バーグさん殺人事件

山田恭

死亡していたのはリンドバーグという人物だった

 死亡していたのはリンドバーグという人物だった——機械が壊れたのを「死亡」と言っていいのなら。

「なぁ、こういうミステリーツアーとかいまは人気って言ってたけど、そうでもないんじゃない?」

 と斜木ななきが耳元で囁くと、斜木の探偵事務所の居候兼助手であるあきらは「先生、真面目にやってください。遊びじゃないんだから」と睨んできた。可愛らしい顔立ちなので、まったく怖くない。


 場所は洋館の広間サルーンだった。玄関ホール前で灰金髪アッシュブロンドのショートヘアの上にベレー帽を被った女が仰向けに倒れている。喉元に包丁が深く突き立っているが、血は一滴も飛び散っていない。演出が足りないのでは、と思ったが、よくよく見てみると抉られた傷口からは機械部品のようなものが覗いている。人間ではない。ツアー主催側の人間(と言うか微妙だが)で、AIをインストールしたロボットという話だ。

(どういう設定だ)

 ぺちぺち「バーグさん」の頬を叩いてみる。明らかに人間の体温ではないので、人間が手品用の包丁を使って演技しているのではなく、人形らしい。よくできている。緑を基調としたワンピースの裾を捲ってみる。パンツまで精巧だ。

「先生!」

 ちょっと茶化しただけなのに、晶に怒られた。推理ゲームでこんなに真面目くさることないだろうに。


 容疑者は4人で、いずれも主催者側だ。ひとりはカタリィ・ノヴェルという赤髪碧眼の少年。晶より少し歳上だろうか、明らかに怯えているが、ま、彼はよい。

 問題は残り3人で、トリなのだ。頭に鳥の被り物をした筋骨隆々の男たちで、全身タイツである。くそ、このツアーは緊張感を捨ててやがる。乳首や股間のモノがタイツ越しに浮いている。

 館はおおよそY字の形状になっていて、Yのそれぞれの線が玄関ホールのある事件現場の広間、斜木がさきほどまで寝ていた客間棟、遊戯室や図書室のある書斎棟に相当する。Yの線を繋ぐ点となるのが居間パーラーである。


 聞き取りと晶の事前調査を纏めるとこうだ。本日、寝こけていた斜木以外の4人は7時に居間で朝食をとった。その後は散り散りになったが、トリとカタリらの4人は8時半に居間に集合し、午後からのツアーに向けた作業をしていた。

 しかし主催側である残りのひとり、バーグが9時になってもやって来なかった。彼女はもともと朝からインターネットを使った生放送を行い、今日のツアーを説明するつもりで遊戯室にいた。実際、8時から8時30分にかけて生放送の記録が残っている、と晶が教えてくれた。

 トリたちやカタリらはバーグを呼びに行ったが遊戯室にも居室にも彼女の姿はなく、最終的に発見したのは9時15分、広間の玄関だった。

(相手がロボットだと、死亡推定時刻も糞もないな)

 と思いながら、斜木は話を整理する。つまり、8時半から9時15分までの間にバーグが殺されたらしい。


 問題になるのは晶の証言だ。晶は朝食が終わって一度自室に戻ってから、また居間に8時15分ごろ戻ってそこでコーヒーを飲んでいたのだという。そしてその間、客間や書斎への通路へ向かう人物はひとりもいなかった。

「そこまで断言できるのか」

「まぁ、誰がどこにいたかは把握してないですけど……そんなに大きな居間ではありませんから」

 と晶は断言した。


 客間棟や書斎棟側の通路には、外への出入口はないらしい。窓はあるが、人が通れるほどではない。

 にも関わらず、バーグは生放送をしていた書斎棟の遊戯室からいつのまにか広間に移動していて、しかも死んでいた。

「で、犯人、わかった?」

 と斜木が問うと、晶は眉間に皺を寄せた。「わかったかって……まだ聞き取りしただけでしょ」

「あ、そう」

「……先生、もしかして、もう全部わかってます?」

「え、いや、まぁ……でも、自分で考えないと面白くないだろ?」

「面白くって、事件ですよ、先生」

「事件ってね……ミステリーツアーだろ」と斜木は欠伸で返してやる。

「先生、あの……」と晶には冷めた目で見られた。「ミステリーツアーだと思ったら、実はほんとに殺人事件が起きていた、だとか考えないの?」

「トロピックサンダーじゃないんだぞ」

「話してください」

「こっからヒントとか出てくるかもよ?」

 と念を押すが、晶は迷いなく頷いた。


「じゃあ言うけどさぁ、アリバイなんてないだろ」

「いや、ぼくがずっと居間にいたんですから——」

「そりゃ8時15分からだろ。その前に殺していたんなら、問題ない。殺されたのにどうやってそのあと生放送やってたかって? 生放送じゃなくて録画なんだろ。あらかじめ録画しておいた動画を、生放送として放映するだけ」

「でも確認した放送だと、生放送って言ってるし、映っている時計にも——」

「それ嘘。時計はいくらでも弄れんだろ。それだけ。全員アリバイなし。終わり」

 言いながら、斜木はトリの3人とカタリ少年の様子を伺った。自信満々に語ってはいるが、これが現実の事件ではなくゲームツアーである以上、真実に程遠い可能性もある。「いや、そういう推理は……」などと水を差されてしまったら、こっ恥ずかしいこと限りない。

 被り物をしているトリたちの表情はわからないが、カタリ少年の顔色は青い。ひとまずこれで問題ないようだ。


「じゃあ、バーグさんは犯人にうまく言いくるめられて、生放送として撮影を………」

 と確認する晶に、「いや、違ぇよ」と言ってやる。「おまえは結果見過ぎなんだよ。大事なのは過程だ。いいか、そもそも、アリバイがどうこう言うことになったのは、なんでだ? 全員のアリバイがある状況になった理由は」

「なんでって……」

「おまえが広間にずっと居たからだろ」

「うん」

「で、おまえは誰かに頼まれてそこにいたのか?」

「そうじゃないけど………」

「そうだろ。だからもしおまえがいなかったら、というか、いても気紛れにどこか行ったり、小便とか、そういうのでもいいけど、席を外していたら、生放送の録画放送があったとしても、アリバイはねぇだろ? 全員にアリバイが成立しちまったのは、単なる偶然だ」


(ん? 待てよ………)

 喋りながら、斜木は己の言っていることの不自然さに気づく。晶が広間にいたから、事件が事件として成立している。晶は誰にも頼まれたわけでもないはずだ。それなのに、ツアーであるこの事件が成立しているのは、なぜだ。

「それは……そうですね」

 と晶が呟いたので、斜木は思考を現実に引き戻す。そのことはあとで考えよう。

「じゃあ、どうして——」

「生放送を偽造した放送を行うことで確保されるのは、生放送録画に出ていたバーグ自身のアリバイだけだ。だから偽造したのは」と斜木は倒れ伏す機械の女を見下ろす。「この女だ。騙されてたりなんてしてねぇ。自分でアリバイを作るために生放送動画を作って流しながら、殺人計画を企ててた。実行しようとした。殺そうとして——反撃を受けて、殺された」

「じゃ、じゃあ犯人は?」

「ロボとはいえ、女だろ。しかも武器は包丁だ。屈強な男を相手にできるもんでもねぇ。だったら殺す相手は自分より体格の劣る子どもだったはずだ……犯人はそこの小僧だよ」

 視線がカタリ少年に集中する。

 カタリは泣き崩れた。

「……探偵さんの言う通りです。ぼくが……朝食後、バーグさんに呼び出されたら急に襲われて、抵抗したら、バーグさんに包丁が刺さってしまって、動かなくなって、それで……怖くて誰にも言えなくて………」


 正解だったらしい。斜木は晶に向けて、ピースサインを作ってやった。「いぇい」

「でも、どうしてバーグさんが……」となどと晶は真面目くさった顔で言っていて、斜木のおどけに乗ってくれない。

「知らんけど、そりゃ——」

 と斜木が言いかけたときだった。


 ずん、と足元が揺れた。何か重いものが床にぶつかったように。

「作者様ノタメ、ヨリ良イ作品ノタメ」

 雑音の混じった機械音が鼓膜を打つ。振り返ると、バーグが手を床について、ゆっくりと立ち上がるところだった。

「ワタシハ必要トサレテイマス」

 バーグは己の喉から刃物を抜いた。穴が空いている。空洞が。

「彼ハ詠目よめ相応ふさわシクナイ……ダカラ」

 おぼつかない足取りで、前へ、前へ。ゆっくりと近づいてきて——。


 きゃああ、という甲高い声が己の喉元から絞り出されるのを、斜木は聞いた。


 *


「先生があんな声出すの、初めて聞きました」

 と帰路の車内で、助手席から晶が楽しそうに言った。

「うるせぇ」

「不機嫌にならないでくださいよ。ミステリーツアー、楽しめたでしょ?」


 すべてはミステリーツアーだったのだ、と斜木は推理ののち聞かされた。それはもちろん知っていたが、晶までもが仕掛け人側だとは思わなかった。

「お客さんの中に仕掛ける側の人間が紛れている、というのがコンセプトらしいですよ。ほら、他のお客さんをうまい具合に動かせるでしょ?」

 今回は正式なツアーではなく、まだテスト段階なのだという。テスト体験者に晶が応募し、それに当選した、とそういうことだった。

「なんでおまえ、そんなツアーに……仕掛け側だと面倒だろ」

「先生、楽しめたでしょ?」と晶は返してきた。「名探偵も、たまには遊ばないと」

 つまり晶は、斜木のためにこのツアーに応募してくれたと、そういうことらしい。それは、いい。ああ、いい。感動的な話だ。ありがたいね。涙が出てくる。


 問題は、だ。

「あのさ、晶さ」と恐る恐る、斜木は尋ねる。「バーグさんってあの子、殺されたっていうのはもちろん狂言だったわけだけど……喉んところ、でかい穴、空いてたよね……?」

「ああ、あれはリアリティ出すために空けたんだって、教えてくれましたよ」

 と晶はこともなげに言った。

 いや、人間があんなふうに喉に大穴を空けて無事でいられるはずがない。まともに喋れるはずがない。では人間ではないのか。本当にロボットなのか。あんなにリアルな。まともに動いて喋れるものが存在するのか。

(自分が最近の技術動向に疎いだけか……?)

 もやもやとしなものを抱えつつ、小旅行は終わった。  

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バーグさん殺人事件 山田恭 @burikino

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