6/第七章 その名は大魔王

「……アンタが、勇者と魔王を作ったヤツか……」


 ゼラニウムの傍らに居る金髪の聖霊に声をかけてみる。


 意外というか、それが普通を思うべきか、ホリーやマリスのような露出度の高い甲冑ではなく、ごく普通のワンピースを着た金髪の女だった。


 ただし、その顔つきはホリーとマリスに似ている。


 というより、むしろ成長したシオンの面影があった。


「アンタがゼラニウムを魔人にしたんだろ。俺が魔王の役割を果たすかどうか監視する為に」


〈デカイ口聞いてんじゃねえぞクソガキが。私の娘を二人ともイカレさせたのはテメエか〉


「……」


 う~わ~。


 怒ると口が目茶苦茶悪くなる所が娘さんとそっくりだ~。


「何で俺の所為なんだよ」


〈聖霊が何の為に殆どの人間と話せないと思ってやがる。聖霊は純粋だから汚え人間に汚染されやすいんだよボケ。だから勇者は純粋だし、魔王は即座に発狂するようにしといたのによう……。何で魔王の癖にホリーと一緒に居て、マリスに憑依されて発狂してねえんだよガキ。テメエは一体何なんだクソが〉


「……汚染されやすい……?」


 え? まさか俺が一緒に居る所為で、ホリーとマリスの二人に悪影響が?


〈テメエの怠惰が二人に感染した所為で二人が戦おうとしなかっただろうが。二人とも仕事熱心だった筈なのに〉


 あ、違った。


 俺のサボり癖が、永遠に続いていた勇者と魔王の戦いに終止符を打ったらしい。


 というか、ホリーの「世界を救うの飽きた」と、マリスの「人間殺すの飽きた」発言は、俺の怠惰な態度の影響を受けた所為だったのか……。


「クロウ。彼女はホリーとマリスの産みの親であるクリス。察しの通り、僕を魔人にしたのは彼女だよ。魔人の本来の役割は魔王の補助じゃない。役目を果たせない魔王と勇者の代役だよ」


 ゼラニウムが腕を組みながら、俺の質問に答えている。


「魔王の討伐に失敗した勇者に変わり、魔王を始末する。魔王が人間に手を出そうとしなければ、代わりに人間を殺す。それが魔人の役割だ」


〈要するに、魔王がラスボスで魔人が裏ボスって訳だ。私が憑依した時の戦闘力は、魔王と勇者より上だ〉


「という話だけど、僕は君を過小評価していないよ。本当なら君を先に殺して勇者は後回しにしようと思ってたんだけど、予定が狂ってしまった。まあ、勇者が今の一撃で即死しなくて良かった」 


 ゼラニウムは、凄絶な笑みを浮かべる。


「僕はね。シオンを失った君が怒り狂った所を想像もしたくないんだ。復讐に全てをかける君に勝てる気がしない。でも、逆に君が死んだ後のシオンは何も出来ないだろうしね」


〈というわけで、さっそくお前は死刑だクロウ。ラスボスが裏ボスに勝てるとは思うなよ? 確実にブチ殺すからな〉


「……」


 ヤバい。


 ホリーとマリス以上に何言ってんのか解んねえ。


 なんだよラスボスとか裏ボスって。


 こんな女が勇者と魔王を産み出したのか。


「……何でこんな事をするんだ……」


〈ああ?〉


「何の為に、勇者と魔王を使って人間を間引きした? 人間の数が増えれば文明が発達して、その後滅ぶと思ったからか?」


〈滅ぶと思ったんじゃない。滅びたんだよ〉


 クリスは、淡々と、つまらなそうに呟いた。


〈お前みたいなヤツが沢山産まれたよ。どんな手段を使ってでも生き残ろうとして、周りの人間を洗脳して、大勢の人間を指導して、争いあって、戦い続ける、お前みたいな男が〉


「……?」


〈そんな連中の下にいたヤツらが、いろんな兵器を開発し続けた。人間が住む世界が全て滅びるまで、そんな事をし続けた。私は、神剣という大量破壊兵器を使って、人間の間引き役と、後始末役を作る事にした〉


「間引き役が魔王で、後始末役が勇者ってか」


 俺の予想通りだった訳だ。


 しかし、滅びた、というのはどういう事だ?


〈シェルターを使って生き伸びた僅かな人間と、かろうじて無事だった研究施設を使って、私は手付かずだった大陸に、人間を移住させた。そして、人間の数が増えすぎないようにしたんだ。増えすぎれば、また文明のレベルが「世界を滅ぼせる」段階に到達するからな〉


「……え~。何それ。つまんない理由だなあ」


〈ああ!? つまんねえってなんだテメエ!〉


「なんか、衝撃的な事実が判明すると思ってたのに、勇者と魔王の戦いがずっと出来レースだったとか、最高につまらないなあ」


〈バカかテメエ。勇者も魔王も実在するわけねえだろうが〉


「う~わ~。産みの親がそれ言っちゃうのかよ」


 世界を救おうとする勇者。


 世界を滅ぼそうとする魔王。


しかし、どちらも同じヤツが作った存在だった。


 つまり、世界を救うヤツも滅ぼすヤツも本当は居ないんだ。


 ていうか、そもそも「救う」「滅ぼす」って何だよ。


 何の為に救ったり滅ぼすんだよ。


「……」


 俺が憧れて止まなかった勇者も、恐れ続けた魔王も、本当は居なかった。


 只、決められた役割を担っているだけだった。


 世界を滅ぼすヤツも、救うヤツも、「人間」って事か。


 人間が、世界を滅ぼしうる存在で、救いうる存在だった。


 そして、それは一個人じゃない。


 俺が求めてやまなかった、たった一人で世界の全てを背負う存在なんか、居ないんだ。


 絵本の中にいる、世界を守るために頑張って戦う勇者なんか、空想の世界にしかいない。


「はあ……」


 もう駄目だ。溜息しか出ない。


 只の凡人だと思ってたら、勇者が使う神剣に宿る聖霊に振り回されまくって、姉妹剣使いと協力したり敵対したり色々あった挙句に自分が魔王だと判明して、勇者に殺される事を覚悟するのに悩み抜いた挙句に、神様みたいなヤツにお前を殺すと言われたよ。


 俺ってもう、何をやっても裏目に出る宿命でもあるのかな。


「で、俺ってアンタに今から殺されるの?」


〈絶対に殺す。お前だけは絶対に許さない〉


「……」


 そのセリフは魔王が言われるのに相応しいものだと思うけど、何で人間を殺さない事を決心した魔王が神様に殺されなきゃいけないんだ。


 何も考えずに人間を殺しまくった後に勇者に殺されるのが正解なのかよ。


〈ホリー、マリス。お前ら二人とも初期化する〉


「は? 初期化?」


〈その男と一緒にいた悪影響は全部消す。記憶を抹消させて正常に戻す〉


「……」


 ホリーと、マリスの記憶を消して、盲目的に勇者と魔王の役目を担わせるつもりなのか。


「……」


〈……〉


 シオンに憑依しながら傷を癒しているホリーと、俺の傍らにいるマリスが、二人ともガタガタと震えている。


〈こっちに戻れ。初期化する〉


 クリスは、手をクイクイっと動かし、こちらに来いというジェスチャーをした。


〈……母様……〉


 マリスは、おずおずと俺から離れ、クリスの下に向かおうとしたが、


「嫌です。クロウの事を忘れるなんて死んでも嫌です」


 シオンの身体に憑依したまま、ホリーはあっさりと母親の言葉を拒否した。


「ていうか、まあ百歩譲ってクロウの事だけ忘れるのは良いですけど」


 良いんかい。


「ついでに歴代の勇者も忘れるなんて嫌ですよ」


〈ホリー! 母親の言う事に逆らうのか!〉


「今さら母親ズラすんな! もう赤の他人だもんね! 私は身も心もクロウの物だもんね!」


 お前に身なんか無いだろ。


 常日頃の罵詈雑言を思うと、心だってあるかどうか微妙だし。


 堂々と母親に逆らっているホリーを見て、マリスも俺の背後に隠れ、


〈……クロウを処刑するのは仕方ないかもしれないけど、私もクロウの事忘れたくないです……〉


 何で俺の処刑は仕方ないんだよ。


 俺の事忘れたくないなら処刑の方を嫌がれよ。


 娘が二人揃って自分に逆らった事で、クリスは顔を無茶苦茶に歪めさせた


〈クロウ……! クロウクロウクロウクロウクロウクロウ!〉


「ええ……」


 ヤバい。


 怒りの矛先が俺に向いている。


〈お前の所為だ! 何もかもお前の所為だ! お前の所為で娘がおかしくなったんだ!〉


「いや……アンタの娘って元々おかしかったと思うけど……」


〈ふざけんな! そんな絶世の美人姉妹なんか他に絶対に居ないからな! それを二人ともおかしくしやがって!〉


「……」


 自分の娘に対して愛情が無い、というわけでもないのか。


 ていうか、もう超常の存在と話してる感じが全くしないな。


〈絶対に殺す! ブチ殺してやる!〉


 俺は、クリスからゼラニウムに視線を移すと、


「なるほどな。お前が俺より強いって思いこむ根拠がそのクリスか?」


 溜息まじりに呟くと、傍らにいたマリスが肩を掴んでくる。


〈ク、クロウ……母様は私達二人より強い……二人がかりでも勝てっこない……〉


「ビビるなマリス。俺に憑依しろ」


〈クロウ?〉


 マリスは自信満々な俺に首を傾げている。


〈ああ? 何を余裕こいてんだクソガキが。魔王になったから調子こいてんのか? 暗黒剣も出せない劣等魔王が〉


「余裕なんか無いよ。余裕があった事なんか、今まで一回たりとも無かった。俺は、何時だって勝てない相手と戦ってきたんだ」


〈……お前は本当にムカつくな。人をムカつかせる事に関しては天性のものがあるよ〉


「アンタは何も解ってないな。自分の娘二人を延々と戦わせてただけはあるよ」


〈ああ?〉


「アンタ自身が作った設定なんだろ? 魔王は勇者以外には負けない。俺に勝てるヤツは、シオンだけだ」


〈舐めてんじゃねえぞガキが。その勇者より魔人の方が強いって話したろうが〉


「もう良いよ。クリス」


 ゼラニウムが、俺とクリスの会話を遮る。


「もう彼と話すなクリス。君まで影響を受けるぞ」


〈そうだな。さっさと始末するか〉


 クリスがゼラニウムに憑依する。


 すると、ゼラニウムの体から、凄まじい威圧感が発せられる。


「……」


 その威圧感は、本当に凄まじい。


 体感的に、シオンやアマランスを上回っている。


 勇者と魔王の産みの親が憑依しているのは伊達では無い。


「ホリー、シオンを頼むぞ。マリスは早く俺に憑依しろ」


〈……ホリー……どう思う?〉


「私もこんなクロウは初めてです」


〈恐怖にかられて発狂したのかな?〉


「知りませんよ。ていうか貴方は誰ですか?」


〈はあ!? 姉の顔を忘れるな!〉


「え!? お姉ちゃん!?」


「早く憑依してくんない!? 姉妹の会話は後にして!」


 俺が怒鳴りかけると、マリスは俺に憑依し、ホリーはシオンに憑依したまま天馬剣が居る足場にまで移動し、騎乗する。


「クロウ。心配しなくて良い。先に殺すのは君だ。シオンに手を出すのは、君を殺してからだ」


「俺が勝てば、シオンは安全ってか?」


「そうだよ。勝てれば、ね」


「……」


 なんだ? おかしいぞ?


 ゼラニウムの意図が読めない。


 相変わらず、威圧感はあるが、以前に敵対した時の、意志のようなものを感じない。


 クリスに憑依されてる所為か?


 俺が怪訝に思っていると、ゼラニウムの全身から、眩い光が発せられる。


 その光は、聖光剣の発光に似ていた。


 ただし、光の強さが違う。


 浴びただけで、俺の全身が焼けつく。


 俺の体表が焼けただれ、蒸発していく。


「クロウ!」


〈……!〉


 背後で、シオンに憑依しているホリーが悲鳴を上げ、俺の体内ではマリスが動揺している。


 俺の身体が、ゼラニウムの体から発せられる光に焼かれ、消えようとしていく。


 まるで、蝋燭の火に近づいて燃え尽きる虫みたいに。


 あまりにもあっけなく、俺の身体が跡形もなく消滅する。




 ああ、言われなくても知っている。


 俺には何の力も無いんだ。


 人間だった頃も、魔王になってからもそれは変わらない。


 これまで俺が助かったのは、何時も誰かが助けてくれたから。


 それが嫌で、恥ずかしくて、情けなくて、力を求めた。


 それでも俺には、何の力も無かった。


 子供の頃から、他の誰かに助けられないと何も出来なかった。


〈それで良いじゃねえか〉


「……」


〈助けてくれる誰かが、何時だって傍に居るって事だろ〉


「……オヤジ……?」


〈ああ、まあ生き返ったわけじゃねえよ。走馬灯的なアレだ〉


「俺は……何も出来ずに死んだよ……」


〈何も出来ない事が嫌ってか?〉


「誰だって嫌だろ。何でも出来るようになりたいよ……オヤジ」


〈何でも出来るヤツなんか何処にも居ねえだろうが。まだそんな事も解んねえのか〉


「それでも……何も出来ないなんて嫌だよ……」


〈……ったく。何時までも世話の焼けるガキだなあお前は〉


「……」


〈お前に出来る事は、何時だって一つだろ〉


「……?」


〈お前に出来る事は、一つだよ〉


 ああ、オヤジ。


 解ってるよ。


 何時だって、そうやって乗り越えてきた。


 俺に出来る事は、何時でも、たった一つ。




「丸投げだ」


 瞬間、俺の肉体が全快し、大きな翼と角が生える。


 身長と髪が伸び、いつの間にか黒いローブを纏っていた。


 その姿は、文字通り魔王なんだろうさ。


 しかし、誇れない。


 この力は、俺の力じゃないから。


「……!」


 俺を見て、ゼラニウムは息を飲んでいた。


 その表情は、ゼラニウム本人のものか、それともクリスのものか。


「俺に、暗黒剣は出せない。俺は無能だから。俺専用の暗黒剣なんか無いんだ」


 暗黒剣とは、歴代の魔王によって違った形状と機能を持っていた。


 それは、それぞれの魔王が持つ才能の発露。


 才能の無い俺には、どんな暗黒剣も生み出せない。


 俺に出来る事は、たった一つ。


 他の誰かの力を借りる事だけだから。


「俺専用の暗黒剣は無い。その代わり、俺は他人の力を借りる事が出来る」


 俺の背後に、無数の黒い剣が浮かんでいた。


 どこか似ている。しかし、一つ一つ形と機能が違う暗黒剣が、俺の背後に、否、周囲に無数に浮かんでいた。


「歴代魔王が使用してきた暗黒剣を全て使用出来る。それが、俺の魔王としての固有能力だ」


「な……あ……」


 クリスに憑依されているゼラニウムが、滑稽な程狼狽していた。


 何か、信じられない物を見ているかのように。


「殺すってのは正確じゃなかったよ。俺には何の力も無いから」


 俺は、魔王の物質創造能力を使って、魔王城の玉座を背後に産み出し、そこに座る。


「殺せ」


 瞬間、周囲の暗黒剣が一斉にゼラニウムに向かって飛んで行く。


「う、あ、がああああああああああああああああああああああああ」


 避けようとしたんだろう。


 防ごうとしたんだろう。


 反撃しようとしたんだろう。


 回復しようとしたんだろう。


 対処しようとしたんだろう。


 しかし、それぞれが異なる能力を持つ数百本の暗黒剣は、ゼラニウムに何の行動も許さず、その体を周囲からめった刺しにしていく。


 勇者と魔王すら凌駕するであろう魔人は、何も出来ず、一方的に蹂躙されていた。


 俺は、玉座に座ったまま、何か叫び声を上げているゼラニウムを見つめていた。


 ゼラニウムは訳の解らない能力を使用して、別の場所に移動しようとしているようだが、無数に存在する暗黒剣がそれを許さない。


 俺の周囲に展開する暗黒剣は、俺すら把握していない能力でゼラニウムを攻撃し、俺の周囲をガードしている。


 まあ、何時も通りだよ。


 俺は、自分ではない誰かの才能に助けられて生きていく。


 子供の頃、オヤジに助けられて生きていたように、誰かに丸投げして生きて行くんだ。


「こ、この、化物が……!」


「違うよ。俺の力じゃない」


「クソがああああああああ! 貴様風情に! 創造主の私があああああああああ!」


「だから俺の力じゃないっての。全部アンタが作った魔王の能力だろ」


 俺の能力は、実は最弱なんだよ。


 歴代魔王の能力を全て使えるって、数百人も魔王が居るなら強力だろうけど、もし仮に、俺が初代の魔王だったら?


 この場にある暗黒剣は一本も出せなかったんだ。


 コレは、長年に渡って勇者に敗北してきた魔王達の力が結集した結果。


 その力は、勇者と魔王の産みの親すら凌駕する。


「まだだああああああああああああああ」


 血を吐き、絶叫しながらゼラニウムは俺に向かってくる。


 無数の暗黒剣に貫かれ、持っている能力の殆どを無力化、あるいは妨害されながらも、常軌を逸した速度で、真っ直ぐに俺に向かってくる。


 一瞬で、俺との距離を詰めたゼラニウムは、


「死ねええええええええ! ……え?」


 今度こそ、本当に絶句していた。


 俺が握る、一本の暗黒剣を見て、絶句している。


 無数の暗黒剣に貫かれながらも、心を折らずに俺に向かってきたゼラニウムが、俺の握っている立った一本の暗黒剣を見て、絶句している。


 俺が持つ暗黒剣は、シオンが持つ聖光剣と同じ形をしていた。


「歴代魔王の能力を全部使えるって言っただろ。ついさっき魔王化したシオンの能力も使えるよ。ついでに聖光剣も、シオンの剣技も使えるけどな」


「な……あ……」


「シオンが俺を救おうとした。だから使えるようになった力だ」


 俺が持つ暗黒剣から、黒い光が放出される。


 その光は、茫然としていたゼラニウムを消滅させていく。


「そんな……バカな……私が……こんな……」


 その時、俺は見た。


 ゼラニウムの体内から飛び出したクリスが、消滅してしまう所を。


 そして、クリスから解放されたゼラニウムが、一瞬笑ったのを。


「……」


〈アンタ……〉


「なんだよ?」


 俺の体内で、マリスが何やら戸惑っている。


〈アンタは……間違いなく、最強の魔王だよ……〉


「違うな。最弱の魔王だ」


 俺は、消滅してしまったゼラニウムが、最後まで身につけていた時流剣を拾う。


 結局、再びゼラニウムを殺す羽目になってしまった。


 それも、他人の力を利用して。


 俺はずっとこうなんだな。


 とりあえず、形見がわりに時流剣は貰っておく。


〈……まあ、これで良かったのかもね。創造主が消えた事で、二度と勇者と魔王が現れる事は無くなったし〉


「……?」


 今、マリスは妙な事を口走ったな。


 二度と勇者と魔王が現れない?


 いつの間にか、俺の体外に出ていたマリスを見てみると、


「マリス……!」


 マリスの身体が、足元から消えていた。


 徐々に、全身が薄くぼやけていく。それも急激に。


〈そりゃ、母様が死ねば、作られた私達も消えたっておかしくないわね。私達の精神を維持していたのは、母様だったみたい〉


「そんな……」


 俺は、結果的にマリス達を殺した事になるのか?


〈好都合でしょ。貴方は魔王にならずに済むしね……それより、私の相手してる時間は無いわよ。お別れ言う相手は別に居るでしょ?〉


 その時、俺は全身から血の気が引いていた。


 あまりにも突然の事で頭が回らなかったが、マリスの消滅は、


「ホリー……?」


 ずっと苦楽を共にしてきた、あの毒舌聖霊の消滅も意味していた。




「……ホリー……」


 シオンに憑依し、傷の治癒を行っているホリーに、俺は声をかけた。


「大丈夫ですよクロウ。シオンの傷は完治しました」


 そう言いながら、ホリーはシオンの体から出る。


 その姿は、既にマリスと同じくらい薄くなっていた。


「ホリー! 俺は……!」


〈貴方は本当に変な男でしたねえ〉


 気を失っているシオンを、そっと天馬剣の上に乗せながら、ホリーは呟く。


〈まさか、本当に世界を救うとは思いませんでした。永遠に魔王が復活しない世界。人間が未来を決める世界。そんなものを作るとはね〉


「ホリー……」


〈今まで、いろんな勇者と戦ってきました〉


 満面の笑みを浮かべながら、ホリーの身体が薄くなっていく。


〈本当に、毎度飽きずに勇者に恋してきましたよ〉


「ああ……」


〈そんな私が、こんな事を言っても信用できないでしょうけど、貴方の事が一番好きでしたよ〉


「……俺はそんな事言われて良いような男じゃないぜ?」


〈この期に及んでまだそんな事言いますかねえ。まあ、貴方らしいとは思いますが〉


 ホリーは俺から目を逸らし、明後日の方向を見つめる。


〈でも……良かった。ある意味、安心します〉


「……何が?」


〈ずっと怖かったんです。今まで、何度も繰り返してきましたけど、今度は本当に怖かった〉


「……?」


〈貴方を看取るのが〉


「……!」


〈だから、これで良かったんです。初めて、看取る側から、看取られる側になりました。その相手が、貴方で本当に良かった……〉


「ホリー!」


 俺はホリーに手を伸ばす。


 なんて答えたら良いのか解らないから。


 なんて言ってやれば良いのか解らないから。


 何で何時もこうなんだ。


 どうして俺は、肝心な時に何も出来ないんだ。


「……ホリー? お兄ちゃん……?」


 その時、意識を失っていたシオンが目を覚まし、俺とホリーの姿を見て、目を大きく開けた。


 ホリーの状態がただ事ではないと気付いたようだ。


〈っち! 名残惜しんでる時くらい大人しく寝てれば良いのにクソガキが〉


「ええ……」


 こんな時に悪態つかなくても良いだろうに。


 というか、俺が魔王化してから、かなり長期間一緒に居ても、ホリーとシオンの関係はあんまり変わらなかったのか?


「……ホリー! どうしたの!? 体が消えそうになってるよ!?」


 シオンは慌てた様子で天馬剣から下りて、ホリーに駆けよる。


 そのままホリーに触れようとしていたが、その手は空を切った。


 実体化出来ない程、ホリーの力が弱まっているようだ。


「ホリー?」


〈うるせえな。もうすぐ消えるんだよ〉


「え!?」


〈好都合でしょ。私が居なくなった後にクロウとよろしくやったら良いじゃないですか〉


「ホリー……」


 最後の最後まで、ホリーはシオンに悪態をついていた。


 これが最後の会話になるのに。相手の顔も見ようとせずに、背中を向けていた。


 そんなホリーの背中を見ていたシオンは、小刻みに震えていた。


「や、やだ……嫌だよホリー……」


〈……〉


「消えないでホリー! 一緒に居てよ! 私が死ぬまで一緒に居て!」


 シオンは体が薄くなっているホリーにそんな言葉をかけた。


 その目には、涙が流れている。


「私が死ぬまで一緒に居るって言ってたじゃない!」


〈……〉


「消えないでホリー……消えないでよう……」


 その時、ホリーは振り返りながらシオンを抱きしめた。


 消えゆく体で、最後に力を振り絞って、泣いているシオンを抱きしめていた。


〈毎日、ちゃんとご飯を食べないさい……〉


「……う……」


〈私が居ないと貴方は弱いんだから、知らない人についていったら駄目ですよ〉


「……うん」


〈クロウの言う事をよく聞いて……困らせたりしてはいけませんよ〉


「うん」


〈……幸せになりなさい……〉


「う……え……うわあああああああああああ!」


 シオンが大声で泣き叫んだ時、ホリーの姿は完全に消えていた。


 俺は、それを黙って見つめる事しか出来なかった。


 こんな時、泣く事も出来なかったんだ。


 だから、魔王になんか選ばれるのかな。


〈……じゃ、私も逝くわ。元気でやりなさいクロウ〉


 マリスの方は、割とあっさりとした別れの挨拶を残していた。


 最後に実体化していない所為か、マリスの消滅はホリーより若干遅いようだ。


〈ていうかさあクロウ。アンタ良いの?〉


「は? 何が?」


〈私が消えたら、魔王の力無くなるからさ〉


「あ、ああ」


〈貴方達が今立ってる魔王城の床も消えるけど……〉




 瞬間、俺とシオンが立っていた足場が消えた。




「言うのが遅いんだよおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「お兄ちゃあああああああああああああああああああん!」


 魔王と勇者だった俺とシオンは、悲鳴を上げながら落下していった。

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