6/第五章 ポンコツ魔王の憂鬱

 俺の人生って何回起きるんだよ!


 想定外の事態が!


 魔王になってから早十日。


 シオンは全然魔王城に攻め込む様子が見られない。


 魔王城では何も起きない。


 俺は魔王としての役目を果たす気が皆無だから何もやる事がない。


 ただひたすら勇者が攻めてくるのを待つだけ。


 死刑宣告を受けてから、死刑執行の日を待つような境遇になったわけだが、何時になったら刑が執行されるのか解らないから、正直気が狂いそうだった。


 殺すなら早く殺してくれ! とも言えず、ただただ豪華なベッドでダラダラするか、玉座の間でダラダラするか。


 どうせ魔王みたいに悪い王様になるんなら、人間共を蹂躙して酒池肉林を楽しみたいけど、そんな事をする訳にはいかないし……いや、良いのか?


 魔王になってから完全に飲まず食わずなんだが、腹は全く減らないし喉も乾かない。


 マリスが言うには、


〈何年食べなくても飢えないし、いくらでも食べ続ける事だって出来るわよ〉


 という事だから、マジで酒池肉林くらいしても構わない気がしてきた。


 まあ、女関連はマリスが許してくれないっぽいし、シオンやホリーにバレた時に、一思いに殺されなくなる可能性があるから無理だろうけど。


 やる事と言ったら、マリスが作ったボードゲームや、訳の解らない技術で作られた対戦ゲームで遊ぶ事だけだったし。


 マリスはマリスで、俺から魔王としての方針を聞こうともしないで遊ぶ事しか考えなくなったきたし。


 その影響なのか、俺の頭を四六時中襲い続けてきた破壊衝動が薄れてきている。


 というか、全然殺戮とか破壊とかしたくないんですけど。


 今の俺、魔王として最低なんじゃないの?


 もうこれ、別にシオンに殺されなくても良いんじゃないの?


 と思いたいところだが、マリスが俺に騙されている事に気づけば、彼女は独断で魔王の能力を扱う筈だし、俺の正気だって何時失うか解らない。


 このまま何事も無く過ごせるとはとても思えないんだよな。




「……クロウ、マリス。君達、魔王城の中で遊んでばかりだけど、何時になったら人類に攻撃を仕掛けるんだい?」


 我らが魔王軍の最大戦力であり、唯一真面目に人間を皆殺しにしようとしているゼラニウム君が、対戦ゲーム中だった俺とマリスに苦言を呈してきた。


「クロウ。勇者にやられた傷はもう回復したんだろ? そろそろ今後の方針について相談したいな」


「ああ……」


「マリス。君のやる気が日に日に無くなっているように見えるのは気の所為かい?」


〈ああ、もう何時でも良いんじゃないの~? 人類に攻撃するのなんか〉


「は?」


 対戦ゲームの手を止めないマリスに、ゼラニウムは絶句していた。


〈人間なんか殺さなくても死ぬじゃん、寿命で。何でわざわざこの私が必死こいてプチプチ殺して回る必要があるわけ?〉


「……」


 全くの正論だと、少なくとも俺は思うが、魔王に宿る聖霊の言葉としては、色々な意味でヤバい発言だった。


〈大体さあ、もういい加減飽きてきたんだよねえ。何で最後には負けるって解ってる事を半永久的に繰り返す必要があんのかなあ。クロウと遊んでて気付いたけど、勝敗が決まってるゲームって、勝ち確定も負け確定もやる意味無くない~。少なくとも、命かけてまでやる必要のある事なんか何もなくない~? 私は死なないけどさあ。クロウが死ぬと私的に遊び相手が居なくなって困るんだよね〉


「……」


 ゼラニウムは、顎が外れそうになるくらいに大口を開けていた。


 とうか、魔王をやるのが飽きたって、ホリーみたいな事を言いだしたな。


〈なんか間引かないといずれ滅びるとか言われてもさあ。だから何って気分になってきたなあ。ほっとくと滅びちゃう生命を守る為に間引くって……なんか本末転倒な気がしてきたよ〉


「え?」


 魔王の真の目的を把握していないゼラニウムは、一瞬キョトンとした。


「ゼラニウム。お前の言う通り、俺の傷は完治した。これから俺の作戦を話すから、マリスと一緒に聞け」


 慌てて口から出まかせを言った俺を見て、ゼラニウムは即座に笑みを浮かべた。


「やっと君の作戦が聞けるのか……僕の五百年を費やした計画を破綻させた君の作戦を……一体どれほど悪魔じみた内容なんだろうね」


「ふん。あんまり期待されても困るけどな」


 ヤバいぜ。


 何も考えて無かったし。


「……」


 よし、思いついたぞ。


 今の俺って一瞬で言い訳を思いつくようになったようだ。


 魔王化した時の能力が、デタラメを一瞬で思いつく、という微妙すぎるものなのは悲しいが。


 俺は魔王城の玉座に踏ん反り、偉そうに足を組んで見せた。


 マリスとゼラニウムは、食い入るように俺の発言を待っている。


「結論から言うと、勇者が居る限り、魔王が目的を果たす事は不可能だ。そして、魔王側に勇者を打倒する手段は無い。端的に言うと、勝利は不可能だ」


「……! まさか諦めるととでも……!」


「勝利する事は不可能だが、無力化する事は可能だ。それを証明したのは、ゼラニウム。お前の筈だが?」


「え? い、いや、しかし、アレは勇者の力が半減していたから成功したんであって……」


「同じ手を使うとは言ってない。俺の目的は勇者の隔離。そして、姉妹剣使い達の分断と各個撃破だ」


 何故かゼラニウムは、俺の言葉に一々驚いている。


「良いか。勇者はいずれ、魔王城に攻め込んでくるだろう。ホリーには、ダンジョン内のルートを把握する能力がある。どれだけ魔王城の内部を複雑にしようが、最短ルートで玉座の間に辿りつく事が出来る筈だ。そのホリーの能力を逆手に取る」


〈?〉


「つまり、勇者が魔王城に侵入した瞬間から、魔王城の内部構造を変化させ続けるんだ。永遠に玉座の間に辿りつけないように」


〈汚! めっちゃ卑怯じゃん! ていうか只のムリゲーじゃん! クソゲーじゃん!〉


 マリスは意味の解らない事を叫んでいるが、ゼラニウムの方は、


「……すごい……。通りで僕が敗北した訳だ……ゴール出来ないダンジョンを用意して、永遠に閉じ込めようだなんて、人間の発想じゃない」


 なんて事を言いながら感心している。


 いや、別にそこまで斬新なアイデアじゃないと思うけどな。


 どうせシオンが聖光剣を振り回せば、ダンジョンは破壊されるし。


 端から破綻している作戦だ。


「勇者がダンジョン内でウロウロしている間に、僕が姉妹剣使い達を始末し、マリスがダンジョンを作成して魔物を繁殖させるわけだね? そうすれば、勇者以外の人間は全滅。勇者自身も、いずれ飢え死にするし、仮に脱出できたとしても、人類滅亡後の世界で子孫も残せずに寿命を迎える……世界の終わりだ!」


 ゼラニウムは、何やら感激している。


「さすがだクロウ! 僕は君を疑い始めていたんだが、ここまでの人でなしとは思わなかった。相手の尊厳や努力を踏みにじる最低の作戦だ! 素晴らしいよ」


 うるせえな。


 そんな作戦、実行する気も成功させる気もねえよ。


 というか、シオンが攻めてきたら真っ先に魔王の権限でお前を投入するからな。


 返り討ちにあって消滅してもらおう。




 ああ、しかし、やっぱり駄目っぽいな。


 時々思い出したかのように破壊衝動が俺を襲う。


 必死に抑え込むのが、気を抜くと人を殺したくなる。


 俺は、産まれた時から弱者だった。


 俺の周りにいるヤツは、例外無く俺より強かった。


 だから、俺の命は常に周りの連中に握られていた訳だ。


 これまで生き残れたのも、俺より強い連中が、俺に対して友好的だったからだ。


 シオンが、ホリーが、カトレア教官達が、俺を守ってくれたからだ。


 俺はそれに感謝すべきだった。


 仲間に恵まれた幸運を、感謝すべきだと今でも思う。


 それでも、俺にあるのは悔しさだけだったんだ。


 俺は、他人に命運を握られる事が死ぬほど嫌いなんだ。


 自分の身は自分で守りたいし、気に食わないヤツは皆殺しにしてやりたい。


 別に、誰かれ構わず殺しまくる殺戮に興味は無いが、俺に対して敵対的な行為に及ぶヤツは、たっぷりと苦しめて、恐怖に慄いた顔を眺めながらなぶるり殺しにしてやりたい。


 人間なら、誰だってそう思うだろうさ。


 


勝利の美酒ってヤツは、人間にとって最も旨い快楽だから。




 俺だって、自分の力とか才能だけで勝利したかったんだ。


 仲間に指示を飛ばして、連携して、ちょっとだけ貢献して、一緒に難関を乗り越えるんじゃなくて、俺自身の力で全てを解決したいんだ。


 俺は、自分の力を誇示して、周りからチヤホヤされたいんだ。


 気が狂いそうになるくらい、周囲の人間から恐れられたんだ。


 勇者に憧れたのだって、そんな動機だ。


 しかし、マリスの言う通りだったな。


 そんな事考えるヤツは、勇者じゃなくて魔王だよ。


 自分の力に溺れて、好き勝手に行動して、最後には勇者に殺される魔王。


 俺にはそんな役回りがお似合いだったんだ。




「なあ、ゼラニウム」


 俺も、ゼラニウムも、遅かれ速かれ死ぬだろう。


 最終的にゼラニウムには死んでもらう事になるけど、話す機会が今しかないと思えば、聞きたい事もある。


「お前さ、知り合いが全員死んでるだろ?」


「そりゃ、五百年も生きてればね」


 玉座の間で、新たな対戦ゲームの制作に熱中し、その創作行為に魔王としての能力をフル活用しているマリスは、無言で妙な機械を産み出し、銀色の円盤みたいな物に光を当てていた。


 ていうか、コイツもう完全に目的を見失ってないか……


 そんなマリスを横目に、ゼラニウムとチェスで対局していた俺は、


「よく一人で生きてこれたな? 知り合いが新しく出来ても、皆が先に死んで行くんだろ?」


「まあ、そうなるけど、別に他人と死別する事にショックは無かったよ? 堪えたのは、先代勇者が死んだ時に看取れなかった事と、彼の孫が暴君だった事かな。アレは本当に効いたよ。姉妹剣探しの度に出た事を後悔したくらい」


「……別に、友達の孫がバカになっても、お前には関係無いと思うけどな」


 駒を動かしながら、雑談をしてみる。


 これでコイツの心理面まで変われば、俺達魔王軍は本当の意味でポンコツ集団になるんだけどな。


 もしそうなったら、三人で生き残る可能性だってある。


 まあ、無理だろうけど。


「僕は只、人間には生きている理由があると思いたかっただけなんだ。いずれ死ぬから無意味だ。生きる事に意味なんか無い、なんて思いたくなかった。だってさ、人間には寿命があるし、どんなヤツだって何時かは死ぬだろ? どんなに仲が良い恋人や友達が出来ても、必ず別れる時は来る。永遠に一緒にいられる関係は無いんだ」


「永遠じゃないと無意味か? 皆が不老になって、半永久的に仲良しこよしってのがお前の理想なのか」


「そうは言っていない。人間は、いずれ死ぬ代わりに子供を残せるだろ? 自分の血を半分引いた子供が。その子供もいずれ子供を産むんだから、命は永遠と受け継がれていく」


 まあ、結婚出来ないヤツとか、一定数居ますけどねえ。と俺は思ったが、水を差すまい。


「自分の子孫こそ、自分の生きた証だ。そして、世界を救った高潔な魂の持ち主も、生まれつき大きな権力を持てば、腐敗し、腐りきった一族になる。あんな連中が、勇者の生きた証だなんて思いたくなかった。僕は目を逸らした。逸らした先にも、救いようの無い被害者と加害者が居た。そんな連中全員が、僕が先代勇者と一緒に戦いぬいてきた証だった」


「……やっぱり、お前は先代勇者と一緒に、年取りながら余生を過ごせば良かったんだな。さっきお前も言ってたけど、勇者の傍にいて、勇者と同時期に死んでた方が幸せだったんじゃないのか?」


「だろうね。まあ、僕が五百年生きたのも、全くの無駄では無かった。無意味な出会いと別れを何度も繰り返したけど、思わぬ形で勇者と魔王に再び出会えたんだ。しかも、君のようなヤツとね」


「俺に出会う事は、大したメリットじゃないと思うけどなあ」


 というか、野郎相手に「君に出会えて良かった」とか思われても気持ち悪いし。


「そう言えば、お前って恋人とか居なかったの? 居ても先に死なれて辛いだろうけど」


「居ないよ。僕、童貞だし」


「……!」


 年齢五百歳超の、童貞!


 衝撃的な事実を知ってしまった。


 まあ、俺も人の事は全く言えないんだが、コイツみたいな美形野郎が何故?


「僕さ、女に興味無いんだ」


「……え!」


 あれ? コイツまさかソッチ系?


「言っとくけど、女嫌いだからって同性が好きな訳じゃないからね。もし仮にそうだとしたら、男の恋人が居た筈だろ」


「あ、ああ。そうだな」


 いや、知らんけど。そういう方面の話は。


「僕、昔から性欲が無いんだ」


 う~わ~。聞きたくねえそんな情報。


「皆が僕みたいなヤツなら、ほっといても滅亡したんだろうけどね」


「あ、ああ……」


「ところで、君の方はどうなの? 勇者とか、結構可愛かったけど、手は出してたの?」


「出すか! バカ言うな! アイツはまだ十二歳だぞ!」


「もう手を出しても良い年頃だろ」


「手を出して良い年頃じゃねえよ! 性欲無いのに何言ってんだ!」


「いや、あの年頃の女しか興味無いヤツって結構多いから、君もそうなのかって。じゃあ、君は何歳くらいからが良いのさ」


「そ、そんな事、今はどうでも良いだろ……」


「ふうん。じゃあ、他の姉妹剣使いにも手は出してなかったの? 年齢も体形もバラバラでよりどりみどり状態だったのに」


「……いや、真面目に話すと、あの連中はちょっと俺には荷が重いというか……。まして複数に手を出すのは無謀を通り越した愚か者の選択だと思うんだが……」


「あっそう。君も僕と同類だったわけだ」


「同類じゃありません! 俺には人並みに性的な興味があります!」


 ていうか、俺達は一体何の話をしているんだ。


 死ぬ間際に、こんな話をする羽目になるとはな。


 それも、五百年以上生きてるジジイとだ。


「……」


 しかし、俺は急に物悲しくなってきた。


 ゼラニウム。


 コイツは俺が出会った中で、最悪の人間だ。


 コイツより悪い人間は居ないと断言出来るし、コイツの所為でシオンは酷い目にあったし、俺達全員が皆殺しにされる寸前まで追い詰められた。


 それに、今でも本気で人類を皆殺しにしているイカレ野郎だ。


 救いようの無いクズで、死んで当然の悪人だ。


 それでも、俺はコイツと話している間に、情が湧いてきた。 


 今まで、敵対していたヤツを味方にし続けてきた。


 全ての人間と解り合える筈だ、なんて綺麗事は考えていない。


 それでもだ。


 話してしまうと、情が湧いてしまう。


 だってさ、話せるんだぜ?


 殺し合う必要なんか無いじゃないか。


 話していると、相手の知らない一面が見える。


 新たな発見がある。


 良い所も悪い所も、面白い所もつまらない所も解る。


 何で、こんな俺と普通に会話出来るヤツが、人類の抹殺なんかしようとするんだ。


 いや、魔王の俺が考える事じゃないけど。


「……なあ、ゼラニウム……お前さ」


 俺が、何か言葉をかけようとした時、


「僕は人間を皆殺しにするよ」


 ゼラニウムは、俺を手で制した。


「君と一緒に、世界を終わらせる。その為に今、僕はここにいる」


「……」


 瞬間、俺の心は急速に冷めていった。


「そうか。じゃあお前、絶対に俺を裏切るんだな?」


「僕は、魔人になったとは言っても、魔王の君よりは弱いだろう。裏切る事は出来ないさ」


 その言葉を聞いて、俺の心は更に冷めていく。


「ゼラニウム。一つ忠告がある」


「なんだい?」


「お前は、自分が俺より強いと思っている。いざとなったら、俺を殺してお前自身が魔王になろうとしている」


「そんな訳が……」


「俺には解っている」


 今度は、俺がゼラニウムの言葉を手で制した。


「何を根拠にお前がそう思っているのかは知らないが、お前は俺に、何時でも勝てる、始末出来ると考えている。だから俺のやり方に口を挟まないんだ」


「……」


 ゼラニウムは、否定も肯定もしなかった。


 相変わらず、不器用な男だな。


 口だけで否定しておけば良いのに。


「だから、忠告しておく。お前は俺の忠告を必ず無視するだろうけどな」


「……」


「俺と敵対すれば、お前は死ぬ。絶対に助からない」


「……」


「コレは脅しじゃない。お前が俺に勝てると思っている根拠は、勘違いだ。断言してやるが、お前は俺には勝てない」


「……」


「俺に勝てるのは、シオンだけだ。シオン以外じゃ、俺には勝てない。だから俺と敵対するな」


「……」 


 ゼラニウムは、何も答えなかった。


 本当にコイツは、不器用な男だな。

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