6/第四章 ポンコツ魔王一行
魔王になった俺と、魔人になったゼラニウムが、向かいあっていた。
時流剣が無くなったと聞いた時から、コイツが生きている可能性は考慮していたが、まさかこんな形で復活していたとは。
「……」
ゼラニウムは、肌が浅黒く変色し、髪が真っ白になっていたが、相も変わらず道化師の服装のままだった。
しかも、時流剣まで持ってやがる。
「マリス。何でコイツが魔人になった」
〈貴方が殺したからでしょ?〉
「直接手を下したわけじゃない」
〈当の本人が貴方に殺されたと認識してるんだから、どうでも良いでしょ〉
良かねえよ! と言いかけて、俺は口を閉じた。
最悪の事態だ。
これは、想定出来る中でも最悪の事態だ。
コイツは、生身で五百年生き続け、人類を皆殺しにしようとした生粋の異常者だ。
残留思念の具現化なんか、絶対にさせてはいけない死者だ。
十中八九、常識外れの魔人になる。
まあ、元々魔人なんかに常識は通じないだろうけど。
断じて、俺が扱える存在じゃない。
「……」
マリスは気付いていないだろうが、コイツは魔王として考えても、不都合な存在だ。
魔王はあくまで人間の数を減らす事を目的にしているのであって、皆殺しにしようとはしてない。
しかし、ゼラニウムは違う。
本気で、最後の一人まで人間を殲滅しようとしているんだ。
コイツが魔王の本当の目的や、俺が早期にシオンに殺されようとしていると気付いたら、全てが終わってしまうぞ。
「はあ……」
というか、何で俺って魔王になったのに、相変わらず周囲の人間に振り回されてるの?
全然生活が変わってないような気がする。
「どうしたんだいクロウ。全ての姉妹剣使いを仲間にした君が、最後に僕を味方にするなんて、ごくごく普通の展開じゃないか」
「普通じゃねえよ。お前以外全部敵に回ったんだぞ」
「……ほう! どうやら君も生前と殆ど変っていないようだ! つくづく君と僕には縁がある! 君とはもう少し話してみたいと思っていたんだが、それが叶いそうで嬉しいよ」
「生前って……俺は死んでない」
「魔王になった君は、人間としては死んでいると思うけどねえ。人類を全て敵に回す、なんて行為、人間には出来ないだろう?」
「……」
ゼラニウムは、心底うれしそうにしている。
人類を殲滅しようとしていたコイツからすれば、魔王の配下になる事は夢見心地なのかもしれないが。
「お前、絶対に後で俺を裏切るだろ」
「まさか。僕が親友を裏切るような男に見えるのかい?」
「誰が親友だ!」
「僕にとって、魔王は常に崇拝の対象だったんだよ? その魔王に人類諸共殺される事を目標にして生きてきた僕が、まさか死後も魔王に使える事が出来るなんて、まさに妨害の喜びだよ」
「……お前は俺の事が嫌いだろ」
「……」
その時、ゼラニウムは否定も肯定もしなかった。
嘘をついて、そんな事はない、とでも言えばいいものを。
コイツはそういう事は出来ない。
ある意味、純粋過ぎたから狂ったんだ。
「お前と俺は絶対に合わねえよ。多分、何もかも間逆だと思う。今までいろんなヤツを見てきたけど、お前ほど合わないと思った相手は居ないよ」
「ははは。正直だねクロウ。なら僕も正直になろう。僕だって君とは合わないと思っていたよ? 君の生き方は全く理解出来ないものだったからね。どう考えても、他人に全てを委ねて、自分の運命を任せるヤツの事は理解出来ない。本来、自分の運命は自分で決めようとするものだ。出来る出来ないは別にしてね」
〈……ふうん……〉
俺とゼラニウムの会話を黙って聞いていたマリスは、興味深そうに頷いた。
〈今回の人類抹殺計画は予定外の事ばっかりねえ? こんな魔王と魔人、初めて見たわ。魔王も魔人も言語能力なんか残ってないヤツばかりだったのに。貴方達二人とも、かなり変わった存在だわ〉
ホリーみたいな事をいうマリスを見て、俺は溜息を吐く。
今回の勇者と魔王の戦いが、かなり奇妙な展開になった原因の全ては、ゼラニウムだ。
コイツが全ての元凶と言って良い。
俺の誕生すらコイツの手の平の上だったんだから。
「……ゼラニウム……」
「何だいクロウ?」
コイツには、聞きたい事が山ほどあるんだ。
会いたくも無かったが、会ったからには全てを聞いてやる。
だから、
「チェス……出来るんだろ?」
「え?」
「相手しろ。マリス、チェス盤と駒、あとテーブルと椅子を出してくれ。作れるんだろ?」
首を傾げながら、俺の要求に答えてくれるマリスは、眼前にチェスの対局の必要なものを用意してくれた。
ゼラニウムはしばらくキョトンとしていたが、
「仰せのままに。我が主よ」
恭しく、会釈しやがったよ。
「アマランスに聞いたんだけど、お前って姉妹剣使いの牧場を作ってたんだろ?」
「うん。神剣に対する適合率の高い男女を集めて、かけ合わせてた」
俺とゼラニウムは、チェスで対局しながら話し込んでいた。
ちなみに、チェスの実力は俺の方が圧倒的に上だった。
コイツ、ホリー程の実力も無い。
ホリーに勝てる俺の敵じゃなかった。
「俺もその施設で育った子供って聞いたんだが?」
「え? 嘘だろう?」
「覚えてないのか?」
「うん。だって適合率の低い子供は皆処分してたからね。高い子は残してたけど」
「……クズ野郎が……」
「ふふふ。しかし僕の記憶に無い子供なんだとしたら、君は適合率の低い子供だったんだろうねえ。それが後に魔王になるとは、何とも感慨深い」
「俺が産まれたのは、お前が意図した事じゃなかったのか」
「君の誕生は、君自身の運命だ。アマランスが誕生した事も、アマランス自身の運命だったようにね。だって、両親の才能を引き継ぐかどうかは、完全にランダムだったしね。結果的にアマランスのような天才を生み出せた事で、僕の目的は果たされたけど、意図的に姉妹剣使いを産み出す事は不可能に近かった」
「人の命を玩具にするなって話だろ。その施設はどうなった?」
「アマランスが産まれた後、全員解放したけど?」
「……そうかよ……」
「しかし、君は強いねえ。まるで歯が立たない。どうりで僕は負けてしまった訳だ」
ゼラニウムは、チェス盤を見ながら、勝敗が決まったと言いたいのか、盤上の駒を崩して見せる。
「ホリーとやった事あるんだろ? その割には大した事無いな」
「無茶言うなよ。僕は只の人間だよ? 頭脳戦で聖霊とか魔王に勝てる訳ないだろ」
「お前が只の人間だ、なんて発言は同意しかねるよ」
「ふふふ。ところで、君もホリーと対局した事あるみたいだけど、勝敗は?」
「負けっぱなしだったけどな。最近は負け無しだったよ」
「……」
ゼラニウムは、眉間に皺を寄せて俺を見つめた。
何で俺が魔王だと判明した時異常に驚いてんだよ。
驚くタイミングがおかしいだろ。
「ホリーは負けると駄々こねて、チェス盤をひっくり返すんだ」
「……へえ……」
「そのくせ、手加減しても怒るからな。俺はどうしたって怒られたよ」
「……仲良かったんだね?」
「どうだか。今回の勇者が男じゃなかったからな。俺が代用だったんだろ」
「……君さあ、まさかとは思うけど、ワザと勇者に負けて人間を守ろうとしてない?」
「そう見えるか?」
「……」
俺の質問に、ゼラニウムは答えない。
まあ、実際ワザと負けようとしまますけどね。
現実問題、全力で勝ちに行っても負けるのが確定している、というのが魔王と勇者の力関係だし。
無駄な努力はしたくないんだよ。
しかし、その為にはこのゼラニウムとマリスが邪魔だ。
コイツらを騙して、シオンとホリーが俺を殺しに来るまでの時間を稼がなくては。
幸い、ホリーは一度、この魔王城にまで来ている。
今の魔王城は空中を浮遊し、常に移動し続けているらしいが、この場所にシオンを誘導する事は可能だろう。
本来なら、今すぐ勇者がこの場に現れてもおかしくないはずだが、問題はシオンとホリーの心理面だ。
理由は全く理解出来ないが、あの二人の俺に対する好感度はマックスだ。
その原因の一端が、今目の前にいるゼラニウムが招いた絶体絶命のピンチだ、という事を考えると腹が立つが、とにかくあの二人の窮地を、俺が無い知恵絞って救い続けてきた事が、今まさに裏目に出ているわけだ。
だが、いずれ必ずあの二人は私情を捨てて俺を殺しに来る。
なら、俺はその瞬間が来るまでの間、人間を殺さないようにしなければならないんだ。
マリスと、ゼラニウムを騙してな。
「……」
未だ推測の域を出ていないが、魔王の能力は、全てマリスが使用している事になる。
という事は、マリスを完全に騙して、魔王の能力を人間の殺害に使用させないようにしなければならない。
早急に始めなければならない課題、それは、今現在建設されているダンジョンを全て消滅させ、魔物の増殖を止めさせる事だ。
それを、マリスを納得させる為の材料を考えてみる。
「……」
思いついた。
さっそく試してみよう。
「マリス。確認したい事があるが、魔王が復活する前に、この大陸のあちこちでダンジョンが発生したな? アレはお前の仕業か?」
俺はゼラニウムとの対局を続けながら、傍らを漂っていたマリスに声をかける。
〈それがどうかした? 貴方の身体が部分的に魔王化してたから、あらかじめダンジョンを作っておいたのよ。あんまり強力なヤツは作れなかったし、数も少ないけどね〉
「という事は、今からは強力な魔物が徘徊しているダンジョンを大量に作れるってわけか?」
〈そうよ。さっそくダンジョンの制作に取り掛かろうと思うけど、まずは貴方の身体が完治してからね〉
ヤバい状況だぜ。
シオン達が魔物ごときに遅れを取るとは思えないが、一般市民からは多数の被害が出るだろう。
いや、魔王的にはそれで良いんだけどね。俺はそれを邪魔しないとな。
「まったく余計な事をしてくれたな。お前がダンジョンを無計画に作り続けた所為で、状況は悪化しているんだ」
〈はあ? どういう意味よ?〉
「だから、ダンジョンを作るという行為は、裏目に出るから止めておけって話だよ。今からダンジョンを作るのは止めろ。既に完成しているダンジョンも消せ」
その時、俺とチェスで対局していたゼラニウムと、マリスが二人揃って俺を睨んだ。
二人とも、疑っているのだ。
俺が正気を保っている所為で、人間を守ろうとしていると。
ヤバいなあ。何で俺って魔王様になっても他人に気を使わなきゃいけないんだよ。
「ふん。説明しないと解らないのかマリス。だからお前は勇者に勝てないんだよ」
〈私が勝てないのはホリーとの相性上仕方ない事なのよ!〉
「それでも、全敗はおかしい。前回に至っては、魔王復活の直後に負けた所為で、人間の数を殆ど減らせなかったらしいな? それはお前の戦略ミスが原因なんだよ」
〈……!〉
マリスは頭に血が上っているのか、怒気を孕んだ様子で俺を睨む。
ゼラニウムは、対局の手を止めて、俺を観察していた。
さて、俺はこの二人を騙せるんだろうか?
「言われなければ解らないなら説明してやるよ。ついでにマリス、チェス盤をもう一つ容易しろ。お前も俺の相手になれ」
「……クロウ。君、二面打ちするつもりかい?」
「お前一人じゃ退屈なんだよ。二人同時に相手にしてやるよ」
俺は、二人を挑発しながら会話する。
さあ怒れ。冷静さを失え。言葉の真意を見失え。
マリスはプンプンと怒りながら、自らの能力で作りだしたチェス盤を使って俺と対局を始めた。
その表情からは、俺に対する怒りと共に、自分が人間に負ける筈がないという自信がアリアリと出ていた。
〈……〉
しかし、俺の予想通りマリスの実力はホリーと同程度だったから、俺の相手にならなかった。
彼女達の打つ手は的確で正確無比、しかも即断即決だったが、俺の気まぐれで変則的な手に翻弄されやすいようだ。
殆ど長考する事無く対局した結果、マリスは詰んでしまった。
〈……〉
マリスはチェス盤を睨んだまま固まってしまう。
ホリーみたいにチェス盤をひっくり返さない所を見ると、割と大人だな。
俺は自分の手で駒を並べ直しながら、マリスとゼラニウムを見つめる。
「さて、まずダンジョンを作り、魔物を繁殖させてはいけない理由を説明しよう。第一の理由は、冥府剣だ」
「シネラリアかい?」
「ああ。アイツが持ってる冥府剣は、倒した魔物を配下に加える事が出来る。その能力を使って、強力な魔物を大量に配下に加えられると、勇者一行の戦力が増していくぞ」
〈ふん。冥府剣が卷族に出来る数なんか、たかが知れてるし、魔物なんか何体卷族にしたって魔王や魔人の脅威には……〉
「マリス。何時俺が魔物を敵に回す事を脅威に思っていると言った? 俺は、人間の数を減らす上で、魔物を無計画に増やすのは不味いと説明してるんだ」
〈……?〉
「良いか? 魔物同士の力には個体差がある。強力な魔物を多数敵に回した場合、並の魔物では敵に回った魔物を倒せなくなる。仮にシネラリアが卷族化した魔物を、町や村のように、人間が住んでいる場所の防衛に使用した場合、俺達の支配下にある魔物は全て返り討ちにあってしまう。数の上で勝っているという、魔王にとっての唯一のアドバンテージを失うんだぞ?」
〈……〉
「相手の支配下にある魔物を凌駕する魔物を用意すれば、状況は更に悪化するだろうな。強力な魔物を次々に奪われる事になるから」
まあ、そうだとしても魔物に襲われて死んでしまう一般市民の数は膨大なものだろうけどな。
しかし、マリスは俺の話を食い入るように聞いていた。
「もう一つ理由がある。姉妹剣使いと一緒にダンジョンを攻略している最中に気付いたんだが、姉妹剣使いは魔物を斬り殺せば斬り殺す程に強くなっていく。実戦経験を積んでいる、という点を考慮しても、成長速度が異常だ。おそらく、魔物を殺し続けるという行為は、姉妹剣使いにとってはパワーアップの条件に他ならないんだ」
〈……あ……〉
「つまり、無計画に魔物を繁殖させる行為が、勇者一行のパワーアップ……いや、レベルアップを促進させる事に繋がるんだ」
〈た、確かにそうね……。未熟だった歴代の勇者も、何故かダンジョンを攻略していく間に急成長したわ〉
「今回の勇者は現段階で歴代最強。しかも、姉妹剣使いの人数も過去最大。この状況で魔物を大量増殖させたりしたら、アイツら全員が異常に強くなる事になるぞ。それでも良いのか? あの人数で手分けして人間を防衛されるだけで、戦力差が広がり続ける。とてもじゃないが、人間の数を減らせないな」
〈その通りだわ……今までのそれが原因で負けてた……〉
何で気付かなかったんだコイツ……
ていうか、マリスに「勇者一行に経験値を積ませるとヤバい」という情報を教えたのって、後の勇者にとってはかなりマイナスなんじゃないのか?
ダンジョンを一切作らず、勇者に戦闘経験を全く積ませないで、魔王自らいきなり襲う、という反則じみた行為に出られてたらどうしよう。
まあ、後の勇者の事なんか知らんけど。
「解ったようだな? 姉妹剣使いの人数を目減りさせるまで、ダンジョンは一切作るな! ヤツらに成長の機会を与えてはならないんだ!」
〈解ったわ! 今あるダンジョンも全部消すわね!〉
コイツ、チョロいなあ。
絶対に悪い男に騙されるタイプだよ。
ゼラニウムは、俺とマリスを交互に見つめ、何故かニヤニヤと笑っている。
「そう言えばゼラニウム。今のお前にはマリスの姿が見えているのか?」
「見えてるよ。今ならホリーの姿も見れるかもね? 彼女って、どんな姿してるの?」
「マリスの色違いだよ。髪と鎧の色を銀色にしたマリスだと思っとけ」
「……露出度も一緒なの?」
「一緒だ」
「……誰かあんな服装にするって決めたんだろ? 下品すぎないかい?」
「知るか。俺は嫌いじゃないぜ」
「まあ良いけど。とりあえず君の方針は理解したよ。そして、僕の役目もね」
ゼラニウムは、俺との対局を止めて、おもむろに立ち上がる。
「姉妹剣使いの人数を目減りさせるという役目、僕が請け負うよ」
トンデモ無い事を言いやがるゼラニウムに、
「バカが! 勝手な事をするな!」
俺は内心、ヤバいと思っている事を隠す為、ワザと派手にテーブルを叩いた。
そう、ゼラニウムを投入し、姉妹剣使いをの人数を減らしていく事は、魔王側の戦略としては正しい。
ゼラニウムは、生前から絶大な戦闘力を誇っていたし、魔人化した事でおそらく強くなっている。
というか、魔人化してるのに、勇者側の戦力である筈の姉妹剣を扱えている段階で、常識的な強さじゃないのは解ってる。
こんなヤツが王都を襲ったら、それだけで壊滅的な被害を被らせる事になる。
絶対に、コイツを自由にさせてはいけないんだ。
「どういう事だいクロウ? 姉妹剣使いの人数を減らさないと、事態は好転しないよ? 膠着状態に持って行っても、無意味なんじゃ……」
「お前の実力は解ってる。姉妹剣使いに遅れを取らない事もな。しかし、勇者シオンに勝てるのか?」
「……それは……」
「お前が姉妹剣使いを何人か始末した所で、勇者が無事なら意味が無い。姉妹剣使いの人数を減らす事が出来ても、ヤツらは代わりの姉妹剣使いを用意出来るんだぞ? その後継者達が、今の姉妹剣使い達より弱い、という保証は無い」
「……」
あ、ヤバい。
ゼラニウムはマリスと違って頭が良いから騙されてくれない。
「……確かに……今の姉妹剣使いを全滅させた所為で、更に強い姉妹剣使いの手元に神剣が渡る可能性は大いにある」
あ、違った。
コイツも結構チョロいぞ。
「お前は現状、我々にとって最大戦力。そのお前を、代用の効く姉妹剣使いの人数を減らす、などという下らないく事の為に失う訳にはいかない。姉妹剣使いと違って、お前は代わりが効かないんだ」
「……」
「最悪の事態を想定しようか? 姉妹剣使いの人数を減らそうと王都に乗りこんだお前を、シオンとアマランスが迎え撃った所為で、お前は消滅。魔王は最大の手駒を失い、勇者は時流剣という新たな姉妹剣を手に入れる。こちらの戦力は大幅に低下し、相手の戦力は更に厚みを増す」
「……そうだ……僕は魔人であると同時に姉妹剣使い……。ヤツらの下に姉妹剣を奪われる愚は避けなければならない……」
ゼラニウムは何やら深刻な表情になる。
俺が想定していた以上に、ゼラニウムは自分の軽率な行動に動揺している。
「危ない所だった……。どうやら僕は魔人になった事で過信していたらしい。今の君の言葉を教訓にさせてもらうよ」
うん。やっぱりコイツも結構バカだね。
今すぐ王都に攻め込むのが、戦略的に一番正しいのに。
「良いか。今の戦況はこちらが圧倒的に不利だ。しかし、俺はどんな絶望的な状況にも必ず逆転の目があるという事を知っている。軽率な行動は避け、慎重に動くんだ。俺には既に逆転の展望は見えている。その詳細は後日伝える。今は只、俺の身体の回復を待て!」
要するに、何もするなとドヤ顔で言っただけなのに、
〈解ったわ〉
「今は君の回復が最優先という事だね」
魔王の配下であるチョロい二人は完全に納得してしまったようだ。
後は、仮病使って寝てる間にシオンとホリーが来るのを待つばかりだな。
俺は、とりあえず魔王城の内部構造を好き勝手に作り直せる能力を使用し、自分好みの寝室を用意した。
ついでにゼラニウムの個室も離れた位置に用意してやったが、
「僕は魔王城の周りを見回ってくる。心配しなくても勝手な行動は取らないよ」
なんて言い残し、ゼラニウムは魔王城から姿を消してしまった。
「マリス。一つ言っておくことがある。ゼラニウムを信用するな」
魔王城でマリスと二人きりになった時、俺は話を切り出した。
「アイツは魔王にとっても危険な存在だ。人間を最後の一人になるまで根絶やしにしようとしている危険人物だぞ」
〈そうみたいね。近くにいて、ヤバいヤツだとは思っていたわ。けど大丈夫。魔人である限り、魔王である貴方の命令には逆らえないから、安心して良いわ〉
安心出来ないだよなあ。
何事にも例外というものはあるし、魔王による魔人の支配を無視出来るヤツが居てもおかしくない。
というか、絶対にゼラニウムはそういう類の存在だ。
〈あと、私の方からも報告があるのよ。今は二人きりだから丁度良いんだけど……〉
「報告?」
〈貴方……暗黒剣を出せないっぽいの〉
「……は?」
〈歴代の魔王ってね、それぞれが固有の形状、能力の暗黒剣を持っているのよ。というか、私の本体である暗黒剣って、ホリーの聖光剣と違って決まった形状じゃないの。魔王が代替わりする度に、形状も能力も変わる。場合によっては体積も違うわ〉
「ああ、それで?」
〈貴方の体内に暗黒剣があるのは間違いないし、貴方の死後、暗黒剣は粒子レベルに分解された後、次の魔王になる赤子の体内に入るのよ。時空を超越して〉
なんか、話が壮大になってきたな。
とりあえず、暗黒剣は歴代の魔王ごとに形が変わり、それぞれ違った能力を持ってるのは解ったけど。
〈今回の魔王である貴方にも、固有の形状、能力を持った暗黒剣があって、それを体外に出す事が出来る筈なんだけど、どうしても出せないみたいなの。時間が立って、私の憑依に貴方が馴染めば出せるようになるかもしれないけど……〉
なるほど、解ったぞ。
俺は今、魔王になったにも拘らず正気を保っているし、人間を殺さないように立ち回るなど、明らかに魔王に相応しくない行動を取っている。
それは、完全に魔王化してないからだ。
つまり、今の俺は勇者にとっては格好の獲物という事だ。
「は……」
思わず笑えてくる。
シオンは歴代最強の勇者なのに、それと対を成す存在である俺は、歴代最弱の魔王だったのだ。
というか俺って、魔王としても落ちこぼれだったのね。
なんか泣きたくなってきた。
〈でも、悪い話ばかりでもないわ。貴方は鬼神剣と羅刹剣を併用していた女を素手で圧倒していた。あれだけの格闘能力を持った魔王は滅多に居なかった〉
「へえ……」
別に勇者に勝つ気が無い俺には興味が無かったので、適当に返事しておいた。
〈しいて言うなら、八代目の魔王が持っていた、己の肉体を鋼以上に強化するベルト型の暗黒剣に似た力だったわね〉
「ふうん」
まあ、どんな魔王でも最後には勇者に負けてたわけだし、別にどうでも良いや。
後は昼寝しながら、シオンが魔王城に攻めてくるのを待つだけだし。
「じゃあ、俺は休む。しばらくそっとしといてくれ」
俺は自分で作った豪華絢爛なベッドに横たわって見る。
うん。固めで反発が強くて実に俺好みの寝心地。
フカフカ過ぎると眠りにくいし、腰が居たくなるんだよな。
こう、地面に横たわっているくらいに硬いベッドが好きなんだ俺は。
そう思いながらベッドに横たわっていると、マリスがフワフワと浮かび、俺ににじり寄ってくる。
〈ねえねえ。後でチェスの相手してよ〉
「……」
あれ? コイツまさか……
〈ねえってば。無視しないでよ〉
「……」
〈無視しないでよ~! 相手して~! 遊んで~!〉
「……」
コイツ! 既に俺に懐いている!
早すぎる!
シオンとホリーより圧倒的に早い!
いや、待て待て。
いくらなんでも考え過ぎだ。
俺にそこまでの魅力はあるまい。
コイツとは出会って一ヶ月しか経っていないし、ちゃんとした会話も二日程しか交わしていない。
そんな浅い付き合いで他人に好意を寄せるヤツが居る訳が……、
〈ねえねえ。ちょっと気になるんだけどさあ。クロウって生身の体が無い女って嫌い?〉
「……」
ここに居たよ。
すぐに男に惚れちゃう闇の聖霊さんが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます