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[解説]『犬の一生』-3

『犬の一生』第3章「オッタルの賠償金」に関する解説です。

 今回のエピソードとしては、メインのエッダは、
・『オッタルの賠償金』
・『トールのウトガルドへの遠征』
あたりとなります。

『オッタルの賠償金』はおおむね作中で語られているとおりの内容なのですが、流れを追うと、
1) オーディン、ヘーニル、ロキの3人が暇を持て余し、人間界ミッドガルドを旅をする
2) 腹が減ったのでロキが石を投げてカワウソを殺し、それを手土産に人間の猟師フレイドマルの家に泊めてもらう
3) 実はカワウソは魔法で変化したフレイドマルの息子、オッタルで、フレイドマルと息子・娘たちは復讐のために3人の神々を捕らえる
4) オーディンたちは事情を知り、「賠償金を支払う権利がある」と主張する。これを受け入れたフレイドマルは、「オッタルの皮を満たし、さらにオッタルの皮を覆い隠せるだけの黄金」を賠償金と定め、ロキだけを解放する
5) ロキは黄金を溜め込んでいる小人アンドヴァリの元へ向かい、小人を脅して黄金を強奪する
6) 指輪すら奪われたアンドヴァリは、黄金を持つものに災いが降りかかる呪いをかける
7) ロキは呪われた黄金と指輪を賠償金としてフレイドマルに渡し、解放される
というのが概要です。

 このエピソード、わたしは北欧神話の中で2番目に好きな話です(1番目は2章のメインでもあった『スキールニルの旅』)。
 何が面白いって、(4)を見てもらうとわかるとおり、神々が異常に弱いんですね。
 フレイドマルたちは寝込みを襲ったんですが、その前の作戦会議のときに「ひとり(オーディン)は強そうな槍を持っているから奪おう。ひとり(ロキ)はマジカルっぽい靴持っているから奪おう。あとひとり(ヘーニル)は特になんも持ってないからあとは流れで」みたいな会話をするんですが、実際そのとおりで、魔法の道具を奪われたオーディンたちは人間以下なのが笑えます。
 設定の一部を使っているゲームとかだと北欧神話の神々は強いかもしれませんが、実際にエッダを見てみると、北欧の神々は異常に弱くて人間的で気さくなのです。トールは唯一の例外で、雷はもちろんのこと津波やカルデラ、鮭の尾が薄いことなどの原因だったりする〈雷神〉ですが、山のように馬鹿でかい巨人を見たときには攻撃の意思を隠したり、とかなり弱いところもあったりする楽しいやつです。すごく弱くて、そういうところが好きです。

 リヒャルト・ワーグナーの戯曲に『ニーベルングの指輪』というのがありますが、その元ネタの『ニーベルンゲンの歌』に派生するのがこの『オッタルの賠償金』エピソードで、呪われた黄金によって狂ったファヴニル(フレイドマルの息子のひとり)と、そのきょうだいが英雄を求める話に繋がっていきます。

 閑話休題。
 もうひとつのメインエピソードである『トールのウトガルドへの遠征』ですが、こちらはもう少しシンプルで、しかし冒険に富んだ内容です。これは〈巨人殺し〉トールがロキとともに直々に巨人族の本拠地であるウトガルドへ乗り込み、しかし巨人族の王ウトガルドロキにうまく翻弄されてしまい、帰るというお話。

「山のように馬鹿でかい巨人を見たときには攻撃の意思を隠したり」という話を前述しましたが、これは道中で〈大きい野郎〉スクリューミルという巨人に会ったときのエピソード。スクリューミルは、具体的には、トールたちが彼の手袋に入ってしまうほどでかいです。
 あまりにもでかいので、トールは正面からは戦わず、寝ている間に闇討ちするのですが、頭が陥没するレベルで殴られてもスクリューミルはまったく気にせず、トールはそれで彼を倒すことを諦めるわけですが、巨人族の本拠地ウトガルドに来たらさらなる試練が、というお話です。

 ウトガルドでは戦争にはならず、王ウトガルドロキの提案で競技のような形で戦うことになるのですが、トール(とロキと途中で従者になったシアルヴィ)は全敗。必死で食らいつこうとしますが、
・角杯一気飲み→ちょっとしか水面が変わらず失敗
・猫を持ち上げる→足がついたまま
・老婆との相撲→頑張って戦うけど最後には片膝をついてしまう
とトールは何度やっても勝てず、そのまま何もできずにウトガルドロキに送られてアースガルドまで戻ってくるのでした。

 意気消沈したトールでしたが、ウトガルドロキ王は別れ際に、実はすべて幻術であったと説明します。
・スクリューミルはウトガルドロキの化けた姿で、殴られた場所は山→カルデラの形成
・一気飲みに使った角杯は海と繋がっていたのに、海面が動くほど飲んだ→潮の満ち引き
・猫は世界蛇ヨルムンガンドを変化させた姿→世界を取り巻く蛇の胴を浮かせるほどの怪力
・老婆は「老い」という概念→トールは老いにすら片膝をつくだけ
と、その偉業を称えさえするのです。

 もちろん騙されたことを知ったトールはキレ散らかすわけですが、その頃にはもうウトガルドロキは消えていて、二度とウトガルドに辿り着くことはできませんでした、というお話。
 ウトガルドロキはかなり茶化してはいますが、それだけ〈巨人殺し〉トールは恐ろしいのですよね。彼を恐れたからこそ、巨人たちは真正面から戦わずに幻術で惑わしたわけで。そういうわけで、トールのお話でした。

 次の第4章は『ラグナレク』です。

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