【KAC10】『ラストパーティー』
筆屋 敬介
最終回「この世界を守るのは……」
カタリィが身を隠していたベイクドクッキーの壁が、少しずつ削られていく。
思わず首をひっこめると、目の前を弾丸がかすめチョコレートパウダーが舞い散った。
「もう見つかった!」
かぶっている帽子を慌てて押さえると、カタリィは部屋の中央にあるシフォンケーキソファーの陰に飛び込んだ。
ようやく逃げ込んだ森の大きなお菓子の家も、少しずつ“ナニカ”が撃ってくる弾丸で崩れ始めた。キャンディの窓にヒビが入り、時折貫通してくる。板チョコのブラインドが砕け跳ぶ。
「漫画やアニメならワクワクするんだろうけど、こんなの聞いてないよ!」
※※※
事の起こりはカタリィ曰く、他愛のないものだった。
世界中の人々の心を救う究極の物語『至高の一篇』を探すため、彼はあちこちの物語世界を巡っていた。
そんな時、彼は偶然見つかってしまったのだ。
相手は何かわからない。ただ得体のしれない“ナニカ”だった。
カタリィを見るなり、襲い掛かってきたのだ。何もわからずとにかく逃げ出したカタリィ。一瞬見えた“ナニカ”が構えた剣には、銘が彫ってあった。
『不謹慎』
わけもわからず追いかけまわされているうちに、“ナニカ”はどこからともなく集まってきた。数がドンドン増えていく。カタリィは必死に逃げていた。全くわけがわからない。
何とか逃げ延び、隠れたのは寓話世界の『お菓子の家』だった。
「そうだ! バーグさんに助けを!」
カタリィは肩から提げたバッグから通信機を取り出すと、小さな声で呼びかけた。
「リンドバーグさん! 何かよく分からない集団に襲われているんです、助けてください!」
『あら、カタリィ。また迷子になっておうちに帰れなくなったんです?』
「リンドバーグさん! 今日は違うんだ! わけがわからないんだ」
カタリィが今までの経緯を話すと、リンドバーグは心当たりがあるように、ふむ……と言うなり黙ってしまった。
「とにかく助けにいきますね」
――と、言って通信が切れてしばらく経ち……。
“ナニカ”はカタリィが
ライフルのような武器。
風に乗って聞こえてきたその武器の名は――
『自粛銃』
凄まじい威力だった。被弾した部分が少しずつ変異していく。
この世界のものが、次々とコンクリートやアスファルトの無味乾燥な背景に変わっていく。
まるでこの世界を形作っていたものが剥がれ落ちていくようだった。
ついにお菓子の家の外壁が崩れ、“ナニカ”がこちらに向かって侵入してきた。カタリィは次の部屋に飛び込みドアを閉めた。これが最後の部屋だ。
「お待たせしましたあ!」
いきなり、側面の壁が吹き飛び、小さな車――クリーム色のフィアット500Fが、飛び込んできた!
大泥棒の3世とその仲間が、ある城で大暴れした事で有名なまるっこい車だ。
驚いて転げるように避けるカタリィの前に、つんのめるように急停車する。
「早く!」
窓から身を乗り出して手を伸ばすは……リンドバーグ!
後部座席に引っ張り込まれるカタリィ。急発進するフィアット。と、同時にドアを打ち破ってきた“ナニカ”が殺到してきた。
リンドバーグは窓から半身を乗り出し、持っているクリップボードを振り回す。フィアットに乗りかかってきた“ナニカ”の集団をはたき落とし、引っぺがしながら、猛スピードで逃げ出し始めた。
「リンドバーグさん! なんだったんですか、あれ!」
「侵略戦争が始まったんです。この世界を無くそうとしている“ナニカ”が動き始めたの。この世界って、実は極めて不安定な世界なんです。トリィ、そこ、右です」
ハンドルを握っているのは……トリィと呼ばれた小さな女の子。ダークブラウンの髪にクリーム色のドレスが車内に吹き込む風にパタパタとはためいている。
「どうして? 僕たち何も攻められるような事、してないよ!」
「私にもわかりません。ひょっとしたら、カタリィがいつもエッチなことを想像していたのがバレちゃったのかもしれませんね」
「そ、そ、そんなこと! ……ないよ……」
「冗談です」
リンドバーグが状況を説明しはじめた。
「“ナニカ”に、この世界が襲撃されることは今までも
森を抜けたトリィは、さらにフィアットのアクセルを踏み込んだ。
※※※
飛行船上から、カタリィとリンドバーグ、トリィは下の様子を見下ろしていた。
最初のきっかけからしばらくが経った。それは確かに小さなものだったかもしれない。
しかし、今や眼下に広がるこの光景は……。
「もうすぐ始まるね」
カタリィが、遠くの丘を覆い徐々に侵攻してくる“ナニカ”の軍団を眺めながら呟いた。一体どれだけの数がいるのか。
「ここで食い止めないと……」
リンドバーグは眼下の草原に広がる自軍を見下ろした。
飛行船の近くで爆発が起きた。
「『悪影響砲』が届くようになりました。もう
※※※
ついに大軍が衝突した。
「状況を聞かせてください」
リンドバーグの鋭い声が飛んだ。クリスタル宝玉通信機の前に座る女性が報告を開始する。
「はい、現代ドラマ第3中隊が
「劣勢……どころの話じゃないね……」
カタリィが呆然と言った。
「僕たちにできることはないのかな……」
「そうですね。私たちも出ましょう。トリィ、出るわ。準備して」
戦場は無残な状況だった。
死屍累々とはこのことだった。
“ナニカ”の新型兵器、『無気力』の威力はすさまじい。新型爆弾の『忙殺』で動きを止めさせた後、一瞬にして焼け野原にしてしまう。
陣地から前線に出てきた3人。
先ほどまでひっきりなしに入っていた通信機からの報告も、途絶えていた。
陣地はどうなっているんだろう。無事脱出できているのだろうか。
「行きます。カタリィも助けて」
カタリィは力強く頷いた。
二人はトリィが運転するフィアットに乗り込んだ。
「トリィ! あっちだ!」
右目をつぶり、左の
「ミス・リンディ!」
「リンディが来たぞ!」
魔法使いと僧侶が気が付いた。
フィアットの窓から精いっぱい身を乗り出し、リンドバーグは叫んだ。
「みなさん! 今はツラい時かもしれません! でも、私たちがこの世界を守らなくて、誰が守るんですか! 未来を生きる子供たちに夢や希望を! 何が正しくて、何が悲しむべきことかを伝えること! ワクワクやドキドキを伝えること! 好きな人に愛を伝えること! 時には厳しく、時には反面教師ともなり、人々の心に寄り添っていく! この世界を消してはなりません!」
リンドバーグは声の限り叫んだ。
カタリィが導き、リンドバーグは声を枯らして叫び続けた。
やがて、通信機から再び報告の声が流れてきた。
『ちょっと、回復にてまどっちゃいました! 現状! 現代ファンタジー全中隊が側面突破! 異世界ファンタジー大隊がSF中隊の正面に展開します。すごい……見たこともないスピードだわ……評論特務隊がフォローにまわっています!』
息を吹き返し突撃する自軍と共に走り出したリンドバーグたち。
ふと、カタリィが木陰に身を潜めていた“ナニカ”に気が付いた。
「降ります」
木陰に近づくリンドバーグ。
“ナニカ”は思わず立ち上がった。
「あ、あなたは! アメリア……」
「しーっ。……ダメよ……
「で、でも……あなたは冒険飛行中に確か行方不明になって……」
「あら、詳しいのね。でも、今はミス・リンディ。じゃ、行くわね。あなたもこちらの世界の魅力に気づいてもらえると嬉しいわ。トリィ、例のアレになってちょうだい」
ポンとトリィが光に包まれると……黄金色に輝くプロペラ機に
「ど、どこへ行かれるんです?」
呆然とする“ナニカ”。
「みんなが仲良くなれるように、ちょっと応援してくるの」
「仲良く……そんなことできるんでしょうか」
プロペラ機に向かって歩くリンドバーグは、ちゃめっけたっぷりの笑顔で振り向いた。
「あら。私、東京ローズって言われていたこともあるのよ」
「でも、それは……単なる噂やデマで……」
エンジンをスタートする。プロペラが回る。
「ふふ……できるのよ。この世界では、ね!」
黄金色のプロペラ機がゆっくりと動き始める。
「あなた、そちらの世界で夢があったんでしょ? 何度も失敗して、たくさん年を取ったかもしれない。でも、考えて。他の方法で夢をかなえる事ができるはず。いくら荒唐無稽なことでも大丈夫。こちらの世界を見て歩くといいわ。あなたが見えなくなったものがあるかもしれない。そして、違う方法でも夢をかなえてちょうだい。
緑の草原を疾走した黄金色に輝くプロペラ機は、大空に舞い上がった。
その後方を、ドラゴンライダーや、
草原を動物たちや巨大ロボット、カモフラージュ装備の兵士が走る。その前を華やかな甲冑姿の女騎士が駆け抜ける。
トレンチコート姿でパイプをくわえた男が、ガンマンが操る馬車で追う。
ゾンビが立ち上がり、資料の束を抱えた評論家たちを護る。エッセイストがつぶさに状況を全軍に伝える。
大反撃が始まった。
「わかったよ、アメリア……いや、ミス・リンディ」
少年はその姿を見送った後、武器を捨てると彼もまた走り出した。
― 了 ―
【KAC10】『ラストパーティー』 筆屋 敬介 @fudeyaksk
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