6/第六章 勇者と魔王の対峙

 魔王になってから、何日が経過したのか解らない。


 どれだけの時間過ごしてきたのか、解らない。


 視界が狭まっていく。


 意識が遠のいていく。


 正気を失っていく。


 何時まで経っても、勇者がやってこない。


「……」


 そんなに、俺を殺したくないのかシオン。


 どうして役目を果たそうとしないだホリー。


 手紙を読んでないんですか、カトレア教官。


 アイリス、サフラン、ヒース、プラタナス。


 シネラリア、ジャスミン、アマランス。


 お前ら全員何を考えている?


 早く俺を殺しに来いよ。


 もう、限界だ。


 目が、見えなくなってきたんだよ。


 頭が、おかしくなりそうなんだよ。


 やっぱり、無理だ。


 抑えきれない。


 俺は、俺の心が魔王になる事を抑えきれない。


 お前ら……俺に大量殺戮者になってほしいのか?


 俺が、必死で我慢してるのが解らないのか?


 こんな事を、ずっと続けられると思ってるのか。


「……マリス……」


〈……〉


 ああ、くそ、駄目だ。


 マリスの姿すら見えない。


 俺の視界が、どんどん狭くなっていく。


 マリスも、俺の様子の変化を察しているようだ。


「魔王が……勇者に勝った事は……無いんだな……?」


〈無いわ〉


「そうか……だったら……」


〈たった一度の例外を除いて〉


「……!?」


〈この世界に初めて勇者と魔王が誕生した時、勇者は魔王に敗北した〉


「なんだと……?」


〈私もホリーも、初めてだったから失敗した。負けられない戦いでホリーは負けて。勝ってはいけない戦いで私は勝った〉


「……その後、どうなった?」


〈……勝利した魔王は、人間を全滅寸前にまで追い詰めた。私の器になっていた魔王は、私の制御を離れて暴れ続けた。私では何も出来なかった。今の貴方を、私が止められないように〉


「……」


〈その時は、母様が止めてくれた〉


「母様?」


〈私と、ホリーを作った人。勇者と魔王を作った人。人間が言う所の、神〉


「……自分の娘を殺し合わせる神なんか居るかよ……」


〈いざとなったら、母様は暴走した魔王を止める。だから、そんなに気にしなくても良いわ。貴方は十中八九勇者に負けるし、勇者がワザと負けたとしても、最後には母様が貴方を止める〉


「……人が全滅寸前にまで追い詰められてからな……」


 クソが……!


 俺がこれまでやってきた事は、全て無意味だったのか。


 俺がいくら頑張っても、魔王による殺戮は止められないのか。


 意識が……意識が消えてしまう。


 もう、視界は既にゼロだ。


 眠る寸前のような、感じに、なって、きた。




〈クロウ。聞こえてる?〉


〈もう、どうでも良い事でしょうけど、ゼラニウムが消滅したわ〉


〈単独で王都に攻め込んで、勇者に返り討ちにあった〉


〈今ね、魔王城は王都の上空になるの〉


〈これでも結構、見つからないように色々工夫したんだけどね〉


〈もう見つかったみたい〉


〈貴方の意志を尊重するわ〉


〈一応、私と貴方は一心同体だしね〉


〈これからどうなるのかは解らないけど、後の事は彼女に任せるわ〉


〈ねえ? 聞いてるのクロウ?〉




〈勇者が来たわよ〉




「……!」


 唐突に、俺の目の前に光が射した。


 見える。目が見える。


 目の前に、シオンが居る。


 魔王城の最深部。


 玉座に座っている俺の目の前に、シオンが居る。


 十五歳相当にまで成長し、純白のコートに身を包んだシオンが、聖光剣を携えて、俺の眼前に居る。


「来たか……シオン……いや、勇者よ」


「やっと逢えたわね。兄さん」


「俺は、お前にそう呼ばれる筋合いは無い」


「それを決めるのは誰なの? 兄さん? 違うわ。私が決める」


「随分と、待たせてくれたな?」


「ゴメンね。どうすれば良いのか解らなかったの。解らないまま、悩むだけだったよ」


「悩む必要はないだろ。勇者の仕事は一つだけだ」


「そうよね。始めから、悩む必要なんか何も無かった」


 シオンは、聖光剣を持ったまま、俺に近づいてくる。


 ああ、終わる。


 やっと終わる。


 俺は、やっと苦しみや恐怖から解放されるんだ。


 これで俺は、楽になれる。


 気が付くと、シオンは俺の目の前に居た。


 玉座に座ったまま、微動だにしない俺の目の前に。


 シオンは、右手に持っていた聖光剣を頭上に掲げる。


 これで、やっと終わる。


 俺の役目が全て終わる。




「私は兄さんを殺さない」




 その時、俺は絶句した。


 久しぶりに、絶句した。


「悩む必要なんか何も無かったよ兄さん。私には兄さんを殺せないから」


「バカ言うな! 俺はもう限界だ!」


「知ってる」


「今まで魔物が出てこなかったのは、俺が押さえていたからだ!」


「知ってる」


「もうこれ以上は押さえられないんだ!」


「知ってる」


「俺を殺さないと、他の人間が皆死ぬ!」


 その時、シオンは俺を抱きしめた。


 俺は、シオンの胸に、顔を埋めた。


「ゴメンね。兄さん。ゴメンなさい」


「シオン……!」


「私はね、産まれた時から、嫌な思いしかしなかった。お母さんもお父さんも、私の傍に居てくれなかった。伯父さんも、私を金で買った連中も、私に優しくしてくれなかった」


「……」


「私にとってはね。世界とか、人間とかどうでも良いんだよ。誰が、何処で、何人死んでもどうでも良い。私が勇者をしていたのは、兄さんだけの為だもん」


「……」


「兄さんさえ無事なら、私は世界がどうなっても良いし、自分がどうなっても良い」


「シオン! 俺はお前に想われる資格は無いんだ! 俺を殺して世界を……!」


「それを決めるのは誰なの? 兄さん? 違うわ。私が決める」


「……!」


「私は……兄さんを殺さない」


「俺は……」


「私が兄さんの考えてる事が解らないわけ無いでしょ。いくら魔王みたいに振る舞っても、兄さんは変わらない。私を守って、ホリーを助けて、皆を想う兄さんの心は変わらない」


「……」


「私にとっての勇者は、何時だって兄さんだったよ」


「……そうか……それが……お前の答えか……」


 もう、駄目だ。


 後に勇者と魔王になるシオンと俺が、そうとは知らずに出会った段階で、こうなる事は決まっていたのか。


「もう大丈夫だよ、兄さん。もう兄さんは魔王にならなくて良い」


「え?」


「勇者と魔王の素養は、正反対だけど、同じものなんだよ。だから兄さんは、魔王なのに、勇者にしか見えないホリーが見えた。私にも、兄さんの傍に居る女が見える」


「あ、ああ」


「だから、勇者と魔王の役割は、交代する事が出来るんだよ」


「え?」


 瞬間、俺の頭の中を四六時中襲っていた破壊衝動が消えた。


 何だ? 何が起きた?


 何で衝動が消えたんだ? 俺の魔王化が止まった?


 さらに明るくなった俺の眼前に、シオンが立っている。




 そのシオンの頭から、角が生えていた。




「シオン!」


「私が魔王になって……兄さんが勇者になれば……兄さんは死なない」


「止めろ! 何を考えている!」


 俺がシオンの身体に触れようとした瞬間、爆音と閃光が走った。


 何が起きたのかも確認出来なまま、俺とシオンの距離が開く。


 魔王城が、形を変えていく。


 薄暗い魔王城の壁や天井が消えていく。


 足場を残し、魔王城が消えて行く。


 吹き抜けになった上空に、シオンが居た。


 背中に翼を生やし、頭から角を生やしたシオンが浮いている。


 虚ろな表情で、俺を見下ろすシオンが居る。


「……! どういう事だ! ホリー! マリス!」


〈……シオンが決めた事です〉


〈なるほどねえ。こういう展開は予想外だわ〉


 俺の体内からホリーが。


 シオンの体内からマリスの声が聞こえる。 


 これは、つまり、俺達の体の中に居る聖霊が、入れ替わった?


 俺が勇者で、シオンが魔王になったという事か?


「ホリー! お前なんて事するんだ!」


〈シオンが……決めた事です〉


「何をやったのか解ってるのか! 死ぬのがシオンになっちまったんだぞ!」


〈シオンに貴方が殺せる訳ないでしょ!〉


「……! だから俺にシオンを殺せって言ってんのか!」


〈……〉


 返事をしなくなったホリーに舌打ちしながら、俺はシオンに語りかける。


「マリス! 今すぐシオンから出ろ! 俺の所に戻れ!」


〈そうしたいのは山々だけど、この子凄いわ~。意地でも貴方の所に行かせないっぽいわね〉


「なんだと!?」


〈あと、この子は貴方みたいに破壊衝動抑えられてないわね。勝手にダンジョンが作成されていくわよ〉


「……!」


〈決めるのは貴方よクロウ。世界を救いたいって言うなら、この子を今すぐ殺しなさい。放置すれば、この子は最強の魔王になるわよ〉


〈クロウ。シオンの意志を尊重しなさい。あの子に貴方は絶対に殺せない。だけど、貴方はあの子を殺せる。あの子はそう判断しました〉


「……」


 マリスもホリーも、そしてシオンも好き勝手言いやがる! 


 俺の我慢を、意志を、心を無視して、好き勝手言いやがる!


 気が付くと、俺の手には聖光剣が握られていた。


 シオンが、俺に握られせていたんだろう。


 この剣で、シオンを殺して世界を救えってか?


「う……あが……ああああああああああああああああああ!」


 シオンは獣のような咆哮を上げ、黒い光を周囲に振りまいている。


 その威圧感が、刻一刻と増している。


 よくよく見れば、聖光剣とよく似た黒い剣を握っている。


 アレが暗黒剣か。


「……クソが!」


 シオン、お前は魔王になっても優秀なんだな。


 もう暗黒剣を取り出せるようになったのか。


〈クロウ! 時間がありません! あの子はドンドン強くなりますが、貴方はこれ以上強くなれないんですよ!〉


「だから今すぐ殺せってか! お前は俺を何だと思ってんだ!」


〈世界を救いなさい! それがシオンにとっても救いなんです!〉


「何が救いだ!」


〈貴方がこの世界で生き続ける事だけが、彼女の願いです!〉


「……!」


〈それは、貴方が今まで願っていた事と同じでしょう!〉


 そうだ。


 俺は、自分が殺された後の世界で、シオン達が幸せに生きるべきだと思っていた。


 今まさに、シオンは俺と同じ行為に及んだんだ。


「……」


 他人がやっているのを見て、初めて解る。


 俺は間違っていた。


 人の気持ちを無視した、独りよがりな行為だ。


 自分の命を粗末にして、他人に幸せになれだなんて。


「ああああああああああああああああ!」


 シオンは、周囲に黒い雷撃や火炎をばら撒き、既に消滅しそうになっていた魔王城を破壊していく。


 意地でも俺に攻撃を当てようとしていないようだが、周囲の足場がどんどん無くなっていく。


〈クロウ!〉


「うるせえ! もうお前の言う事なんか聞かねえぞ!」


〈はあ!?〉


「シオンを助ける! お前をシオンの体内に戻して、マリスを俺の体内に戻す!」


〈いやいやいや! それやると状況が元に戻るだけでしょ!〉


「元の状態に戻す! その後の事は知らん! 俺はシオンを救う! 魔王には俺がなる!」


〈ええ……〉


「力を貸せ! ホリー! シオンを助ける力を寄こせ!」


〈……御心のままに!〉


 ホリーが俺の体内に入り、俺の体から爆発的な力が駆け巡る。


 俺は足場を蹴り、シオンとの間合いを詰めた。


 しかし、シオンは黒雷や黒炎を撒きちらしながら、俺と距離を取ろうとする。


〈クロウ! シオンに聖光剣を手渡すんです!〉


「ここからシオンに乗り移れないのか!」


〈今のシオンは私と出会う前の状態と同じです! 一度聖光剣に触れさせないと憑依できません!〉


 まったく、余計な事をしてくれるよな。


 シオンもホリーも、昔から俺の言う事を聞かないんだ。


 出会った時からずっと、俺は二人の尻拭いだ。


 だが、上等だ。 


 それくらい、何度だって出来る!


「もっとだ! もっと力をよこせ!」


〈承知!〉


 さらに身体能力を上げた俺が、シオンを追いすがる。


 しかし、距離が詰められない。


 いくら全力で足場を走り、跳躍しても、シオンはそれを凌駕する速度で浮遊している。


 飛行能力の無い俺では捉えられない。


「……が!」


 しかも、黒雷や黒炎が俺の身体に当たる度に、その部位が容赦なく抉れる。


 えげつない威力の雷や炎だ。


 これで、あの暗黒剣本来の力を食らったら、跡形も無く消えるぞ。


 というか、こんな状態のシオンを俺に殺させるつもりだったのかよ。


「くそ! 近づけねえ!」


「あああああああああああああああああああああ!」


 シオンの咆哮と同時に、衝撃波が俺を襲う。


 俺は足場に聖光剣を突き刺して踏みとどまろうとしたが、間に合わずに吹き飛ばされる。


 そんな能力もあるんかい。


 近づくどころか、距離を離されていく。


「……!」 


 それどころじゃ無かった。


 吹き飛ばされた先に、足場が無い。


 魔王城の残骸である足場が無い場所まで、吹き飛ばされる。


 落ちる!


 そうなったら、シオンに近づくなんて不可能だ。


 しかし、俺は落ちなかった。


 足場では無い何かが、俺を落下の危機から救ってくれた。


「……天馬剣!」


 飛行能力を持つ、天馬剣ラムレイが、俺を乗せて空を舞う。


「頼む! 俺をシオンの所に!」


 天馬剣は、衝撃波に逆らい、真っ直ぐにシオンに向かっていく。


 周囲から、容赦なく黒雷と黒炎が俺を襲うが、それを悉く回避しながら、シオンとの距離を詰めて行く。


「……ははは!」


〈クロウ?〉


「これが勇者と魔王の戦いか!」


〈……ええ?〉


「夢が叶った! やっぱり俺は、滅ぼすヤツより救うヤツになりたいんだ!」


〈クロウ……〉


「シオンを救う! 何度同じ事があっても、俺はシオンを救う方を選ぶ!」


〈御心のままに!〉


 限界まで力を引き出しながら、俺はシオンとの距離を詰めて行く。


 しかし、天馬剣でもよけきれない程の攻撃が俺達を襲う。


 文字通り、目の前が真っ暗になる程の黒雷と、黒炎が、俺達を襲う。


「ラムレイ! このまま行け! 真っ直ぐに突っ込め!」


 天馬剣の名を、俺は初めて呼ぶ。


 それに答えるように、天馬剣がシオンに向かって飛ぶ。


 俺は、聖光剣を振り回して黒雷と黒炎を切りさく。


 しかし、被弾したラムレイの動きが硬直する。


 その天馬剣を足場にして、俺は渾身の跳躍をする。


 常軌を逸した跳躍力を発揮し、俺はシオンに肉薄する。


 しかし、それでも届かない。


 だったら!


「いけええええええええええええええええええええええ!」


 俺は、跳躍力と同じく、常軌を逸するほど強化された投擲力で、聖光剣を投げる。


「ホリー!」


 投擲された聖光剣の軌道を、俺の体内から飛び出したホリーが修正し、シオンの下に送り届ける。


 すると、周囲に黒い光を撒きちらしていたシオンが、唐突に右手をのばし、聖光剣に触れる。


 シオンは、聖光剣に触れた瞬間、生えていた角と羽が消滅してしまった。


 そのまま、ふらりとシオンは落下してしまう。


 俺と、シオンと、そして天馬剣ラムレイが、魔王城の残骸にベチャリと派手な音と立てて落下した。


「……」


〈……ったく。追い出したり連れ戻したり。貴方は私を何だと思ってる訳?〉


 シオンの体内から、俺の体内に戻ったマリスが、呆れ気味にぼやいている。


「シオンはどうなった……」


 俺は、魔王城の残骸の上に寝転がりながら、空を見ていた。


「シオンは……」


〈元に戻ったわよ。ついでに貴方も元通り魔王よ。同じ事の繰り返しね〉


「なら、良いさ……」


〈はあ?〉


「俺は、お前の言う事も聞かない……」


〈……〉


「俺は、魔王の力を使いこなす。自分の意志で使う。人を殺さない魔王になってやる」


〈……やれるものならやってみなさい〉


 俺は、フラフラと立ち上がりながら、周囲を見渡す。


 シオンは既に起き上がり、キョロキョロとしているし、天馬剣ラムレイも無事のようだ。 


 良かった。


 これで、最悪の事態は避けられた。


 俺は、ボロボロになった足場を歩き、シオンに近づいていく。


「お兄ちゃん……」


 俺に対する呼び名が、兄さんからお兄ちゃんに戻ってた。


 まあ、別にどう呼んでも良いけどな。


「シオン。王都に帰るぞ」


「え?」


「俺はお前を殺せないし、お前も俺を殺せない。もうそれで良いよ」


「でも……お兄ちゃん……」


 シオンは、俺の頭から生えている角に、そっと触れる。


 羽は、出し入れ自在なんだけど、角はずっと生えたままなんだよな。


「俺が魔王である事はどうにもならないよ。それでも、お前が代わりに魔王になって死ぬなんて事はさせられない」


「それじゃあ、お兄ちゃんが……!」


「俺は、人を殺さない魔王になるさ。魔王の力を、一生押さえる」


「そんな事……」


「押さえるよ。出ないと、シオンと一緒にいられないからな」


「……お兄ちゃん……!」


 シオンは、俺に抱きつきながら泣きだした。


「約束したからな。一緒に居るって。シオンが一緒に居てほしいと思う間は、ずっと一緒に居るよ」


「うん……うん!」


〈……〉


〈……〉


 俺の胸元で泣いているシオンの背後でホリーと。


 俺の背後に立っているマリスが。


 二人揃ってジトーっとした視線を俺に向けていた。


 なんだよ。


 何でこんな感動的な場面でそんな目をするの?


 二人とも、なんか顔が〈反吐が出そう〉とか言いたげだし。


「……」


 しかし、まだ何も解決していない。


 シオンとホリーは元通り勇者と聖光剣の関係に戻った。コレは良い。


 俺とマリスは相変わらず、魔王と暗黒剣だ。


 マリスが俺の傍に居る限り、ダンジョンと魔物が生成されるリスクはあり続ける。


 俺が、魔王としての能力を完全に掌握しなければ、この大陸の人間が多数死んでしまう。


 シオンの幸せの為に、大勢の人間が死ぬリスクが常に付き纏う。


 この状態で万事解決、とは言い難い。


 何とか、マリスを説得して、魔王の能力を完全に掌握しなければ。


「シオン、とりあえず王都に戻ろう。皆と相談したい事があるし」


「うん。カトレア凄く怒ってたよ?」


 泣きやんだシオンは俺の手を引いて天馬剣の待つ足場に向かう。


「え? 何で教官が?」


「お兄ちゃんから受け取った手紙見てから、お兄ちゃんの事探しまわったみたいなんだけど、見つからなかったから心配してたんだけどね。私がお兄ちゃんが魔王になったって聞いて、プンプン怒ってたよ」


「……いや、それで怒られても困るんだけど」


「お兄ちゃんは乙女心が解ってないよ~。相談しないで勝手に決められたら……」


 機嫌良く話していたシオンは、突然俺から視線を逸らし、


「お兄ちゃん!」


 俺をもの凄い力で突き飛ばした。


「うげ!」


 ホリーに憑依されてる状態じゃないのに、俺はかなりの勢いで吹っ飛んだ。


 え? 何? 何で俺はシオンに突き飛ばされたんだ?


 怪訝に想いながら、俺を突き飛ばしたシオンを見つめると、


「……え?」




 シオンの胸から、片刃の刃が飛び出ていた。




 胸元から、夥しい血を出しながら、シオンは俺を見ている。


 シオンの背後から、誰かが刀を突き刺している。


 そして、シオンが立っていた場所は、さっきまで俺が立っていた場所で、それで……


「シオン!」


 刀が背中から胸まで貫通していたシオンは、


「やっと……守れた……」


 そんな事を言って、前のめりに倒れる。


 その時、俺はシオンの背後に立っていた男の姿を見た。


 いや、見る前から解ってた。


 こんな事をするヤツが、誰かだなんて、最初から解ってたんだ。


「ゼラニウム!」


「順番が逆になってしまったなあ。最初にクロウを殺しておかないと、後で面倒な事になるって言ったのになあ」


 いきなり現れたゼラニウムは、他人事のように呟く。


〈シオン! シオン!〉


 ホリーは倒れているシオンに駆けより、傷口を押さえている。


 あのホリーが、心底動揺して涙すら浮かべていた。


〈バカな……! 跡形もなく消滅した魔人が……どうして復活している……!〉


 俺の傍らに居たマリスは、俺を庇うような体勢でゼラニウムを睨んでいた。


 マリスにも、消滅したゼラニウムがこの場に居る理由が解らないようだ。


 元々、俺は魔人になったゼラニウムが消滅した所は見ていない。


 いや、そもそも、人間だったゼラニウムが、死んで魔人になった所も見ていないんだ。


「ホリー。マリス。君達二人が今回選んだ勇者と魔王は、歴代で最低だった。先代の勇者と魔王の戦いにおいても、本来の役割を忘れ、早急に魔王を消滅させるという事態を招いた結果、人類は危険な程の文明を発達させてしまった。君達は……故障したと判断されたよ」


 ゼラニウムは、何か、訳の解らない事を呟いている。


 何だ? 何を言っている?


 ホリーとマリスの、故障?


 俺が、シオンの重傷に動揺し、動く事が出来ないでいると、ホリーは血まみれのシオンに憑依し、体を無理矢理に動かして俺の傍にかけ寄ってくる。


「ホリー! シオンの体は……!」


「大丈夫です。これくらい、聖光剣の力を全て治癒に回せば数分で完治します」


 数分……


 時流剣を持って、文字通り、目にも止まらない速度で動けるゼラニウムを相手に、全能力を回復に回さなければならない。


 つまり、


「回復に専念しろ。絶対にシオンを守れ」


「はい! もちろんです」


「マリス! 力を貸せ! ゼラニウムを殺す!」


 俺がゼラニウムと戦えば良いだけの事だ。


 今の俺が勝てないのはシオンのみ。


 何も問題は無い。


〈……〉


 しかし、肝心のマリスが何も言わない。


「マリス! どうした! 今は力を貸してくれ! ゼラニウムは魔王にとっても……」


〈……貴方……まさか……〉


 マリスは、何故か見た事が無い程顔を真っ青にして、ゼラニウムを見つめている。


「そうだよマリス。君達は、不合格になった。二人揃って、記憶を全消去して初期化する」


「ああ!? さっきから何言ってやがるゼラニウム!」


「……ううん。そう言うなよクロウ。半分は僕じゃないんだから……」


「……?」


 半分は、僕じゃない?


 その時、ゼラニウムの体から、何かが飛び出した。


「……!」 


 俺は、その光景を、良く知っている。


 誰よりも、良く知っているんだ。


 シオンに憑依したホリーが、体から飛び出す時。


 俺に憑依したマリスやホリーが、体から飛び出す時。


 飽きる程見知った、聖霊が、生身の肉体から飛び出す瞬間。


 つまり、何かがゼラニウムに憑依し、今まさにそれが体外に出たという事。


 ホリー、マリスに続く、三人目の聖霊が。


〈……母様〉


 マリスの発言で、俺はその聖霊の正体を知る。


 それは、ホリーとマリスという、姉妹の母親。


 聖光剣と暗黒剣に宿る、聖霊の母親。


 全ての神剣の産みの親にして、勇者と魔王という存在を産み出した者。


 俺のような人間からしたら、そうとしか思えない存在。




 「勇者」と「魔王」という存在が、争う「世界」の創造主。


 「神」が、俺の目の前に現れたんだ……!

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