」


 いそいそと、ベッドから起き上がり、慌てた様子で立ち上がっている。


 そして、一応、肌身離さず傍らに置いていた聖光剣を見ている。


 ホリーが居なくなってから、反応しなくなっていた聖光剣が、何時も通りシオンの意図どおりに展開し、シオンの手元に来た。


 そして、眩く発光している。


〈いやあ、良い御身分ですねえシオン。肝心な時に寝てるだけだった癖に、エロい事だけは一人前ですか〉


「うわあん! ホリー!」


 何時も通り、悪態をついているホリーに、シオンは泣きながら抱きつき、胸に顔を押し付けていた。


〈どわあ! 何をするんじゃいメスガキ!〉


「逢いたかったよ~! 嬉しいようホリー!」


〈……いや、言い返してくれないと、私だけ嫌なヤツみたいになるじゃないですか……〉


 素直に再会を喜ぶシオンに戸惑いつつも、ホリーは顔を綻ばせて、シオンの後頭部を撫でている。


「……で? 何でお前ら無事なわけ?」


 俺は、傍らで腕を組んでいるマリスに声をかける。


〈私達にも解らないわ。母様が死んでも、私達は消える訳じゃなかったのかもしれない。一端消えたのは、力を使い過ぎただけだったとか……〉


「……もしくは、お前らの母親……クリスがまだ生きてるとか?」


〈そっちに可能性の方が高いと思うけどね〉


「マジかよ……まあ、霊体のお前らが消える方法が想像つかないけどさあ」


〈母様が生きているとしたら、必ず貴方の命を狙うんじゃないの〉


 なんて事をマリスは言うが、俺は胸を逸らした。


「っは。返り討ちにしてやる。マリスが居るなら俺は誰にも負けない」


〈あ、それ無理〉


「え?」


〈あの、歴代魔王の暗黒剣を全部使う能力、もう使えないから〉


「え!? 何で!?」


 折角無敵の最強魔王に成れたのに!


〈歴代魔王の暗黒剣は、本来の持ち主の下に帰ったみたいね。私が回収出来たのはこれだけ〉


 そんな事を言いながら、マリスはシオンが使っていた聖光剣と色違いの暗黒剣を取り出して、それを俺に差しだす。


 受け取った瞬間、暗黒剣は俺の掌に吸い込まれるように、俺の体と同化した。


「……」


 何か、静かに、穏やかに、力強い物が、俺の全身を満たしていく。


〈破壊衝動はある? 人間を殺したくなる?〉


「……いや……制御できる……」


〈あっそう。良かったわね。その暗黒剣は、貴方が魔王化しても正気を保たせる力があるのかもね〉


「魔王化?」 


 俺は、慌てて自分の頭に手を当てる。


「あ! 角が生えてる!」


〈そりゃそうでしょ。貴方は魔王に逆戻りよ〉


 マリスは俺をじっと見つめると、


〈今回の魔王は、今までで一番長い付き合いになりそうね?〉


 穏やかに、笑いかけてきた。


 瞬間、ホリーが自分に抱きついているシオンをベッドに放り投げながらマリスに突進した。


〈な~に~を~! してるのかなああああああああああ!〉


〈な、何よ……別に変な事はしてないでしょ……〉


〈ポッと出の癖にクロウの相棒ズラしないでくださいませんかねえ? クロウの相棒はいつ何時もこのホリーちゃんですよ? 解ってるんでしょうねえ?〉


〈貴方はそこにいる勇者ちゃんとよろしくすれば良いでしょ。クロウは私が守るんだから〉


〈はああああああああああああ!? あんなメスガキ要らねえっつうの!〉


〈クロウは魔王なんだから、ずっと傍に居るのは私の役目よ。貴方はもう少し距離を置きなさい〉


〈ふざけんなこのアバズレが!〉


〈誰がアバズレでテメエ! 誰に口聞いてやがる!〉


〈お前に言ってんだよ! 魔王になれる人間だったら誰でも良いんだろうが!〉


〈それはテメエだろ! 私は貴方と違って魔王に恋したのは今回が初めてだからね! 初恋だからね!〉


〈だったら何だ! その年で初恋なんかヤバすぎなんだよ!〉


〈姉に対して何だその口の聞き方は!〉


〈姉妹なんか産まれた瞬間から敵同士なんだよ!〉


 ホリーとマリスは、お互いの頬を両手でつねり合いながら喧嘩している。


「……」


 うるせえ……


 ホリーだけでもうるさかったのに、マリスが加わって余計にうるさくなっている。


「へへ……」


 気が付くと、シオンが笑いながら俺と腕を組んでいる。


 その表情は、ホリーが戻ってきた事を心から喜んでいる。


「……ま、良いか」


 俺が何となく、気が抜けていると、


「クロウ様!」


 突然、プラタナスがノックもせずに部屋に入ってきた。


 アマランスも一緒に居る。


 珍しい組み合わせだな、と思っていると、アマランスの背後にシネラリアとジャスミンも居る。


「た、大変です! 時流剣が、突然私の目の前から消えました!」


「え!?」


 時流剣が突然消えたって、それ九分九厘、ゼラニウムが生きてたって事じゃん。


 アイツ、一体何回生き返るんだ。


「クロウ。間違いなく、主の下に時流剣が戻ったという事だぞ」


「あの男もしつこいからねえ」


 アマランスとシネラリアが警戒心を持った表情で、俺の部屋に入ってくる。


 いや、そんな広い部屋じゃないからゾロゾロ入ってこないでくれよ。


 なんて思っていると、ジャスミンが俺に近づき、俺に手紙を差し出してくる。


「先ほど、アマランスの部屋で一緒にお茶を飲んでいたのですが、彼女の部屋のテーブルにこんなモノが」


「……」


 俺は、慌てて手紙を読んでみる。


「アマランス。


 僕は生きている。人としては死んでいるや、別の形で第二の人生を楽しんでいるよ。


 君がこれから先、どう生きるかは知らないが、僕に協力したいなら、拒みはしない。


 しかしまあ、そのままクロウに仕えるんだろうけどね。


 僕は、この世界に神剣をもたらした存在と接触した。


 そして、この大陸の外には、かつて栄え、滅んだ文明の遺物が多数残っているとも。


 僕は、過去の文明の遺物を探し出して研究し、神剣を開発、量産出来ないか調べてみる。


 クロウに伝えてくれるかい?


 もう一度、互いの全力を持って競い合おう。


 お互いの目的を果たす為にね。


 じゃあ、君達と再会出来る日を楽しみにしているよ。


                       ゼラニウムより」




「あの野郎ロクな事考えないな!」


 俺は手紙を丸めて投げ捨てながら怒鳴り声を上げた。


「クロウ様。放置しておくのはあまりにも危険だろ思います」


「解ってるよ! ああもう! 面倒臭い!」


 俺は頭を抱えて、これから先の事を考える。


 ゼラニウムを自由にしておくと、何をしでかすか解らない。


 アイツの有能さは、正直クリスより厄介だ。


 放置したりすれば、本当に神剣を量産しかねない。


 つまり、アイツを探し出して始末する算段を考えなければ。


「クロウ! 大変だ!」 


 なんて考えていると、今度はカトレア教官がアイリスとサフランを連れて部屋に入ってくる。


「今度は何ですか!」


「お、王都の上空に、ダンジョンが!」


「ええ!?」


 俺は思わず、部屋の窓に目を向ける。


 すると、俺の視線の先に、中に浮かぶ城が見えた。


 まるで、俺が居た魔王城のようなものが、王都の上空付近を浮いている。


「……! マリス! アレは何だ!」


〈魔王城よ〉


「え? 俺が魔王に戻ったからか?」


〈違うわ。歴代の魔王の下に暗黒剣が戻ったから、歴代の魔王の復活が始まったのよ〉


「はあああああああああああああああ!?」


 マリスがあっさりと呟いた言葉に、俺は絶望した。


「歴代の魔王復活って何だよ!」


〈貴方が使った暗黒剣が、本来の持ち主を復活させたのよ。コレは貴方が暗黒剣を使いまくったせいよ〉


「えええええ!? 原因俺っすか!?」


〈全ての魔王が同時に復活するわけじゃないみたいだけど、とりあえず貴方が責任もって始末しないと不味いんじゃないの? 倒した魔王の暗黒剣は、貴方の手元に戻るだろうから、倒せば倒す程貴方は最強に戻っていく〉


「なんだソレ! 面倒臭!」


 俺は頭を抱え、自分の頭に生えている角が手にささった。


「お兄ちゃん! 大丈夫! お兄ちゃん以外の魔王は私が倒すよ!」


〈任せておきなさい。どうせ人間を殺すのに前向きなサイコ野郎共の亡霊です。私がもう一度地獄の送り返してやりますよ〉


 シオンとホリーが、何やら二人で魔王討伐に意欲を燃やしている。


〈とりあえず、歴代の魔王は全滅させないと、ダンジョンがバンバン現れるでしょうね。アイツら、もう私の制御下にないし。早くあの最強の大魔王状態に戻らないと、母様が貴方の弱体化に気付くわよ〉


 マリスの言葉を聞いて、俺は周囲に居る姉妹剣使いを見つめる。


 カトレア元帥。アイリス大将。プラタナス宰相。サフラン長官。


 そして、アマランス、シネラリア、ジャスミンの三人。


 部屋の外には、いつの間にかヒース国王が立っている。


 ヒースは、意地の悪い笑みを浮かべながら、


「こうでなくてはな。お前を見ていると退屈しない」


 なんて事を言いやがる。


 俺は、思わず半泣きになった。


「もう、マジで勘弁して」

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ポンコツ勇者の下剋上 -モブの俺が魔王を倒せる幼女勇者育てます- 藤川恵蔵/MF文庫J編集部 @mfbunkoj

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