6/第三章 魔王降臨

 想定外の事態が起きた。


 いや、まあ俺の人生、想定外の事態しか起きないけど。


 マリスが言っていたタイムリミットである一ヶ月間。


 魔王である俺が、人間で過ごせる最後の日数。


 それが経過したにも拘わらず、何も起きなかったのだ。


 俺は、魔王になんかなっていなし、マリスも現れない。


 何も、起きないのだ。


 しかも、一ヶ月が経過して、既に三日経過したのに。


思わず、挙動不審になりながら、王城内でビビりまくっていたいた俺は、いろんな意味で驚愕していた。


 とりあえず、マリスが現れて、


〈さあ、今から魔王になってもらうわよ!〉


 とか、


〈あ、ゴメン。貴方は魔王じゃなかったわ〉 


 みたいな事を言われないと、諦める事も安心する事も出来ない。


「……?」


 俺は、ベッドの上に座り込み、腕を組んで思わず考え込む。


 考え込んで解る内容の話じゃないけど、


「……俺、魔王じゃないんじゃないの?」


 そうとしか思えなかった。


 そもそも、マリスと話したのは一日だけだし。


 アレはゼラニウムとの激闘で死の危機に瀕し、心身ともに疲れ切った俺の見た悪夢だった。


 そう思った方が辻褄があう。


 大体おかしいだろ。


 人間の中から魔王が産まれるとか。


 しかも、それが俺だなんて。


「……はは」


 うわ~。最近の俺ってかなり痛々しかったよな~。


 自分の事を魔王だと思いながら過ごしてたんだから。


 我ながら恥ずかしいぜ。


「我は魔王なり」


 なんてな。


 何という恥ずかしい勘違いだ。


 いや、勘違いというより、マリスにそう言われたんだけどさ。


 それをそのまま鵜呑みにするのが恥ずかしいよ。


 心のどこかで、自分は普通の人間じゃないと思っていたという事なんだから。


「ふう」


 皮肉な話だな。


 勇者になりたいと思っていた俺が、ごく普通の凡人であると確定して安心するなんて。


 やっぱり俺は、「魔王」というより「村人」とか「兵士」みたいなその他大勢がお似合いだよ。


 普通でいる事の何が悪いんだ。


 なんて考え込んでいる時に、控えめなノック音と共に、


「クロウ様……。報告したい事があるのですが……」


 部屋の外から、プラタナスの声が聞こえた時、何故だが嫌な予感がしてならなかった。


 絶対良い報告ではない、という事が、声音から伝わってきたからだ。




「時流剣が……?」


「はい。保管していた場所から忽然と消えました」


 部屋に入ってきたプラタナスは、俺達が保有している姉妹剣の中で、唯一所有者がいなかった時流剣が、保管場所からいつの間にか無くなっている、と報告してきたのだ。


 俺とプラタナスは、日頃ホリーとチェスを指す時に使用しているテーブルを挟んで椅子に座っていた。


 思わず、テーブルの上にあるチェスの駒であるキングを、手に持って弄ぶ。


「雑務に忙殺され、発覚が遅れました。何時無くなったのかすら解っておりません。申し訳ない……。取り返しのつかない失態かもしれません」


「プラタナスの所為じゃないだろ。忙し過ぎたんだ……」


 とは言うものの、かなりヤバい状況かもしれない。


 俺達は今、時流剣を除く全ての神剣を保有している。


 神剣の姉妹剣使いの実力、人数共に申し分ない。


 ホリーの言っていた通り、勇者による魔王討伐の戦力として考えてみても、十分ではなく、過剰と言える程の戦力だ。


 つまり、今さら姉妹剣の内の一本が所在不明になった所で、大した問題ではないはずだった。


 特に、時流剣はゼラニウム亡き後、所有者を選んでいない為、俺達の戦力は全く低下していないのだ。


 それでも、無くなったのが時流剣というのが問題だ。


 俺の傍にホリーがいた所為で、実力が半減していたとはいえ、勇者であるシオンを戦闘不能に追い込み、単独でアマランスを圧倒して見せたゼラニウムの使っていた姉妹剣。


 それが無くなったのだ。


 どう考えても、嫌な予感しかしない。


「……時流剣が無くなった原因はなんだと思う?」


「可能性はいくつか。まずは、単純に、賊の類に盗まれた事。宝物庫に保管してありましたが、所有者が肌身離さず持っていた他の姉妹剣に比べれば、ずさんな保管方でしたから」


「確かに、ありそうな話だ。俺達がシオンを中心にして、この世界を牛耳ろうとしてる事は、もう周囲にバレ始めてる。それを邪魔したい……とまでは行かなくても、対抗したいとか、交渉したい場合、姉妹剣を一本でも所有しておくのは有効だからな」


「はい。しかし、その場合は恐れるに足りません。時流剣の時間を操作する能力と、近接戦闘能力は脅威的でしたが、アレはおそらく……」


「剣の性能というより、ゼラニウムの実力の方が大きいと思う。他の誰が時流剣を扱っても、あんな力は出せない」


「仰る通りです。後の可能性は、次の所有者の下に転移した事。前の所有者であるゼラニウムが死亡した事で、所有者不在となった時流剣が、新たな適合者を発見し、その者の下に自ら転移した、という事もあり得ます」


「そうだとしても、問題はない。どちらにしても、ゼラニウムより強い姉妹剣使いではないから」


 俺の、ゼラニウムに対する執拗な警戒に、プラタナスは無言で頷いていた。


 俺達二人の懸念は、同じだったみたいだ。


 そう。誰の手に時流剣が渡ろうが、ゼラニウムが時流剣を持っていた時程の脅威にはなりえないんだ。


 確かに、ゼラニウムは天才だったが、才能という面では、他の姉妹剣使いも負けてはいない。


 特に、プラタナスや、複数の姉妹剣を同時に扱えるアマランスに至っては、将来的に凌駕出来る可能性すらある程の才能だ。


 しかし、ゼラニウムの圧倒的な実力は、才能云々というよりも、長い年月をかけて蓄積された経験の方に由来している。


 時流剣による時間操作で、肉体を五百年にも渡って維持し、その間、鍛錬を怠らなかったゼラニウムに、実力やレベルで追いつく事は、物理的に不可能に近い。


 それは、ゼラニウムと同等か、それ以上に才能のある者が、同じ方法で数百年修行しなければ到達出来ない領域だからだ。


「……後の可能性は……」


 プラタナスは、しばらく無言だったが、言いにくそうに口を開く。


「ゼラニウムが、死んでいなかった、という事です」


「……それが一番最悪なんだよな……」


「ええ……。しかも、一番可能性が高いときている」


「本当……最悪だぜ……一難去って、また一難かよ……」


「一難?」


「いや、何でもない」


 自分が魔王かもしれない、という不安から少し解放されたと思った矢先にコレだ。


 本当に、俺の人生は何があってもおかしくないらしい。


「まあ、仮にゼラニウムが生きているとしたら、確かに最悪だけどさ、前より状況は悪くないだろ?」


 シオンとホリーが常に行動を共にしている事で、彼女達の力は常に十全に発揮される。 


 その力は、ゼラニウムの時間操作も及ばない程強力。


 それに加えて、今はアマランス、シネラリア、ジャスミンの三人も加入し、戦力も充実している。


 シオンが体感時間の停止によって、石のようになってしまい、そこから全滅寸前にまで追い詰められた時の事を思えば、さほど危機的な状況でもない。


「確かに、その通りなのですが、それは、あの三人が味方だと考えればの話です」


「何? 三人って、アマランス達の事か? お前、まだあの人達を信用できないのか?」


「クロウ様。私は策士である事を自負しておりますので、常に最悪の事態を想定しております。以前に我々が全滅寸前にまで追い詰められたのも、その想定が甘かったが故に招いた事ですので……」


「ああ……」


「私は、誰の事も完全には信じる事が出来ないのです」


「……それで、プラタナスの想定する最悪って?」


「ゼラニウムの死因は、シネラリアが使役するゾンビに拘束された状態で、アマランスが使用する鬼神剣による攻撃魔術をまともに浴びたからです」


「俺達全員の目の前で、ゼラニウムはあとかたも無く消滅した」


「しかし、仮にあの戦いが全て芝居だったとしたら? 私達が、アマランス達を信じて仲間に加える為に、あえてゼラニウムを殺すふりをしたとしたら? 我々は、極めて危険な存在を三人も、己の懐に入れている事になる。特に、勇者シオンと同等に戦えるアマランスを、常に勇者の近くに置く、という不用心な行為にも及んでいます」


 それに関しては俺の提案だから、案に俺の考えを盛大に否定する事になるんだけど、はっきり言って正論だと思った。


 あの三人が、今もゼラニウムの側近で、俺達の仲間に加わったフリをしているとしたら、俺達は内部から崩壊するだろう。


 しかし、


「それは無い」


 俺は、根拠も無いのに言いきってしまった。


「無い、とは、あの三人が、我々を裏切る可能性が無い、という意味ですか?」


「そうだ」


「何故? とお伺いしても?」


「ゼラニウムを始末する方法は、俺が提案した。それに、シネラリアさんとアマランスが協力してくれたから、上手くいったんだ。あの戦いが自作自演だとすれば、俺の作戦を提案する前に、三人が勝手にゼラニウムを殺して見せた筈だ」


「なるほど……」


「ゼラニウムが生きているなら、尚更あの三人を信用して、傍に置いておくべきだ。アマランスがシオンと一緒に行動している限り、ゼラニウムに勝ち目は全く無いからな」


「……」


「むしろ、こうやって疑心暗鬼になって、勝手に仲間割れする方がマズイ。皆を信じて、協力していくべきだ」


「そうですな。仰る通りです」


「だから、ゼラニウムが生きているかもしれない、という事と、時流剣が無くなった事は隠しだてするべきじゃない。むしろ、全員に教えて、警戒すべきだ。一人で行動せずに、常に集団で行動するようにするとかさ」


「解りました。今日、全ての姉妹剣使いに召集をかけ、今回の件を報告し、善後策を皆で考えるようにしましょう。出来れば、クロウ様にも参加していただけると幸いなのですが」


「別に良いけどさあ……俺もう必要ないと思うけど」


「何を仰いますやら。私が何の躊躇も無く、今回の件を相談したい相手は貴方だけですよ。他の皆も、同じような感情を抱いていると思いますが?」


「じゃあ、その会議にはシオンも呼ぼう。皆で相談している最中に、シオンを一人きりにして、その瞬間をゼラニウムに狙われた、なんて展開は考えたくも無い」


「解りました。では」 


 椅子から立ち上がり、俺に会釈したプラタナスは部屋から出て行った。


 俺はプラタナスの後ろ姿を見ながら、何となく、これまで通りの生活が始まるような予感がした。


 予想外で、厄介な事ばかり起きるけど、それ以上に頼もしい連中が大勢俺を助けてくれる。


 そんな、何時も通りの予感が。


 そして、とりあえず何とかなる、なんて考えながら、少し伸びた前髪をかき分けようとした時、


「……」


 頭に、異物感があった。


 頭に、瘤が出来たような異物感が。


 俺は、鏡の前に立ち、瘤の大きさを確認しようとした。


 瞬間、俺は鏡の前で絶句した。




 頭に、角が生えている。




「……」


 何度見ても、角だった。


 まだ、髪に埋もれているから目立たないが、確実に角だ。


 瘤にしては、先端が尖りすぎている。


 化物。魔物。悪魔。あとは鬼や竜なんかに生えてきそうな、尖った角が、俺の頭から二本、生えてきている。


 頭に角が生えて、背中に羽があって、全身が黒い靄に覆われている。


 俺は、ホリーから教えられていた魔王の特徴を思いだしながら、全身を痙攣させていた。


 鏡に映る俺の姿は、見るも無残なものだった。


 唇が紫色に変色し、顔が真っ白になっていた。


 俺は、自分の顔から血の気が引いていく様を、客観的に眺める羽目になった。


 もはや、角が生えている事がどうでも良くなるほどの勢いで、顔が真っ白になっていく。


 あまりにも動揺し過ぎて、顔が真っ青になっているらしい。


 悪寒が走っているのに、汗が止まらない。


 こんなに……こんなに動揺して、ビビりまくっているのに、俺は魔王だというのか。


〈少し遅くなったけど、準備は万全かしら? 良かったら魔王城に向かう? よく無くても魔王城に向かうけどね?〉


「……」


 俺の背後には、ホリーと瓜二つの女、マリスが佇んでいる。


「……手紙を書いて良いかな……」


〈別に良いけどさあ。俺は魔王だ~なんて書きたいわけ? 誰が読んでも大爆笑じゃないの?〉


「そんなんじゃない……」




『カトレア教官へ。


 貴方がこの手紙を読んでいる頃、俺は貴方の近くには居ないでしょう。


 訳は言えませんが、俺には行かなければならない場所と、しなければならない役目があります。


 魔王が復活した後の世界に、俺は居ません。


 魔王が倒された後の世界に、俺は居ません。


 何を言っているのか解らないでしょうが、後の事を全て貴方に託します。


 シオン達を導いてやってください。


 教官が最年長だから頼むんじゃありません。


 貴方にしか頼めない事だからです。


 居なくなった俺を探そうとしないでください。


 シオン達には、魔王討伐に集中してもらってください。


 場合によっては、魔王さえ倒せば、俺が見つかると騙してくれて構いません。


 本当は、貴方の事も騙すべきだったかもしれません。


 でも、魔王を倒した後に、俺を探そうとしても無意味なんです。


 シオンに、俺を探すような、無駄な時間を取らせないでください。


 俺は、魔王が居なくなった後の世界で、皆が幸せになる事を願っています。


 皆で勝ちとった平和を、皆で過ごしてください。


 さようなら教官。


 どうかシオンを、勝利ではなく、幸福に導いてください


            貴方の教え子の中で、最も出来の悪かったクロウより』




 俺は、近くを通りかかったメイドに、手紙を渡し、カトレア教官に渡すように言い含めた。


〈今さら抵抗は無意味だって解ってるわよね? 高くて見通しの良い場所にまで移動しなさい〉


「ああ」


 俺が無感情に返事をすると、マリスは満足げになりながら、姿を消した。


 何故、今さら俺の前から姿の消すのか理解出来なかったが、


「……お兄ちゃん?」


 シオンに声をかけられて、理由が解った。


 俺には、勇者にしか見えない聖光剣に宿る聖霊ホリーが見える。


 その理由は、俺の正体が勇者と表裏一体である魔王だったからだ。


 つまり、魔王にしか見えない暗黒剣に宿るマリスの姿も、勇者なら見える。


 マリスは、現状シオンの前に姿をさらしたくなかったのだ。


「あ、あの、お兄ちゃん……」


 最近、俺を避けていたシオンが、何故か俺に近づいてくる。


 しかし、頭から生えている角を見せたくなかった俺は、シオンの顔が見れない。


「……」


 シオンとホリーの顔を見れるのも、今日が最後かもしれないのに。


「今、ちょっと忙しい。後にしてくれ」


 俺は、シオンを置いて、城内の廊下を歩き始めた。




「……」


 高くて、見通しの良い場所と言えば、城壁の上だと思った俺は、見張りの兵士が、有事の際に立つ為のスペースにまで移動していた。


 そこでは、王都を見下ろせた。


 結局、俺は周りの皆に助けられ続けた訳だが、自分の運命に逆らえなかったらしい。


 俺は、シオンとホリーに殺される為に生まれてきたんだ。


 俺は、自分を殺す相手を、ずっと守り続けてきたんだ。


「……は」


 運命の神なんかが居て、この状況を決めたんだとしたら、悪趣味過ぎるぜ。


 まあ、しかし、魔王が勇者を相手に連戦連敗な理由も解る。


 何か、目に見えない大きな力が、魔王の敗北を決定的にしていたのだ。


「……」


 俺の頭から生えている角は、刻一刻と長く伸びてきているし、何だか頭が妙に冴えてきているような気がする。


 それと同時に、この一ヶ月間感じていた恐怖感や焦燥感が消えていく。


 俺はこうして、人間を止める事になるのかなあ。


「……もう、どうでも良いか……」


しかし、俺は自分が死ぬ事を恐れすぎて、重要な事に目を背けていないか?


 ホリーとマリス。


 瓜二つの聖霊。


 双方の姿が見える、勇者と魔王。


 対を成す両者の関係は、救世主と破壊者のように見える。


 しかし、ホリーとマリスが姉妹だとすれば、勇者と魔王を作ったヤツは、同一人物?


 勇者と魔王の戦いは、そいつが始めた出来レースだったのか?


「……」


 以前、ゼラニウムが言っていたデタラメが、現実味を帯びてきている。


 勇者と魔王は表裏一体。


 片方がいるから、もう片方が存在している。


 両者が消滅した時、世界は永遠の平和が訪れる?


「……勇者と魔王を作ったヤツは……誰だ……」


「お兄ちゃん……」


 城壁の上で考え事をしていた俺の近くに、シオンが立っていた。


 自分を置いて、冷たい言葉を吐いた俺を、追いかけていたようだ。


 俺は、角を隠す為に、シオンに背中を向ける。


「シオン、今は……」


「お兄ちゃん!」


 背後から、シオンが俺に抱きついてきた。


「お兄ちゃん待ってよ……何処に行こうとしてるの?」


「……」


 良い勘してるよな、シオンは。


 まあ、今さら何を話しても手遅れなんだ。


 いや、違うな。


 出会った瞬間から、こうなるって決まってたんだよ。俺達は。


「お、お兄ちゃん、あのね……伝えたい事があるの……」


「……」


「皆はね、私の事を勇者って呼ぶけど、私にとっての勇者は何時だってお兄ちゃんだったよ? だってお兄ちゃんは私を何時だって守ってくれたもん」


「……」


「本当は、私がお兄ちゃんを守りたかったよ……。でも、どうしてもうまくいかない。何でかな……。何時だって、私の方が守られちゃう」


「……」


「でもね、私はお兄ちゃんに守られて、凄く嬉しいんだよ。本当は、そんな事思っちゃいけないのに、お兄ちゃんに守られる度に嬉しくなっちゃうの」


「……」


「だ、だからね……。これからも、ずっと私の事を守って? 私もお兄ちゃんを守るから。ずっと一緒に居て?」


「……」


「お兄ちゃんさえ居てくれたら、私は何も……」


「シオン」


 俺は、シオンの言葉を遮った。


「聖光剣はどうした? ホリーの姿が見えないが」


「え?」


「それに、アマランスは何処にいる?」


「あ、あの……お兄ちゃんと二人きりになりたくて……」


「聖光剣を置いて、アマランスを振りきって、俺の傍に来たってか?」


「え、う、うん……」


「そういう事は止めてくれよ、シオン?」


「え?」


「俺に勝ち目が出来るじゃないか?」


「お兄ちゃん?」


 ああ、運命の神よ。


 俺にこんな事をさせるなんて。


 本当にアンタは悪趣味だな!


「お、お兄ちゃん……!?」


 シオンはようやく、俺の頭から角が生えている事に気付いたようだ。


 俺は、シオンの胸倉を掴み、片手で持ち上げる。


「う……あ……」


 苦しそうに顔を歪めるシオンを見つめ、俺は自分の身体が、頭が、心が、どす黒く塗りつぶされて行くのを感じる。


 今まで恐怖にのまれていたのが信じられないくらいの高揚感が、俺を包んでいく。


 ああ、馴染む。


 馴染む馴染む馴染む。


 仲間に信頼され、勇者に愛され、皆と笑いあってきた過去が。


 苦楽を共にし、日の光る場所を歩いて日々か。


 反吐の出るような思い出に感じていく。


 だってだってだってそうだろう。


 シオンが苦痛に顔を歪め、俺に対して戸惑っている。


 いや、恐怖している。


 そんな顔を見せられたら、俺は自覚せざる負えないじゃないか。


 俺は、愛されるより、恐れられる方が好きだったと!


「マリス……いい加減焦らすな。力を寄こせ」


〈御心のままに〉


 瞬間、俺の身体に闇が宿る。


「ああ……そうか……これが……」


 ホリーに憑依された時と、似たような感覚。


 しかし、はるかに馴染む。


 ホリーに憑依されるより、マリスに憑依された方が、はるかに俺の身体に馴染む。


 際限無く力が満ち溢れてくるのに、ホリーに憑依された時のような激痛や疲労が皆無だ。


 何の制約も無く、勇者と同程度の力を得られるらしい。


 当然だろう。


 俺は魔王なんだから。


 マリスが俺の身体に馴染むのは当然だ。


「お、お兄ちゃん……」


 ふと気が付くと、俺はシオンの胸倉を掴んだままだった。


 ああ、忘れてた。


 持ってるのも面倒だから放そう。




 俺は、シオンを城壁から投げ捨てた。




 聖光剣を持っていないシオンは、城壁から落下していった。


 瞬間、城壁の下から誰かが跳躍し、空中でシオンを抱きとめると、そのまま地面に着地していた。


 誰か、なんてのは解ってる。


 俺達二人の様子を見ていたヤツが居たのは知っていた。


 アマランスが、聖光剣を持って、俺達の様子を見ていたようだが、俺がシオンを城壁から投げ捨てた事に愕然としながらも、素早くシオンの救出に動いたようだ。


 俺は、城壁の上から、地面にふわりと降り立つ。


 重力の法則を無視するかのように、ゆっくりと地面に降り立った俺を見て、


「クロウ……か? いや、違う! 誰だ!」


 アマランスは抱えていたシオンを下ろし、持っていた聖光剣を渡すと、背中の鬼神剣を構えながら大声を出す。


「誰だ! 何故クロウに変装している!」


「変装? 俺はどう見てもクロウだろうが」


「嘘をつくな! クロウが勇者シオンに危害を加える訳がない!」


「お前が言うなよ。全力で勇者を殺そうとしてた癖に、今は必死に庇っているな? 立場が変われば行動も変わる。当たり前の事だろう」


「お兄ちゃん……」


 鞘に入った聖光剣を握っていたシオンの傍らに、ホリーが現れる。


〈アレは……そんな……そんな筈は……!〉


「おいおいホリー。早くシオンに憑依して戦闘体勢に入れよ。お前の仕事は魔王を殺す事だろ? ここに、その魔王が居るぜ?」


〈クロウ……! 貴方が……何故貴方が……!〉


「勇者にしか見えないお前の姿が俺にも見えた理由がコレだ。勇者と魔王は表裏一体。制反対ではあるが、コインの裏表みたいに、同一の存在でもある。似たような能力を持っているんだよ」


〈クロウ……〉


 ホリーは俺を見て、何時までもシオンに憑依しようとしない。


 おいおいおい。つれないなあ、


何時も何時も何時もチェスでは戦っていたじゃないか。


 まあ、人間じゃないお前相手に頭脳戦で負けなくなった時点で、俺の頭は色々おかしくなりかけてたんだろうな。


 今も頭の中が面白おかしくなってきたんだけど。


 止まらないなあ。


 破壊衝動とかいうヤツが。


〈クロウ。調子に乗ってないで、魔王城にまで離脱するわよ〉


「ん? マリスか? ホリーと声が似てるから間違えそうだ」


〈まだ本調子じゃないんだから、いきなり勇者と事を構えないで。あと、何なのよあの女は……〉


 俺の体内にいたマリスは、鬼神剣を構えているアマランスに警戒心を持ったようだ。


〈早く引きなさい。今の貴方でも魔王城への空間転移は……〉


「勇者シオン! 下がっていろ!」


 マリスが俺の体内で話すのを遮るように、アマランスが叫ぶ。


 すると、外套の形をしていた羅刹剣が、鎧の形状に変わり、アマランスの全身を包む。


 そして、両手大剣型の鬼神剣に、黒い雷撃を纏わせていく。


〈……!? 鬼神剣と羅刹剣を併用している!?〉


「今さらそんな事でビビるな。アイツは魔級剣も装備してるから、戦闘中に魔力切れを起こす事も無いぜ。今はシオンに魔力供給されてるからな」


〈はあ!? そんなの反則でしょ!?〉


「心配するな。アイツ以外の姉妹剣使いは、全員一本しか持ってないよ」


〈……え? アイツ以外って……何人の姉妹剣使いが居るの?〉


「八人」


〈何でそんなに集まってんだよ!〉


 マリスが、現状の不利を悟ってブチ切れている。


 面目無いなあ。俺が集めた所為で目茶苦茶ピンチだよ~。


「勇者に危害を加えておいて、生きて帰れると思うな! 偽者が!」


 アマランスは、鬼神剣を上段に構えながら、一瞬で俺の眼前に現れる。


〈うげ!〉


 マリスが、俺の中で悲鳴を上げた。


 黒い雷撃を纏った鬼神剣が、俺の身体に向けて振り下ろされる。




 カン、という音を立てて、鬼神剣が止まった。




「……?」


〈……?〉


 目の前にいるアマランスも、体内にいるマリスも、何が起きたのか把握していない。


「まあ、俺も訳が解らないけどなあ」


 俺は、アマランスの甲冑を、トンを小突く。


 瞬間、アマランスははるか後方の城壁まで吹き飛ばされた。


 羅刹剣を纏っているから、死んではいないだろうけど、城壁に激突したアマランスは、ピクリとも動かなくなっている。


「ああ……! 良い……!」


 誰かに守られる必要が無くなった!


 俺自身が、俺の身を守れる!


 何故なら、俺は強い!


 俺は強いんだ!


「は……はは……ふははははははははは!」


 俺は思わず、悪人のように哄笑を上げる。


 まあ、悪人ですけどね。


「クロウ!」


 アマランスを吹き飛ばした俺に対して、シオンが声を荒げる。


 いや、シオンじゃないな。


 シオンに憑依したホリーが俺に呼びかけてる。


 ホリーに憑依されたシオンは、一気に十八歳前後にまで成長している。


 そのシオンが持っている聖光剣が発光した。


 その光を見た俺は、


「……んん?」


 眩しすぎて、文字通り目が焼きついた。


 俺の身体から。ジュジュウと肉が焼けるような音が聞こえる。


 全身から、激痛を感じる。


 なるほど。


 魔王にとって、聖光剣の光はこれほど有効なのか。


「クロウ……貴方は最初から……最初から知っていて私達と?」


「知るかよ。お前が俺を無理矢理巻き込んでこんな事になったんだろうが。気が付けば魔王になってお前らに殺されるのを待つばかりだよ」


「……どうして……こんな……」


「お前こそ、よく俺が魔王だって気がつかなかったもんだな。もし気付いてたんだとしたら、大したヤツだよ。魔王利用して勇者を守るなんてさ」


「気付いてたわけないでしょ! 私は貴方が……!」


「ああ……マリス。駄目だ。体が持たない」


 俺は、シオン達に背を向けて、マリスに話しかける。


「死ぬなあ。もうすぐ死ぬなあ」


〈言わんこっちゃない! 魔王城に転移するわ!〉


 マリスがそう言った瞬間、俺の目の前に黒い靄が出現し、周囲の景色が一瞬で変わる。




「……」


 先ほどまでと違い、俺の周囲は薄暗くなっていた。


〈いきなりこんなに負傷するなんて……〉


 俺の身体から出てきたマリスは、呆れ気味に呟く。


 見れば、俺の全身は大火傷をしていた。


 聖光剣の光を浴びた部分が、残らず焼けただれている。


 しかし、ものの数秒で火傷は治癒していった。


 やはり、俺は光が全く無い場所の方が調子が良くなるようだ。


 傷が完治した俺は、周囲をキョロキョロと見回す。


 見覚えのある場所だった。


 この場所は、確か……


「ああ、そうか。ここは……」


 シネラリアとジャスミンに協力してもらい、三人で脱出したダンジョンの最深部だ。


 何やら玉座のような椅子があったから思いだした。


以前、王都で眠っていた俺が、気が付くとここに居たのだ。


 あの時は、何故俺がいきなりダンジョンの最深部に移動していたか疑問だったが。


 今となっては解る。


 この部屋は魔王城になる玉座の間。


 俺が転移する場所として、普通に相応しいだろう。


 目の前にある玉座に座り、足を組んだ俺は、怪我の治癒と疲労の回復に努める。


 無敵になったと錯覚するほどの高揚感と全能感があったが、勇者を相手にすると、件の光を浴びただけであんなにダメージを受けるのか。


 そりゃあ、勇者による神剣の一撃で、歴代の魔王は死んでたわけだし。


「だるい。眠い」


〈……何でまだ話せるわけ? 私に一回憑依されたら、完全に頭がラリって何も出来なくなる筈なんだけど?〉


「はあ? なんだそりゃ? 今までの魔王って皆頭がおかしくなってたのか?」


 酷い話だなあ、それは。


 酷い酷い酷い。


 まあ、俺は元々頭がおかしかったのか、面白おかしかったのか。


 しかし、別段問題は無い。


 今の俺にあるのは超越者としての全能感だけだ。


 自分が魔王である事に全く疑念がわかない。


 だから全く問題は無い。


「とりあえず、魔王城に来たんだから、玉座に座ってそれらしくしておこうかマリス? 俺の傷が治るまでの間、魔王の能力を全部話せ」


〈……〉


「おいおいおい。俺の質問に全て正直に答えろよ。お前は魔王が扱う暗黒剣の取り扱い説明書なんだろ? ちゃんと仕事をしろよマリス」


〈……すでに、ラリってはいるようだけど……言語能力が残るなんて……〉


 俺は、近くにあった玉座らしき椅子に座ると、足を組み、頬杖をついた。


「魔王には、ダンジョンと魔物を創造する能力があるんだよなあ? それを俺が有効活用してやるから、さっさと説明を始めろよマリス。早くしろ。話が前に進んで無いだろうが」


〈偉そうに命令するなサイコ野郎が! 魔王の能力は私が把握して使う! お前が知る必要なんか無いんだよ!〉


「……ははははは! さすが勇者を相手に全敗してる魔王の精霊様は言う事が違うなあ? 仕事の出来ない女みたな態度がありありと出てるよ」


〈なんだとこの野郎!〉


「でもおかしいなあ。ホリーの時と違うなあ。お前とホリーの産みの親が同じだとすれば、お前は毎回ワザとホリーに負けてるのか? という事は、お前の目的は人類の抹殺じゃないし、勇者に勝つ事でもないって事か? じゃあ一体何がしたいんだあ?」


〈な……!〉


「人間相手にビャービャー喚いて、雑魚ばっかり殺しまくって、その後勇者に抹殺されるだけの魔王様。はてはてはて? それは一体何の為に産み出された存在なのでしょうかあ?」


 マリスは、何故か俺を見て、顔を痙攣させていた。


「そんな可愛い顔するなよマリス。思考が纏まらないだろ? いや、ホリーと一緒で見た目だけは最高だなお前。何でそんなに可愛いんだお前ら? 作ったヤツの趣味か? 悪趣味な服装ではあるけど俺は好きだぜ?」


〈……〉


「ああ、なんだっけ? 俺は何を迷ってたんだっけ? ああ、魔王の存在意義か? レーゾンデートルってヤツか? ああ、一回たりとも人類を殲滅してない魔王に存在意義なんかあるのかねえ? いやいやいや。落ち着け落ち着け。おかしい話じゃないか。人類を一回滅亡させれば、もうやる事は無くなるんだから、魔王の役割が人類の抹殺だとすれば、必要なのは永遠に宿主を変えて存続する不死性じゃなくて、勇者を相手に勝利するだけの戦闘力だけだ。それが無いのに、未来永劫存在する能力だけには困らないってのはどういう理屈で誕生したんだ? それも、勇者が生まれている時代にだけ」


〈お、お前……一体……〉


「ああ? 目的を達成する為に生まれたんじゃなくて、既に目的は果たされていると判断すれば解決か? 魔王は勇者に倒される為に、勇者を作ったヤツに作られた。コレだあ!」


 俺がマリスを指さしながら叫ぶと、


〈あ、あ……〉


 何故か、マリスが俺を気味悪がっている。


 いやいやいや。


 美人に怖がられるって、なんかすごくこみ上げてくるものがあるなあ。


 こんな生活にあこがれてたぜ。


「……勇者に殺される為に魔王が存在する? 何でそんな存在が必要なんだ? 勇者に殺される為に存在している魔王は、そもそもなぜ産まれた? 勇者と魔王を産み出したヤツが同一人物……つまるところ神がいるとしてだ。神は何故勇者と魔王を産み出す必要があった? あら? あらあらあら? 俺は魔王が産まれた原因を探しているのに、何で勇者が産まれた理由まで考える必要があるんだ? いやいやいや。勇者と魔王を産み出したのは同一人物なんだから、双方が生まれた理由は同時に解明されるべきなんだ。そうだなマリス!」


〈……〉


 マリスは何も答えなくなった。


 何なんだその態度は?


 何でホリーと俺みたいに良好な関係を築こうとする姿勢が皆無なんだ? 


 まあ、俺とホリーの関係が良好だったかどうかは別問題だが。


 しかし、本当に勇者と魔王が同一人物から産み出されたものだと仮定すると、双方が作られた目的は一体何なんだ?


 例えば物語の中に登場する人物は、全て作者が作った妄想に過ぎないわけだから、世界を滅ぼそうとする悪役と、世界を救おうとする主人公が作られた原因は、単にストーリーを構成する為の一要素に過ぎない。


 端的に言えば、読者が暇を潰す為に、登場人物は善行と悪行を積む。


 つまり、物語のクソ野郎どもが行う殺人、暴行、残虐非道な言動の数々は、全て作者の妄想であり、それをぶちのめしてカッコいいと思われる主人公も妄想。


 作者とは自分で放火した後に鎮火して褒められようとしているサイコ野郎な訳だ。


 主人公側に肩入れして物語を把握しようとすると見落とすが、悪役というものは読者様の機嫌を損ねる行為を意図的に行った後に、読者様が気分爽快になるようにブチ殺される為にいる。


 魔王がそういう存在だと仮定してだ。


 では、一体何の為に魔王は作られた。


 魔王の行動に、その答えがある。


「……勇者と魔王の正体は、お前とホリーに選ばれただけの人間だ……」


〈……〉


「本当に、全ての人間を皆殺しにすれば、勇者と魔王は金輪際生まれない」


〈……それで?〉


「お前とホリーは、二度と目覚める事は無いだろう。聖光剣と暗黒剣の中で、半永久的に眠る事になる……お前って、妹と一緒に心中でもしたいわけ」


〈……〉


「違うだろうな。つまり、人間を殺しまくってはいるが、皆殺しにしたくはない、という事だ。そういう行為に、俺は見覚えがある」


〈……貴方……〉


「間引き……か?」


〈……!〉


「お前は、人間の数を減らしたいのか。滅ぼすんじゃなくて、数を減らす為に行動している。じゃあ、人間の数を減らす目的とは一体何なのか? 人間の数が減れば、文明が衰退する。なら、真の目的は、文明の衰退……というより、文明の発達の阻止、だな?」


〈……だったら、どうだっていうのよ……〉


「俺は、神剣を人工物だと思ってる」


〈……!〉


「神剣なんて御大層な名前だけどな、神様があんな大量殺戮兵器を作った、とは思えないんだよ。他人を効率的に殺す武器なんてな、人間以外作らないよ」


 俺は、玉座の上で、自分の両手を見つめる。


「人間はなあ、四足歩行じゃなくて二足歩行になった所為で、腰痛と肩こりに悩むようになったんだと。でも、そのおかげで道具を「作る」事と「使う」事が出来るようになった。「作る」と「使う」だ。たったその二つが原因で、全ての生物の頂点に君臨出来た」


〈……〉


「という事はだ。俺達人間は、その二つの能力を極めた結果、神剣すら制作出来るように文明が発達する日が来るんじゃないのか? それこそ、あのシオンやアマランスみたいに強い連中が、お互いに戦争する日が、何時か来るんじゃないのか?」


〈……そうよ……神剣は……かつて人間が作った兵器だったのよ……〉


「じゃあ、お前が作られた本当の目的は……」


〈人類が……世界を滅ぼせるほどに文明を発達する事を、未然に防ぐための安全装置……〉


「おいおいおい! じゃあ人間って間引きされないと滅びるのかよ! 笑えねえ!」


 笑えない事なのに、俺は爆笑した。


 だってそうだろ?


 文明が発達した先に、滅びがあるなんて。


 救いが無さ過ぎて面白すぎるじゃないか。


〈……解った……今、解ったわ……〉


 マリスは、息をのみながら、俺の顔を見つめている。


〈どうして、貴方が私の助勢無しに、人間社会の頂点に君臨出来たのか。最初はホリーに助けられたからだと思ってたし、途中からは、魔王に選ばれるだけの素養があるからだと思ってたけど、違う……。魔王化しても、自意識が保たれている貴方を見て、今確信した〉


「……ああ?」


〈貴方は、化物よ。人間じゃないし、魔王ですらない。只の化物。増えすぎた人間の中で、多様化していく人類の中で、徐々に誕生する可能性が高まる怪物。それが貴方〉


「はあ?」


〈貴方みたいなヤツが産まれる事を防ぐために、私とホリーは作られたのに。結局全てが無駄になってしまった〉


「化物だからお前のお眼鏡に適ったんだろうがよ? もうちょっと友好的になれよ」


〈貴方みたいなヤツが、魔王の全能力を把握すれば、世界は本当に滅ぶわね……〉


「そりゃあ良かったなあ。じゃあ、さっそく俺に魔王の力の使い方を懇切丁寧に教えてもらおうかなあ?」


〈全く……姉妹剣を殆ど一ヶ所に集めるわ、魔王化しても自意識が消えないわ……とんだイカレ野郎ね。大昔、神剣を戦争に使って大陸を消しズミにした連中を思い出すわ〉


 マリスは、顎に手を当てたまま、しばらく考え込んでいた。


 どうやら、これから先の事を考えているらしい。


 本来、魔王化した人間は、完全にマリスの操り人形になるらしい。


 もしくは、本能の赴くまま、今も俺の頭をグルグルグルとかき回す破壊衝動に任せて、人間を襲い続けるだけの存在になる筈だったようだ。


 俺は、何故か完全には狂いきってはいないようなので、どうするべきか思案しているようだ。


〈……貴方……人間を間引く事には賛同するのね?〉


「まあな。楽しそうだな。勝利の美酒をガブ飲み出来るからなあ」


〈……人間だった頃の記憶があるからって、ワザと勇者に倒されて、自殺する気は無いのね?〉


「うわあ! それってカッコ良いよなあ! 自己犠牲で世界を救っちゃう系の主人公みたいでさあ! 俺がそんなヤツに見える! そんなに俺ってカッコ良い?」


〈もう良い。解ったから黙ってて……〉


 マリスは溜息を吐きながら、ホリーと似たような空気椅子状態で俺を見つめる。


〈魔王の能力は私が使うから、貴方が好き勝手に出来る事は無いのよ。それでも、これからの方針に関して、相談くらいはさせてもらうわ〉


「ふうん……」


 これからの方針ね。


 それは、これからどうやって人間の数を減らしていくか、という方針らしい。


 嫌な相談だねえ。


 本当に嫌だ嫌だ。


 


嫌だから、早くシオンに殺されなければ。




「……」


 俺は、完全に狂いきってはいないようだが、長くは持ちそうにない。


 さっきから、頭の働きが安定していない。


 冷静になれる時と、興奮状態が交互に来たり、急に面白い気分になったりしている。


 自分でも、自分が何を考えているのか解らなくなっている。


 今は、素の自分に近いような気もするが、シオンを城壁から付き落とした時は、かなりヤバい状態だった。


 まあ、アレでシオンが俺に対して愛想を尽かせば、万々歳だけど。


「……じゃあ、今後の方針を話し合おう、マリス。勇者に勝つための方法じゃない。人間の数を、確実に減らす為の方針だ」


〈……まあ、良いけどね……〉


 シオンとホリーが、魔王である俺を、何時になったら殺しに来るかは解らない。


 カトレア教官に手紙を託しているから、上手く誘導してくれる事を祈るしかない。


 だが、俺は出来るだけ人間を殺さないように立ち回る必要がある。


 何とかマリスを騙して、ダンジョンや魔物を大量に産み出す事を止めさせなければ。


 早く早く早く。


 頭がグルグルグルグル回る。


 早く来てくれシオン。


 俺は、何時正気を失うか解らないぞ。


〈とりあえず、魔王の能力は神剣の使い手達と似ているわ。私に憑依される事で、身体能力が増す。それも勇者と同等に。後は、『創造』という能力があるわね〉


「創造? ダンジョンとか、魔物を産み出す能力か?」


〈そう。聖光剣がどんな物でも破壊出来る光を出したり、姉妹剣が炎だの氷を産み出せるのと同じなんだけど、決定的に違う面は、産み出せる物体に制限が殆どない事ね。炎しか出せない爆炎剣とか、氷しか出せない氷結剣とは、文字通り格が違うわ〉


「……」


 コイツ、自分の能力が規格外で、トンデモ無く優れている、という自負の念が強そうだけど、話しぶりがホリーとそっくりだ。


 しかし、皮肉な話だな。


『創造』という能力を持つ魔王が人類を減らす。


 『破壊』という能力を持つ勇者が人類を守る。


〈あとは、卷族化ね〉


「卷族……?」


〈冥府剣の能力なら知ってるでしょ? 倒した魔物を配下で出来るヤツ。アレの強化版だと思えば良いわ〉


「……」


 俺は、何故か悪寒が走った。


 知っている。


 俺はその能力に、心当たりがある。


 ホリーが言っていた、魔王の配下達。


 勇者にとっての姉妹剣使いのような存在。


 他の魔物や、ダンジョンの最深部に居るようなボスとは段違いの存在。




 魔人、と呼ばれる存在の事を。




「……その卷族ってのは、魔人の事か?」


〈あら? ホリーに聞いたのかしら? そうよ。殺した人間を魔物に出来る能力なんだけど、ごくまれに、生前の記憶を残して魔物になるヤツが居るのよ〉


「ちょっと待て。まさかとは思うけど、魔物ってのは全部が元人間なのか?」


〈それがどうかした?〉


「……!」


 なんて事だ。


 ダンジョンに潜る度に、姉妹剣使いが喜々として倒してきた魔物が、人間?


 勇者一行ってのは、人類を守るために、人間を殺しまくってたのか?


〈まあ、人間だと思う必要は殆どないけど。死んだ後に残る残留思念。悪霊とも呼べない、死者の残りカスだし。まあ、だからこそ際限無く増殖出来るんだけどね〉


「……人間の残留思念が、何で人間を殺しまくるんだよ……」


〈は? 人間って、そういうものでしょ? 人生で一回たりとも怒ったり恨んだりした事無いヤツっている?〉


「……」


 最悪だ。


 コイツからの情報は、何もかも最悪だ。


 本当に気分が悪い。


 頭の中では、あいも変わらず破壊衝動や殺戮本能が湧きあがるし。


「……で? その魔人ってのは姉妹剣使い並に強いらしいな?」


〈そうよ。生前の意志を全て残した残留思念の物質化だもの。生身の時みたいに制限なんか一切無いからね。人体の限界を超越した行動が可能なのよ。場合によっては、生身の肉体を持ってる勇者や魔王よりも強い場合があるわ〉


「……そんなヤツ、配下にしても危険じゃないのか?」


〈それは大丈夫。魔人は魔王の命令に逆らえないから。つまり、私の命令に逆らえないって事。少なくとも、貴方に危害を加える可能性は無いわ〉


「ふうん……」


 危険だ。


 魔人は恐ろしく強い存在らしい。


 ホリーから、姉妹剣使いを殺害した魔人が居ると聞いた時から警戒はしていたが、まさかそこまで危険な存在だとは思わなかった。


 俺に危害を加える事は無い、という話だが、それも俺が魔王として振る舞って居ればの話だろう。 


 さっさと勇者であるシオンに殺されて、人的被害を減らそうとしている事がマリスにばれれば、何をされるか解らない。


 魔人は、出来れば産み出さない方が良い。


「魔人ってのは、どうやって産まれるんだ? 魔物を産み出してれば、ごくまれに産まれるのか?」


〈違うわ。魔物は元々世界に残っていた死者の思念を利用して増殖させてるんだけど、魔人は魔王が直接殺した人間が、ごくまれに変化するものなの。だから、貴方が人間を殺しまくって、その中に強靭な魂を持つ者が居れば、そいつは魔人になるわ〉


「……」


 俺は、マリスに聞こえないように、小さく安堵の息を吐いた。


 つまり、今の所魔人はいないという事だ。


 だって、俺は誰も殺してないし。


「じゃあ、今のところ、魔人は居ないんだな?」


〈え? 一体居るけど?〉


「はあ? 話じゃ違うじゃないか。俺は誰も殺してないだろ?」


〈殺したじゃない。もう殆ど魔王化してた時期に〉


「何の話だ? 俺の身体に憑依して、君が殺したんじゃないのか?」


〈違うわよ。貴方が殺したヤツよ〉


「誰の事だ?」


〈じゃあ、紹介してあげるわ〉


 マリスは、指をパチンと鳴らして見せる。


 すると、玉座に座っていた俺の眼前に、黒い靄が産み出させた。


 これは、俺が魔王城に転移した時に見えた靄に似ている。


 別の場所に居た魔人を、ここに連れて来る、という事か。


 靄の向こうから、誰かが現れる。


「……!」


「まさか再び相まみえる事になるとはね? 君とは縁があるようだ」


 絶句した。


 想定外の事ばかり起きて、驚いてばかりいて、いい加減に慣れろと自分に言い聞かせ、ついには魔王になった事すら受け入れてきたのに、


「こうなる事は予想外ではあったけど、僕にとっても喜ばしい事だよ」


「……」


「しかし、まさか君が魔王だとはねえ。世間は狭い。そうは思わないかクロウ」


「ゼラニウム……!」


 そう。 


 俺の目の前に現れた魔人。


 場合によっては、勇者と魔王すら凌駕する可能性のある存在。


 それは、俺やシオン達を最も追い詰めた男。


 五百年の歳月を生き続け、魔王による人類の殲滅を画策した男。


 シオンを戦闘不能にし、他の姉妹剣使いを全員相手にしてもひるまなかった男。


 ゼラニウムだったのだ。

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